閑話 ギンとネイル
熱中症てふらっと来た今日この頃。
まじでお気をつけを。
これは、影機王に仕置をし、そのまま流れで守護霊契約をした翌日のことだった。
ちょっと最近頭を使いすぎて疲れていた――と言うか、ぶっちゃけると似合いもしないシリアスなんぞをやって疲れていたので、僕は朝食を取った後、部屋に引きこもって久しぶりに世界情勢でも調べてみることにした。
まぁ、本命は『馬鹿共が何匹か引っかからないかなー』という情報集だったのだが。
「おー、皆活躍してるなぁ……」
僕が見ていたのは、最近活躍した冒険者たちのランキングだった。
上から順に。
1.久瀬竜馬
2.アーマー・ペンドラゴン
3.ギン=クラッシュベル
4.アルファ
5.桜町穂花……以下略。
と、そんな感じになっていた。
なんか微妙な位置にランクインしてるな、とか。
あれ、アルファって誰だっけ(爆笑)、とか。
そんなことを思いはしたが、けれどもそのランク付けを見ても特に不満は抱かなかった。
何せ――
「三年間も休んでたんだし……なによりも、上二名の活躍がなぁ……」
まずは堂々の第一位、我らが本当の主人公、久瀬くん。
正直僕の仲間内からは『え、何言ってるの? あの久瀬とかいう奴完全にモブじゃん』とか言われている彼ではあるが、あまり彼を舐めるような発言は頂けないな。もれなく泣いちゃうぞ――久瀬くんがな。
閑話休題。
僕の自称読者――メフィストやロキからすればあまり目立ってはいないのかもしれないが、その活躍ぶりや、ネットに上がっている彼の強さを見れば少し考えを改めるだろう。
「あの時の大悪魔バアルの撃退に、更には……おい、エルザに弟子入りしてるじゃないか。それに加えて……? なんだ? 戒神衆の討伐……? なんだよ戒神衆って。ちょっと名前カッコイイじゃないか……」
まぁ、それはともかく。
「神器を使いこなし、黒い炎と蒼い炎を操るその姿は、正しく伝説に相応しい……、とな。なるほど確かに強そうだ」
何せ、元々のポテンシャルで言えば向こうの方が上なのだ。それに加えてあの時に感じたあの力――正直、今じゃどんな怪物に成り上がってるか分かったもんじゃない。
それに、他の面々も。
「現状、最も強いとされる『戦神王』アルファ……アルファ? 確かフカシの実名だったよな? あとは砂国の英雄、アーマー・ペンドラゴン。魔王に弟子入りした勇者、桜町穂花……諸々、どいつもこいつも化物に育ちやがって」
僕はそう呟いて、楽しげに笑みを浮かべた。
相手が強いなら、僕は軽々とそれを上回ろう。
相手が強くなるならば、僕はそれすら上回る速度で成長しよう。
相手の方が伸び代があるならば、僕は限界なんてぶち壊して突き進もう。
それくらいの気概でなければ、この道は到底歩けやしない。
なにせこの道は――いずれ最強へと至
「ギンー、起きてるよねー」
「……おい、今狙ってたろ。今いい感じに台無しにできるタイミング狙ってたろ」
僕は、ノックもなしに扉を開けて中へと入ってきた恭香をみて、半ば確信しながらそう問いかけた。
すると、彼女はニタニタと笑いながら「ぜーんぜん」と言ってベットの端に腰掛けた。
「こら恭香、男の子のベットに気軽に座るもんじゃありません。男はみんな獣なんだぞ、襲われて食べられちゃうぞ」
「はいはい、コチラとしてはいつでもおっけーなんだけどね。どこかのヘタレが未だに手を出してくれなくてヤキモキしてるんだよ」
誰だその腐ったヘタレは。
もしも僕の前に現れたらぶん殴ってやろう。
僕はそんな感じで、後で影分身を出して殴ってやろうと考えていると、恭香はチラリと扉の方へと視線を向けた。
僕もそれに倣ってそちらへと視線を向けると、そこには扉の隙間からこちらをのぞき込んでいるメガネが映っていた。
……というか、思いっきりネイルだった。
「何してんだよ、そんな所で」
「ひ、ひゃいっ!?」
何故か過剰に反応するネイル。
僕は困ったように恭香へと視線を向けると、彼女はその視線を無視してベットから立ち上がった。
「ま、プロボーズじみた甘言吐いて、その上キスまでしちゃったんでしょ。どうするかは任せるけど……どういう関係性に落ち着くか位は、決めといた方がいいんじゃないの」
そう言って彼女はヒラヒラと手を振りながら部屋から去ってゆき、残されたのは――気まずげに顔を逸らす彼女と、困ったように笑みを浮かべる僕だけだった。
☆☆☆
その後。
僕とネイルは、付かず離れずで、国の中を歩いて回っていた。
あの後、部屋に閉じこもったままではなにも話せそうになかった僕達は、どちらとも無く宿から出て、こうして歩き出したのだった。
のだが――
(話すこと思いつかねぇ……)
その一言に尽きた。
個人的にはもう少し時間をおいて、お互い落ち着いてからもう一度話し合おうと思っていたのだが――残念ながら、僕は恭香の事まで計算に入れていなかった。
(あのロリっ子……、僕が嫌がってるの知ってたくせに……)
そんなことを内心で呟いていると、ネイルがポツリと、こんなことを呟いた。
「その、ギンさん。この間はありがとうございました」
「……この間?」
僕はその『この間』とやらにピンとは来なかった。
なにせ。
「港国で助けたことか、精神世界にまで助けに行ったことか、あるいはエルザとの事か……、選択肢が多すぎて分からんな」
「ふふっ、その全部に対してですよ」
僕の言葉にネイルはそう笑って返した。
それを見た僕もやっと固くなっていた顔が緩む感覚を覚え、フフッと肩を震わせた。
「そう言えばこっちもだな。あの時は庇ってくれてありがとう。けっこう嬉しかったよ」
その言葉にネイルはポッと顔を赤くする。
けれども僕は、そのネイルの額へと向けてデコピンを放った。
ぺちん。
あまり力は入れてはいなかったが、それでも彼女は驚いたように額を押さえた。
「でももう二度とやるなよ?仲間をかばって傷つくなんて……そうだな。いい人風に言えば『残された者の気持ちを考えないのかー』ってやつだ」
「で、でも……」
僕の言葉にそう返すネイル。
けれどもその言葉の続きはいつまで経っても出て来ない。きっと彼女も分かっているのだろう――その言葉が、本当にその通りだということを。
だからこそ言い返せない。分かっていても納得出来ない。
僕はその様子に苦笑すると、頭をポリポリとかきながら口を開いた。
「……まあ、アレだ。今の僕は不老不死だからさ。心配しなくてもお前が寿命を全うするまで元気な姿でいてやるよ」
それに、アレだけの啖呵をきったんだ。彼女を幸せにしてやらないと、今は亡きメデューサに顔向けできない。
と、そんなことを考えていたその時だった。
『さっすがはナイト様!いいわねいいわね!ネイルったら内心バックバクよ!もう押し倒しちゃいなさいな!』
「……へ?」
その言葉に、僕は思わずそんな声を出してしまった。
気がつけばネイルの肩に見覚えのある緑色の蛇が乗っており、その蛇は真っ赤になっているネイルを無視してさらに口を開く。
『ねぇねぇ聞いたネイル?寿命まで元気な姿を見せる、ですって。それって死ぬまで一緒にいてくれる、ってことよ?もうこれはプロポーズと取ってもいいんじゃないかしら?』
「「んなっ!?」」
爆弾発言にも程がある。
ネイルの頭からは湯気が上がり始めており、僕はそのニタニタしている蛇をガシッと掴みあげた。
「あっれー、こんな所に害獣がいるなー。危なかったなネイル。今のこのどこにでもいるただの蛇をぶっ殺して――」
『ちょっ!?わ、分かってるんでしょう!?私よ!メデューサよ!……って待って!お願いだから徐々に握力を強めないで!』
そんな変なことを言いながらも暴れ狂うその蛇。
何言ってんだこの蛇は。メデューサなら死んだだろうに。
「そう、メデューサは死んだんだ……」
『今思いっきり証拠隠滅しようとしてるわよね!?後から死んでたことにする気よね!?お願いだから哀愁漂う表情で握り潰そうとしないでよ!』
僕日その言葉を聞いてため息を吐くと、黙ってその蛇を握っていた手を開いた。
瞬間、先程まで暴れまくっていた蛇はしゅるしゅるとネイルの肩まで戻ってゆき、ふしゃーと僕へと威嚇してきた。
『この人でなし!二度も神様を殺そうとするなんて!』
「いや、一回目は普通に死んでたよな、メデューサ」
そう、その蛇の名は――おそらくメデューサ。
あいつと同じ翡翠色の鱗にその声ときた。もはや疑う余地は皆無だろう。
だが、僕が言ったようにメデューサは確かに死んだはずなのだ。僕がこの手で殺したはずなのだ。
だからこそ、本来ならばここには居ないであろうその存在に僕も、そしてネイルも驚いたのだが。
『あー!このナイト様、今「何故生きてる」系統に話をすげ変えようとしたわよ!とんだチキン野郎ね!』
ぶっ殺してもいいだろうか。
そりゃ確かにメデューサを殺した日は寝れなかったさ。吐き気も催したほどだ。
けれどもどういう訳か、今のコイツなら殺しても心が痛まない自信がある。
僕が拳を握りしめ、これにメデューサが焦ったような声を出している最中。
「あ、あの……ギンさん」
か細い声が、僕の名を呼んだ。
その言葉に僕もメデューサもピタリと動きを止め、その声の主――ネイルへと視線を向けた。
「ギンさんは、私に、幸せを分けてやるって、そう言いましたよね……?」
「……あぁ、そうだな」
最初に言ったのは、学園でのこと。
あの時は思いっきり彼女に対して『嫌い』などと言ってしまったため、かなり気まずい雰囲気になってしまったのだが――けれども、次第にその溝は修復され、あの言葉もいつの間にか『無かったこと』になっていた。
けれども、先日僕は、それと全く同じ言葉を口にした。
「僕にはネイル、お前が必要だ。だから僕はお前を守るし、お前を絶対に幸せにしてみせる」
僕は、最初彼女の事があまり好きではなかった。
彼女が僕の専属ギルド職員だったため、もしかしたら内心では『お零れにあずかろう』などと思っているのではないか、と。そんなことを考えていたからだ。
けれども一緒に居るうちに、彼女がとても優しい人なのだとわかった。そしてそれ以上に、幸せを知らない女の子なんだと。そういうことに気がついた。
不幸こそが当たり前。そんな考えを抱いていた彼女を――僕はさらに嫌いになった。
だからこそあんなことを言ったけれど、けれども僕の根底にあったのは、彼女を幸せにしたいという祈りだった。
それは今でも変わらないし。
それに何より――今の彼女は幸せを求めている。
だからこそ。
「ネイル。一生僕と、一緒にいてほしい」
今の彼女は、大好きだ。




