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影―035 口づけ

 光が止んだそこにあったのは、三つの人影だった。

 けれども三人の姿はその以前とは比べ物にならないほどに変化していた。


「ふぅ、この状態はまだ慣れないな……」


 そう言って首をゴキゴキと鳴らしたのは、全身を黒い鎧に包んだその男――ギンだった。

 その黒い鎧には亀と蛇が彫られており、その背中の黒いマントと首の赤いマフラーが音を立てて風に揺れる。

 ――聖獣化・玄武。

 それこそが今のギンの状態。

 本来ならば一つの聖獣化でさえマスターするのは難しく、その上でその聖獣化が可能な聖獣は全世界で五体しか存在しない。

 なればこそ、そのうちの二つの聖獣化を手にし、十分に使いこなしている彼の実力の程が分かるというものだろう。


「カカッ、その状態は主様の戦闘スタイルには合致せぬからの。ある意味当たり前じゃ」


 そう、ギンの言葉に返すは白夜。

 身長などは一切変わっていないものの、その体から発せられる威圧感は先ほどまでの比では無い。

 所々に朱色の混じった純白色の羽衣に身を包み、その背後には彼女の身長よりも少し小さな黒色の輪が浮かんでいた。

 ――時空神化。

 修行期間中、ある理由からギンが白夜へと常闇のローブを貸し与えた際、彼女の持つ『神化』スキルが『神王化』のスキルへと変異してしまい、そのまま彼女の『時空間魔法』と合成された結果。時空神クロノス――現混沌(カオス)の『時空』の力を受け継いでしまったのだ。

 そして――


「この体になるのも、かなり久しぶりね」


 彼女の姿を見て、そこにいた全員が目を見開いた。

 押元まで伸びたその黒い髪。

 黄金色に輝くその瞳に、身に纏うは深くスリットの入った黒色のカンフー服。

 その幼かった顔つきは今や凛々しく、可愛らしさよりも美しさが目立つようになっている。

 その姿を見た一同は、


「「「「え……どなた様?」」」」


 その二十歳ほどの女性を見て、そう呟いた。




 ☆☆☆




 ――執断羅剛。

 恭香――理の教本が誇る最終奥義。

 それは一時的に彼女が持つ『知識』のうちほとんどを封印する代わりに、その分の純粋な力を入手するという、そんなある意味で名前を根本から破壊しているかの様な能力だ。

 けれど――


「さあて、どうすればいいのかわすれちゃったけど、とりあえず殴ったら元に戻るわよね!」

「ちょっ!? ま、待て恭香! いや恭香さん!」

「説明しよう、恭香はその能力を使用するとぼんきゅっぼんになる代わりに脳筋になってしまうのじゃ」


 ついでに口調と少し性格もかわってしまうのだ。

 と、恭香を羽交い絞めにしながらそんなことを考えいたが、そんな僕らを待ってくれるネイルではなかったようだ。

 喉が枯れんばかりの絶叫が響き渡り、直後、僕らへと彼女の頭に生えていた大量の蛇が襲いかかってきた。

 攻撃していいのかわからなかったため、僕と白夜は恭香を引きずって後ろへと下がるが、それらの蛇はその胴体を伸ばし、止まる気配が一向に見えてこない。

 僕は腰悩んだ末に防御しようとかんがえると――


「ああ、この蛇なら攻撃しても大丈夫みたいですよ」


 ズバババババッ!

 瞬間、とてつもない速度で振るわれたその短刀が全ての蛇の頭を切り落とし、その頭すらも粉々に切り刻む。

 気が付けば僕らの前にはエルザの姿があり、彼女はその短刀についた蛇の血液をスッと払った。

 のだが――


「GYAAAAAAAAAA!?」


 あまりの痛みに絶叫を上げるネイル。

 明らかに大丈夫そうにないその様子に僕はジトッとした視線をエルザへと向けると。


「……せ、専門家でもない私に聞かないででください」

「ひ、開き直りやがった!」


 この野郎……なんかかっこよく登場してきて結果それかよ!


「で、ですがこれでネイルを元に戻す方法ははっきりしました」


 けれども挽回してくれそうな雰囲気だし、なによりもネイルも元気よくこちらへと殺気を向けてきているので今回は不問とするとしよう。

 僕はエルザの横まで歩いてくると、それと同時にエルザへと口を開く。


「んで? どの方法は?」


 あまりにも簡潔なその言葉。

 それはエルザの想像と異なっていたのか、彼女は少し驚いたように口を開いた。

 けれど――


「さすがの落ち着きっぷりですね。私はこれでもあの同族たちへの怒りを抑えるので精一杯なのですが……」

「そりゃあ僕もだよ。けどあのバカどもへと制裁を加えるよりも先に優先すべきことがある。自分の怒りよりも優先すべき人がいる。ただそれだけだよ」


 僕はそういってネイルへと視線を向けた。

 僕の頭によぎるのは、先ほどのエルフの記憶。

 虐められる幼少期のネイルと、それを見て見ぬふりどころか逆にその一端として彼女を虐めてきた、くそったれたエルフたち。

 そして、あのエルフリーダーによって腹部をけられてうずくまっている彼女。

 思い出すだけで腸が煮えくりかえってくるが。

 けれど――


「ネイルは……あれだけの地獄を必死になって生き延びたんだ。だから、僕くらいは必死こいて助けてやらないとさ」


 じゃないと、いつまでたっても彼女は報われないじゃないか。

 だから――


「まぁ、こんな過去を知っちゃったんだ。僕はずっと彼女を守る、そんな味方であり続けるよ」


 その言葉を聞いたエルザはふふっと肩を震わせて笑みを浮かべると、僕の方へと視線を向けてこう告げた。



「ギンさん。一つ、お願いがあります」




 ☆☆☆




「絶対に見るなよ! あと聞くな! 少しでも見たり聞いたりしたらまじでぶん殴るからな!」

「あー、はいはい、わかったわかった」

「はいはい、妾は分かったのじゃぞー」


 いい加減すぎるその返事に僕は「くっ」と声を漏らすと、めちゃくちゃ爆笑しているミリーが僕の肩を叩いてきた。


「ぷっ、くすっ……、ど、童貞には辛すぎる任務ね。くくっ、せ、せいぜいその痴態をこの両の瞳で録画させてもらうわ。ぷぷっ、あ、生憎と一度見たものは忘れないから」

「ちょ、お前マジでやめろよな!? お前に関してはガチで殴ったら死んじゃうんだから!」

「あら? 別に殺してくれても構わないのよ?」


 ミリーはそう言って楽しげに笑みを浮かべると、その視線をネイルの方へと向けた。

 その先には先ほど出した百魔夜業の鬼たち相手に無双ゲームばりの殺戮を繰り広げているネイルが居た。


「まぁ、けれどあの娘が助けられるのなら、貴方のその永遠に黒歴史として語り継がれてゆく痴態も安いものでしょう」

「お前らが見てなければな!」


 僕はそう叫ぶと、ガシガシと頭をかいてネイルの方へと視線を向けた。

 僕の背後には戦闘態勢の仲間達が全員集まっており、僕は彼女らへと向けてこう告げた。


「攻撃は無し。相手は大悪魔並の怪物だがダメージを与えずに捕縛するってことでいいな?」


 その言葉に明らかに「無茶言いやがる」と言った表情を浮かべる面々。

 けれども――


「なんだお前たち、三年も修行しておいてそんなのも出来ないの? ぷっぷー、じゃあ僕一人でや――」

「「「「やってやろうじゃないか!」」」」


 単純なヤツらである。

 僕はその言葉にニヤリと笑みを浮かべると、視線をネイルへと向けてこう告げた。


「暁穂は神狼モードで僕と共に来い! 他の奴らはその援護! エルザはミリーの護衛を頼む!」

「「「「了解!」」」」


 瞬間、僕の背後から光が溢れ、次の瞬間僕の両隣へと大きな影が歩み出た。

 片や亜麻色の体毛に覆われた大型の狼。

 その大きさは変身スキルにて抑えているのだろうが、圧縮された分威圧感は跳ね上がっている。

 もう片方へと視線を向ければ、そこには大型サイズのペガサスが存在していた。

 彼女もガチな姿になればとんでもない事になるのは目に見えているだろう。そのためかサイズ的には三年前とあまり変わってはいない。

 けれども――


「おいおい……強くなりすぎじゃ無いですか、っと」


 その、明らかに素のステータスが僕以上であろう二人に僕は頬を引き攣らせながらも、その狼――暁穂の背中へと飛び乗った。


『それでは行きますよマスター』

「おうよ! 今の僕は簡単には振り落――」


 ヒュン!

 瞬間、僕の声が途中で途切れ、上体が後ろへと持っていかれそうになる。

 けれども何とか状態を前かがみの状態まで持ってくると、今暁穂がどんな速度で走っているのかが分かってしまう。


「……これ間違いなく音速超えてるよね?」

『? すいません、声が届きませんでした』


 そりゃそうでしょうね。

 何せ僕の発した声は全部後ろに流れて行ってるんだから。

 と、そんなことを考えていたが、流石はエルザの娘と言ったところか、この速度にもなんとか反応したネイルは僕ら目掛けてその蛇の髪を向けてきた。

 ――さて、どう対処するか。

 そう考えて僕は状態を起こして。


 バンバァン!


 銃が火を吹く音が響き渡り、それぞれの頭からプシュっと血が吹き出したかと思いきや、それらの頭全てが眠りにつくように地に伏した。

 それにはネイルも眉を寄せて困惑したような様子を見せたが、その犯人はそちらを向けば一目瞭然であろう。


「ふっ、我が睡眠弾は神すらも眠りに落とす。蛇ごときが耐えられるものではな――」

「おいっ! 攻撃するなって言ってんだろうが!」

「……だ、だって私、銃とか使わなかったら成長した感ゼロだし……」


 なにちょっと可愛い声出してるんだあいつ。

 けれどもそのお陰で数体の蛇を封じられたのもまた事実。

 先ほどエルザが斬り捨てた蛇の回復も進んではいるもののまだ全快には程遠い。

 ならば。


「よし今だ! 行けソフィア!」

「了解したぞ!」


 瞬間、後方で魔力を貯めていたソフィアがそう叫ぶと同時に彼女の体が光に包まれ、その場所から巨大な鹿が姿を現した。

 見ているだけで自分の中に住む『野生』が恐怖するような、日本で大型の野生動物に遭遇した時のような、えも言えぬ威圧感。

 その名は――ヴァルトネイア。

 ケリュネイアから進化したことで更に強くなった彼女は、今や森の中での厄介さはうちの中でも群を抜いている。


『木々よ! それらの蛇を押さえつけよ!』


 瞬間、ネイルの周囲からいくつもの木のつるが地面を食い破って姿を現し、ネイルの頭から生えている数多くの蛇を縛り付けていく。

 それには焦ったようにネイルも暴れ出すが――


「残念だけれどそれは――」

「妾たちがやらせぬのじゃ!」


 けれども右腕を恭香、左腕を白夜にしっかりと固められ、ネイルはそれを解こうとするが二人の今の物理系統のステータスは僕よりも上である。

 ネイルはならば自身の蛇の下半身を使ってそれらを解こうとするが。


「これでも元々はこのクラン最強なんだよ! 私を忘れてもらったら困るんだよね!」

『この姿にまでなったのに活躍しないのはつまらないのだ!』


 そこに動くはエロースと藍月。

 二人は協力してその太い蛇の下半身を地面へと押さえつけると、僕へとチラリと視線を向けてきた。

 それに対して僕はコクリと頷くと、それを感じ取った暁穂がネイルの方向へと走り出す。

 音速すらとっくに超えたその速度のさなか。

 僕はぎゅっと拳を握って覚悟を決めると、キッとその瞼を見開いた。


「全員目ぇ瞑れよ!」


 僕はそう叫ぶと同時に暁穂の背中から飛び降りる。

 目の前には巨大化したネイルの姿があり、僕はそのネイルの瞳へと視線を向けて――



「悪いな、ネイル」



 そう呟いて、彼女の唇に口づけをした。


相変わらずイラッとくる主人公

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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