影―033 叫び
「その……、ネイルって言ったわよね。今まで酷いことしちゃって、ごめんなさい」
その後、勝負に勝った僕達は、勝利の報酬として虐めに関わった全員がネイルへと謝罪させることにした。
のだが――
「……ん? 姫様、ネイルの過去には関わってないっぽいじゃん」
「……なんで知ってるのかはわからないけど、私はこの国の姫です。謝らないわけにはいかないでしょう」
何でって……いや、プライバシー侵害とかで訴えられたら嫌だから言わないですよ。
その姫様の言葉に心を打たれたのか、先程ゲームで勝負していた者達、そしてそれを見守っていた野次馬の中からも多くの人がネイルの元へと訪れた。
ここで空気を壊す者はいないと思うが一応確認しても、その中にネイルへと悪意を抱いているものはおらず、僕はほっと一息ついた。
のだが、邪魔者がまだ残っていたらしい。
「お、お前達ッ! 混血に頭を下げるなどそれでも妖精族か!?」
「き、貴様らァァァ!! 我らにインチキを使い勝利し、その上で姫様に頭を下げさせるなど万死に値する!」
そう叫ぶは長老とエルフリーダー。
エルフリーダーとかもう存在感空気になってたから死んじゃったのかな、とか思っていたが、どうやらまだしぶとく生き残っていたらしい。見下げたゴキブリ根性だ。
僕は二人の方へと視線を向ける。
「あるぇるぇー? 勝負に負けた人は勝った人の言うことを聞く――って言いましたよねぇー? みんなも聞いていたはずなんだけどなぁ? 証人がこんなにもいる中でそれを否定しちゃうんですかぁ? そのテキトーに考えただけのイカサマとやらのネタも考えつけない、そんな賢い賢い長老とエルフリーダーさん?」
我ながらイラッとくる言葉である。
もしかしたら歴代一位かも知れないな。
その言葉に二人とその背後にいた者達は皆歯をギリっと軋ませてこちらを睨みつける。
まさに一触即発。
――その時だった。
「お互い、少し落ち着いたらどうですか」
瞬間、周囲へと凛とした声が響き渡った。
聞き覚えのあるその声に僕は周囲へと視線を向けるが、現時点の僕をして全く見つけられない。一体どんなに技術をしてるんだあの人は。
そんなことを考えていると、僕の隣にいたネイルもまたその声に身体を震わせ、周囲へと視線を向けた。
のだが――
「お、お母さん……?」
「……は? お、お母さん? へ? あの人が?」
た、確かに髪の色は同じだし、どことなく雰囲気も似てなくもないのだが――
「ぎ、ギンさん!? も、もしかしてお母さんのこと知ってるんですか!?」
「えっと、うん。今の声がネイルのお母さんなら、だけど」
僕は胸ぐらを掴んできたネイルへとそう言葉を返しながらも少し後ずさると、ゴツっと、背中を何かにぶつけてしまった。正確には何かというよりは誰か、と言うべきだろうが。
僕はその存在に気づけなかったことに少し驚きながらも振り返り――
「あっ、すいません、よそ見して、まし…た……」
そこにいた人物を見て、完全に固まってしまった。
そこに居たのは、ネイルによく似た緑色の髪を腰まで伸ばした金色の瞳の妖精族。
少しでも目を離せば見失ってしまうのでは。そう思えるほどにその存在感が希薄で、ステータス的には勝っているつもりでも、本当の殺し合いになったら……そう考えると背筋が寒くなる。
彼女は僕へとニコリと笑みを浮かべると。
「お久しぶりです、ギンさん。エルザです」
そこに居たのは最強最悪にして、何よりも凶悪なエルフの頂点であった。
☆☆☆
「「「え、えええ、え、エルザぁぁぁぁ!?」」」
そこに居た全員が予想だにしなかったその登場に目を見開き、母が出てきたと思ったら何故かただの化物が出てきたネイルは固まっ――
「ギンさん? 今失礼なこと考えませんでした?」
「は、ははっ、い、嫌だなぁ。そんなこと考えるはずないじゃないですかー」
僕は首元に添えられたその白銀色の短刀の冷や汗をかきながらもそう返すと、彼女はにっこりと笑ってその刀を収めてくれた。
っていうか何? グレイスにも勝てるだろうってほどには強くなったつもりなんだけど、ことエルザに限っては全く勝てる気がしないんですけど?
っていうかそんな化物がなんで最初の街に住――
「……三度目は、ありませんよ?」
「は、はいぃぃぃっ!」
何故か心の中を的確に読んでくるエルザ。
ホントマジおっかないです。絶対敵には回したくないね。
そんなことを考えていると、エルザはネイルへと視線を向けた。
「ネイル。時間なら後でいくらでもあります。言いたいことはあるでしょうけど、少し待ってくれないかしら」
「へっ!? あ、は、はいっ!」
まさか母親があの誰もが知る『伝説』だとは思わなかったのだろう。それは全然まったく母親に対する態度ではなかったが……まぁ、こんな急展開だ。全てを察して落ち着いていろというのは酷というものだろう。
それに。
「……エルザ、後で話はきちんと聞かせてもらうぞ」
「……もちろんですよ。私と言えど、今のあなたを敵に回して生きていられる自信はありませんから」
僕は、エルザの言葉に内心で安堵した。
娘を放ったらかしにして、その上であんな辺境で別の子供たちの世話をしていたのだ。それで娘を放置した理由を言い渋ったり言わなかったりした時には……、まぁ、僕もそんな腑抜けたことを言ってはいられない。
覚悟を決めて一発殴らせてもらわないといけなかったからな。
そんなことを考えていると、なんとも言えない、けれども少し嬉しそうにした長老がエルザへと話しかけた。
のだが。
「え、エルザ殿! お久しぶ――」
「……へ? えっと、誰でしたっけ?」
流石はエルザクオリティ。
その言葉に長老は愕然とし、それを見た僕は思わず口を抑えて顔を背けた。
笑っちゃダメだ。笑ったらダメだんだ。
そう言い聞かせるが、まるでそんな考えをぶち壊すかのように。
「あ、貴女様はまさかエルザ殿か! な、なるほどやっと貴女もこの俺の有用性に気が付き、この国へと舞い戻――」
「いや誰ですか。さっきの方は見覚えありますけど、貴方に至っては全く見覚えがないのですが」
「ぶふぅっ!」
――もちろん吹き出した。
僕は口を抑えながらも蹲ってぷるぷると笑いだし、恭香たちも口をムニムニとさせながら笑いをこらえている。
こちら側のエルフたちに至ってはもう隠す気もないのか、僕同様の声にならない笑いをそこら中で繰り広げており、相手側でも数人のエルフたちが笑みを浮かべていた。
それには思わず彼――エルフリーダーも唖然とし、直後に顔を真っ赤にして憤慨する。
「な、何を言うのだ貴女は! 貴女ほどの妖精族がこの俺の才能、そして潜在能力に気がつけないとでも言うのか!?」
「いや、貴方に誇れるほどの才能無いでしょう」
「く、くくっ……」
その言葉に僕の口から僅かな笑みが漏れ、それを聞いたエルフリーダーはさらに顔を真っ赤にした。
「さ、先程から何なのだ貴様は! 俺がエルザ殿と話している間にうるさいぞ! 貴様は少し静かにするということも出来ぬのか!」
「えっ、今の会話つもりだったんですか? どっからどう見ても相手にされてなかったじゃないですかー」
ここで煽りポイントを紹介しよう。
――煽る時は必ず敬語。
これは本気で怒らせたい時は鉄則だな。
『え、今の会話のつもりだったのか? 相手にされてなかったじゃん』というのも多少イラッとくるが、敬語の破壊力を前にすればそのイライラ感は霞んで見えるだろう。
「き、貴様ァァァァ! 愚鈍で馬鹿な劣等種族の分際で我らが誇り高い妖精族に何を言うか!」
「えっ、今普通に勝負に負けて……あぁ、誇り高いだけの貴方様は先程頭脳戦で全く歯が立たなかったことを無かったことにしたいんですね? 分かりました、しょうがないからそういうことでいいですよ。もう本当に仕方ないですねぇ〜」
煽りポイント、その二。
――言い返せないような状況下で殴りまくる。
これは使い所が難しいから中級者から上級者向けだが、ハマれば敬語にも負けずとも劣らない威力を発揮するだろう。
今回でいえば。
①勝負に負けたという事実と多くの目撃者。
②他の何よりも賢いと豪語したその事実。
③劣等種と混血に惨敗したその事実。
それらは絶対に覆りはしない。言い訳の余地がない。ならばその弱みにつけ込んで殴りまくるしかあるまいさ。さながら懐に飛び込んでみぞおちを連打するボクサーのよう。時に非情さは必要だ。
それとここで注意点だ。
これを実践するのは別に構わないが、間違いなく友達が皆いなくなるからそこら辺は注意してくれよな。たぶん小二の頃の僕が味わったあのなんとも言えない疎外感と独裁感を味わうこととなるから。
閑話休題。
僕はそんなことを考えながらも立ち上がり、パンパンと膝についた土を払う。
それを横目で見ていたエルザはその視線を長老、及びエルフリーダーたちへと向けると口を開く。
「彼の言う通りです。私はかつてあなた方を信じて、私の大切な存在を託しました。けれどもその先に待っていたのは――ただの裏切りと失望だった。そんな種族、正直私からすれば滅んでしまってもいいのですが……」
彼女はそう言いかけて僕へとちらりと視線を向ける。
……まぁ、アレだ。
『甘い』とか『ロリコン』って言われるかもしれないけど、コイツらに罪はあってもこれから生まれてくる子供たちにはなんの罪もないんだ。コイツらを皆殺しにするのは容易いが、そんなことをしていずれ生まれてくれであろう命まで奪うことは……、僕には出来ない。
だからこそ。
「まぁアレだ。もしかしてこの先チートを背負ったオタクがこの世界に飛ばされてくるかもしれないしな。そんな時にエルフ絶滅してるなんてなったら絶望のあまり荒れ狂うかもしれないし。ここは生かしておくに限るだろ」
と、そういうことにしておこう。
今更僕に綺麗事なんて似合わないさ。
僕はそう言って頬を緩め――
「――ッッ!?」
瞬間、僕の超直感が大きな警報を鳴らした。
それはいつ以来のものであろうか。数ヶ月前に父さんとガチバトルした時以来かもしれない。
その超直感が僕へと告げるは――ネイルを守れ。
僕はチラリとネイルの方へと視線を向けると、そこには僕の方を驚いたような様子で見つめているネイルの姿が。
その視線を追ってみれば、僕の方へと突っ込んでくるその一人のエルフの姿があった。
その手には見覚えのある宝玉が握られていて、その引き伸ばされた時間の中で、僕は少し眉を顰める。
――妖精族の秘宝。
相手の精神を破壊し尽くす――らしいその宝玉は、並の相手なら一瞬で廃人へと変えてしまうんだそうだ。そう恭香が言っていた。
けれども恭香も『ギンなら受けても問題ない』と言っており、僕はその刹那にこんな考えを抱いてしまった。
(ここで僕がこの宝玉を受ければ、他の誰かが被害を被ることがなくなる、ってことじゃないのか?)
その秘宝は使い捨てのもの。
僕が受けてしまえばその宝玉を仲間に使われる危険性は完全になくなる。
その上、この直感である。
ネイルを守れ。それはつまりこの宝玉を自身に使用させて彼女に使われるのを防げ、とそういう事だろう。
そうでなければ――
僕はその先を考えようとして、僕の目の前まで迫っているその宝玉へと視線を下ろした。
(そうでなければ……)
そうでなければ、その宝玉が使われるのはネイルということになる。けれども彼女と僕の位置はかなり離れている。この距離ではどうすることも出来まい。
そう考えながら僕はネイルへと視線を向けて――
「……は?」
瞬間、僕の身体がかなり強い力でドンッと押され、僕の身体は数メートル先まで転がってゆく。
そして次の瞬間、僕がガバッと顔を上げたと同時にその宝玉が僕をかばった彼女――ネイルの身体へと直撃した。
直後、その宝玉から大量の魔力と光が迸り、その光が僕の視界を覆い尽くす直前に、彼女は笑ってこう告げた。
「助けられて……良かったです」
それを見て、僕は――
「ね、ネイルッッ!?」
その叫び声が彼女へと届いたのかどうかは、僕には分からないことであった。
次回、暴走




