影―029 違和感
七月ですね。
八月末にこの作品も一周年を迎えますので、そろそろ一周年記念の何かに取り掛かろうかと思っています。特別なお話とか。
という訳で、こんなお話が見たい! などございましたら感想欄にでも。
例)・ギンがお化け退治の依頼へと一人で行くことになる話。・ギンが散髪されるお話。・ヒロインの誰がが主人公のお話。
それは、今日も今日とてウルとクロエと囚人のコスプレをしながらウノやらトランプやらをしていた時のことだった。
今は僕が万が一のために洗脳した――っていうか、単に好き勝手やってたらいつの間にか出来ていた――囚人仲間と看守たちが僕の代わりに労働してくれている時間帯で、今僕らの元へと訪れるとしたらおそらく『外』から来たエルフたちだろう。
と、そう思っていたのだが。
ギイッ、キギギギッ……。
そんな音が檻の方から聞こえてきて、僕は思わずそちらへと視線を向けた。
見れば見覚えのある銀髪チミっ子が牢屋を物理的に破壊しており、付与魔法で破壊耐性付与していたんだけどなぁ、と内心で呟く。
けれども。
「主様っ! 妾が助けに来たのじゃぞーっ!」
まぁ、白夜ならばそれも仕方ないことであろう。
見れば先程までそこに居たウルとクロエは既に姿を消しており、白夜の背後からゾロゾロと見覚えのある面々が牢屋の中へと入ってきた。
それには僕も思わず呆れたような顔を浮かべてしまう。
「え、なに? もしかしてもう休暇終わりなの?」
「何が休暇さ……、ただ私たち放ったらかして遊んでただけじゃん」
まぁ、そうとも言えなくもないな。
僕はそう呟くとソファーから立ち上がり、いつもの服装――常闇のローブに円環龍の鎧、それに今や脚鎧と化しているロキの靴へと換装する。
先ほどの囚人コスプレもここに来てから作ったにしてはなかなかの出来だった気もするが、やはり着慣れたこの服装の方がなんというか、我が家に帰ってきたような安心感があるな――ここ牢獄だけど。
見れば皆の背後には胡散臭い笑みを浮かべているエルフリーダーの姿があり、僕と目が合ったことに気がついたのだろう。以前とは比べ物にならない位に低い腰で僕の方へと話しかけてきた。
「いやはや、済まなかったな執行者。どうやらこちらに勘違いがあったようでな。本当に悪かった、謝ろう」
そう、彼は頭を下げることなくそう言ってきた。
舐めてんのかオラ! とは、思わない。
何せこの男からは悪意しか感じられないが、それでもきっとこいつの裏にいる村長だか長老だか、そんな奴が黒幕なのだろう。僕は心が広いからね。許してや――
「あ、そう言えば今回の件全部そいつのせいらしいよ」
「おいコラ、舐め腐ってんのかお前? あァん?」
いてかますぞおい。
いてかますの意味はよく分からないが、とりあえずは前言撤回。超思ってます。
僕は彼の目の前までそんな調子でずいずいと歩を進めると、馬鹿にされたと思ったのかエルフリーダーはヒクヒクと頬を引き攣らせる。
だが。
「す、すまなかっ――」
「土下座して許しを乞うたら許してやらなくもない」
僕はそう、ニタニタとしながら言ってやった。……まぁ、正直謝罪なんて要らないんだけどな。
謝罪なんてされても、せいぜい僕が得られるのは謝らせてやったという『優越感』くらいのものだろう。そんなことをされるくらいなら金なり物なり、なにか『得られるもの』が欲しいものだ。
……まぁ、この国に僕が得られる物なんてないだろうし? もう相手するのも面倒臭いから土下座で済ませてしまおうと思ったのだが。
あわよくばその後頭部を踏みつけて、メフィストのあのイラッとくる感じを真似て嗤ってやろうとも思っていたのだが。
けれども彼が何か行動を起こす前に、僕らの間に何者かの声が挟まれた。
「すまない、執行者殿……そこら辺で許してやってはくれまいか」
僕はその声に身体ごとそちらへと視線を向けると、そこには杖を付いた一人の老人が立っていた。
エルフにしては珍しい正真正銘の『老人』に、僕はきっとこの人が長老なのだろうと考えた。
だが――
「はい? どこのどなたかは存じませんが、余程頭がとち狂っているように思える。いきなり連れてこられて牢屋にぶち込まれ、その上であんな謝り方をされて許せと? 頭大丈夫ですかー?」
「き、貴様ァッ! 我らが長老になんというく――」
「うるさい」
途中でエルフリーダーが突っかかってきたが、股間を軽く蹴りあげたら涙目になって黙ってくれた。
僕はその長老とやらへとじっと視線を向けると、彼は瞼を閉じて深く頭を下げてきた。
「本当に……、本当に済まなかった。仲間の他種族の皆々様へも大変なご迷惑をかけた。ワシのこの命一つで足りるのならば……」
「あー、いいいい、そういうのいいから」
僕は懐から短剣を取り出したその長老へとストップをかける。
やっぱり駄目だ、この種族とはなんだか気が合わなさそうな気がしてならない。
用事があるんならさっさとかたつけてとっとと帰ってしまったほうがいいと、そう僕の超直感がビシバシと伝えてくる。こういったときはそれに従うが吉である。
僕は内心でそうつぶやくと、睨みつけてくるそのエルフリーダーを無視してその長老へと話しかけた。
「んで、たぶんなにか用事でもあるんだろ? ないならとっとと帰らせてもらうが」
その言葉にまたもやエルフリーダーがも眉根を寄せるが、残念ながらもうこれだけエルフのきったない場所を見てしまったのだ。今更敬語をつかう気にもならない。
僕の言葉に「ふむ」とあごひげを撫でた長老は。
「実はひとつ、執行機関に依頼がしたいのだ」
そう、淡々と告げたのだった。
☆☆☆
妖精の国――正式名称、森国ウルスタン。
正確には国と呼べるだけの大きさはなく、せいぜいが集落といった程度なのに国を自称している、ちょっとプライドの高すぎる困ったコミュニティである。
基本的に彼らが他種族を同列、あるいは上に見ることはなく、あるとすればいま僕たちがされているような圧倒的強者へのしかたないといった感じの降伏である。
まったくふざけた連中がいたもので、勝手に投獄して勝手に犯罪者呼ばわりしておいて今度は依頼をしたい、である。これならあの教徒たちのほうがまだよかったね。
ならもう滅ぼしちゃえよ。現状を見ればこの世界に住んでいるたいていの人がはそう思うだろうし、よくもまあそんなに落ち着いていられるものだと、そう思うだろう。
たしかに僕が一人だったなら悪質な腫瘍をすべて切り取ってほかの国に統合させるなりなんなりするだろうが――
「き、恭香さんっ! お、落ち着いて……」
「落ち着く? 私は落ち着いてるよ? ……ねえ白夜?」
「そうじゃな……、妾たちは今までにないくらいに落ち着いてるのじゃ」
ネイルの言葉に、貧乏ゆすりをしながらもそう返す二人。
よくあるだろう。近くに自分より怒ってるやつがいたら逆に冷静になるあれだ。
場所はこの集落の中心地にある巨大な木の中に存在している『会議室』とやら。長老はさきほど「しばし待っていてくだされ」と言って何処かへと行ってしまい、この部屋にいるのが僕たちだけになった途端これである。そりゃあ冷静にもなるさ。
だが――
「少し、違和感があるんだよなぁ……」
「……奇遇ね、私も同じようなことを思ってたわ」
僕の言葉にそう返すはミリー。
どうやら彼女も同じ意見のようだ。
――違和感。
何か根本的なところに見落としがあるような、そんな重要な試験でケアレスミスをやらかしてしまったような、歯の隙間に何かが引っ掛かったような、そんな不快感と少しの苛立ちの混じった違和感があるのだ。
「ミリーは、その違和感の正体、分かるか?」
「貴方だってわかっているはずでしょ? いくら頭がよくてもこの手の違和感は簡単に分かったりしないのよ。しかもこういう違和感にかぎってろくでもないことに決まってるわ」
「ですよねえ……」
僕は双呟いて恭香へと視線を向けるが、彼女に至っては怒りでそれどころじゃないらしい。
ごくまれに天才的な頭脳を見せる白夜も似たような様子だし、暁穂とエロースはその違和感を感じ取れていないようだ。そしてソフィアは――
「この国は立地だけならば素晴らしいな……、この国に籠れば一体どれだけの性癖を新たに生み出せることか……。考えただけでも震えが止まらんぞ!」
――僕は、一刻も早くこの国を去ることを心に決めた。
とそんなことを考えていると、こんこんというノック音ののちに先はど出て行った長老がこの部屋へと戻ってきた。
その背後には……誰だろう? 美人という言葉が似合うような一人の少女が立っていた。おおむね交渉をうまく運ぶためのお色気要員だろう。立場的には……そうだな、長老の孫娘とか。そんな感じかな。
するとその女の子は微笑をたたえて頭を下げた。
「初めまして、執行者様。私は長老の孫でありこの国の姫の、リーアと申します」
「ああ、はい。どうもこんにちわ」
僕はそう返すが、その言葉にほほをひきつらせる両陣営。
向こうはおおかた『わたくしの美しさを前になんて態度なの!?』といった感じだろう。
けれどもこっちは一体どうしたというのだろう?
と、そんなことを考えていると、恭香と白夜が僕の体をズイズイと奥のほうへとひっぱてきた。
「ねぇちょっと? 敬語使う気失せたとか言ってなかった? それがかわいい子出てきた途端に……」
「主様はかわいい女の子に弱すぎるのじゃっ! そろそろ本格的に去勢したほうがいいのかのぅ?」
「ま、まて、さすがの僕もいきなり知らない女の人にタメ口とか無理だって。元ぼっちに何を求めてるの君たち?」
僕はそう言って二人を離すと、それを見計らったかのようにコホンコホンの数度咳をする長老。
僕は長老へと視線を向けると、彼は真剣な表情でこう告げた。
「執行者殿、貴方には我らが秘宝を取り返していただきたい」




