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影―028 悪意

少しずつシリアスになって行きます。

 その日の晩。

 木々の隙間から月明かりが大地を照らす中、その木の中を掘られて造られた一室に、森国の重鎮たちが集まっていた。


「今回は……一体なんのようで呼ばれたのだ?」


 その中には件のエルフリーダーの姿もあり、彼はその重鎮たちを前にそんな言葉を投げかけた。

 その言葉に彼の隣にいたギンを運び入れたエルフたちは思わず顔を強ばらせる――こんな口をきいても大丈夫なのだろうか、と。

 けれどもその言葉使いに誰かが何かをいうことはなく、その円卓を囲んでいた者のうち一人、皆に『長老』と呼ばれる者は心底困ったというふうに口を開く。


「用件か……。それはお主とて分かっているだろう? あの執行者、ギン=クラッシュベルというお方(・・)のことだ」


 その言葉に、彼は思わず歯ぎしりした。

 ――執行者、ギン=クラッシュベル。

 かつてあまたの偉業をその身一つで成し遂げ、いまやお伽噺としても語られる――正しく生ける伝説。

 エルフリーダーは未だに里の外へと出たのは数度のみ。故にその伝説のうちの一部しか知ってはいなかったが、それでもその一部でさえ驚愕に値するものであった。

 けれど、彼はその話を信じなかった。無駄に長生きしている訳では無い彼は、伝説や噂というものは概ね尾ひれが付いて伝えられるものだと知っているのだ。

 故に、その伝説もそれと同じ種類のものだと。


 ――あの時までは、そう思っていた。


 思い出すは、港国の宿屋で見せた、一度きりの、一瞬の殺気。

 あれ以降は決まってふざけた態度で相手をされているため『タダの馬鹿』という感想しか出てこないが、それでもあの時、あの一瞬だけは――彼は、ギンを本物だと認めてしまった。

 それがどうしても許せず、何よりも、未だにあの時の恐怖を覚えている自分が許せない。

 それに。


「何故……、何故あの犯罪者を『あの方』などというのだ!」


 先ほどの長老の言葉。

 長老はギンを『あの方』と呼び、言外に位が自分よりも上だということを明らかにした。

 それもまた、許せない。

 対してその言葉にため息を吐いた長老は、キッとエルフリーダーを睨み据える。


「ワシはこう言ったはずだぞ?『執行者ギン=クラッシュベルに盗まれた秘宝について話したいことがある。丁重にお連れしろ』とな。……一体何をどうすればこの現状に繋がるというのだ?」


 もしもここにギンがいれば、すぐさま全てを察してため息をついたであろう。

 その言葉にギリッと歯をきしませたエルフリーダーは、その言葉に唾を飛ばす勢いでこう告げる。


「だからこそ俺達はその『盗まれた秘宝に関わっている犯罪者を丁重に連れてきてやった』のだ! 一体これの何が問題なのだ!?」


 今回の冤罪――と言っても、それは全てエルフリーダーから国中へと広まったデマのデマなのだが。

 その原因を言うとすれば――ただの捉え方の相違。

『盗まれた秘宝について話したい』という長老の言葉は、盗まれた秘宝について話をし、あわよくばその捜索を執行機関に依頼をしたいという意味。

 対してエルフリーダーはその言葉を『我らは貴様が秘宝に関わっているのを知っている。それについて話を聞かせて貰おうか』という意味で受け取った。

 それに加え『丁重にお連れしろ』という意味は、長老はそのままの意味で言ったのだが、対して彼が受け取ったのは隠語としてのその言葉。

 全くひどい勘違いもあったもので、全て知っているはずの恭香が事前に何も言えなかったわけである。何せ彼女とて、他人が他人の言葉をどう曲解しているかなんて分かるはずもないのだから。

 その言葉にため息をついた長老を見て、他の重鎮たちも全てを察したのだろう。彼らも同じくため息を吐き、口々に言葉を紡いでゆく。


「全く……長老殿、これからは私達にも御一報して頂く存じますぞ」

「これだから若い者は……。力はあっても思慮はまだまだと言ったところですな」

「今回の失態は大きい……、果たして彼が我らを許してくれるかどうか……」


 正直ギンの目的は黒幕――今回でいうところのエルフリーダーへの制裁と、ネイルを虐めた愚か者たちへの鉄槌だ。それを正直に話せば秒で許してもらえるだろう。楽しかったから別にいいよ、なんて言いながら。

 けれどもそんなことを知らない彼らはそう言い合いながらも頭を悩ませ、それを見ていたエルフリーダーは憤慨した。


「なっ、何を言っているのだ貴様ら! 我らが許しを乞うだと!? 一体なぜそんなことをせねばならな――」

「馬鹿者がァッ!!」


 瞬間、長老の拳が机へと叩きつけられ、ドゴォォォォンッ! という破壊音を鳴らして机が真っ二つに叩き割れる。

 その力は明らかにエルフリーダーをも凌駕しており、その実力が間違いなくこの国一番であることは誰の目から見ても明らかである。

 そして、そのエルフの国最強はこう告げた。


「貴様がワシの命令を曲解し、あまつさえ黙って従って頂けたあの方へと……聞いただけで呆れるッ! 暴言を吐きつけた上に牢屋へと投獄だと!? 誰がそんなことを命じた!? 何故ワシにその事実を伝えなんだ!? 貴様はこの国を滅ぼすつもりかッ!?」


 その怒りは本物であり、それを前にしたエルフリーダーは顔を恐怖色に染めてその場に膝まづいた。


「今すぐに貴様へと命令する! 執行者ギン=クラッシュベル様へと誠心誠意謝り、その後牢屋から解放しろ! 今度こそ丁重に、無礼なことをせぬようにワシのもとへと連れてこい!」


 その言葉には有無を言わさぬ威圧感が含まれており、それを受けたエルフリーダーは踵を返して走り出した。

 けれども彼の顔には拭いきれぬ憤怒の感情が浮かんでおり――



「執行者ァ……、絶対に、絶対に後悔させてやるぞ……ッ!」



 彼の脳裏には、彼の仲間だと伝え聞いたハーフエルフの姿が浮かんでいた。




 ☆☆☆




 その十数分後。

 恭香たち一同はその森の中を歩いていた。

 その先頭を道筋のわかっている恭香が歩いており、その背後を白夜、暁穂、ソフィアが歩いており、そしてネイルとミリーを脇に抱えているエロースがふよふよと浮いている。


「にしてもあれなのじゃ! 主様は毎度毎度妾たちを置いて行くのじゃ! まったく何たることじゃ!」

「まぁ、もうそこについては諦めましょう……。何だかんだで自分勝手なのがマスターです」


 白夜がぷんすかと頬を膨らませてそう叫ぶと、それにため息混じりに暁穂が同意する。

 確かにギンは彼女達に手を焼いているが、けれどもそれは彼女らとて同じこと。急に学校に行ったり、ワン○ースさながらの修行を挟んだり、こうして牢獄に社会見学に行ったりと。

 今ギンが何をしているのか知っている恭香からすればため息しか出ないわけだが。


「……まぁ、それがギンだもんね」


 結局は、その一言に尽きるのだった。

 あの男にカッコイイ主人公らしさを求めてはいけない。イケメンさを求めてはいけない。理想を求めてはいけない。

 そんなことはとっくの昔に気づいているし、だからこそ、自分たちはあの人のことが好きになったのだ。

 その言葉に他のみんなもコクリと楽しそうに頷いて――



「貴様ら! その場で止まれッ!」



 ――その言葉を無視して、歩き続けた。

 それにはその声の主も焦ったように「なっ!?」と声を出すと、彼女らの前方へとその姿を現した。

 のだが――


「あ……、ギンの殺気に当てられて失禁してた人だ」

「う、うるさい黙れ! なんなのだ貴様らは! あの男と同じような言動を――」

「はいはいお勤めご苦労様でーす」


 そう言って恭香はその男――エルフリーダーの隣を素通りし森国の方向へと足を向けたが、彼は咄嗟にその肩をガシッと掴んだ。

 けれど。


「ま、待てっ! この先には行かせ――」

「……は?」


 瞬間、絶対零度よりも冷たい声が恭香から発せられ、直後、彼の周囲の地面から噴出されたそれらの鎖が彼の身体を雁字搦めに縛り付けた。

 直後、どこからか現れた二体の兵士がエルフリーダーの首へとその剣の切っ先を当て、彼の首からツーっと二筋の血が流れる。

 それには思わず彼もゴクリと喉を鳴らし、それをつまらなさそうに見ていた恭香は。



「汚い手で触らないでよ雑魚種族。ギンに弓を向けた時点で私は貴方たちの国を滅ぼすつもりだった。ギンがやめろって言ったから見逃してたけど……よくもまぁ、私たちの前に一人で現れられたものだね?」



 その瞳には氷山のように冷たい光が灯っており、エルフリーダーは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 彼は今更になって後悔する――一人で来るべきじゃなかった、と。

 あの後誰にも相談することなく、牢獄ではなくこの森へとやってきたエルフリーダー。彼は今更になってその伝説が本物なのだと確信した。

 だが――


(くくっ、タダでは死なんぞ……?)


 エルフリーダーは内心でそう笑みを浮かべると、その最後尾のエロースに抱えられている彼女へと視線を向けた。

 その視線に気がついたのだろう、ビクッとその視線に身体を震わせ、恐怖に顔を強ばらせる彼女。

 彼は彼女――ネイルへと向けて。



「おいそこの混血よ。貴様に特例として森国へと入国する権利が出たぞ?」



 それはギンを苦しめるための口から出任せ。真っ赤な嘘。

 白夜の右眼が赤く輝き、木々の隙間から盛れたその太陽の光を、キランと暁穂の片眼鏡が反射した。


月光眼も太陽眼も同じように『悪意を見る』ことは出来ます。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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