記録―04 砂国と新聖徒
ズザァァァァァァッ――……
砂が風によって宙に舞い、その二人組の白いローブが風によってバサバサと揺れる。
大きなフードを目深に被っていることからその正体こそ分からないが、それでも背負う大きな荷物から二人が旅人であることは簡単に推測できた。
「もし、旅人さんや。助けると思って何か買っていってはくれんかね?」
ボロボロの衣服に身を包んだ老婆が二人へとそう告げる。
その言葉にその二人組の片割れ――背の低い方が足を止めてその露天へと視線を向けた。
そこにはボロボロの糸に穴を開けた石を通しただけの簡易なネックレスが売っており、それは大きな街でいうところの宝石付きの指輪と指して変わらない値段だった。
「――様、それは流石に……」
その片割れ――背の高い方がそう窘める。
声からして女性だろうか。その声には悲しげな感情がこもっていたようにも思える。
それに対して彼は少し考えたように沈黙するが、けれどもすぐに自分の考えをまとめて口を開く。
「僕はあまり頭が良くないからね。このネックレスを買って、その結果がどうなるかなんて分からないけど……。でも、死にかけてる人を放っておけるほど、僕も汚れてはいないつもりだよ」
彼はそう呟いて懐から非常食をお金の代わりにその台の上に置くと、申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ないですが、実は今あまり手持ちがなくて……。良ければこの非常食と交換していただけないでしょうか?」
そう言って彼はしゃがみこむと、その台の上からネックレスを一つ手に取った。
その時、彼のローブの下から『ジャラリ』と大量の金貨が移動したような音がして、老婆は思わず目を見開いた。
「アンタ……、もしかしてここじゃ食べ物もろくに手に入らないと思って……」
「いやいや、本当のことですよ。今のは……そうだな。僕の故郷で拾ってきた貝殻とでも思っていてください」
そう言って彼は立ち上がると、それと同時にその深々とかぶっていたフードが風によって舞い上がり、その顔が顕になる。
絶世の美男子。
そんな言葉が似合うような金髪のその少年。
汚れを知らぬ勇者のような、そんな雰囲気も感じさせるが、まるで卑劣な悪魔に幾度となく叩き潰されてきたかのような、そんな一本筋の通った強さも感じられた。
場所は元聖国と未開地の間に位置する国――砂国ロドルム。
聖国から流れ着いた『復興派』にして『過激派』な聖国の民がこの国に様々な影響を与え、今やとある大司祭がこの国を牛耳っているとの噂も流れている。
その大司祭の名こそ――ロドム・ペンドラゴン。
彼はその王宮の方をギロっと睨みつけると、ここに来た目的を口にした。
「父さん……、悪いけど、倒させてもらうよ」
彼の名は、アーマー・ペンドラゴン。
かつて大悪魔よりも悪魔らしい吸血鬼に何度も叩き潰された、ある意味、彼の実力を最も身をもって知っている人物である。
☆☆☆
「アーマー様、情報を探ってしました」
そう言って部屋の扉が開かれ、外から一人の女性が部屋の中へと入ってくる。
清楚という言葉が良く似合うそのメイド服。けれどもそれをよく見れば、極限まで体の動きを遮らないように工夫された『戦闘用』のメイド服で、そのスカートの下や袖の下には幾つもの暗器が仕込まれている。
彼女の名はマルタ。
かつてアーマーの父――ロドム・ペンドラゴンにアーマーの護衛役を任された戦闘メイドである。
そんな彼女が何故雇い主のロドムではなくアーマーに付いているのか。……それについては、答えは考えるまでもなく分かるだろう。
――アーマー本人を除いては、の話だが。
「ありがとうマルタ、本当に助かるよ」
「でしょうね。アーマー様はすぐにカッコつけたがるためか、情報を探ろうとしたら逆に探られてしまいますからね」
「うぐっ……」
その辛辣な言葉に、アーマーは思わず胸を抑えた。
その様子を見ていたマルタはため息を吐くと、一人の人物を思い出した。
(はぁ……、カッコつけたがるのは、間違いなくあの方に影響されての事でしょうね。あの方のようにキレる頭脳も判断力もないアーマー様が彼の真似をしたところで、失敗するのは目に見えています……)
もう既に、それと同じようなことは幾度となく彼へと告げていた。けれども彼はそれを頑なに認めようとはせず、終いには珍しくマルタへと逆ギレしてくるのだ。
そのため、逆ギレされて以降はマルタはアーマーへと『アーマー様はアレですね、ギン様の喋り方とか雰囲気とかをぱくっていますね、ぶっちゃけると』というのはやめた。まぁ、言い方にも問題はあるのだが。
閑話休題。
マルタは本題を切り出すべくコホンコホンと数度わざとらしい咳をすると、それを受けてアーマーも真剣な表情を浮かべた。
「で、どんな感じだった?」
「……はい、噂の原因を調べてみたのですが、やはり火のないところに煙は立たない、と言いますか。現状は噂程ではなくともかなりまずい状態にあるのは確かですね」
その言葉に彼は息を吐き出すと、そのままベットへと仰向けに倒れて「そっかぁ……」と呟いた。
現段階で最も有効的なのは、この国の王、あるいは王族の誰かにあうことなのだが、けれどもさすがは元大司祭。かつてのこの国を治めていた王族たちはみなそろって姿を消しており、その後釜として復興派の元聖国の者たちが代理として国を治めている。
なればこそ彼らに会うことは難しい。姿を見せないということは、抹殺、もしくは幽閉されているということだろうから。
けれど――
「そうでもしないと、進まないんだよね……」
彼はそうつぶやくと上体を起こした。
先に述べたように王族に会うのは難しい。今の彼の実力で応急に攻め入り、彼らの場所を探し、そしてそこまでたどり着くなど不可能である。
だからこそ。
「当たりをつけて、こっそりと入ろうか」
彼は笑みを浮かべて、そう呟いた。
☆☆☆
それとほぼ同じ時間帯。
王宮の中で、一人の男がその玉座へと腰を下ろしていた。
男の名は、ロドム・ペンドラゴン。
アーマー・ペンドラゴンの父にして聖女ミリアンヌの右腕。そしてなにより、大がつくほどの野心家である。
彼は視線を巡らせると、周囲には頭を下げて傅くかつての聖国の民たちの姿があり、それらを見た彼は笑みを浮かべた。
「聖女様はご乱心し、彼の邪悪な執行者について行ってしまわれた! 一度汚れた聖女様は彼女であって彼女たりえない! ならば我ら新たなる聖国を作りし信徒――新聖徒がこの国から新たな聖国を作り上げようではないかッ!」
ウぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
その言葉に、まるで何かに取り憑かれたかのように即叫び出す新聖徒たち。
その瞳には虚ろな光が灯っており、それはさながら自分が優れているという妄想に取り憑かれた狂人のようでもあった。
傍から見れば異常としか取れないその現状。
けれどもその『異常』は、彼らからすれば未だに『正常』なものであった。
「我らが新聖徒の誕生を祝い、我らは今度こそ本物の勇者を召喚しようと思う! 故に、自ら勇者を召喚する贄となり、永遠に我らの歴史に英雄として名を残そうという聖人よ! 名乗りを上げよ!」
瞬間、その場にいたロドム以外の全員が挙手し、それぞれ狂ったような笑みを浮かべた。
それを満足そうに眺めたロドムは。
(ふん、馬鹿どもめが。何が英雄だ何が聖人だ。そんな称号など欲しければくれてやるさ……。貴様らの、命の対価としてな!)
そう内心で呟くと、魔力を込めてその魔法陣を床へと浮かび上がらせた。
それを見た者達は皆我先にとその魔法陣の上へと乗ってゆき、その魔法陣へと器と魂の両方を捧げた。
まるで魔物が死んでゆく時のように彼らの身体は光となって消えてゆき、最後に残ったものは玉座の数歩前でニタニタと笑みを浮かべて立っているロドムのみ。
「くっ……クハハッ、クハハハハハッ! 馬鹿! 馬鹿かあの愚か者たちは! まさかここまで簡単に事が運ぶとは思わなかったぞ、この狂人どもめが!」
彼はそう言って笑みを浮かべると――
「珍しいな人間よ。私も貴様と同意見だ」
ドンッ。
瞬間、背中を蹴られたように彼は魔法陣の中へと転げ落ちてゆき、その魔法陣へと命を吸われてゆく。
けれども今回作り上げた魔法陣はかなり強力なもの。死んだことにすら気づかなかったであろう彼は一瞬で光となって消え失せ、その背後にいた『仮面の女』は、クックっと肩を震わせた。
「クックック……、勇者召喚とは面白そうなものがあるではないか。暇つぶしにちょうど良さそうだ、礼を言うぞメフィスト」
「いえいえ、こちらもちょうどあの方が休暇に入って暇でしたので」
その言葉にその玉座の背後。背もたれの影からその男――メフィストが姿を現す。
けれども彼女はメフィストの言葉に返事を返すことはなく、パンッと両手を合わせるとその魔法を唱えた。
「『勇者召喚』」
瞬間、光がはじけ、魔法陣から大量の魔力が迸る。
と言っても、その魔力は彼女やメフィストからすれば僅かなものでしかなく、彼女はつまらなさそうに息を吐いたが。
「…………あれっ? こ、ここは……?」
その言葉に仮面の下で、新しい玩具を見つけたような笑みを浮かべた。
その視線の先には一人の黒髪黒目の男性が尻餅をついて座っており、彼の姿を視認した彼女は、優雅に一礼をするとこう告げた。
「初めまして、我らが勇者よ。我らは新聖徒、この国からかつてのこの大陸に栄えた『ミラージュ聖国』を再興しようと考えている勢力です。そして私の名が――」
――新聖徒の大司祭。カオス、と申します。
そうして新聖徒は一瞬にして滅亡し、暇つぶしに訪れたラスボスがそれに成り代わったのだった。
今回はアーマー君でした。




