影―027 最悪の新入り
パソコンで小説書くのって難しい。
その日。
ウノをやっていて怒られた僕達は、何故か晩飯抜きだと言われたため、アイテムボックスからあまり過ぎているハンバーガーを数個出して平らげた。
すると何故かまた怒られたのだが、ハンバーガーを寄越せば許してやると言われたので、そいつの目の前で美味しそうに平らげてやった。
その時の看守さんは血の涙を流していた。
というわけで、翌日。
クロエもウルも帰ってしまい、原始魔法で作り上げた最高級ベットで眠りについていた僕は、怒鳴り声によって起こされた。
「おい貴様! 起床と朝食の時間だ! 早く起きんか! ……っていうか早く起きろ! ほんと起きて!? でないと俺が怒られちゃうんですけど!?」
その言葉に薄目を開けると、そこには高位結界の役割を果たす魔法陣型の檻をガンガンと叩いている看守さんの姿があり、彼は僕が起きたのを見て少しだけほっとしたような様子を見せた。
――ので、二度寝することにした。
「おやすみなさい」
「おう……って待てぇぇぇぇ!! お、お前早く起きろって言ってるのが分からねぇのか!?」
ふっ、甘いな。
僕はもう誰の指図も受けない。
何せ、こんな楽園を手にしたのだから。
「あぁ……、牢獄最高」
僕はそう呟いてゴロンと仰向けに寝転がった。
修行中はかなりハードスケジュールだったし、三年後になって見ればエロースしか集まらないし、僕を崇拝する変な国に行くことになっちゃうし。実は結構疲れていたのだ。
そのため、そろそろ休息とか、そういうのがあってもいいんじゃないかな、と。そう思っていたところにこの冤罪である。
「あれだな、よくラノベの主人公が冤罪で捕まってるのを見るけど、何であんなにシリアスになれるんだろうな。黙って捕まって、牢屋の中を改造でもすればいいのに」
「そんなの出来るのお前だけだよ!? た、頼むから早く出てきて! でないと所長に怒られちゃう!」
その必死な叫びに僕はため息を漏らして上体を起こすと、ググッと背を伸ばしてこう言った。
「赤と黒の部屋ってのも目がチカチカして疲れるしな……。今歯磨くからちょっと待ってて」
その言葉に、彼は愕然としたような顔を浮かべた。
☆☆☆
その後。
ギンはその看守に連れられ、少し歩いたところにある食堂へとやってきていた。
この牢獄そのものが地下だからか、その大きな一室には部屋はなく、魔導ランプが照らす中、ただ質素な服装の囚人達がうつろな瞳で飯にありついているか、あるいは荒々しく笑いながらと飯をかきこんでいる。
けれどもそんな中に一人、傲慢そうに腕を組み、ギロっとギンのことを睨み据えている者が一人。
ほかの看守たちとはすこし変わったその制服は、その男がこの監獄でも特別な存在であることを表しており、かつては極悪さで名をとどろかせた囚人たちもその男の不機嫌さの前にはおもわず身をすくませる。
男の名は『クレイズ』――かつて極悪の限りをつくし、『悪の体現者』とも呼ばれた男。
けれどもクレイズはこの監獄で過ごすうちに改心し、出所後にこの監獄へと舞い戻ってきた――今度は、看守として。
その後、彼は必死に努力し、結果として魔族という種族でありながらも、こうして監獄の所長にまで上り詰めた。
――だが。
(くっ……、なんなのだあの男は……ッ!)
クレイズは憎々しげに顔をゆがめてそう吐き捨てた。
その視線の先にいるのは、つい先日この牢獄へと入れられた新入り――名を、ギン=クラッシュベルといい、この集落の若きエースは。
『クレイズ……、あのギンという犯罪者には気をつけろ。あんなどこかねじの抜けたような雰囲気はしているが、あの男の頭脳はかなりのものだ。なめたら痛い目にあうぞ……』
と、どこか遠い目をしながら彼へと告げたのだ。
そのエルフはプライドが高く、またこの国への忠誠心がかなり高く、しばしば問題となる発言や、愚かとしか言いようのない行動をとることがあるが、それでもその実力だけはこの国でも並ぶ者がいないほどに高く、去年の獣王武闘会では決勝戦にて獣王にこそ負けたが、それ以外の猛者たちを倒して勝ち上がったその実力は確かなものである。
そんな男が、わざわざ魔族の彼へとそういったのだ。
(なるほど……、これがあの男が言っていたことか……)
クレイズは自らのうちに生まれ始めているその感情――怒りを実感してそんなことを考えた。
彼はフゥと意識的に息を吐き出すと、ガツガツと足音を鳴らしながらギンの方へと歩いていった。
瞬間、食堂からは音という音が消え失せ、先程まで笑っていた者達も思わず頬を硬く引き攣らせる。
彼らはわかっているのだ――クレイズという男が、どれほどまでに恐ろしい男なのかということを。
だからこそ、今クレイズのことを不思議そうな顔で見上げている、そのヘンテコなボーダーの服の男へと哀れみの感情を向けた。
のだが――
「……え? 何であれ誰も注意してないの? イジメ? このおじさんハブられてるの?」
ギンは、クレイズを指さして近くの看守の男へと耳打ちした。
けれども静まり返っているこの食堂内だ、その声は一言一句違うことなく他の全員へと届き、その言葉にクレイズはもちろん、ほかの者達も思わず首をかしげた。
それは看守の男も例外ではなく、「何のことだ」と返そうとした彼は――
「いや、なに知らんぷりしてるのか知らんけど、あの人の髭だよ髭……、ものっすごい寝癖付いてるじゃん……可哀想に」
その言葉に、クレイズを除いた全員が戦慄いた。
クレイズの髭。
それには絶対に触れてはいけないというのが、この監獄における暗黙の了解である。
なにせ彼の髭は――『縦巻きロール』なのだから。
かつてそれについて面白おかしく話そうとした者もいたが、それは一握りの良心を持つほかの囚人と看守たちに死守され、いつの間にかそんな風習が出来上がっていた。
だが――
((((ほほ、本人の前でそれを言うか!?))))
なんと彼、ギンは本人の前でそう言ってのけた。
そのまるで名家のお嬢様のごとき縦巻きロール(髭)は、毎朝毎朝クレイズが早起きし、元々の癖っ髭を三時間かけてストレートに直し、その上であの見事なまでの巻きを髭に覚えさせるのだ。それらにかかる時間――延べ四時間半。
それらを知っている看守たちは思わず冷や汗を流し、囚人たちはブチギレるであろうクレイズから距離を取り始める。
――だが、そんなことで止まる彼ではなかったようだ。
「全く……みんな見て見ぬふりは酷いんじゃないか? ほら、同じ囚人仲間だろ? しっかり注意しないとさ」
全員がギンにこう言ってやりたかった。
――いやそれ囚人じゃなくて所長だから! と。
けれどもそんな言葉は彼には届かず、見るものが見れば胡散臭さしか感じられない笑顔を彼は浮かべた。
気がつけば彼の両手にはドライヤーと櫛が握られており、ギンは迷うことなく――その櫛を、縦巻きロールに差し込んだ。
「「「「なぁっ!?」」」」
なんということでしょう。
所長を囚人扱いした上に、チャームポイントを寝癖と断定、四時間半かけてセットしたその髭を今まさにドライヤーと櫛を使って元に戻し始めている。もはや虐めでしかない。
それにはクレイズもぷるぷると震えだし、彼は、目尻の涙を服の裾で拭って声を上げた。
「ふ、ふん! か、勘違いするなよ囚人! この髭はファッションだ! なにを――」
「またまたぁ、こんなダサいファッションなんてあるわけないじゃないですかぁー。もしも万が一こんな髭を本気でファッションとか思ってる人いたら、多分その人頭とち狂ってますよ」
――瞬殺、である。
見れば、そこにはもう完全に涙目になっているクレイズが立っており、先程までそこに存在していた縦巻きロールは、今やどこからか取り出してきたピンク色のリボンや金色の星などによって可愛らしくデコレーションされている――その様、まるで聖夜のクリスマスツリー。
それを終えてパンパンと手を払ったギンは、満足げに頬を緩め――そして、その手のひらへと視線を向けた。
その手のひらはベットリと皮脂で汚れており、それを見た一同は思わず「もうやめてくれ!」と叫びそうになる。
けれども、そこは流石のギンクオリティ。
「うぇっ、その髭思ってたより汚いんですけど……」
クレイズは、涙を流して逃げ出した。
☆☆☆
俺の名はプルーム。
しがない看守さんである。
二つ名――『番兄さん』。
もうちょっとカッコイイ二つ名が良かったと最近になって思って来たが、噂によれば男のくせに『聖母』などと不名誉な二つ名をつけられた大男もいるらしいので、まぁ、よかった方だろうと思い込むことにした。
閑話休題。
俺はあの日――執行者という正真正銘の『怪物』と邂逅した日から丁度いい感じに休日が入っていたので、昨日、一昨日と二日間連続で家にヒッキーすることが出来た。マジひきこもり最高。
まぁ、寝る間も食べる間も惜しんでゲームをしていたため、腹がぎゅるぎゅると変な音を立てて鳴り響き、朝鏡の前で見た時は目の下に大きなくまが出来ていた。
まぁ、どうでもいいんだけど。
という訳で、今日は朝からだるい気持ちを抑えながらも勤め先の監獄へと向かった。
のだが――
「……おい、我が幼馴染みよ。お前一体何がどうした?」
俺は、そこに居た自分の幼馴染みを見て、思わずそんなことを問いかけてしまった。
すると何故か黒い軍服に身を包んだ彼はビシッと僕の方へと敬礼すると、
「はっ、おはようございますプルーム准尉! 一応確認ですので身分証明書を確認させて頂けますでしょうか!?」
「……お、お前、本当にどうしたんだ……?」
その様子に、俺はいよいよ本格的に彼のことを心配しだした。
けれどもなんだか話は聞いてくれなさそうなので、とり合えず俺は懐からこの監獄に務めている証である身分証明書を出すと、彼へと手渡した。
「はっ、確認させていただきます…………はい、問題ありません! どうぞお通り下さい!」
そうして彼は。
「今日も我らが主神に楽しき日々を!」
そう、初めて見るほどにビシィッと完璧な敬礼を俺へと向けてきた。
腕の角度、姿勢、足の開き具合……それらどこを取っても完璧としか言い表し用のないその敬礼。
けれどもその敬礼はこの国のものではなく、俺の脳裏にとある考えが過ぎった。
「ま、まさかっ!? どこかの敵国に洗脳され――牢獄が乗っ取られてしまったのか!?」
俺は急いで階段をかけ降りると、カバンの中に入っていたのその鍵の束と取り出した。
焦っているためか扉の鍵が見つからず、俺の中の焦りだけが刻一刻と大きくなってゆく。
(ま、不味い……、嫌な予感しかしねぇぞ!)
昔から、俺の嫌な予感はよく当たっていた。
これがあったこそ生き延びられた時もあったし、これに助けられた時なんて数しれない。
俺はやっとの思いでその鍵を見つけると、思いっきりその扉の鍵穴へと突っ込んだ。
「頼む……みんな無事でいてくれよッ!」
俺はいつに無く真剣にそう叫んで扉を開く。
頭の中には思い浮かぶ限り最悪の可能性が過ぎっており、その地獄とも呼べる光景に俺は歯噛みをする。
そして――
「ギン様っ! お飲み物をお持ちしました!」
「ふむ、苦しゅうな――っておい。これは酒だな? 余は酒は飲まぬ、ジュースを所望するぞ」
「もっ、申し訳ございません! ただ今この国に伝わる最高品質のジュースをお持ちします!」
「ば、バカッ! ギン様が酒なんてものを飲むわけがねぇだろうが! 少しは考えて動きやがれ!」
そこにあったのは、それ以上の地獄だった。
看守たちと囚人たちが皆力を合わせて動き回り、ミスを犯した看守を所長たるクレイズが鞭で叩いている。
そしてその中心。
玉座にちょっとカッコつけすぎだろうというポーズで座っているその男。
正しく『キチガイ』や『中二病』という単語が似合いそうなその姿ではあるが、玉座の威圧感とその身体中から溢れる風格から、妙に堂に入っているのが少しムカつく。
彼は俺の姿を目ざとく察すると。
「おや、お客様だ。お前達……丁重におもてなししろ」
「「「「イエス、マイロード!」」」」
それを見て、俺は思わずこう叫んだ。
「洗脳ってそっちかよ!?」と。
次回、また記録です。




