影―026 哀れ妖精族
ガシャァァンッ!
瞬間、僕の入った牢屋の入口が思いっきり閉ざされ、それを聞いた僕は思わず眉を顰めた。
「おいおい賢い種族のエルフ様よ……。お前らはドアもまともに閉められないのか?」
「黙れ劣等種族。今更そのような負け惜しみを言っても無駄だ」
そう言ってエルフリーダーはガチャンと牢の鍵を閉めると、確認するようにガチャンガチャンと扉を引いて見せた。
けれどもそれが開く気配はなく、彼は薄く笑みを浮かべた。
「よし、手錠は掛けたし牢に鍵もした……。これで貴様は完全に逃げられなくなったというわけだ」
そう言うと彼は初めてその口布を外した。
その背後の四人もまた同じように口布を外したわけだが、なんとまぁ、驚く程に美男美女ばかり。
「チッ……滅びろエルフ」
僕はあまりのその輝かしいフェイスにそう声を漏らしてしまったが、どうやら彼らには聞こえなかったらしい。
彼らは笑みを浮かべて踵を返すと。
「飯は出してやるさ、せいぜい裁判の時まで己が罪を思い返すがいいわ! フハハハハハハッ!」
そう、高笑いをしながら去っていった。
☆☆☆
彼らの姿が見えなくなって数秒。
「ふふっ、相も変わらず超展開ですね。私もまさか国を救った直後に捕まるとは思ってもいませんでしたよ」
僕はそんな声を投げかけられ、背後を振り返った。
そこに広がるは、長い間掃除もされていないのだろう、腐臭にも似た臭いが鼻をつくその部屋と、その部屋の中に申し訳程度に置かれているトイレらしきバケツと、その無骨なベット。
そしてそのベットの上に、彼女は腰掛けていた。
そのダークレッドの肩までの髪に、僕と同じ真紅色のその瞳。闇のように黒いそのローブに包んだ自称『性別不明』。
まぁ、僕は雰囲気的に女だと思っているのだが。
「生憎と、僕も思ってもいなかったよ」
僕はそう呟いて。
バキィッ!
――その手錠を、物理的に破壊した。
魔法が使えない?
なら物理的に破壊すればいいじゃない。
僕は腕に残ったその破片をバキッボキッと取りながらも床へと投げ捨てると、それを見ていた彼女は薄く笑みを浮かべた。
「残念です、折角自分の魔力を使ってまで出てきたのに……」
「はいはい、言葉と顔が一致してないから気をつけろよな」
そう言って僕は彼女――ウルへとチラリと視線を向けて、その床へと右手をついた。
そして――
「『神蝕』」
瞬間、僕の手のひらから血色の魔力が吹き出し、部屋全体を徐々に侵食してゆく。
範囲は僕とウルが今滞在しているこの一室のみ。
その支配下を手にし――その存在を、改変する。
「そうだな……、じゃあウルの部屋で」
僕がそういった直後、この部屋の中にあったもの――壁、床、天井、臭い、形、汚れ、家具、全てが自らの意思を持つようにぐんにゃりと形を歪め、徐々に僕がかつて訪れたその部屋を作り出してゆく。
そして、僕に呆れたような視線を向けてくるウル。
「はぁ……、その『神蝕』という能力は私でも使いこなせなかったものなのですがね……。なんでそんなに簡単に使えてるんですか?」
「……さぁ? 月光眼があるから、とかじゃない?」
僕はウルの言葉にそう返すと、前に来た時と同じように一人がけのソファーへと腰を下ろした。
目の前には同じようなソファーに腰を下ろしているウルの姿があり、彼女の膝の上には、いつの間にか一体の白くて小さな虎の姿が窺えた。
『あー……、やっっっとシャバの空気が吸えるかと思って出てきたら牢屋じゃねぇかよ。出てきた意味ねぇじゃねぇか』
「あらあら、さっきまで『ふ、ふんっ、し、仕方ねぇから私が助けてやるかぁ。ホンットに私がいないとダメダメだよなぁ』と嬉しそうに言って……」
『うるせぇ! 黙ってろオカマ!』
その言葉にウルがその小さな虎へと襲いかかり、それを慣れた様子で躱したその虎は、僕の膝の上へと乗ってきた。
『あ、あれだかんな。私は別にそんなこと言ってないからな? 全部あのオカマの捏造だ……』
「はいはい、分かってるよクロエ」
僕はそう言って彼女――クロエの頭を軽くなでた。
すると彼女は気持ち良さそうに目を細めると、僕の膝の上で丸くなって『ぐるる』と喉を鳴らした。
そして、その光景に愕然とするウル。
「な、なんでっ!? わ、私がクロエさんを『ぐるる』させるまでにどれだけ時間がかかったか……」
『うるせぇぞ下手っぴ』
「ぐふぅっ!?」
胸を抑えて膝をつくウル。
これが『時の歯車』のメンバーの心にトラウマを刻み込んだ魔物の頂点、円環龍ウロボロスである。少し僕らのこの空気に影響されすぎてる感じもするが……、まぁ、楽しそうなので良しとしよう。
僕はクロエを撫でながら背もたれへと体重をかけると、ふぃー、と息を吐いてこう呟いた。
「やば……、なんか牢屋飽きてきた」
とりあえず、裁判が始まるまで時間を潰す何かを考えるとしようかな。
☆☆☆
俺はこの森国ウルスタン――別名、妖精の国の牢屋の番人。通称『番兄さん』である。
名前? いやいや、最近人間の世界で流行り始めている『らのべ』とらやでは名前をあえて描写しないのがいいのだとか。俺もそれに則って名前は名乗らないことにする。
「おいプルーム、変な事言ってないで仕事しろ」
「ねぇ? 今俺名前は名乗らないって言ったよね? なんでそういうこと無視して名前で呼んでくるの?」
俺の言葉に「知るか」と吐き捨てる男。
彼は……もう名前とかどうでもいいんだけど、俺の幼なじみだ。十歳近く歳は離れているものの、それでも妖精族は人間ほど生まれてくる赤ん坊の数が多くない。この程度は誤差だ誤差。
「という訳で我が幼なじみよ。今日も仕事に行ってくるとしようか」
「はぁ……、お前は本当に会話のキャッチボールが出来ない奴だよな。軽く投げたらホームランで打ち返してくる感じ」
ほーむらん? たしかどこかで聞いたような……、あぁ、そう言えばついこの間この街を訪れた『ウラマチ』とかいう女性が高値で情報を売りさばいていったアレか。あの『すぽーつ』とか『やきゅう』とか言うやつ。
「っていうか、そんなに面白いのか? そのすぽーつって」
「スポーツじゃねぇ、野球だよ。まぁ、ルールは少し難しいが慣れれば簡単だし面白いぞ?」
そう言いながらも俺達はその牢屋の入口のドアを開けた。
この牢屋――別名『永久の牢獄』は今までに誰一人として脱獄したもののいない、大陸最高峰の牢屋である。
大陸中から名だたる犯罪者たちがこの牢獄へと投獄され、長年妖精族たちはこの牢獄の番人としてあり続けた。
正直『未開地の番人』だの『牢獄の番人』だの、なんでそんな面倒なことばっかりを引き受けてくるのかは理解に苦しむが、きっとプライドが高いのがいけないのだろう。なんで妖精族ってプライドだけは高いんだろうな。
それに比べて――
「さっき運ばれてきたあいつ……なんだっけ? たしか『執行者』とか言う奴? 名前だけは聞いたことあったけど、すんごい精神力だったよな。あんなに敵意に塗れた視線を向けられてる状況で、欠伸しやがら耳ほじってたもん」
「馬鹿、それは凄いは凄いでも別種の『凄い』だろうが」
俺の言葉に呆れたようにそう呟いた幼馴染は、タタっとその先へと続く階段を駆け下りてゆく。
数十段の階段を降り終えた先にはもう一つの頑丈そうな扉が設置されており、彼はその腰に下げていた鍵をその鍵穴の中へと差し込んでゆく。
「相手はお伽噺にまでなった生ける伝説だ。脱獄こそ無理だろうが、どんな手段を取ってこの鍵を奪いに来るかも知れない。用心するに越したことは無いさ」
そう言って彼は俺へと視線を向けた。
分かっているさ、仕事はきちんとこなす。
仕事なんざクソくらえと思ってはいても、真面目にやらなきゃ村八分にされる。それはゴメンだ。
俺は思い出す――十数年前に村を出た、いじめられっ子のハーフエルフのことを。
(彼女には悪いが……あんな目に遭うのは、絶対に嫌だからな)
俺はそう内心で呟いてコクリと首肯すると、それを見た彼は同じように頷いて扉を開く。
ギギギッと音が鳴って扉が開いてゆき。
そして――
「はいウノー! 僕あと一枚ねー」
『クソッ、いつもみてぇに頭の中読めてりゃ……』
「ふっふっふ……、甘いですよクロエさん。これは純粋な勝負、無粋な真似は――真似は……、ちょ、ちょっと今のやり直して貰えませんか?」
『やだねー! ジョーカー引いたこのマヌケが!』
俺達は見た、その光景を。
辛うじて原型をとどめているのはその檻だけだろう。
けれどもその檻はまるで魔法陣のように形を変えて円形になっており、まるでこちらがあちらへ入るのを防ぐような形へと変化している。
だが、重要なのはそこではない。
その中にいたのは、黒と白のボーダーの上下に、更には同じような模様の帽子をかぶった二人と一匹。
そして、もはや原型すらとどめていない、どこかの王国の一室かと見間違うほどのその部屋。
それらを見て、思わず俺らはこう叫んだ。
「「脱獄よりもとんでもねぇな!?」」
脱獄? そんなことは出来ないだろう?
いえ、それどころか彼らはリフォームしてました。
現状をいえばそんな感じだろう。
それには俺も思わず乾いた笑みを浮かべてしまい、幼馴染に至って何度も目をこすってその光景を見つめている。
「はい僕の勝ちー!」
「くっ……こんな所でご主人様の詐術が生きるとは……」
『……あれ? おぉっ! 私も上がりー!』
「なぁっ!? ま、まさかこの私が……敗北――っ!?」
とても楽しそうに騒いでいる二人と一匹。
やっと正気に戻った幼馴染はキッと口を真一文字に結んで駆け出すと、彼らへと向かってこう叫んだ。
「お、おい貴様ら! 一体の何をした!? と言うかそこの女と虎はどこから出てきた!? 貴様ら一体――」
けれども。
幼馴染の叫び声に鬱陶しそうに眉を顰めた彼らは。
「『「うるさい、今ウノやってるから黙ってろ」』」
そう、迷惑そうに口を開いた。




