―first contact―
その日。
暁穂と付き合うことになり。
それどころか告白の言葉まで恭香から聞いたらしい女性達からジトっとした視線を向けられ。
そしてそうこうしているうちにも太陽が水平線の彼方へと沈み、港国へと夜の帳が下りた。
そんな中。僕は誰に何を言われたわけでもないが――言うなればそう、何となく。何となく、港国の人気の無くなったその夜道を歩いていた。
「なんで……こんなことしてるんだろうな」
僕は自分の行動を思い返して、思わずそんなことを呟いた。
時刻はもうかなり遅い時間帯。恭香たちももう既に寝静まっており、人の気配といえば夜遅くまで飲み明かしている冒険者たちくらいのものだろう。
僕は軽くため息を吐くと、本当になぜ自分はここにいるのだろうか、と考えて――
「……ん?」
視界の隅に、一つの明かりが移りこんだ。
その明かりまでの距離はかなり離れており、ガタゴトと微かに聞こえる程度の音を立てながら移動している。
「移動式の……店とかかな?」
僕は思わずそう呟くと、それと同時にその明かりがぴたっとその場に停止する。
どうやら店を開く場所を決めたらしい。
そして、それを見ていた僕はなぜだか少しだけ、その店に興味を持ってしまった。
「案外、この店に行くためにここに来たのかもしれないしな」
僕はそう呟くと、その明かりの方向へと歩いてゆく。
一歩、一歩、また一歩。
歩く度にその明かりは大きくなってゆき、数分もしないうちに僕はその店の前へとたどり着いた。
のだが――
「……なんだ、この店は」
僕はその屋台を見て、思わずそう声を漏らした。
その店は僕が出していたあのハンバーガーの屋台よりも更にボロく、人が人力で押して歩けるような、そんな荷車を改造したような小さな屋台であった。
けれども一目見て屋台とわかるような仕様になっており、店の横には赤い提灯が。店の前には赤い暖簾がかけられており、そこにはおおきく『おでん』と書かれていた。
のだが。
(……なんで、日本語なんだ?)
そう、その文字は紛れもなく日本語だった。
僕はなんだか懐かしいその文字に困惑し、けれどもそれ以上に好奇心を持ってしまった。
別に超直感が危険を知らせることもない。そのため僕はその暖簾をくぐってみることにした。
次の瞬間、「いらっしゃいませー」と耳に届くその言葉。
見れば目の前にはカウンターが置かれており、その向こうに一人の黒髪黒目の男性が立っていた。
彼はニコリと笑みを浮かべると。
「初めまして、ギン=クラッシュベル君。僕の名前は波山徹。二年前にこっちに来た異世界人、とでも言うべきかな」
そうして僕は、もう一人の『異世界人』と邂逅した。
☆☆☆
波山徹、二十六歳。
元々は日本でおでん屋を経営していた彼は、二年前のある日、唐突に異世界へと呼び出されることとなった。
呼び出したのは『新聖徒』と自称する連中であり、その技術は間違いなく『勇者召喚』のソレであったと、通りすがりの金髪少年とその侍女さんが教えてくれたとのことだ。
まぁ、そこら辺の話については僕の知るところではないし、その金髪の少年――恐らくは『彼』が色々とかたをつけた後の話だ。今更蒸し返すことでもなかろう。
「と、そんな訳で僕は勇者として召喚されたわけなんですが……。なんと手にした能力が『ネットショッピング』系でして。こうして各地を回りながら商売をしている、と言った感じですね」
「へぇ……逞しく生きてるんだな、アンタも」
僕はそう言って、つくねにかじりついた。
ジュワぁっとその出汁と肉汁が口の中へと広がり、甘じょっぱいて暖かいその味が、夜の寒い風に当てられた僕の身体を内から暖めてくれているような気がした。
「うはぁ、美味いっ」
「ありがとうございます」
僕の言葉に彼はそう言って笑を浮かべると、何に気がついたか暖簾の外へと視線を向けた。
僕はその視線は追わずにそのつくねを食べ切ると、それと同時に外から僕らへと声がかかった。
「……私は、このようなものは初めてでな。相席しても良いのだろうか?」
「ええ、もちろん。ギンさんも宜しいですか?」
「あぁ、いいんじゃないか?」
波山の言葉に僕はそう返すと、それと同時に外の気配が僕らの方へと近づいてきた。
数秒後には暖簾がハラリと捲られ、その向こう側から一人の男性――いや、女性が姿を現した。
女性にしては短く切りそろえられたその黒髪に、僕と同じような真っ赤な瞳。黒を基調とした軍服に黒いマントを身にまとっており、彼女は一礼するようにその軍帽をクイッと下げた。
――板についたその仕草。
それには波山も思わず目を見開き、驚いたように声をかけた。
「お客さん、もしかして軍隊出身の方ですか?」
少し踏み込んだその質問。
けれども彼女はその言葉にふっと笑みを浮かべると、その軍帽を取って膝の上へと置いた。
「なに、ただのコスプレだ。そんなに堅苦しい役職になど付いていないさ」
それは遠回しの回答拒否にも聞こえるだろう。
だからか波山も「へぇ」と相槌を打つと、すぐにその話から話題を逸らした。
「あっ、そうだお客さん! お客さんもこんな変てくりんな店は初めてでしょう? オススメの品が幾つかありますがどうしますか?」
「オススメ……か。ふむ……」
彼女はそう顎に手を当てて呟く。
そして――僕へと視線を向けた。
僕は彼女の視線に気がついてそちらへと視線を向けると、そこにはまるで抜き身の刀身を擬人化したような、そう思えるほどに鋭く危なっかしい印象の女性がじっと僕の方を眺めており、僕は思わず口を開いた。
「なにか、僕の顔に付いてますか?」
「……いや、私の部下によく似ていたものでな」
彼女はそう言って苦笑する。
どうやらその様子から僕のソックリさんは本当に実在するようだ。なるほど僕の顔をじっくりと見ていたわけだ。
と、そんなことを考えていると、彼女は視線を僕の皿へとスライドさせて頬を緩めた。
「ならば店主。私には彼と同じものを頼みたい。彼が食べているものならば私も食べられるだろう」
「……? り、了解しました。少々お待ちを」
その言葉に困惑気味の波山。
けれどもそれすらも楽しげに眺める彼女は、ポツリと、こんなことを呟いた。
「君は、一体なんのために戦っているんだ?」
その言葉に、僕は迷うことなくこう答える。
「平和に暮らすため」
僕の答えを聞いた彼女はふっと笑みを浮かべると、僕の答えに対して口を開いた。
「平和に暮らすため、か。確かに平和というものはいいものだ。私も復讐心など持っていなければ、きっと君と同じものを望んでいただろう」
「復讐心……ねぇ? 誰かに恨みでもあるのか?」
僕は、心底興味無さそうにそう返す。
それには思わず彼女も苦笑してしまい、興味無さげだな、と小さく呟いた。
「まぁ、あるね。もちろんあるよ。始まりは今から考えると実に下らない火種ではあったけど、その火種は次第に私の心の中に燃え広がって行って――今はもう、消すことすら難しくなりつつある」
「……こうして聞いてると、馬鹿みたいだな」
僕の言葉に彼女は「違いない」と苦笑すると、それと同時に彼女が波山へと酒を頼む。
僕に「お前もどうだ?」と彼女は問いかけてくるが、僕は首を振ると口を開いた。
「なんの火種かは知らないし……正直知りたくもないが、火種が出来たのならその時点で消しておけばよかったんだ。平和に生きたきゃ、こちらからちょっかいをかけなければ良かった」
「……だが。自分から手を出さなかったからと言って、相手から好ましく思われるわけでもあるまいさ」
彼女は僕の言葉にそう返すと、僕の方へと視線を向けた。
その両の瞳は爛々と赤く輝いており、彼女は凄惨な笑みを浮かべてこう告げる。
「もしも、もしも万が一、君が私の部下を殺したとしよう。ならば私は君を殺すだろう。それがいつかは知らないし、まだ決めてもいないが――必ず、いつか殺す」
その言葉は、限りなく本心のように思えた。
けれども僕はその言葉に、ふっと笑みを漏らす。
「まるで獣だな。理性や知性ってのが感じられない。……それとも何か、僕が殺したお前の部下は、お前にとっては大切な、かけがえの無い存在だったのか?」
――もちろん違うだろう?
僕はその言葉は口にしなかったが、けれども伝わったのか、彼女はフッと笑を浮かべる。
「なぁに、万が一のことだ。……だからそんなに怖い顔をするな」
彼女は僕の言葉にそう呟いて、机の上に出されたその盃へと視線を向ける。
僕の瞳は爛々と輝いており、ポケットへと入れた左手が銀色の魔力を纏っている。
対して彼女からは敵意というものは感じられず、コポコポと酒を盃へと注ぎながら「だが」と呟いて。
「部下を殺すってことはそれだけ頭の顔に泥を塗っている、ってことだ。そこの所はよく覚えておけ、執行者」
そう淡々と告げて、クイッとその盃を傾けた。
☆☆☆
その後、彼女は結局少しの酒といくつかのおでんを食べ終えるとそそくさと帰ってしまい、僕もまた波山との世間話も早々に切り上げて宿へと帰った。
まぁ、ここで『奴』と会ったのも何かの縁だろう。それが前者であれ後者であれ、いずれまた巡り会う時も来るだろうさ。
で、その後僕は宿へと戻り、普通に寝たわけだったが――
「……きろ、……ろと言っている!」
朝早い時間帯。それこそ夜が明けて間もない頃だろう。
恭香たちも未だに起きていないだろうな、とそのような時間帯に僕はそんな怒鳴り声で目を覚ました。
のだが――
「ふぁぁ……、朝から一体なんの騒――」
瞬間、上体を起こした僕の顔面の横スレスレをシュンっと風が通り過ぎ、僕の頭からは一瞬で眠気が消え去った。
背後へとチラリと視線を向ければ、そこにはビィィンッと壁に突き刺さっている一本の矢があり、視線を周囲へと向ければ、そこにはまるで忍のように顔の下半分を布で隠した黒ずくめの男女が僕へと弓を向けていた。
「……一体、これはなんの冗談だ?」
僕は寝起きだったこともあり、少しドスの効いた声を発した。
それには彼ら彼女らもビクッと身体を震わせるが、やはり弓を向けているという事実が悪かったのだろう。
「ほう……冗談だと? 貴様は自分のしたことすらも分かっていないようだな……」
その中心に立っていたそのリーダー格のような男は自信満々にそう言ってのけると、僕へと向かってこう告げた。
「ならば言ってやろう! 執行者ギン=クラッシュベルよ! 貴様には我らが森国ウルスタンで妖精族の宝を盗んだ罪がかけられている! 大人しく投降してもらおうか!」
三年間、僕は修行したけれど。
一番最初に待っていたのは仲間探し。
そしてどうやら次は――冤罪のようであった。
以上、『一回目』でした。
次章へと続きます。




