閑話 約束のデート
港国編の本編が終わったので、閑話です。
その後、ブチっときた僕はウルの力まで付与してステータスボードを殴りに殴ったが、けれどもどういう理屈か全く壊れる気配はなく、僕は致し方なくステータスボードの破壊を諦めた。
そうしてアスタの後を追うように街へと戻って行ったのだが。
「うぉっふ……、やばい、執行者さんだ」
「おっぅっふ……、ほ、本物だよ……」
「うぇぁっふ……、あ、握手とか……」
「ば、バカッ! 執行者さんが一冒険者や一市民と握手なんてするわけがないだろう!」
酷い言われようだった。
あと『おっぅっふ』とか『うぇぁっふ』とか一体どうやって発音してるんだろうな。今のは頭の中だから出来たものの。
僕はそんな声を無視して街の中へと歩いてゆくと、カツカツという音と共に僕の前へと一人の男性が現れた。
のだが――
「おお、神よ! なんと素晴らしきその御力! まさか私、大悪魔と主神の戦いを生きたうちに見られるとは思いもしておりませんでしたぞ!」
「うるさいぞ神父。お前は寿命なんて超越してそうだろうが」
そう、そこに居たのはあの神父だった。
僕の正体を一発で見破り、その上でちょくちょく僕の前に現れるこのイカれた神父。
まぁ、鑑定とかしたらバレそうな気がするからしてないが、きっとここまでイカれた糞神父なのだから、きっと司祭とか大司祭とか、そっちの方のお偉いさんだろう。
僕はそんなことを考えてタメ息を吐くと、その神父は心底嬉しそうに「ほっほ」と笑みを浮かべた。
「なんとまぁ。あの憧れであったギン様よりそんな言葉を頂けるとは……恐悦至極に存じます。という訳で今日から私は賢者の石の錬成に励むとします」
「おいちょっと待て神父。頼むから永遠に存在し続けるとか止めてくれ」
こっちだって寿命を超越してるどころもうステータスボードに(笑)されてるんだから、お前が賢者の石なんて使った日には延々と纏わり付かれるかもしれない。
それは嫌だ。断固として拒否する。
と、僕のそんな思いが通じたのだろうか。神父は目頭を抑えて目尻に涙を浮かべる。
……まさか泣かれるとは思わなかったが、でも流石に賢――
「ま、まさかそこまで私のことをお思いになって頂けるとは……ッ! 感服いたしましたぞギン様! 何としてでも賢者の石を錬成し、貴方のお命尽きるまでお供いたします!」
「ねぇ、謝るからほんとにやめて!?」
おっと違った。
通じているどころか逆にやる気を出し始めている。なんて場所にやる気スイッチがあるんだこの神父は。
僕はそんなことを思ってため息を吐くと、それと同時にこちらへどうぞ覚えのある気配が寄ってくるのを感じた。
そちらへと視線を向ければ、もう隠す様子もないのかザァァァッと道が開けてゆき、その向こう側から恭香たちが歩いてくるのが目に入った。
「お、おお、おい! 見ろよ! 断罪者、恭香様がいるぞ!」
「び、白夜さんだ!? す、スゲェ! 角生えてる!」
「なぁぁぁっ!? な、な、なんだと!? 暁穂さんがロングスカート!? あの神の美脚はもう見れないのか!?」
「なんか、俺見覚えがある気が……」
「お、ネイルさんだー! 今やあの人も冒険者ギルド職員たちの憧れの的だからなー」
「あー、エロースのおねーちゃんパンツ見えてるー」
「これっ! 言っちゃいけません!」
「「「エロースちゃーーーーんっ!」」」
「み、みみ、見ろ! 聖女様……じゃなかった! ミリアンヌ様が居られるぞ!?」
物凄い人気である。
――約一名を除いて。
「……て、アレ誰?」
「褐色女騎士……見たことも聞いたこともないぞ」
「もしかして居候的な?」
「「「あー、ありうるー」」」
僕はその話し声に思わず目頭が熱くなるのを感じた。
見れば流石にソフィアも泣きそうになりながらぷるぷると震えており、元祖の白夜なら『酷い仕打ち! ありがとうなのじゃ!』とでも済ませられそうなものだが……、やはり精神面の強さと変態の強さはまた別だということなのだろう。
僕はソフィアのそばまで寄っていきぽんと手を肩へと乗せる。
「まぁ……、アレだ。お前はドがつくほどの変態すら生温い変態だが、僕の大切な仲間だ。だから堂々と胸張ってればいいんだよ。……変態を出さない程度に」
「慰めてるのか貶しているのかどっちじゃ!?」
おっと、思わず本音が。
けれども僕のラノベ主人公的発言もどうやら無駄にはならなかったらしく、彼女は先程よりは余程堂々とした佇まいをしており、その姿の前に先程までコソコソと話をしていた人々も思わず言葉を詰まらせている。はっ、ざまあみろってんだ。
と、内心でそんな器の小さそうな言葉を吐き出していると、恭香が僕のそばまでやってきた。
「で、これからどうするの? 私は一応全員の居場所知ってるけど、ギンはそれ聞いたら負けた気になっちゃうから嫌なんでしょ?」
「……そう言われると、何だか子供みたいだな、僕」
まぁ、本当のことだから否定はしないのだが。
すると恭香は。
「ならとりあえずは情報収集だね。どうせこの街の住民は全員がギンかミリーの下僕なんだから、しばらくこの街で過ごすことにしたら?」
「ねぇ? 今ちょっとさり気なくすごいこと言わなかった?」
「言ってない」
そう言ってぷいっと顔を逸らす恭香。
……くっ、可愛いじゃないか。
僕がそんなことを考えていると、そこへ先ほどの神父が割って入ってきた。
「ええ、我らの大半は聖国から流れ着いた者達ですからね。ギン様にはもちろんの事、ミリアンヌ様にも基本的には服従します。どうぞ奴隷のように扱って下さいませ」
瞬間、その言葉にピクンと反応する白夜。
大方「奴隷じゃと!? 妾を差し置いて主様の奴隷になるなど烏滸がましいにも程があるのじゃ! まずはミリーの奴隷となって経験値を積んでから出直すのじゃな!」とでも言いたいのだろう。
僕はポンポンと白夜の頭を軽く撫でて彼女を宥めると、めちゃくちゃ嬉しそうにしている白夜を無視して神父へと話しかけた。
「じゃあ少し頼んでいいかな。今ここにいる執行機関はしばらくこの街に滞在することにするよ。だから、この街で平穏に暮らせるよう、街の人たちには注意をしておいてくれないか?」
「おや? そんなことでよろしいのですか? 別に我々としては港国から独立して新たな国を建国する、などと言われても迷うことなく賛成するのですが」
……ここ、港国の首都だよな?
その言葉は飲み込んだ。このクソ神父にはもう何を言っても通じないと分かっているから。
僕はフゥと息を吐くと、神父は「おお」と思い出したかのように懐へと手を伸ばす。
「そう言えばギン様が来た時に渡そうと思っていたものがございましてね。こちらをどうぞ」
そう言って彼が僕へと渡してきたのは二枚のチケット。
僕はそれへと視線を落として首を傾げると、
「恭香様と暁穂様。お二人とのデートを未だにしていないとのお噂はかねがね聞いております。今回の料理大会は中止になりそうですから、お二人のどちらかと水族館のへ行――」
瞬間、風が吹いた。
「わーいっ! 神父さんありがとう!」
「ふふっ、流石は神父さま。私のためにチケットを用意して頂けるとは。ありがとうございます」
気がつけば僕の手には一枚のチケットが握られており、その声に視線を向ければ恭香と暁穂が満面の笑みでチケットを奪い合っている。
顔は笑っているのに目は全然笑っていない二人。
「ふ、ふふっ、恭香さんは三年間マスターと一緒にいたのでしょう? 私なんて付き合ってもいない上に三年間放ったらかし……。今回という今回ばかりは譲れませんとも」
「へー、こんな田舎の国で知らない男に肌を露出してた変態がそんなこと言うんだー。お姉ちゃんったらすっかりギンのこと嫌いになっちゃったのかと思ってたよー」
やめて! 何かわからないけどもうやめて!
二人で言い合ってるはずなのに、何故か僕の心にグサグサとトゲが突き刺さってくるんですけど!
僕はヒクヒクと頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべると、何とか現状を打開しようとこんなことを提案した。
「な、なぁ。それならジャンケンとかで……決めたらどうだ?」
僕の言葉に、二人は『勝ったな』とでも言わんばかりの笑みを浮かべた。
☆☆☆
――結果。
「ううっ……、三年間放置された上に、まさか再会早々に妹にデートの権利を奪われるとは……」
そのセリフの通り、恭香がジャンケンに勝ち、暁穂が負ける、という結果になった。
という訳で、僕は今現在恭香と港国に存在する水族館へと訪れているのだが――
「「うぉぉぉぉ……」」
目の前に広がるは、一面に広がる青色。
右を見ても左を見ても、ずーっと果てしなく続いているそのガラス張りの窓――否、水槽か。
その向こう側には色とりどりの魚達が泳いでおり、流石は南に位置する街だけあって熱帯魚などそういった魚達が多く泳いでいた。
「これは……凄いな」
「だね! 私こんなの初めて見たよ!」
そう言って恭香は駆け出してゆき、その水槽にべったりと両手をついて「ほぇー」と声を出していた。
恭香曰く、どうやら今回のデートは『らしく』したいらしく、今日二人でデートをしている間は僕の心を読まないことにしているらしい。こうして好き勝手に言って何も反論されないとは少し新鮮だ。
「理の教本も、やっぱりデータと実際に見るのとではいろいろと違うものなのか?」
僕がそう聞くと、彼女は僕の方をくるりと振り返る。
「うん、そうだね。理の教本としての情報は……なんていうか、教科書を丸暗記しているようなものだよ。例えるなら織田信長が鉄砲の三段撃ちをしたって言う歴史を見て、普通の人なら『大したことない』って思うじゃん? けれども実際にその時代に行って、同じように成長して、同じように生きて見ればまた話も違ってくるでしょ? そんな感じ」
「へぇ……。何で織田信長に例えたのかは知らないけど、まぁわかりやすいな」
何せ僕も最初その『三段撃ち』の話を聞いた時「誰でも考えれば思いつくだろうが」と思ってしまった口だからな。ごめんな、信長さん。
まぁ、確かに知っていてもそれが凄いかどうかは実際に体験して見なければわからない。
――愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
誰が言ったかその言葉は、こと恭香に限って言えば全くの逆なのだろう。賢者だからこそ実際に体験して、そして初めて学ぶのだ。
僕は頬を緩めて恭香の頭の上へと手を乗せた。
「……私は、白夜みたいに喜んだりしないよ?」
「水槽に映ってる自分を見てから言ったらどうだ?」
僕はニマニマと我慢するように口元を歪めている恭香を見てそう言葉を返すと、彼女は見えないようにと顔を逸らして俯かせた。
「……重い、だけだし」
何とかひねり出したようなその言葉。
僕はその言葉に笑みを浮かべると、黙って恭香を抱き寄せた。
ピクッ。
そう反応し、僕の手の中で身じろぎする恭香ではあったが、すぐに僕の身体へと体重を預けてくる。
微かに窺えたその横顔は耳まで真っ赤になっており、それを見た僕は水槽へと視線を向ける。
その水槽の中では色とりどり、いろんな種類の魚が自由気ままに泳ぎ回っており、鮫も小魚も。皆平等に争うことなくその中で生きている。
(この世界も、こうであればいいのにな)
人間だろうと神だろうと悪魔だろうと。
三年間死にものぐるいで修行して、今、強くなって最後に行き着いたのは『平和が一番』だということだった。
誰も争わなければ強さなんていらない。争うからこそ巻き込まれて死なないように、それらを跳ね除けられるようにと力を求めた。
仲間を――恭香を守るために。
だからこそ、ここいらでもう一度くらい宣言しておこう。
まぁ、宣言というよりは告白に近いのかもしれないが。
「なぁ恭香」
僕はそう呼びかけて。
返事を待つことなく、こう告げた。
「僕はお前が大好きだよ。だから絶対に、僕はお前を最後まで守り通す」
その言葉に、恭香は小さく頷いた。




