影―023 ギンのステータス
風はない。
雲一つない夜空に赤い満月が浮かび、その赤い光が地上を薄く照らしている。
周囲には何かが焦げたような臭いが充満しており、僕は思わず眉をしかめた。
……いや、理由はそのせいではないのだろうが。
「地獄の底から蘇り、その上でこれだけ攻撃くらってもまだ生き延びるか……。大した生命力だよ、お前」
僕は獣型から人型の状態へと戻ると地面へと降り立った。
視線の先には、身体中からジュゥゥと蒸気をあげている人型のルシファーの姿があり、彼は仰向けになってその水の張った大地へと倒れ伏していた。
「グッ、がハッ……、き、貴様……、こ、殺して、やるッ! 絶対に、絶対に殺してやるぞ!」
その瞳に映るは純然たる憎悪の感情。
もしも彼が持っている能力が『憤怒』だったのだとすれば、きっと面倒なことになっていただろう。
そう思わずにはいられないほどに、彼はその死に体で憤怒し、憎悪し、殺意を抱いていた。
「最後まで、お前はそうなのか」
僕はそう呟いて、拳をぎゅっと握りしめる。
傲慢を司る大悪魔――ルシファー。
彼は最初に出会った時から傲慢であったし、今、散りゆく時もまた傲慢だった。
まぁ、やっている事は褒められたことではないし、別に彼に畏敬の念を抱くということもないのだが――
「それでも、その曲がらない生き様だけは、賞賛に値する」
僕はそう言って、その拳を振り下ろした。
☆☆☆
周囲からは蒸気が上がっており、大量の水をかけられた木々は黒くなりながらも何とか延焼を抑えたようでもある。
……まぁ、その水をかけたのは僕なんだけど。
「ふぅ……、こんなもんかな」
僕は原始魔法で作り上げたスコップでパンパンと叩くと、ザシュッとスコップを地面へと刺して息を吐いた。
僕は視線をその場所へと向ける。
そこには少し盛り上がった土の部分があり、まぁ、誰かを殺した後に作るものといえば一つしかないだろう。
「……嫌いな奴ではあったけど、死体を残しておくのもアレだしな」
あれほどの執念だ。
悪霊になって復活するかもしれないし。
だからこそ僕は彼の身体を燃やして灰にし、こうして簡易的に作り上げた墓の中へと埋葬したのだった。
どうかもう復活したりしませんように、と。
まぁ、これ以上フラグを建てたら本当に復活しかねない。だから、これに関してはもうこれで終わりにしよう。
僕はそう決めるとくるりと踵を返して歩き出す。
のだが――
「あれれ? もしかしてルシファーさん死んじゃいました?」
僕はその言葉に足を止めた。
周囲へと視線を向ける。
そして案外、その声の主はすぐに見つかった――というか、現れた。
ずんぐりとした黒と白のボディに、長く伸びるのそのクチバシ。おおきなビー玉のようにまん丸としたその黒い瞳。
「……はぁ、なんでこんな所にいるんだ? アスタ」
そこのいたのは、件のペンギン店主、アスタであった。
彼女はピョコっと木の幹からその上半身を覗かせると、僕の背後の墓を見て驚いたような様子を見せた。
「うわぉっ!? もしかして執行者さんってばわざわざ律儀に『敵』の墓を作ったんですか? 馬鹿ですねぇ……、ルシファーさんってたしか断罪者さんのこと殺そうとしてましたよね?」
「……見てきたようなことを、言うんだな」
僕はそう呟くと、ギロっと彼女を睨み据えた。
断罪者――それは恭香の二つ名だ。
その事実はあの場にいた極小数の者しか知らないはずだ。それをこの女はなんと言った?
「そりゃそうですよぉ。だって私も、見てましたから」
僕はその言葉を聞いてため息を漏らした。
僕は彼女の正体を知りはしない。
正確には『断定』できるだけの証拠がなく、出来ているのはせいぜいが『推定』でしかなかったのだが――今、それが確信に変わりつつあった。
「なんだ? お仲間の弔い合戦にでも来たのか?」
「嫌だなぁ。ルシファーさんと私は友達じゃありませんよー。ただの顔見知り、ってだけです」
……訂正しよう。今、確信した。
僕は呆れたように彼女へと視線を向けると、彼女は心底楽しそうに口を開いた。
「いやぁ、三年前の執行者さんならまず間違いなくルシファーに殺られてましたよね? だからここでいい感じのタイミングでピンチを助けたら借金を返済して貰えるかな、なーんて思って尾行してたんですけど……」
「……はぁ、なんだかその言い方だと、お前なら三年前の僕を庇いながら、その上であの状態のルシファーを倒せるようにしか聞こえないぞ?」
僕は冗談を言うようにそう呟いて――
「殺せますが? 当たり前でしょう」
彼女は、まるで世間話をするかのようにそう告げた。
「私はこれでも強いですからね。さっきの……聖獣化、でしたっけ? あれを使った所で私には届きませんよ」
その言葉に、僕はピクリと反応した。
まぁ、正確にはその言葉を聞いて青筋を浮かべるクロエを感じて反応したわけだが……、まぁ、いずれにせよ僕が答える言葉は変わりはしないだろう。
「だったとしても、お前じゃ僕には勝てないよ。アスタ」
「うーん……、見てたところだと、本当にそんな感じなんですよねぇ……」
彼女は困ったようにそう呟く。
聖獣化に影神、悪鬼羅刹。それを使ってもアスタには届かないかもしれない。
けれども、もしもそうだとすれば他の力を足せばいい。影纏でも、絶影魔法でも。
使えば届く。
全力を出せば、彼女すら打倒できる。
そんな直感めいた感覚を僕は覚えており、それは恐らく、彼女も同じなのだろう。
彼女はその翼でボリボリと頬をかいて数秒後。プラプラと翼を振りながら踵を返した。
「そんじゃ、今日は帰りますともさ〜。ちょっと借金がとんでもない事になってきたので、ぶっちゃけるとお金にならないことに時間かけてる暇ないんですよね……」
そういうアスタの背中には哀愁にも似たなにかが透けて見えており、僕は思わず目頭が熱くなるのを感じながらも、何がしたいのかよく分からなかった彼女の背中へと、こうせめてもの忠告を投げかけた。
「とりあえずアスタ、お前……表と裏で声質とか話し方とか、少し変えた方がいいんじゃないか?」
アスタはビクッと身体を震わせて――木のつるに足を引っ掛け、頭から地面へとダイブした。
☆☆☆
アスタがワタワタとしながら逃げ出して行った後。
僕は森の中を歩きながら、色々なことを考えていた。
この後どうするか。
メフィストをどう処分するか。
目立っちゃったけどどうするか。
誰も仲間達の情報ないけどどうするか。
そして何より――これからどう、強くなるか。
思い出すはあの時感じた感覚。
あれは――恐怖、だった。
あの時、ルシファーを探していた時。僕は混沌の魔力を確かに感じた。あの禍々しくも忌々しい、闇よりもなお更に黒い、あの魔力を。
そして直感したのだ、勝てないと。
だからこそ分かる、僕はまだ最強へは至れていないのだ、と。
「強く……、ならないとな」
もっと、もっともっと。
こんな程度で満足なんてしてられない。そんなことをしていれば誰も彼もに追いつかれ――きっと、追い抜かれる。
僕はフゥと息を吐いて空を見上げる。
森の中。木々の隙間から夜空が見え、銀色に光り輝く満月が僕の身体を照らしている。
と、そんな中。僕の脳裏にとある言葉が過ぎった。
「あぁ……、そう言えばステータスも、見てないな」
思い出すは、カンストし初めた時のステータス。
ステータスにerrorの文字が現れ始め、そしていつの日からか――見ることをやめた。
理由は、単純に変化が現れなくなったから。
ステータスが五億を超えると『error』と表示されるステータスではあるが、errorになれば正確な数値は分からないし、なによりも、そんなの見るくらいならばスキルを使いこなせるように修行していた方が良かった。
だからこそ見てこなかったそのステータスではあれど。
「参考には、出来るかもしれないよな」
僕はそう考えると、息を一つ吐く。
緊張はする。というかここまで来ちゃったんだ。種族とか絶対に純血神祖から変わってるし。
そうだな、……あるとしたら『神血開祖』とかそんなのだったらカッコイイとは思うが……正直想像もつかないというのが本心だ。
僕は『うん』と頷くと、久方ぶりにそのステータスを表示する。
「『ステータス』!」
瞬間、僕の目の前には透明なウィンドウが現れた。
のだが――
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名前 ギン=クラッシュベル (23)
種族 吸血鬼族(笑)
Lv. 999
HP error
MP error
STR error
VIT error
DEX error
INT error
MND error
AGI error
LUK 2,000
ユニーク
影神Lv.4
開闢Lv.3 ★
月光眼Lv.4
原始魔法Lv.5 ★
スキル統合
超越神祖
絶歩Lv.5 ★
眷属召喚Lv.5 ★
血液操作Lv.5 ★
戦の神髄Lv.5 ★
アクティブ
ブレスLv.10 (共有) ★
テイムLv.10 ★
念話Lv.10 ★
パッシブ
料理Lv.8
並列思考Lv.10 ★
魔力操作Lv.10 ★
超直感Lv.10 ★
存在耐性Lv.10 ★
称号
知性の化物 最強の一角 (new) 生ける伝説 (new) 迷い人 SSランク冒険者『執行者』『冥王』神々の加護 (new) 世界竜の友 宗狂の主神 (new) 女たらし (new) トリックスター 救世主 悪魔の天敵 竜殺し 原初の理 月の眼
従魔
時空神竜スペースドラゴン
ノーライフキング
レオルギア
フェンリル ・ロード
世界竜バハムート
ペガサス・ロード
ヴァルトネイア
眷属
オリビア・フォン・エルメス
マックス
アイギス
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僕はそのふざけた種族を見て、ガシッとそのステータスボードを掴みあげた。
そして――
「(笑)ってなんだァァッ!!」
僕は思いっきり、ステータスボードを地面へと叩きつけた。
とうとう人外にまで笑われるし始末……。




