影―022 過去との決着
決着!
『グオォォォォォォォォォオンッッ!』
雄叫びが響き渡る。
大気がビリビリと震え、僕を中心として水面が円状に歪み、揺れてゆく。
常人ならば、それだけでも十分に死に至るだろう。
それほどまでにその咆哮に乗せられた威圧感は圧倒的で、もしもそれが敵なのだとすれば悪夢でしかない。実際に僕自身そう思う。だが。
対してルシファーは、その雄叫びに笑みを浮かべた。
「クハッ、クハハハハッ! フハハッ、ハハハハハハハハハハハッ! 蚊虫よ! なんだその脆弱な姿は!? 魔力が高まったと思いきや出てきたのはただの畜生ではないか! そんなもので今の俺に勝てるとでも思うたか!?」
ブチィッ!
瞬間、僕の頭の中にそんな音が響き渡り、そのブチ切れたような音の発信源――クロエは、いつになく恐ろしい声でこう呟いた。
『おいギン。テメェ、分かってんだろうな?』
『あ、あぁ……、容赦するな、ってことだよな』
やばい。思った以上に怖かった。
そのため僕の言葉は予想以上に自信なさげな声色ではあったが、けれども彼女は満足したのか鼻をフンッと鳴らした。
僕は内心でホッと息をつくと、ルシファーへと睨みを聞かせてこう口を開く。
『この野郎……クロエが拗ねちゃったじゃないか! こう見えてもクロエは繊細なんだぞ! ……どこかのペンギンに能力パクられただけで軽く絶望しちゃうくらい』
『バッ……、お、お前何言ってんだ馬鹿! この馬鹿! そんなこと言ってねぇでとっとと戦え馬鹿!』
おっとクロエさん、図星なのかいつに無く焦ってます。
僕は内心でそう笑みを浮かべると、それとは裏腹に姿勢を低くし、ぎゅっと四本の脚へと力を込めた。
まぁ、実際問題あまりふざけてもいられない。今のはクロエを宥めるために行った小粋なジョーク、という奴だが、彼女の言うこともご最もである。
『これ以上長引かせても面倒臭くなるだけなんでな。悪いがとっとと終わらせてもらうぞ』
僕はそう呟き――駆け出した。
大地が揺れ、水しぶきが跳ね、僕の通った道を表すように銀色の光が軌跡となって現れている。
その速度は先程までの比ではなく、想像していたよりも早かったのだろう、ルシファーは驚きに目を見開いた。
だが――
「クハハハハッ! なればその選択もまた一興! 俺自ら貴様のその姿に合わせてやろう!」
瞬間、彼の身体中を紅蓮色の渦が包み込み、次の瞬間、その渦の中から先程よりもなお大きい巨大な赤獅子が飛び出してくる。
前に見た時に比べて身体中のあちこちが黒く変色しており、それがうまい具合に『悪堕ち』したような、そんな異彩さを放っている。
けれども、僕からすればだからなんだという話だ。
『グラァァァァァァァァッッ!!』
『グオォォォォォォォォッッ!!』
瞬間、僕の放った体当たりが赤獅子となったルシファーの体当たりと衝突し、お互いの身体が物凄い衝撃を受けて吹きとばされる。
だがしかし、その衝撃もこの身体からすればせいぜいが軽く殴られた程度。僕はダダンっと空中を蹴りあげると、勢いそのままに大きな円を描いて駆け出した。
『さて、今の感じだと力は互角……。ならどうするか』
僕はそう言いながらも視線をルシファーの方へと向ける。
するとそこには、猛速度でこちらへと駆け出してくるルシファーの姿が。
僕はそれを見て――
『なら、搦手だよな』
――位置変換。
瞬間、僕の姿がルシファーの目の前まで移動し、ルシファーに驚く暇を与えることなく、僕は両腕を頭蓋へと叩き下ろした。
ドガァァァァァァァァァッッ!!
瞬間、物凄い衝撃波とともに水しぶきが弾け、僕はズダッと後ろへと飛び退いた。
この身体は基本的に四足歩行と二足歩行の両方が行える。つまりは獣のように動き回るか、獣人のように体術を使うか、好きに戦術を選べるのだ。
まぁ、今のは位置変換によって僕とルシファーの眼前に位置する水を変換し、直後に全体重を乗せた一撃をかましてやった訳だが――
『まぁ、お前もウイラムくんと同じなら、そういうことになるだろうな』
僕はそう呟くと、その小さなクレーターとなっている窪みから現れたルシファーへと視線を向けた。
頭蓋が割れているのだろう、頭からは鮮血がポタポタと溢れ出しており、それが身体中に纏わり付く炎によって蒸発し、赤い蒸気をあげている。
見ればわかる――重傷だ。
けれどもその光の消えた眼球がこちらを見つめており、彼は――狂ったように笑い出す。
『き、きひ、きひひっ! きははははっ! きはっ! く、クハはハハハッ! クハっ! クハハハハハハハハッ! 今何かしたか蚊虫よ! 見ての通り俺には何一つとしてダメージが通っておらんぞ! 痛みの欠片も感じない! 全くの無傷だ!』
僕はその言葉に眉を顰めた。
恐らくは混沌の『終焉』の能力。そのLv.2かLv.3が『他人に力を分け与える』という能力なのだろう。
そしてその膨大な力を得る副作用が――痛覚の麻痺。
かつてのウイラムくんも骨を砕かれ、内臓が潰されて、血反吐を吐いてもなお。それでも笑みを浮かべていた。
『なるほど、狂った能力だ』
僕はそう呟くと、自らが持つその対となるスキルを思い出す。
――『開闢』。
Lv.MAXがLv.3という、この世界でも最上位に位置するスキルであり、その位は久瀬の『天下無双』、フカシの『根性』なんかよりもさらに上。その『終焉』と対を成すスキルという概念の頂点である。
と言ってもそのLv.1の能力はサポート向けで、Lv.2の能力は使いどころが難しい。その上で、Lv.3の能力が……アレと来た。正直、僕はその能力を誰かに話すつもりは無い。なにせ、その能力は使わないことが一番いいのだから。
閑話休題。
僕は二足歩行の状態で立ったままに拳を構えると、それを見たルシファーはケラケラと、キヒキヒと笑い始める。
僕はフゥと息を吐き出して目を瞑る。
『お前は――過去だ』
僕にとって、ルシファーは過去そのもの。
過去――つまりは三年前。僕がどう足掻いても勝てなかった一番印象深い『敵』。それが大悪魔ルシファー。
今や根源化に混沌の力を得てやっと僕とまともに戦えるレベルだが、それでもやはり、彼がこの三年間、ずっと僕の前に立ちはだかり続けてきたのは間違いない。
彼を見て、自分の無力さに気がついた。
彼のお陰で、自分の『地獄』を思い出した。
彼のせいで――恭香が、死にかけた。
絶対に勝てない。三年前の僕が彼に対して強烈にそう思ってしまったからこそ。
『僕はお前を超えなければ、きっと先へは進めない』
瞬間、僕の身体中から紅蓮色の魔力が放出される。
それはクロエやシルズオーバーの『銀色』とは別の、僕が元から保有していた――影の魔力。
『混沌なんかに監視されてたら困るからな。絶影魔法の方は今回はお預けだ』
僕はそう呟くと、直後、僕の身体を中心として巨大な魔力の渦が形成される。
そして――
『詠唱は省略! 悪鬼羅刹ッ!』
瞬間、僕の身体中を赤いオーラが包み込み、頭、腕、肩、胸、腹、腰、そして脛を、それぞれの部位に赤い鎧が召喚される。
人間の腕に比べてかなり太かったその腕は悪鬼羅刹の鎧によってぎゅっと圧縮されており、それはその他の部位でも同じこと。全体的にみて僕の獣型の身体はぎゅっと引き締まり、見方によっては縮小したようにも見えるだろう。
だからだろう、ルシファーが嗤ったのは。
『キヒャッ! キヒヒッ、キハっ、クハハハハハハッ! な、なんだその鎧は! 身体を押さえつける枷としてしか役に立っていないではないか! あれだけの魔力を使ったのだから何をするかと思いきやまさかの弱体化! 見上げた蚊虫の思考だな! どう足掻いても俺には到底理解が及ばんぞ!』
ルシファーはそう叫ぶように笑みを浮かべた。
そして僕は――
『まぁ、だろうな』
瞬間、僕の姿がルシファーの背後へと移動した。
握るは右腕。
途端、ギュンっと右腕に銀色の炎が宿り、それと時を同じくしてルシファーが目を見開いて背後の僕へと視線を向ける。
だが――あまりにも遅すぎる。
『正義の鉄拳』
ドガァァァァァァッ!!
僕の放ったその拳はルシファーの背中へと直撃し、拳がゴキバキと、骨を砕いたような感覚を伝えてくる。
『がハッ!?』
口から大量の鮮血を吐き出すルシファー。
彼の身体は一直線に吹き飛ばされてゆき、それを見た僕は――ググッと蹴り出すような構えを取り、今度は脚へと銀炎を纏った。
『正義の蹴爪』
瞬間、僕の眼前へとルシファーの身体が一瞬で転移し、僕は一切の容赦なく――その身体を蹴りあげた。
『ぐはぁっ!?』
血を吐き、苦痛に顔を歪めるルシファー。
僕は知っている。ルシファーの身体の痛覚は麻痺しているが、それでも限界を超えたダメージ――それこそその麻酔すら打ち消す程強烈な痛みを加えれば。
その副作用は、まるで元から無かったかのように消え失せる。
『全て、ウイラムくんで実験済だ』
僕はそう笑みを浮かべると、改めてその力について実感する。
『まぁ、あの時と違うのは、何のためらいもなく触れても大丈夫、ってことくらいかな』
僕はそう呟くと、それと同時に僕の身体をはるか上空の大気と位置を変換した。
本来ならば有り得ぬ、形無きものとの位置の変換。
けれどもこの世界――『幻想の紅月』の中でならば多少の無理は押し通る。多少の理屈は捻じ曲げられる。
ヒュゥゥゥゥゥ――……
僕の身体が次第に自由落下を始め、頭をしたにした状態で風を切って落ちてゆく。
『輪廻司りし螺旋の王、白銀纏いし白帝の王』
瞬間、僕を中心として膨大な魔力が吹き荒れる。
『彼の力、此の力在りしは我が魂、集いしは今を打ち開く拳なり。故に、我が過去に壁は居らず、在りしはただ絶対なる開闢のみ』
赤、黒、銀。
それら三色の魔力が右の拳へと集まってゆき、ガシャンと音を立てて赤い鎧に銀色の鎧が重ねられる。
『言葉は要らぬ』
別に、死に際に何を聞きたいわけでもない。
だからこそ――
『ただ、その死と血を以て、我が道の礎と成り給え』
僕はそう淡々と告げて目を開く。
視線の先には下の方から蹴り上げられたルシファーの姿がこちらへと迫ってきており、僕は、その拳をググッと振りかぶった。
『全てを打ち砕け!』
あの技を、最高傑作の対軍魔法だとすれば、これは正しく、最高傑作の対人魔法。
この技の前には彼の神王ウラノスでさえ恐怖に冷や汗を流し、全能神ゼウスでさえも全力で回避する。
瞬間、ボウっと僕の右腕から三色の炎が迸り、僕はルシファーへとその拳を――振り抜いた!
『過去滅する禁忌の罪ッ!』
紅月照らす夜空に、強大な破壊音が轟いた。
いいねー、強いねー、チートだねー!
読み返してそんな感想を抱きました。
次回『ギンのステータス』。文字通りです。




