影―021 天上の戦い
最初は今回でルシファー戦終わるはずだったのですが……。読み返して『なんだこのつまらない話は!?』となって書き直しました。
それと別に、総合ポイントが20,000突破です! イェイ!
その時。
僕は首筋に生身の刀身を突きつけられているような。
背筋にそんな寒気と怖気が走り、そして――恐怖した。
「い、今のは……」
今の感覚。
間違いなく初めて感じるものではあったが、それでも尚。今の感覚に近い恐怖を僕は覚えていた。
「混沌……」
かつて僕の故郷を滅ぼし、そして帝国を襲ったあの異形。
あれはまず間違いなくただの力の一部だったろう。でなければ混沌が神々に敵対できるはずもないし――あの程度なら、多分今のルシファーの方が余程強い。
だからこそあれらの混沌は体の一部――それこそ意識があるかどうか。その程度でしかない末端だ。
だが、これはどうだろう?
「勝てる……とは、思えないな」
僕はそう呟いた。
まだ距離は数キロ以上離れている。
それでも、この距離でも手に取るようにわかってしまう――彼我の力量差を。
恐らくは僕が今持て余しているいくつかの能力。それらを完璧に使いこなして初めてまともに戦えるレベルだ。今の状態で出くわせば――多分、僕は死ぬ。
「なるほど……たしかに今の父さんよりも遥かに強そうだ」
――かつての父さんだったのなら、また別なのかもしれないが。
僕は内心でそう呟いて胸へと手を当てた。
そこには燻る銀色の魔力。
僕はもう知っている。この力が、この命が。父さんと母さん、二人の『力』の犠牲の上に成り立っているのだということを。
僕は「ふぅ」と息を吐く。
そして――聖獣化を解いた。
「今回は……逃げるが得、って感じかな」
僕はそう呟いて踵を返す。
たしかにルシファーを見逃すのは痛い。
こうと分かっていれば最初から本気で潰していたものを。
そう思わずにはいられないが――それでも。
それでも僕は、仲間や自分が死ぬ事の方が、余程心が痛い。
仲間が死ぬのはもちろんのこと、僕が死ねば仲間が傷つく。それは避けねばなるまい。
だからこそ僕は戦意を失い――
「見つけたぞ……蚊虫ィィィィッッ!!」
瞬間、僕の超直感が全力で警報を鳴らし、僕は咄嗟に常闇の玄武の腕を展開した。
ズドォォォォォォォォォンッッ!!
直後、僕へと襲いかかるその衝撃。
その常闇の防御越しでも伝わるダメージに僕は「うぐっ」と声を漏らし――それと同時に僕の身体が吹き飛ばされる。
数メートル、十数メートルと吹き飛ばされてゆき、僕はその勢いが強いことを察すると常闇のローブを大きく広げて速度を落とす。
ズザザザザザッ!
速度こそ落としたもののその勢いはかなりのもので、僕は地に足を着いてから数メートルして、初めて止まることが出来た。
「ふぅ、一体何が……」
僕はそう呟いて視線をあげる。
そして――その映像を見て愕然とした。
「な、なんだ……と?」
視線の先にいたのは、人型のルシファーだった。
身体中から紅蓮の炎が吹き上げられ、そこからは先ほどの獅子の状態よりも。それよりも更に強い威圧感と魔力を感じられた。
そして何より――その気持ちの悪い魔力を、僕は感じ取った。
「グッ、グハッ! クハハハハハハハハハハハハハハハハッ! クハハハハハハハッ! クハァッ! ハーッハッハッハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞカオスよ! 先程までの痛みがまるで嘘だったように! 今までの全てが、全ての能力が嘘だったように! 今の俺は目が覚めている! 力が目覚めているゥ!」
カオス――つまりは混沌か。
見ればそれらの紅蓮の炎の端部が見覚えのあるドス黒い色へと染まっており、僕はルシファーの姿に彼の姿を重ね見た。
かつての帝国。
僕と久瀬の戦いに割って入った彼――第一王子ウイラムくん。
彼はよく分からない力により痛覚を失い、その上で異様とも思えるパワーアップを果たしていた。
その時の彼の瞳には虚ろな光が灯っており――
「……なるほど。そういう事か」
ルシファーの瞳に映るは虚ろな光。
僕はそう呟いて空間把握の範囲を広げて周囲百キロを捜索する――が、混沌の魔力の欠片も窺うことは出来ず、奴が帰ったのだと言うことが察せられる。
僕は安堵にすこし頬を緩めると、それと同時にルシファーが狂ったように口を開いた。
「クハハハッ、フッハハハハハハッ! 蚊虫ィ! 蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫蚊虫ィィィィ!! 眠った獣を追い詰めて調子に乗った蚊虫ィ! 貴様は死ぬ! 俺の手によって、思いつく限りの無残で無様で残酷な死に方をするだろう! 何せ今は俺の方が圧倒的に強いのだからァ!」
瞬間、周囲へと爆炎が舞いあげられ、周囲の木々へと火が映る。
その風圧に髪が揺れ、爆炎によって発生した火によって次第にパチパチと周囲の木々は燃えてゆき、まだ生き物が残っていたのか、周囲から隠れていたらしい動物が逃げ出してゆく。
それに加え、こと言う僕もこんな火に囲まれた状態で戦うのは嫌だ。だって僕吸血鬼なんだしね。忘れがちだけど。
僕は周囲をちらりと見渡す。
火の勢いはあまり強くない。動物達は逃れられるだろう。人の気配もないしあまり被害はないと見える。
だが――
「早く決めた方が……良さそうだな」
僕はそう呟いてルシファーへと視線を向けた。
ただでさえ根源化したDeus級の大悪魔。それが混沌の力を得てパワーアップしたのだ。
流石にこれ以上、馬鹿にするように見せかけて『観る』ことは無理だろう。それだけ今のルシファーは、まぁまぁ強い。しかもその上『傲慢の罪』で未だに力が上がっているように思える。
僕はフッと魔力を解放し、再び聖獣化する。
「クハハハッ! なんだ蚊虫よ! 今の俺の力を味わった上で未だに歯向かうとぬかすか!」
「ああ、歯向かうよ。生憎と、今の状態ならまだ十分止められる範囲だからな。今の内に――今度こそ潰させてもらう」
僕はそう告げてキッと左眼を見開いた。
瞬間、周囲へと血色の魔力が溢れ――現実が、蝕まれる。
「『現実神蝕』」
僕の背後から、新たな世界が広がった。
☆☆☆
かつて、父さんはこう言った。
『えっと、その世界構築、だっけ? 確かに発動させたらものすごく戦い辛いし、多分どんな相手でも阻止してくるとは思うけど……。それって、明らかに未完成だよね』
――未完成。
彼はいけしゃあしゃあとそう言ってのけた。
けれども僕は否定しなかった。なにより僕がこの能力を多用していないという事実が、何よりもその証拠だった。
『発動時の隙が多すぎる。魔力を貯めるのに時間がかかりすぎる。世界を構築するのに意識が割かれる。発動後も様々なことで魔力が消費される。何よりも――戦闘中に発動できるような能力じゃない』
その通りだ。
たしかにあの能力を使えば様々な戦いで優勢に立てたであろう。バハムート戦、グレイス戦、アスモデウス戦、フカシ戦。そして――今も。
もしも最初からその能力を発動できていればルシファーは僕の世界から逃げる術がなかった。だからこそ、混沌と接触する暇もなくその命を散らしていたであろうことは簡単に考えられる。
だが――
「お前ほどの馬鹿でも、僕が世界を構築しようとしたら止めてただろう?」
そして下手すれば、隙をつかれてやられていたかもしれない。
それだけ一瞬で世界を書き換えるというのは難しいことで、元祖の輝夜でも、あの悪夢を見せるにはかなりの時間がかかっていたように思える。
だからこそ僕は考えた。世界構築の完成系とは何なのか、と。
考えに考えて考え続け――
そして、この答えに行き着いた。
「一気に出来ないのなら、徐々に世界を書き換えていけばいい」
僕はそうニヤリと笑って背後を指さした。
するとそこには刻一刻と、じわじわと広がってゆく僕の世界――『幻想の紅月』。
月光眼の『世界構築』と。
月蝕の『神蝕』と。
原始魔法のサポートと。
それらを全て合わせて初めて完成するこの技は、文字通り現実を侵食し、一時的にその場を書き換え、僕の世界への入口を作り上げる。
そして、広がりに広がった入口は、最早その世界の中であることと何ら変わりは無いのである。
見れば僕の足元はもう既に水溜りへと変化しており、それは次第にルシファーの方へと向かってゆく。
「もう逃がしはしない!」
瞬間、僕の両脚から銀炎が燃え上がり、それと同時にドゴォッと地面を踏み砕いて駆け出した。
その世界の入口はそのまま僕の背中へと張り付いているように拡大を続けており、数秒後、世界の入口が彼の身体を捉えることに成功した。
「『巨大化』!」
瞬間、僕の右腕が巨大化する。
それには先ほど殴られて痛い目を見たルシファーは顔を引き攣らせて回避に移る。
――ことは、無かった。
「『傲慢な鉄槌』ォォッ!」
瞬間、彼の右腕を紅と黒の二色の炎が包み込み、彼は迷うことなくその拳を僕の拳へと叩きつけてきた。
そして、周囲へと爆音が轟いた。
ドゴォォォォォォォォォォンッッ!!
白虎の拳から銀色の炎が舞い、ルシファーの拳から二色の炎が迸る。
そして、すぐにその均衡は崩れることとなる。
「ぐ――ッ!」
――僕の、敗北という形で。
瞬間、僕の一撃はその拳に真正面から押し負け、身体ごと一直線に吹き飛ばされてゆく。
「チッ……、どんなパワーアップしてるんだッ!? 負けそうになって強くなって復活する……、ご都合主義にも程があるだろう!」
僕は両腕を地面へと叩きつけるようにして勢いを殺すと、四足歩行の状態で着地した。
けれどもその状態でも勢いは消え失せず、僕はズザザザッと後方へと流されてゆく。
先ほどの素の状態ならばいざ知らず、まさか聖獣化した状態でここまでしてやられるとは……。
見ればもう既に『幻想の紅月』の世界へと入ってしまっており、遠くには笑みを浮かべてこちらへと歩いてくるルシファーの姿が窺えた。
「はぁ……これは疲れそうな予感」
僕は疲れたようにそう呟くと。
すると――
『ハッ、お前が油断してるからだろうが、バーカ』
『さすがは大悪魔ですね……。しかもあの状態、恐らくはバハムートやベヒモスでも手を焼くのではないでしょうか?』
突如として、頭の中にそんな声が流れてくる。
まぁ、確かに二人のいうことも最もだ。
この展開が全くの予想外とはいえ、僕が最初から本気で潰していればこんなことにはならなかったはずだし、いまのルシファーがかなーり強いのも……まぁ、本当のことだ。
だからこそ――
「それじゃ、そろそろ本気で行くか」
僕はニヤリと笑みを浮かべてそう告げると、両腕を身体の前でクロスさせるように構えた。
「行くぞクロエ! しっかり合わせろよ!」
『誰にものを言ってやがる! 当たり前だ!』
瞬間、僕の身体中から銀色の魔力が溢れ出す。
僕は両拳をぎゅっと握りしめる。
そして、その力を発動させた。
「『獣型モード』!」
瞬間、膨大な銀色の光が夜の世界を照らし、そしてそれと同時に、その世界へと巨大な存在感が発現する。
数秒後、その光が止む。
そして、そこに居たのは――
『グルルル……』
僕の姿を見て、ルシファーが目を見開いたのが見えた。
少し視線を下ろせば、そこには凶悪なまでの鋭い爪があり、その爪は銀色に燃え上がる虎の大きな前脚から生えているのが視界に入る。
どうやら成功したようだ。
僕はニヤリと笑を浮かべると、それに呼応してその巨大な銀色の虎がその口の端をニヤリと吊り上げる。
――獣型。
人型が聖獣白虎――つまりはクロエとの、僕の原型をとどめたままにした不完全な融合だとすれば、これは正しく僕の原型を留めぬ完全なる融合。文字通りの『聖獣化』だ。
僕は目を見開いているルシファーへと向かって再び唸り声を上げると、
『宣言しよう――お前は、数分以内に死ぬだろう、と』
僕は淡々と、そう宣告した。




