影―016 復讐
ギンVSルシファー!
あの時。
僕は死を覚悟した。
下からも窺えるほどに帯電しているどす黒い雲。
上空に浮かぶ黒い異形。
四つの黒い翼。
そして、傲慢に顔を歪めるその男。
あまりにも力の差がありすぎた。
それこそ、僕が一だとすれば奴は百はあったろう。
『強く……なりたいな』
僕は切実に願った。
その頃は何のために力を欲していたのか分からなかったけれど、とにかく弱いことがいけないことだと。
僕が望む何かには『弱い』ということは不必要なのだと。
僕は心のどこかで確信した。
だからこそ必死に努力して、一度は片腕を失って弱くなったけれども、それでも努力に努力を重ねてここまで至った。
かつて、僕は二人の戦いをこう表現した。
『慣性の法則や重力と言った世界のルールを完全に破り捨て、獄炎の炎で燃やし尽くし、更には燃えたあとに残った灰をブラックホールにばらまいた上で、その上で行われているような』
そんな――天上の戦い、と。
☆☆☆
ふと、僕の視界が時間の歪みを覚えた。
「主様っ! 無事じゃったか!」
「僕がそう簡単に死ぬわけがないだろ……」
「ま、そうじゃな!」
やっぱり白夜だった。
突如として虚空に現れた白夜。それを見たルシファーは驚愕に目を見開いた。
「んなぁっ!? き、貴様っ! 一体ど……」
「にしても主様よ! 店をやっていた間妾を放置しておいて戻したかと思えば再び放置! これは何の御褒美じゃっ!?」
おっと、ルシファーさん固まってしまいました。
僕は見覚えのあるその光景にデジャヴを覚えながらも、白夜へと視線を向ける。
「お前さ……ソフィア程じゃないけど本ッ当に変態だよな。ソフィア程じゃないけど」
むしろあれ以上の変態が存在するのか、甚だ疑問である。
僕の言葉に腕を組んで数度頷いた白夜は、ニカッと笑ってサムズアップした。
「ふむ! 変態じゃない妾など正直いって物足りないじゃろ!」
なんてことを言うんだこの変態は。
と、そう言ってやりたかったが反論できない僕が情けない。
正直僕にとっては変態でありドMである彼女こそが白夜なのであって、僕は今更彼女を『更正』させる気など毛頭ない。
変なところもいい所も、全てが合わさっての彼女なのだ。少なくとも、白夜にはそのいずれも欠けてはならない大切な存在だと僕は思っている。
……まぁ、変態という要素を大切って言ってる僕も十分終わってるような気もするが。
「ま、そろそろ赤ポニテがぷるぷるしてきたから相手してやるか……」
僕はそう呟いて視線を上げる。
するとそこには気持ち悪いポニーテール――ルシファーが拳を握りしめてぷるぷるしており、何だかアイギスと被る特徴が少しというか、正直かなり腹立たしい。
僕が内心でそう考えていると、ルシファーは顔を真っ赤にして叫びだした。
「貴様らァァァァッ!! 三年前と言い今と言い! 尽くこの俺を無視するとは……、ばッ、万死に値するッ!」
瞬間、彼の身体中からとてつもなく膨大な威圧感が吹き出し、僕のローブをはためかせる。
――傲慢の罪。
自分が相手に傲慢なことを強いる時、及び傲慢な言動を取るほどにステータスが上昇するチートスキル。
その代わりそれ以外のスキルが消滅するというデメリットこそあるが、ことこの傲慢堕天使に関していえばそのスキルだけで事足りる。
僕は白夜へと視線を向けた。
「白夜、とりあえず今回は混沌もいないし、僕に任せておいて大丈夫だよ。白夜はあの壁のところ行って怪我人の治療にあたってくれ」
「ふむ! 分かったのじゃ!」
瞬間、再び時間が歪み、白夜の姿がその場から掻き消える。
毎回思う――その能力、どうやったら勝てるんだ? と。
けれどもまぁ、僕は白夜の主様だ。勝てる方法が見つからなくてもアイツよりは上に立ってないといけないし、進んで前へと、危険な道を進んでいかなきゃならない訳だ。
それこそが僕の『主』としての数少ないプライドでもあるわけだが――
「あの小娘めがッ! この蚊虫を殺した後に拷問して無様な姿で殺してくれるわッ!!」
視線をそちらへと向けると、ルシファーが僕の前だというのにそんなことをほざいている。
それはきっと無意識――あるいは僕の目の前でそう宣言することで動揺を誘い、それを見て笑っていたいのだろう。
だが――
「お前さ、相手との実力差くらい察しろよ」
僕はそう言って、彼と肩を組んだ。
「――ッッ!? 何ィッ!?」
いきなり自らの隣まで移動した僕の姿に彼は思わず目を見開いて驚き、すぐに腕を僕へと振るってくる。
そして、その腕がその場所を通過する頃には、僕の姿はそこにはない。
僕はその様子をルシファーよりも上空から見下ろしながら、ふむと頷いた。
「なるほど……この程度の幻術で十分か」
その言葉にルシファーはガバッとこちらを見上げた。
僕からすれば彼が何もいないところを見て攻撃しただけなのだが、彼からすれば僕が一瞬で隣に移動し、次の瞬間にはこうして上空に立っているようにも見えただろう。
僕は顎から手を離す。
たしかに今ルシファーの前に立っているのは、白夜たちの前で見栄を張りたいというプライドからでもある。
だがしかし――
「お前は忘れてるかも知んないけど、僕はお前に腕を奪われ、ステータスを奪われ、自信を砕かれ、その上――恭香を殺されかけてるんだよな」
僕はそう呟くと、魔力を解放する。
身体が一瞬にして影神のソレへと変換され、僕の手の中に一振りの大鎌が召喚される。
ルシファーからの僕らへの復讐? 逃がしたネズミの討伐? 人気取りの足がかり?
そんな訳がないだろう。
今回のコレは――僕の復讐だ。
「大好きな女を殺されかけた。アスモデウスの時のように油断はしない。バアルの時のように見逃したりしない。貴様だけは絶対に――殺してやる」
僕に彼が何を見たのか、それは定かではない。
ただ、その時のルシファーの顔は、まるで怯えた子犬のようにしか見えなかった。
☆☆☆
僕はアダマスの大鎌の柄で肩をトントンを叩く。
視線の先にはやっと構えだしたルシファーの姿。
「すぐに終わってもつまらないしな……」
僕はそう呟くと背中から一対の翼を出した。
流石は常闇、僕の意思を事前に察知して翼を出す場所に穴を開けておいてくれたらしい。
なんとなく常闇にポーカーとかやらせたら最強な気がするな。
僕は内心でそう呟くと、ノーモーションでルシファーへと突っ込んでゆく。
「ク――ッ!」
それには思わずルシファーも一歩出遅れる。
僕にとっての戦闘は、知力による作戦立案と、詐術による相手の行動妨害及び遅延、そしてひと握りの根性で構成されている。
正直恭香に最初の一つを任せてサポートもしてもらう、というのが今の僕にとっての最高の形なのだが、それでもそんなことをしなければ勝てない相手など混沌くらいのものだろう。
僕はアダマスの大鎌を下段に構えると、振り上げとともにその技を放つ。
「『月光斬』!」
瞬間、銀色に光り輝く軌跡が走り、街を回避して上空へと巨大な三日月が形成される。
見れば間一髪でルシファーは躱すことに成功していたようだが――どうやら完璧に、という訳では無いらしい。
「おいおい、こんな初手の様子見で掠って……一体どうした?」
「黙れッ!『エクスプロージョン』ッ!!」
その白い服の裾が今の一撃によって破れたルシファー。
彼は両手を僕の方へと向けると、火魔法Lv.4――エクスプロージョンを発動する。
僕の背後にはこの街があり、彼としては街を破壊したくなくば受け止めてみろ! とて言いたいのだろう。
だが――
「『マジックキャンセル』」
パチィンッ!
僕は指を鳴らす。
瞬間、その魔法が跡形もなく霧散する。
それにはルシファーも思わず目を見開いて固まってしまい、大きな隙を見せる。
まぁ、いたぶるのだけが趣味の傲慢野郎ならここで攻撃しないのかもしれないが、僕はある程度いたぶれればあとはもう死んでもらって構わないわけだ。
僕は人差し指を立てると、そのまま彼へと向ける。
「頼むぞ、クロエ」
瞬間、その指先に巨大な球体が出現する。
銀滅炎舞。
銀滅氷魔。
銀滅雷牙。
僕が誇る『炎十字』の三大属性を全て掛け合わせた破滅の象徴。
その威力はお察しの通りだが――
「……ねぇクロエさん? 久しぶりの登場だからって力込めすぎじゃ……」
『うるせぇ! タダでさえ普段は寝てるんだ! こうやってたまに出てきた時に強さアピールしとかねぇと印象に残んねぇだろうが!』
それ、寝てるお前が悪いよな。
『あァ? なんか文句あんのか?』
おお怖い怖い。
僕は相変わらずのクロエに苦笑を浮かべると、やっと硬直から立ち直ったルシファーへと向けてソレを放つ。
「死に晒せ――『破滅の銀球』」
瞬間、ルシファーは放たれたその銀球に飲み込まれ、狂国の上空に、大きな爆発音が轟いた。
圧倒!
次回、引き続き『僕TUEEEE』をお送りします。




