影―013 静かな怒り
神の声「お前、三年間もサボったんだからそのぶんお約束イベント大量発注しといたからな」
ギン「何その理不尽!?」
そうして順調に売上は伸び、そろそろ日本のサラリーマンの月収を超えるのではと、そう思えてきた頃のことだった。
「ぐぁぁぁぁっ!? く、苦しいっ!? なんだこれ! 毒じゃねぇかっ!」
その男は少しだけ怪しかった。
僕は今回、定員としての多く見られるため目立つ月光眼を発動していなかった。故にそれはただの直感でしかなかったのだが、今ハンバーガーを買うと同時にその場で食べ始め、いきなり苦しみ始めた様子を見るに、どうやら僕の直感もいい仕事をしてくれていたようだ。
「ど、どうしましたかっ!? な、なにかお身体にでも合わなかったり……」
その様子に近くにいたネイルは心配そうに駆け寄った。
彼女はその蹲っている男性の背へと手を伸ばし――
バシンっ!
直後、ネイルのその手は男の裏拳気味に放たれた拳によって弾かれており、かなり強い威力で打たれたのかネイルはその場にへたり込む。
次第にざわめきが辺りを占めてゆき、その男はその様子を見て――少しだけ、頬を吊り上げた。
まぁ、きっとバレてないと思ってるんだろうな。
もちろん常人にはわからない程度だったろうし、今のを見破れたのは恐らくこの場でもそれを直接見ていた僕と暁穂だけだろう。
「がほっ、げほっ! このアマ! 人に毒物食べさせておいて何様だ!? 今すぐ謝罪と賠償金! んでもって店を畳むことを約束してもらおうかぁ!?」
その怒鳴り声にネイルはビクリと身体を跳ねさせた。
それを見て僕は察する――まだネイルは過去を引きずっているのだろう、と。
彼女はハーフエルフ、エルフからは差別の対象だ。酷い虐めも受けたことだろう。
だからこそ、こうして人から怒鳴られるという行為が、心の奥底の根太いところで、消すことの出来ないトラウマとなって残っている。
(まぁ、そんなにすぐ消えることでもあるまいさ)
――僕が、未だに『知性の化物』でいるように。
ネイルは恐怖に顔を引き攣らせながらも座り直す。正座だ。
男はそれを見てニヤリと笑った――嘲笑だ。
奴はガンっと石畳を踏みつけて不快な音を鳴らすと、彼女を怯えさせるためだけに声を荒らげる。
「オラ! とっとと正座しろよ! 毒物飲ませた上になんの謝罪もなしか!? あァ!?」
ふと、隣から怒気が膨れ上がったのを感じた。
見れば堪え切れなくなった様子の暁穂が、手に握っていたフライ返しを調理台へと置いたところだった。
更にほかへと視線を向ければ、同じくこらえ切れなくなった様子の恭香、ソフィア、ミリーが今にもその男を殺してしまいそうな雰囲気だ。
そして何より――
「ほら! 早くしろってん……だ…………?」
――僕が、そろそろ限界だ。
気がつけば僕の姿は黒の民族衣装へと一変しており、身体中からは影が溢れ出していた。
右手には男の右腕。
今頃になって腕が無くなったことに気がついたのか、男はあまりの痛みに叫び、その場に転げ回った。
「ぐがぁぁぁぁぁっ!? う、腕がっ!? お、お出の腕がぁぁぁぁぁっ!?」
奴は左手で肩の傷口を抑えながら転げ回っていたが、けれどもその傷口から血が吹き出すことは無かった。
それは単にこんな公衆の面前で血みどろスプラッタをするのは気が引けた為だが――
「だからといって、お前を潰す事には変わりない」
僕は転げ回っているその男の鳩尾を踏みしめる。
がふっと男は息を吐きだし、呼吸ができないのか苦しそうにこちらを見上げてくる。
けれども僕は、それに冷たい眼差しで返してやる。
「めちゃくちゃ目立ってるな。後で裏で始末しときゃよかったって後悔するな。そんなの分かりきってんだよ」
そうだ。
影神まで使用して、不必要なことまでやらかしてる。
全く馬鹿なことをしているものだ。
知性の化物がなんて馬鹿なことを。
そんな考えは止まないが――
「目立つことと仲間を救うこと。どっちを取ってどっちを捨てるかなんざ――考えるまでもなく分かるだろ」
僕は鳩尾から足をどけてやると、その男の首を持って身体を持ち上げる。
息はできるだろう、力は込めていないから。
けれどもその恐怖に歪む顔を見ればわかるさ。この状況下は僕が直にこの男の命を握っているということの証明。
これ程までに恐怖し、絶望し、死を垣間見ることもこの男の人生では最初で最後だろう。
僕は自分でも恐ろしくなるほどの無表情を顔に張り付ける。
そして、ただ一言彼へと告げた。
「今すぐお前のバックを明かせ。さもなくば、一族諸共皆殺しにしてやる」
彼は一も二もなく、頷いた。
☆☆☆
「あぁぁぁぁぁぁっ! やっちまった!」
十数分後、僕は宿屋で頭を抱えていた。
あの後その男の背後関係を問いただして冷静になった僕は、周囲の人たちが全員目を見開いてこちらを見ていることに気がついた。
写真や動画をとっているものは居なかったから良かったものの、なんとまぁ、その瞳の奥に燃える狂気の炎が恐ろしいのなんの。
僕は咄嗟に店とみんなを連れて位置変換で街の外まで転移し、その後こうして転移門を開いて宿屋の自室へと戻ってきたわけなのだが――
「いやぁ、あのギンが『静かに目立たずに暮らす』とか言い出した時には『何言ってんの? 無理に決まってんじゃん』とか思ったけど、まさかここまで短期間でその平穏が終わりを迎えるとはね〜」
恭香の言葉が胸に突き刺さる。
いや、こうなることは分かりきってたんだよ。
けど――さ。
僕はネイルへと視線を向ける。
するとそこには暁穂に色々と言われて顔を真っ赤にしている彼女の姿が。
「羨ましいですねぇ。王国の舞踏会では貴族に手を出されたところをマスターに助けてもらい、学園でも同じようなことがあったとか無かったとか……。そして今回、毎度毎度マスターはネイルさんの事になると怒ってますが……何かあるんですか?」
「な、ななな、ないっ、ないですよっ! な、何言ってるんですか暁穂さんっ!?」
それは『怪しい』とも取れる行動だったが、僕はそれを鑑みてもなおこう言おう――マジで何も無いからな? と。
そもそも僕とネイルは三年ぶりに会ったんだ。
なればそんな暁穂が気にするようなことは一切ないに決まっている。というか付き合ってすらいないしな。
「にしても、ネイルと恭香は特にそういう属性強いよな。何ていうの? ピー○姫?」
正確には攫われてるのは恭香だけなのだが。
僕の言葉に恭香はなんとも言えないような表情で苦笑し、ネイルはよくわからないと言った様子で首を傾げた。
まぁ、ネイルもやってるスマ○ラにピー○姫出てくるけど、確かに名前と容姿、あと何故か空中を漂える傘くらいしか知らないだろうから当たり前か。
僕は立ち上がると、右手を前に掲げて口を開く。
「『眷属召喚』」
瞬間、ぼふんと音を立てて煙が上がり、その中からつい先程まで野山に放していた白夜とエロースの姿が現れる。
「ふぇっ? あ、あれ? なんで私こんなところにいるの?」
「ふむ? なんじゃなんじゃみんな集まりおって! もしかして妾の料理の腕が必要に……」
「なるわけが無いな」
僕はいきなりボケだした白夜にそう答えると、それと同時に視線を外へと向ける。
もう既に太陽は地平線の彼方へとその姿の半分以上を隠しており、夜の帳が下りるまでもう数分もないだろう。
「白夜、もしもめんどくさそうなのが来たらこの街の時間を止めてもいいからみんなを逃がしてくれ」
「よう分からんが分かったのじゃ! 妾は主様の忠実な下僕じゃからな!」
「すまんな、助かる」
僕はそう返すと皆の方へと視線を向ける。
何だかみんな呆れたような視線を送ってくるばかりだが、僕はとりあえず――
「ちょっと喉乾いたからコンビニ行ってくるわ」
この世界にコンビニがあるかどうかは別として、僕は笑顔でそう言った。
☆☆☆
パリィィィンッ!
ワイングラスが地面へと叩きつけられ、近くにいたメイドが思わずビクリと肩を跳ねさせた。
赤いワインがまるで血のように絨毯を濡らしてゆき、それを横から見ていた男はため息を漏らした。
「ワルーイ男爵、お怒りをお沈め願います。今はこれからの身の振り方を考えるのが先決かと」
「わ、分かっておるわ!」
男――ワルーイ男爵は彼の言葉にそう怒鳴り返すと、悔しげに、何故こうなったと言わんばかりに歯を軋ませた。
「クソッ! せっかく金を出して作った傘下の料理店! この料理大会に合わせて調整を組み、優勝して名を揚げるつもりがどうだ!? 意味もわからないボロボロの店に全ての客を奪われ――その上っ!」
彼は机にそのブヨブヨな腕を振り下ろすと、真っ赤に充血したその瞳で虚空を睨み付けた。
「何故っ、何故今更舞い戻る! 過去の伝説よ!」
もう既に『影の神腕亭』の店主が姿を消していた伝説その人であるという噂は広まっていた。
その上、その他の塗りつぶされてもなお全く色褪せることのないその人物の信頼度と、圧倒的なまでの好感度。
彼が出した店が毒物を出すわけがないということから、その自作自演を行った店――及びその背後にいるこのワルーイ男爵が疑われ始めていた。
だからこそ彼は悔しげに顔を歪め――
「ただの自業自得だろうが」
瞬間、その椅子の背もたれを突き破り、彼の胸から銀色の刀身が生えてきた。
ゴフッと彼の口からは血が溢れ、それを見たメイドは叫び声を上げようとして――猛烈な眠気に襲われた。
彼女はすぐに眠りに落ち、それを見たワルーイ男爵は痛みをこらえて叫び声をあげた。
「だ、だれかっ!? 誰かいないのか!? ……そ、そうだっ、お前っ! ワシを助けろ!」
彼は部屋の外へと助けを求め、けれども返事がないことに気がつくとすぐ近くにたっているその男へと視線を向ける。
その男は一週間ほど前に雇った新たな秘書であり、その未来すら読んでいるかのような優秀さ故に多少の生意気な口も彼は容認していた。
だが――
「助ける? クハハッ、なぜ用済みの豚を助けなければならないのです? ねぇ? ギン殿?」
その茶髪の男はそう言って凄惨な笑みを顔に貼り付けると、その椅子の背後へと視線を向けた。
けれども返事はなく、その代わりにワルーイ男爵の身体が銀色の炎によって燃え上がる。
「あっ!? あつっ、あがっ!? た、たすっ……」
彼はそう助けを求めたが、その伸ばした手は誰にも届かず、そのまま彼は命を散らした。
そして、直後にその背もたれの背後、その闇の中からスッと姿を現す一人の人物。
彼はその茶髪へと視線を向けて、眉に皺を寄せてこう告げた。
「今回の茶番は面白かったか? メフィストフェレス」
その言葉に、男はニヤリと笑みを浮かべた。
やっぱり目立たないとか無理でしたね。
次回、掲示板回第3弾!




