影―009 人鳥再び
翌日の早朝。
朝から暴走していたソフィアに鉄拳をくらわせた僕は、宿屋の前で皆へと今日するべきことを伝えていた。
「まずは予選についてだけど、開催日は明後日。その間に必要なのは、とりあえず移動できる店を作ること。なんの料理にするか決めること。そして──」
──食材を手に入れること。
僕はそう呟いて、戦闘服へと換装する。
移動式の店については僕の『原始魔法』を使えばちょちょいのちょいだろう。あえて買う必要もあるまい。
料理については……、この時期、たくさんの店が並ぶ中、小腹もある程度満たされている状況で、それでも食べてみたいと思うものなど限られてくるわけで──さらに条件などで絞ればすぐだ。それこそ最初の目的地に着くまで話していれば決まりそうだ。
なればこそ、僕がやることはただ一つ。
「よし、行こうか──冒険者ギルドへ」
そう呟いて、僕らは冒険者ギルドへと向かったのだった。
☆☆☆
なぜ今更になって冒険者ギルドへ行かねばならないのか。
理由は簡単。つい先日ネイルにこんなことを言われたせいだ。
『ギンさん!? も、もしかしてもうすぐギルド行かなくなってから三年経ちませんか!?』
とな。
その言葉に僕も最初は首を傾げたが、ふと、僕の脳裏にこんな単語が浮かび上がってきた。
──依頼を受けてから次の依頼までの期限。
確かそれがSSランクだと三年なのだ。
気がつけば冷や汗がたらりと頬を伝っており、それを見たネイルはこう叫んだ。
『わ、私を無職にする気ですか!?』と。
いやね。
僕だって『一応執行機関にいるじゃん』と反論はしたんだよ? けどそう言ったら『給料払ってませんよね』と一蹴された。クソッ、ネイルのやつめ。
という訳で、三年が経たないうちにギルドでなにか依頼を受け、そのついでに食材を取ってこようというわけだ。
だが──
「平和すぎる……」
そう、平和すぎるのだ。
いや確かに平和なのはいいことだ。素晴らしい。
だがしかし、平和すぎて依頼板に『ゴブリン討伐』とか『商隊の護衛』だとか『薬草採取』だとか。
そんな『食材になるか!?』と、そう言ったような依頼しか残っていなくてもそれはそれで困りものなのだ。
「どうするよ……、もうこの際薬草採取とかで繋ぐだけにして、別件で食料探して遠出するか?」
もしくはアイテムボックスの中身だけで何とかするか。
僕のアイテムボックスには三年前に僕が暗殺しまくったオークの群れと、約束の日の数日前に狩ったオークの群れが入っている。
それだけでも十分やっていけるとは思うが──
「豚肉だけあってもな……」
「ですね……。串に刺して焼けばそれだけでも一品できますが、それだとインパクトに欠けると言いますか」
まぁ、暁穂の料理だ。インパクトなんざ無くても一人でも客がいれば完売間違いなしなのだが。
そう言って僕と暁穂が悩んでいると、やっと通常の冒険者がギルドへと入って来始めた。
けれども、僕はそれを見て眉を顰めてしまった。
今の港国には全大陸中から冒険者が集まってきている。
それは食材を集めるために依頼が殺到するからであり、また数多くの人気店が料理大会に出場するからでもある。
だが、冒険者というのは基本的に荒くれ者の集団だ。三年前の有名だった頃ならばいざ知らず。
今のような目立たなくなった僕では──
「おう? ゲハハッ! 朝早くから精が出るなァ? ハーレムの兄ちゃんよぉ?」
──絡まれることなど、目に見えている。
僕は嫌そうに後ろへと視線を向けると、朝っぱらから飲んでいたのか、ヒックヒックとしゃっくりを上げる赤い顔の集団がこちらへと歩いてきていた。
今の僕のパーティは、恭香、白夜、暁穂、エロースに僕を加えた五人だ。
ネイルとミリーは他に依頼がないかギルドの方に掛け合いに行っており、ソフィアは朝の鉄拳で気絶したままなのでモンスターハウスに入っている。
まぁ、生憎と今のメンバーにはコイツらよりも弱いやつは一人もいないわけだが──
「クソッ……あれか? 三年経ったんだからお約束も最初っからやり直せってことか?」
僕はそう言って頭をかく。
もう一体これで何回目だ?
確かに三年間も姿を消してた自分が悪いのはわかるさ。
だが、だからといってに昨日のアレとソレ、そして今日のコレ、お約束の三連続だ。どれだけハッチャケてるんだ僕の運命。
僕がそんなことを思いながらもため息を吐くと、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ぐっへっへー! ボス! あんなヒョロっちそうなハーレム野郎なんざぶっ潰しちまいやしょうぜ! 勝手に店畳やがったお陰で私がどれだけ苦労したことか! その身をもって罪を償えー!」
「おう! そうだそうだ……って、誰?」
その『ボス』はその声に一瞬同調したが、すぐさま横のソイツを見てそう問いかけた。
そこに居たのは──まさしく人鳥。
僕の肩ほどもない低身長なそのずんぐりとしたボディ。
きらんっと光り輝くその長い口。
ぱちくりとした、まるでビー玉のような黒い瞳。
見間違うはずもない──アイツである。
「金よこせー! 飯食わせろー! クラン復活させろー! それも目立つところにー!!」
「……なんでお前がここにいるんだ、アスタ」
そこに居たのは、着ぐるみ店主のアスタであった。
☆☆☆
結局アスタの気味悪さに逃げ出した冒険者たち。
残ったのはプンスカと怒りながらもさり気なく商品を勧めてくるアスタと、それをジトっとした視線で見つめている僕らだけだった。
「ねぇ、前から思ってたけどアスタさんって何者なの? いくら頑張っても隠蔽されちゃうんだけど」
「あぁ、それはメフィス……じゃなかった。色々と根性で頑張ってるからですよ〜」
おい、いまこいつ完全に『メフィスト』って言ったよな? 言ってはないけど言いかけたよな?
僕はパタパタと翼を動かすアスタにジトっとした視線を向けると、更なる追撃を加えることにした。
「なぁアスタ。お前なんでこんなところにいるんだ?」
「あぁ、それはメフィス……じゃなかった。友人が私をいきなりここに連れてきてですね〜。もしかして私の借金返してくれるのかなあー、とか思ってたらなんとものすごく知ってる顔がいるではありませんか! 流石はメフィ……私の友人です!」
おい、いまこいつあのメフィストを友人って言ったよな?
僕はスッと目を細めると──
「お前……あんなのを友達にするなんて、余程友達がいなかったんだな……ぐすっ」
「なんで泣いてるんですか!?」
思わず涙が溢れてきた。
だってあんな性格の悪い顔面パクリ野郎だぞ? 僕ならそんなの友達にするくらいならぼっちの道を選ぶね。うん。
気がつけば隣の恭香と白夜まで涙を拭っており、エロースは可哀想なものを見るようにアスタへと視線を向けていた。
「アスタさん……、あの性格○○○なメフィストと……。い、いや、別に私はいいんだよ? でも……いちおう知人としてはオススメできないかな……」
「ぐすっ、アスタよ……、よう分からんが頑張るのじゃぞ」
「うん……私なんてメフィストって誰だったか忘れちゃったけど、なんかスケベな人だった気がするよ……。そんなの、友達にしちゃダメだよ……?」
酷い言われようである。ざまぁみろ。
と、そんなことを思ったその時だった。
ぴろひろひろりんっ!
僕のスマホが鳴動し、メールの着信を告げてくる。
僕はニヤリと笑いながらスマホを取り出すと、やはり噂をすればなんとやら。
──────────
《メフィストフェレス》
Re.泣いてもいいですか
煽られても行きませんからね。
どんなに煽られても行きませんからね。
追伸、覚悟しておいてください。絶対酷い目に遭わせます。
──────────
「「「チッ」」」
瞬間、それを見た僕、恭香、白夜が舌打ちを鳴らし、それを聞いたエロースがビクッと体を跳ねさせた。
「えっ、えっ? な、なに!? みんなしてそんな嫌な顔して!」
実際エロースが一番ひどいこと言っていた気もするというか、間違いなくメフィストの心に修復できない傷を負わせたのだろうが、どうやら彼女は僕らと違って無意識だったようだ。
まぁ、その反面僕らは『煽って出てきたら討伐してやろう』という気分でやっていた訳で、まぁ、僕と恭香、それに白夜の揃っている前で迂闊に姿を表さなかったメフィストの答えは模範解答そのものだった。
まあ、僕ら三人はこの三年間でかなりヤバくなった自信があるからな。メフィストも流石に……
「マスター、『ペンギン肉の炊き込みご飯~大悪魔の血を添えて~』なんてどうでしょう」
おっと。ここに一番やばいやつが残っていたようだ。
それには流石のアスタも身を震わせて後ずさったが、
「……あっ」
ふと、何かを思い出したかのような恭香の声が響いた。
僕らは不思議に思って恭香へと視線を向け──
「確かアスタさんってパン屋さんもやってたよね? ならいっそ、オーク肉のハンバーガーでも作ってみたら?」
「金儲け出来るんですか!?」
その言葉に、アスタはすぐさまそう返した。




