記録―01 選ぶ道
今回は少し短め。
三年前。
これはギンが修行を始める前のこと。
「銀のステータスってさ、案外低いよね!」
「……はい?」
突如としてウラノスから告げられたその言葉に、ギンは思わずそう声を漏らした。
ギンも自らが弱いとは分かっている。
けれど、それでも尚ステータスが低いなどとは思ったこともなく、ましてや修行を始める前にそう言われても『何だかなぁ』という感想しか抱かない──抱けない。
すると、それを横から見ていた死神カネクラが、呆れたように口を挟んだ。
「安心しろ、別にお前のステータスが低いってわけじゃねぇ。全員が全員──それこそお前の同郷のヤツらいんだろ? あいつらが全員お前と同じ『純血種』にまで至ったらお前のステータスが霞んで見える、ってことだ」
その言葉に、ギンはピクリと反応を示した。
同郷──つまるところの、召喚された異世界人。
彼らはいずれも最初からチートにも程があるスキルを持って召喚されてきた。
ギンとて最初から『理の教本』『ブラッドナイフ』『死神のローブ』に、極めつけは『影魔法』というチートをいくつも持っていた。
だが──
「たぶん神王が言いたいのはスキルに関してじゃねぇ。その身体が──器が引き出せる最大のステータスについてだ」
その言葉にウラノスは頷いて見せた。
「簡単に言えば、生命体には基本的に成長限界、って言うのが存在するんだよ。それは器の大きさに比例するんだけど──銀に関していえば、その器の大きさは異世界組の中でも中の上程度。まぁ、間違っても最強に到れる器じゃない」
ウラノスのズケズケという言葉に──その真実にギンは肩を落とす。
ギンは向こうの世界で火事に遭い、瀕死の大怪我を負った。
それを間一髪のところで死神が救い出し、新たな器にその魂を入れ替えてこの世界へと送り込んだ。
本来ならば死神とて更に大きな器を作りたかった。けれどもその間にもギンの元々の器は死へと向かってゆく。
故に、強いけれども最強クラスではない。そんな微妙なラインの器が何とか時間内に出来上がり、ギンはその魂をその器に入れ替えられた。
そのような経過を辿って至ったのが最初のダンジョンであり、この身体である。
「まぁ、お前に関していえば体内に『魔力回路』とかいう馬鹿げたもんが入ってるからな。器に関しちゃドーピングで強化されてっから安心しろ」
「ドーピングって……」
その何だか嫌な響きにギンは眉根を寄せたが、それでもドーピング無しで将来彼らに負けるのと、ドーピング有りで将来彼らと同じかそれより高い場所に到れるのと。どちらがいいかと聞かれれば断然後者である。
ギンはふぅと溜息をつき──
「それじゃあとりあえず、僕と戦ってみようか!」
「……はい?」
その言葉に、再び同じような言葉を返した。
☆☆☆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
数分後。
ギンは地に倒れ、ウラノスはそれを見下ろしていた。
勝てるはずがない。
そんなことは誰の目から見ても明らかであり、逆に数分もよく粘ったとギンを褒め称える程であろう。
ギンはゴロンと寝返りを打って上を見上げると、それと同時にウラノスが近づいてきた。
「いやはや、育ってきてるねぇ。シルズオーバーにウロボロスの力を付与して斬りかかってくる感じがもう、本当は殺す気なんじゃないかな、って感じだよー」
そう、ギンは殺す気で挑んだのだ。
そうしなければまともに戦うことも出来ないと思っていたし、なによりも──
「別に……、今更父さんが死んでも……ねぇ?」
「ねぇって何!?」
ギンの言葉にウラノスがそう叫ぶ。
それを見ていた死神は呆れたようにため息を吐いて口を開いたが、声が出る前に、ウラノスの纏う空気が一転した。
それを見た彼女は大人しく口を閉ざすと、それを見計らったかのように彼は口を開いた。
「ギン、君が最強になるには三つの方法があるよ」
その言葉にギンは目を見開き、ガバッと上体を起こした。
それを見たウラノスはピンと人差し指をあげて、その一つ目の道について話し始めた。
──のだが。
「一つ。君が死ぬこと」
一発目から無理難題。
流石は神王クオリティであり、ギンは彼へとジトっとした視線を向ける。
「もしかして、一度死んで転生することによって器の大きさを変える、って言いたいのか?」
その言葉に満足げに頷くウラノス。
たったそれだけの言葉で通じるギンもギンだが、それをあえてそう告げたウラノスもウラノスである。性格が悪いことこの上ない。
ギンは相変わらずのウラノスにため息を吐くと、それを見た彼は次に中指をピンっと立てた。
「次に、最強になりそうな仲間達全員を殺すこと」
「却下で」
即答だった。
そんなことしたくもないし、しようとも思えない。
その答えにウラノスは微笑ましそうな笑みを浮かべる。
「まぁ、銀ならそう言うよね。分かってた」
「分かってたなら聞かなきゃいいのに」
「なぁに、ただの確認さ」
そう言って彼は肩を竦めてみせる。
けれどもすぐに真面目な雰囲気に戻ると、彼はギンへとビシッと指をさした。
そうして告げるは──三番目の道。
「ステータスを捨て、能力で他を圧倒する」
頭脳、技術、そしてスキル。
それらを全て含めて『能力』と彼は表現した。
どんなにステータスが優れていても、頭脳が伴っていなければ、きっとそれは単調な攻撃に成り下がるだろう。
どんなにステータスが強くても、技術が伴っていなければ、多少ステータス差があっても戦えるだろう。
どんなにステータスが高くても、スキルが弱く、熟練していなければ、きっと正攻法でしか攻撃できないだろう。
「ステータスなんてあくまでも基礎能力だよ。多少差があっても、スキルが強ければそっちの方が強いし、技術が優れていれば地の力なんていくらでもひっくり返る」
その言葉で思い出すのは、学園で会ったオウカだった。
彼女は今まで見てきた中で最も技術が高かった。久瀬のパーティに所属する小鳥遊優香もかなりのものだが、技術だけでいえばオウカの方が上だろう。
それを鑑みてギンは思う。
(もしも……もしも万が一、僕が彼女みたいに武器やスキルを自在に使いこなせるようになったら……?)
こと刀に関しては彼女には一生届かないだろうという感覚はある。
けれどもそれ以外。
短剣、魔法、スキル、神器。
それらの能力を完全に引き出し、使いこなせるようになれれば。
きっとその時は、もう多少のステータスの差なんて気にならないだろうし──
「たぶんそうなれば……銀。君は間違いなく、僕すらも超えて、その先の最強にも届きうる」
ウラノスは、真剣な顔でそう告げた。
ウラノスは分かっていた。
影神、開闢、月光眼、原始魔法、眷属召喚……等々。
彼の持っている能力はどれも一級品で、磨けば光るものばかりである。
だからこそ、これら全てをたった三年で完全にマスターできるわけがない。
けれど──
(もしも、もしも万が一……銀。君がそれを成し遂げた日には──)
そう考えて、彼は頭を振った。
それは有り得ない『if』だ。
だからこそウラノスはその考えを振り払うかのごとく頭を振ったのだが、それでもその考えは頭からへばりついて取れやしない。
彼はその考えに困ったように笑みを浮かべると、ギンへと向かってこう問いた。
「銀、今戦ってみて色々と感じたことあるだろう? それを鑑みて、君ならこの三つのうち、一体どれを選ぶんだい?」
そうしてウラノスは彼へと選択肢を与え──
「それじゃ、三番目で」
彼は迷うことなく、その道を選んだ。
記録では、三年間にいろんな人がどんな成長を遂げたのかを描いてゆきます。
今のところ候補は、
①ギン=クラッシュベル
②久瀬竜馬
③桜町穂花
④アーマー・ペンドラゴン
ですね。
⑤アルファ、としてもいいのですが、彼は再登場する時までのお楽しみ、ということで。




