影―003 出没情報
その後。
何とか暴れ狂うというか荒れ狂うというか、単に気色の悪いソフィアを宥めて縄から解放すると、僕は鎧など装備一式をアイテムボックスへと入れた。
そして、その代わりに普段から使っている普段着に換装。
「ふぅ……、やっと落ち着けるな」
僕はそう呟いて近くの椅子に腰を下ろす。
のだが──どうした事だろう。なんだか椅子の座った感覚がおかしい。
僕は少し困惑して椅子へと視線を下ろし──何故か四つん這いになっている白夜を見て、目を見開いた。
「っておい! 今僕座ったの間違いなく椅子だったよな!?」
気がつけば僕は飛び退いており、その言葉を受けた白夜はふっふっふと笑みを浮かべて立ち上がった。
その時、彼女の右眼が赤色から元の金色へと変化したのを見て、僕は確信する──コイツ、こんなくだらないことにあの能力使いやがったな、と。
まぁ、彼女の新たな力なんかは色々と見せ場を用意してやりたいためここで語るのはやめておくが、それでも簡潔に言うとすれば、自在に時を操れる、と言った感じだろうか。
以前のように特定の対象の時を進めたり、今回のように世界の時を止めて僕が座る直前に椅子の代わりにそこに待機したり……と。まぁ、勝てっこないレベルのチートである。
しかも、それを白夜は──
「ふっ、妾の主様への愛が成した奇跡じゃよ」
などと言ってのけるのだ。
全く変な方向に成長したもので、今の僕といえども時を止められた上で好き勝手やられるのを止める術はない。これが白夜と僕に力量差があれば何とかなったのだろうが、生憎と今の僕達に差という差はあまり無い。
「まぁ、ガチでやれば僕の方が強いけどな」
「ふむ? 何のことかわからんが妾の方が強いのじゃ!」
なぜ分からないのに張り合ってくるのか。
そんな疑問を覚えた僕ではあったが、それと同時にロビーへと恭香がやって来る。
「何ふざけてるのかは知らないけど、そろそろご飯できるからね〜」
「ほーい」
「はいなのじゃ!」
そう言って僕らは、大人しく食堂の方へと向かったのであった。
☆☆☆
「にしても、アナタは随分と成長したわね」
夕食の最中。
ミリーがいきなりそんなことを呟いた。
僕はミリーの方へと視線を向ける。
すると彼女は、じーっと僕の方を見つめていた。
「三年前は百八十前後だったかしら? 今じゃ二メートル近いわよね、その○長」
「あぁ、そうだな……っておい。お前今なんて言った?」
「あら、意外と大きいのね」
ミリーはそう言って笑みを浮かべる。
そして、『見栄を張るのもいいけど、少しは度を考えなさい』とばかりに聖女の微笑みを送ってきた。この悪堕ち聖女めが。
僕はその様子にため息を吐くと、今更ながら、三年越しながらもこんなことを彼女に尋ねた。
「なぁミリー。お前下ネタぶっ込んできすぎじゃないか?」
その言葉に、明らかにビクリと震えるミリー。
それを見たネイルとエロース、そしてソフィアに、事情を知っているらしい恭香は「あちゃぁ」と声を漏らし、白夜は不思議そうに首を傾げる。
僕もどちらかと言えばわからない派なので首を傾げてみるが、ふと、こんな考えが頭に浮かんだ。
「もしかして……、長い間友人がいなかったせいでどんな話をすればいいか分からず、咄嗟にいつも猥談ばかりしてしまい、結果として自室の中で毎晩泣いている……なんてことは無いよな! ハハハハハハ……ハハッ……ハ……」
気がつけば僕の言葉は途中から小さくなってゆき、僕はぷるぷると震えだしたミリーからそっと目を逸らした。
「だ、大丈夫ですよミリーさん! 別にそんな話も面白くていいと思いますよ!」
「そうだよミリーちゃん! 猥談って私いいと思うの! 猥談最高! だから、ねっ! 自分の猥談を誇って!」
「そ、そうだぞミリー! 余を見てみろ、ここまでオープンに変態しているのじゃ! 今更猥談くらいでへこたれるでない!」
何故だろう。慰めているはずなのに言ってる事は最悪だ──特にエロース、なんだよ猥談最高って。猥談に誇るもクソもあるわけないだろう。
僕は内心でそんなことを考えながらも頬をかくと、頬を冷や汗が伝うのを感じながらも口を開く。
「えーっと、アレだ。前々から思ってたけど、ミリーって何だかんだで可愛いよな。うん、性格とかいい感じだと思うよ?」
「──ッッ!?」
僕の言葉にさらに身体をビクッとさせたミリー。
気がつけば彼女の頭からは湯気が上がり始めており、げしっげしっ、と僕の両サイドに座っている恭香と白夜からふくらはぎに蹴りを受けた。
「わ、わわ、私っ! ぐ、具合が悪くなってきたから自室に戻るわ! それじゃ、また明日っ!」
僕が悶絶──特に白夜の一撃に──している間。
ミリーは立ち上がってそう叫ぶと、止めるのも聞かずにそそくさと食堂から出ていってしまった。
ふと気がつけば、五人の視線は僕へとじとーっと向けられており、僕は冷や汗を流しながらこう叫んだ。
「まさか思わないじゃないかッ!」と。
☆☆☆
その翌日。
僕は王城に呼び出されていた。
というのも、僕が帰ってきたことをどこからか探り当てた国王が直々にクランホームへと使いを寄越してきて、明日中ならばいつどんな方法で来てもいいから顔を見せてほしい、というのだ。
まぁ、流石はエルメス王国の国王様だ。僕が城門から通っていけば間違いなく噂が広がるとわかっての行動だったのだろう。
だからこそ僕も暇だったのでそれに応じ、馳せ参じたわけなのだが──
「……あれ?」
「やぁ、久しぶりだね、ギン」
目の前には、執務机に座っているギルバートと、ソファーに腰掛けてだらけているエルグリットの姿があった。
「おー、久しいなギン。三年ぶり……って、お前ほんとにギンか? 身長伸びすぎだろう……」
そう言ってくるのは間違いなくエルグリット。
ならば、なぜ二人はこの位置に座っているのだろうか?
僕はそう考えて──すぐにその答えは出た。
「あ、なるほど。エルグリットがサボって、その代わりにギルバートが執務してるのか」
「ちげぇよ! 世代交代に決まってんだろうが!」
やはり違ったらしい。
世代交代。まぁ、簡単に言えば王座をギルバートに譲ったということであろう。
それについてはさっきの段階で気づいてはいたものの、やはりこうして仕事をしていないエルグリットと相見えるのも久しぶりな気がする。
まぁ、あれから三年も経っているのだ。こうして自分の知らないところで世間は変わっているのだろうし、案外僕が知らないだけでスメラギさんやリリーなんかも結婚しているのかもしれない。
閑話休題。
僕はギルバートへと視線を向けると、早速本題へと入らせてもらうことにした。
「んで? 一体呼び出して何の用だ?」
僕がそう問いかけるとギルバートは苦笑し、相変わらずだね、と呟いた。
「まぁ、一つはこうして会って話してみることかな。一応君は私たちの国と不可侵の契約を結んでいるとはいえ、それでもその契約は今の君からすればあってないようなものだ。君が変わるとは思えないけど、一応の確認だよ」
その言葉に僕は「ふーん」と興味なさげに相槌を打つと、
「で? 結果どうだった?」
「変わってないねぇ」
その言葉に、僕らはお互い笑みを浮かべた。
変わってない。
まぁ、身長やら強さやらはかなり変わってしまったが、僕の本質としては何一つとして変わっていない。
仲間を守る──この身を賭しても。
まぁ、今は不幸なメールによりその仲間を狩る側に回ってしまったわけだが、目立たず、楽して平和に生きてゆく。それが僕の今の望みだ。
そのためにはエルメス王国に──ひいてはエルザに喧嘩を売るなど以ての外だ。なぜそんな危険で面倒な道を通らねばならないんだか。
僕は内心でそう呟くと、
「露出狂」
いきなりギルバートが口にしたその言葉に、身体をビクリと震わせた。
聞き覚えのありすぎるその異常性癖。
曰く『いいポイントが見つかった』だったか。
僕はそんな文章を思い出しながらも、ギルバートへとその先を促した。
「実はね、港国オーシーで今、とある事件が連発していてね」
「……あれ、何だか嫌な予感しかしないんだけど」
僕の言葉に笑みを濃くしたギルバートは、その事件について淡々と語り始めた。
「最新の噂によるとこうだよ。夜中、街の中を一人で歩いていたら、突如として目の前に下着姿の犬耳美女が現れた、と」
犬耳美女。
その単語に覚えはなかったが、けれども彼女は元はと言えば狼だ。それが進化して白夜みたいになっちゃって、その上で犬と勘違いされたのかもしれないと思うと……なんだろう。ムカッとくる。
「最近港国の王都では、毎晩毎晩黒髪の男性のみを狙ってその犯行が行われていてね。捕まえようにもとんでもない速さで彼方へと消えてゆき、昼間に探そうにも街のどこにも彼女の姿はないと来た」
──いいポイント。
何故だろう、そんな言葉が再び頭を過ぎった。
気がつけば僕の頬をヒクヒクと引き攣っており、ギルバートはそんな僕を見てニヤリと笑い、エルグリットへと視線を向ける。
「いやはや、我が国は軍事不足でしてね。父上、どこかに今すぐにでも港国へと駆けつけてくれて、その悩みの種を解決してくれる方は居りませぬでしょうか?」
「いやぁ? 俺に聞かれても……なぁ?」
そうしてエルグリットは僕へと視線を向ける。
僕は二人の笑みにため息を吐くと、ギルバートへと向けてこう告げた。
「任せろ、即刻狩ってくるから」
そうして期せずして、次の目的地は港国オーシーへと決定した。
こうして港国に繋がるわけです。




