影―002 新たな住処
すごいスランプ。
その翌日。
結果としてはメールを返しても何一つ返信はなく、さらに怒りのボルテージが上がった僕は、渋々エルメス王国の王都まで訪れていた。
というのも、流石に今の僕でも、なんの前情報もなしにアイツらを探すのは無茶が過ぎるというもの。
別に眷属召喚で今すぐ呼び出して制裁してもいいのだが、それはそれでなんだか負けた気になる。それは嫌だ。
そのため、まずは居場所のわかっているヤツらからどうにかしようというわけだ。
だが──
「おい、聞いたか? なんか執行者がまた出てきたらしいぜ?」
「執行者……ってあの執行者か!?」
「あぁ、掲示板で目撃情報上がってるぜ……」
僕は思った。あの野郎……、助けてやった代わりに口止めしときゃよかった。というか話すなよ馬鹿、と。
名も見なかったDランク冒険者が広めたであろうその情報。それが僕が広めたスマホの掲示板によって全大陸中へと拡散され、かなり距離の離れているこの王都ですら、コソコソと噂されているほどになっている。
「まぁ、黒髪が増えた上で気配薄くすればバレないんだけど」
僕はそう呟くと、メインストリートから外れてしばらくジグザグと進み、そして、一つの階段の前で立ち止まる。
「確か……ここで良かったよな?」
「うんっ! さっすが親友くん! 私なんてここまで来るのにも結構かかっちゃうのにぃ〜」
それはそれでどうかと思うが。
僕は隣にいるエロースを見て内心でそう呟くと、その先の暗い下り階段へと視線を下ろす。
そう、ここら一帯は僕達のクラン──執行機関のクランホーム『機動要塞アブソリュート』が変形して作り出した地形であり、加えて僕の施した隠蔽が施されている。
それは正規ルートで手にした地図を持っていたり、単純に惑わされなかったりすれば辿り着ける程度のものだが、そのお陰でこの三年間、ここまでたどり着いた客は皆無だという。
「それじゃ、行くか」
「は〜い」
「ハイなのじゃっ!」
「うんっ!」
僕はそれぞれの返事が聞こえると同時に、その階段へと踏み出した。
☆☆☆
「あら、久しいわね童貞。メールでは童貞って言ってしまって『あ、もしかして卒業してたり……』と反省したけれど、何だか三年前よりも一層臭いわね。もしかしなくても童貞こじらせた? 病院という名の風俗でも行ってきたらどうかしら」
僕を待ち構えていたのは、そんな口撃だった。
僕の前にドヤ顔で仁王立ちしているのは、女物のスーツのような制服に身を包んだミリアンヌ──通称ミリーであり、彼女はなんだか少しだけソワソワとしていた。
「あっ! おかえりなさいギンさん! 三年間も修行お疲れ様でしたっ!」
そう言って次に声をかけてきたのは、これまた同じ制服に身を包んだネイルであった。
その緑色の髪は以前よりも少し伸びており、なんだかより一層大人びた印象を感じさせる。
そんな彼女は箒を片手に持っており、恐らくは掃除の最中だったのではないかと思えた。にしても、なんかネイルと箒って良く似合うな。
「あぁ、久しぶりネイル。あとついでにミリー」
「……ついでって何かしら。とてつもなくイラッとくる言い方ね?」
ミリーは僕の言葉にぷくぅと頬をふくらませると、つまらなそうにそっぽを向いた。
その構ってほしそうな様子に僕は思わず苦笑してしまう。
周囲を見渡せば前とは違って小さめの、それこそ宿屋に併設してある酒場程度の広さのロビーがそこにはあり、柱のうち一つには褐色女騎士の人形が縛られて放置してあった。今動いた気もしたが気のせいだろう。
全体的に『アンティーク』といったイメージを感じられる、どこか落ち着いた雰囲気のその中に僕は頬を緩めると、ネイルとミリーへと視線を向けて、改めてこう告げた。
「ネイル、ミリー。ただ今帰りました」
なぜだか、前のクランホームよりも余程『自宅』に帰ってきたような、そんな感覚を覚えた。
☆☆☆
「はい、コーヒーです」
「ん? あぁ、ありがとうネイル」
僕はネイルに淹れてもらったコーヒーを口にしながら、再び店内を見渡していた。
「にしても、良くもまぁこんな店内作り上げたもんだな? けっこう頑張ったんじゃないのか?」
すると僕の言葉に、ネイルは思わずと言ったふうに苦笑する。
「ええ、まぁ。まずは店内の改装から始めて、ミリーさんの接客の指導。他にもこの制服の製作なんかもやってみたんですよ?」
そう言って彼女はくるりと回ってみせた。
見た目だけでいえば黒いスーツと言ったところであろうか。
黒いタイトスカートに黒いブレザー。そして中にはフリルのついた白いワイシャツを着用しており、その首に巻いた赤いスカーフが映えて綺麗に見える。
その他にも所々赤色が伺えるその制服。僕はネイルのその姿をじぃっと見つめていると、両隣の席からコホンコホンとわざとらしい咳が聞こえてきた。
そちらへと視線を向けると、片目を瞑ってこちらへと視線を向けてくる恭香と、なんだか不機嫌そうなミリー。
「アレだよね。ギンってネイルと何だかんだで仲いいよね。三年前の学園行ってた時とか毎朝一緒にランニングして青春してたもんね」
「ネイルばかり見て何様なのかしら。私だって一応はその制服着ているのだけれど……」
それを見て僕は大体のところを察し──
「あぁ、嫉……ぶふぉっ!?」
「うるさい!」
殴られた。
ちなみに殴ってきたのはミリーであり、なんだか三年前にもこんなやり取りをしたなぁ、としみじみ思い出した。
僕は頬を擦りながら上体を起こすと、ふと、ここに来た目的を思い出して口を開く。
「そうだ! お前ら何で約束してたのに来なかったんだよ! エロース以外誰も来なくて死ぬかと思ったんだぞ!」
その言葉にエロースが「えへへぇ」と顔を赤らめていたが、それはともかくとして。
僕の言葉にため息をついたミリーは、さも当然とばかりにこう言った。
「逆に聞くけれど、あなたの仲間達に律儀に約束を守るような常識人、何人いるのかしら」
「…………えっと」
何故だろう、咄嗟に言葉が出てこなかった。
まぁ、確かに何人かはいるんだよ?
多分、恭香……とか、あとネイルとか。あと僕のことはきちんと覚えてくれる面でいえばエロースか。
「まぁ、アレだ。ありがとうな、エロース」
「ふぇっ? えへへー、いきなりなんだよ親友く〜ん。私と親友くんの仲でしょー?」
僕はたまたま近くにいたエロースへとそうお礼を言うと、今度はネイルの方へと視線を向けた。
「でもネイルはそっち系じゃないよな? 何か心境の変化でもあって変態にジョブチェンジしたのか?」
「してませんよっ! 私をあんなのと一緒にしないでください!」
僕の言葉にネイルは憤慨すると、勢い余って今まで放置されていたその柱へと──その柱に縛り付けられているその存在へと、ビシッと指を向けた。
(((あ〜、話振っちゃった)))
きっと全員の思考が被ったことであろう。
そこに居たのは、柱に縛り付けられている褐色女騎士と、それをどこからか拾ってきた枝でツンツンしている白夜であった。
僕はそれを見て、気がつけば白夜を羽交い締めにしていた。
「止めるんだ白夜、アレは子供は見ちゃいけない」
「子供じゃと!? なんだか最近主様、妾のこと子供扱いしておらんかのぅ!?」
「してないしてない。白夜大人だもんなー」
身体と精神年齢以外は。
それ以外を取れば実年齢くらいしか残らない気がするのだが、僕はそれらを言うことなく白夜を恭香たちの近くまで引きずってきた。
そして、それと同時にピクピクと動き出す、その変態。
僕はその姿に思わず頬を引き攣らせ、それと同時に、ついにその変態が三年越しの産声を上げる。
「ぬ、ぬはァァァっっ! 素晴らしい! 素晴らしいぞお主たち&主人様! まさか三年越しの感動の再会をっ! あろう事か柱に縛り付けられた上に無・視! これ程素晴らしい放置プレイが一体この世界のどこにあるというのだ! はぁ、はぁ、三年、三年前じゃぞ……。ここまで放置されれば余の欲望がとめどなく溢れてくるではないか! さぁ主人様! この場でいい! 一刻も早くこの身に赤子を宿してお・く・れぇぇぇぇっ!!」
──絶句。
三年間放置したことによって熟成し、熟れすぎて腐り果てた末に進化を遂げたその変態性。
そのあまりの気色悪さにあの白夜でさえも二の腕の鳥肌を擦りながら顔を青ざめ、ネイルが申し訳なさそうに顔を逸らす。
「実は数日前からソフィアさんの変態性が収まらなくなってきまして……。縛りプレイという名目で縛り付け、その上で見張っていなければならなかったんです。駆けつけられずにすいません……」
「……あ、いや。コレなら仕方ないな」
僕はそう言って、再びその元凶へと視線を向ける。
そこには縄を千切らんばかりに暴れ狂っているソフィアが居り、僕は三年前にその名をつけた僕自身に向かってこう言ってやりたくなった。
「もうこいつの名前、狂気から取って『レイジー』とかで良かったんじゃないのか?」
「さり気ない罵倒ッ、ありがとうございますゥッ!」
我が家に、変態の鳴き声が響いた。
うわぁ……。




