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執行者再び

本編再開!

 駆ける、駆ける。

 履いていた靴はとうに放り捨てた。ボロボロになって使い物にならなくなったからだ。

 だからこそ今では地面の感触が直に足の裏へと伝わってきて、所々にある石が足の裏を確実に傷つけてゆく。

 けれど、足は止めれない。絶対にだ。


「はぁっ、はぁっ、くっ、何でこんなことにっ!」


 彼はそう吐き捨てて過去を思い出す。

 自分は冒険者。ランクはDだ。

 冒険者に憧れたきっかけは単純至極。

 三年前、大陸中に放送された伝説の男の勇姿を見てその姿に憧れ、そして冒険者になったのだ。

 元々腕っ節が強かったおかげでメキメキとステータスは上がってゆき、レベルが五十を過ぎたあたりでその『伝説』の住まう街へと向かった。

 だが──待っていたのはただの街だった。

 伝説たちの姿などどこにも無く、ただ、国王エルグリットが新たに作った街がそこにあるばかり。

 だからこそ彼は街の人へとそのことについて聞いてみた。

 だが、返ってきたのはあまりにも酷い現実。


『あぁ、あのクランの人たちかい? そんなの一ヶ月くらい前にどっかいっちまったよ。たしかに責任は取らないって契約書には書いてあるけど……あの女の子にもコロッと騙されちまったねぇ』


 その言葉に、彼は愕然とした。

 噂など聞く暇も惜しいとばかりに訓練に明け暮れた。

 だからこそ、そのクランが休業したことなど今になって初めて知ったし、それ故にその失望も大きかった。

 けれども、そのクランのあった跡地。そこに立てかけてあった看板を見て彼は微かな希望を見出した。


『数年したら帰ってくる』


 詳しい言葉は違えど、そのような意味合いの言葉がそこには書いてあった。

 街の中にもその言葉があるからこそこの街に滞在している者もいるし、各地から伝説をもう一度見ようと集まってくる人たちも少なくない。

 だが──伝説は、塗り替えられるものだ。

 クラン休業から数ヵ月後に起こった岩国バラグリムでの『黒炎』や『執行代理人』による大悪魔の撃退を初めとし、『神天』のゼロと『戦神王』アルファ率いるゼロパーティや、真の勇者とも呼ばれ始めた『英雄』桜町穂花のパーティの活躍。

 その伝説は月日が経つにつれてそれらに塗り替えられてゆき、今や黒髪赤目に隻腕という特徴は、人々の記憶の片隅に埋没しつつあった。

 だからこそ、彼は内心で確信していた──きっと彼らが戻ってくるとすればこのタイミングに違いない、と。

 そう考えたからこそこうして街の近くで狩りを行っていたわけだが──


「って待てよ俺! これって走馬灯ってやつじゃ!?」


 ふと、なんだか走馬灯のようなその思考に彼はそうツッコミを入れた。

 けれども彼はすぐに悟ることとなる。その考えが、あながち間違いでもないのではないか、ということを。



『Gugaaaaaaaaaaaaa!』



 瞬間、背後の木々がへし折れる音がして、その直後にその音すらも飲み込む巨大な咆哮が轟いた。

 そのあまりの大音量に彼は思わず身を竦め、そのせいか足元にあった木のつるに足を取られて頭から地面へとダイブする。

 間抜けなことこの上ない。

 けれどもこんな怪物を前にすればそんな行動をとるのも頷けるだろう。

 彼は顔を上げる。頭からは血が吹き出し、左眼に血が入り込んで視界が狭くなっている。

 けれども、その姿だけは視認できた。


 視線の先。

 そこには、三つの首を持つ大蛇がいた。

 EXランク、ヒュドラ。

 それは紛れもなく、伝説の中で数多くの英雄を屠ってきた存在。絶望の象徴。

 何故こんなところにEXランクがいるのか。何度そんな考えを抱いたか分からない。けれども居るのだから出来ることは逃げること以外あるはずもない。

 だが──


「お伽話の中の相手……、俺みたいなDランクが逃げられるわけねぇだろうが……ッ!」


 彼はそう、悔しそうに吐き捨てる。

 頭からはドクドクと血が吹き出してきて、もう意識を保つことすら危うくなってきた。

 ──あぁ、俺はここで死ぬんだな。

 ふと、そんなことを思った。

 冒険者稼業についた以上、魔物に殺される可能性が非常に高いのも事実。だからこそ、そこらの雑魚に殺されるくらいなら⋯⋯いっそのこと──。

 そう思い込もうとして──涙が溢れてきた。


「死にたく……ねぇなぁ」


 気が付けば本音が溢れ出してきて、それと比例するかのように涙が溢れ、頬を伝った。

 思い出すは故郷に残してきた家族と、幼少期を共に過ごした友人達。好きな人もいた。強くなって帰ってきた時に告白しようと考えていた。

 未練タラタラ、死にたいなど思うはずもない。

 だからこそ彼は涙し──



「『神蝕』」



 瞬間、上空から幾筋もの線がヒュドラへと降り注ぎ、ヒュドラはそのあまりの威力に身体中を地へと磔にされた。

 それと同時に、身体中をまるで何かに蝕まれているかのごとく暴れ出すヒュドラ。

 けれどもその磔からは解放されず、数秒後、絶望の象徴であるヒュドラは断末魔を上げ、ドズゥゥゥンッ! と音を立てて大地に沈んだ。


「ヒュドラ……ねぇ? 大方メフィストとかロキとかが送り込んできた『噛ませ犬』って奴だろうな」


 ふと気が付けば、沈んだヒュドラの身体のすぐ側には一人の青年が立っており、彼はヒュドラの身体を磔にしていた短剣を引き抜いた。

 そこにあったのは、黒塗りの十字架の短剣。

 刀身、鍔、柄まで、全てが鉄製であろう無骨なソレには赤い線が走っており、そこからはえも言えぬ威圧感が迸っていた。

 気が付けば彼はゴクリと息を飲んでおり、まるでその音に反応したかの如くその青年はこちらを振り返った。

 そして、その顔を見て彼は目を見開いた。


「あ、アンタは……ッ!」


 それは三年前に見た伝説の男その人。

 伸びていた髪は短く切られ、その黒色のローブの内側には赤い線の入った黒色の鎧が見て取れた。

 ローブの端から見えるその腕には銀色の甲が伺え、足元には膝上まで伸びる脚鎧を着用していた。

 そして、そのローブの上から着用しているベルトには、金色の鎖が伸びる黒色の本が。

 雰囲気こそかなり変わっているものの、それは紛れもなく探し続けた伝説その人。

 その名を──



「し、執行者、ギン=クラッシュベル……ッ!?」



 こうして伝説は、新たな物語を紡ぎ始めた。




 ☆☆☆




 僕は森の中を歩いていた。

 そこに道はなく、木々が生い茂る道無き道をかき分け、進んでゆく。

 まぁ、普通に空を飛んでゆけばいいのだが、それだとはるか上空を飛ばなければならない。それは嫌だ。寒いし。

 と、そんなことを考えていると、ゴチンと、伸びていた木の枝に頭をぶつけた。


「痛った……」


 別に痛くはなかったけれど、何かにぶつかれば『痛った』と咄嗟に言ってしまうのは人の性であろう。


「って言うか僕って不老不死だよな? なんでこんなに身長伸びてるの?」


 僕はそう呟く。

 辺りには人の気配はないが、僕の呟きに答えがあった。


『不老不死って言ってるからわかり辛いんだけど、不老って言うのは“最も身体能力が高い時”から歳を取らないって意味なんだよね。だからまだ成長途中だったギンは背が伸びた、って話』


 なんだその分かりづらい設定は。

 僕は内心でそうため息を吐くと、頭をボリボリとかく。


「去年までは緩やかな感じで何ともなかったんだよな? たしか。今年だけで……えっと、十センチくらい?」

『うん、結果今の身長およそ二メートル』


 二メートル。

 そう言われると随分な大男になったものだ。

 まぁ、正確には一メートルと九十うんセンチだろうが、まぁ大柄なことには変わりないだろう。

 僕はそんなことを考えながらも、つい先程放置してきた彼のことを思い出す。


「まぁ、ポーションとか持ってそうだったから放置してきたけど……にしてもアレでDランクか。かなり全体的な質上がってきたんじゃないの?」


 そう、いい意味でアレでDランクなのだ。

 三年前ならばあのレベルでBランクの者もいただろう。だからこそ僕は彼のステータスを盗み見て内心で驚いていた。


『まぁ、全能神も修行したとの情報があったしのぅ……。色々と妾たちがいた時とは異なる点があると思うのじゃ』


 頭の中にもう一人の声が流れてきて、僕はコクリとその言葉に首肯してみせた。

 けれども──


「まぁ、いずれにせよ」


 同時に視界が開ける。

 そこに広がっていたのは、三年前にあの称号を置いてきた森の広場。

 今や草木が生い茂り、あれから随分と時の流れを感じさせるが、けれども僕がこの場所を見間違うはずもない。

 僕はその広場の奥へと進み出て、そこから眼下に広がるその街を見下ろした。

 そして、一言、こう告げた。



「さぁ、執行者の再開だ」



 いずれにせよ、今の僕が結構強いという事実だけは、どんな世界でも変わりはしないだろう。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
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