番外09 彼の戦い方
残すところ番外編も四話!
最近読者たちからの『番外編つまんねー』という心の声が聞こえてきます。もうしばしのご辛抱を。
「こ、このッ……」
グレイスはバアルを睨みつけ、立ち上がろうと身体に力を込めた。
けれどもそれを見たバアルはほくそ笑み、忠告と共に足蹴をプレゼントした。
『やめておきなさい。素のアナタには勝てませんが、今のアナタには負ける要素は皆無です』
「ぐは……っ!?」
グレイスは腹部を蹴られて数メートル吹き飛んでゆき、鮮血と共に濁った悲鳴を吐き出した。
そしてそれを見下ろすバアルは、楽しそうな笑みを浮かべて口を開く。
『残念でしたねぇ、格好よかったですねぇ。あんな一撃まともに食らっていたら死んでいましたねぇ。アナタが魔法に拘らずに攻めていたら負けていましたねぇ』
──余計な意地を張った結果がそれ。カッコ悪いですねぇ。
そうわざとらしく口にしたバアルは、そう言い終わってから腹を抱えて笑い始めた。
『クハッ、クハハハハッ! ザマァ、ザマァ無いですねアナタ方! 油断し、慢心し、結果として私の回復力を見落とした! 見落してしまった! そうなれば死ぬこともなかったでしょうにさ!』
そう言って彼は両手を広げる。
ここにいるのは急所をほぼ的確に突かれて痛みに脂汗を流すドナルド、そして魔力が尽きて意識を保つので精一杯のグレイス。
そして──
『そう言えば。まだ残ってましたねぇ、ゴミクズが』
そう言ってバアルは振り返る。
そこにはガクガクと脚を震えさせる久瀬パーティの姿があり、その先頭に立っている久瀬は、バアルをキッと睨み据えていた。
(この野郎……銀と同じ回復力がとんでもねぇタイプかっ。だとしてもさっきのグレイスの攻撃……何一つとしてダメージが残ってねぇわけがねぇ! 間違いなくコイツは弱体化してるだろう……)
──だが、
そう考えて久瀬はその考えが頭をよぎる。
果たして、弱体化しているコイツ相手に自分たちは勝つことが出来るのだろうか? と。
それは先ほどの戦闘を見てしまえばある意味当たり前の思考であり、あれからいくら弱体化しているとはいえ、相手は姿も変わって強化されているようにも見える。
『だから逃げろと言ったのだ』
再び、その声が頭の中に響く。
『今の貴様の力ではこの怪物には勝てはせぬ。確かに数分間は持つであろうが、そも、貴様にはこの怪物の回復力すら吹き飛ばす攻撃力が無い』
その声が誰のものなのかはわからない。
けれども久瀬はその声を聞いて自身の攻撃力の無さを呪うと同時に──とある魔法が、脳裏を過ぎった。
それはかつて掲示板にあげられていた画像でしか見たことのないものではあったが、彼の魔法は先ほどのグレイスの『氷魔絶拳』にも匹敵する威力を持ち合わせ、その魔法は実際に大悪魔を滅ぼした実績を持っている。
確かにその魔法は世界でただ一人しか使えない、本当の意味での『ユニーク』なのだが、
(ここに……、ここにいるじゃねぇかッ! その唯一を完全にコピー出来るブラコンが!)
久瀬は視線を彼女──凛へと向ける。
彼女は久瀬の視線に気が付き久瀬へと視線を向ける。彼女はすぐに彼が何をしたいか察したのか、その姿を『執行者モード』へと変換し、その手に黒色十字架の杖を召喚した。
(さっすが兄妹。人の考えてる事はお見通し、って訳か)
久瀬は前へと視線を向ける。
そこにはニタニタと笑みを浮かべるバアルの姿があり、彼は馬鹿にしたような声色でこう告げる。
『おやおやぁ? まさかとは思いますが、アナタ方のようなゴミクズが私に対抗するとでも言うのですか? だとすれば失笑を通り越して笑みすら浮かびませんよ』
笑っているじゃないか。
久瀬はそう言ってやりたかったが、震える足に拳を叩きつけると、ニヤリと笑っているこう告げた。
「うるせぇよ虫みたいに黒光りやがって。今すぐ命乞いで笑みすら浮かべられなくさせてやるから覚悟しやがれッ、このコウモリ野郎!」
少し彼の口調を真似てみた結果か、バアルは目に見えて青筋を浮かべていた。
☆☆☆
「行くぞお前らッ!」
その言葉にそれぞれがそれぞれの反応を見せたが、けれども向こうでのことも含めて一年以上の付き合い。その後どういう行動に出ればいいかは理解していた。
「「「『神化』ッ!!」」」
瞬間、久瀬パーティ全員の体から威圧感が迸り、
「『影神』ッ!」
凛の姿が書き換えられ、女性用の民族衣装に赤いマフラー、そして常闇のローブを纏った姿へと変化する。
この一連の行動によって久瀬パーティの戦力は圧倒的に向上する上に、ギンのように『一人で戦う』ことが出来る程に強くない彼らは全員で戦う。
なればこそ、弱体化しているバアル相手にならば僅かながらの勝ち目もある。
──だが、
『なるほど、約一名ほど面倒くさそうな程に強いですね』
バアルは、凛を真っ直ぐに見据えてそう言った。
凛はギン程には頭が良くない。そして幾つものチートスキルをあれほど自由自在に使う能力も身についていない。
けれども、それでも尚弱体化したバアルからすればそれらの能力は厄介この上なく、一目見て彼女が一番厄介だと察したバアルは凛へと拳を構える。
だがしかし、
「兄さんのスキル、甘く見たら痛い目みる」
瞬間、彼女の姿がバアルの懐へと移動した。
──絶歩。
間違いなく初見であろうその歩法にバアルは目を見開き、直後に煌めいた銀色の魔力に全力でその場から飛び退いた。
「フッ!」
振り抜かれる銀色。
その軌跡に銀色の光が伸び、それはまるで美しい芸術のようにも見えた──だが、美しい薔薇には刺があるとはよく言ったものだ。
『チッ……、一体なんなんですか、その馬鹿げた武器は……ッ!』
バアルは根源化によって強化された自らの肉体、それをいとも簡単に切り裂いたその白銀色の短剣に。そして自らの胸に刻まれたその斬撃跡に思わず舌打ちを漏らした。
──神剣シルズオーバー。
ギン=クラッシュベルそのものと言っても差し支えない、彼の『知性』の源。彼自身の分体。
それは神王ウラノスとリーシャ、二人の魔法適性をほとんど喰らった代わりに彼へと『馬鹿げた知性』と『一握りの野性』を与えたが、その真の力はその対象の身体の中に『力』として留まり続けること。
それは意思が強ければ強くなり、それが強く、そして折れなければ、その剣は決して折れない最強の矛にすらなり得る。
だからこそ、様々な経験を積み魂を鍛えてきたギンの意思を受け継いだその神剣は、凛の意思の強さには関係なく信じられないほどの強さを発揮していた。
だからこそ、格下相手にバアルも思わず警戒してしまい──背後に忍び寄る、その影に気がつけなかった。
「『獣化』!」
瞬間、背後に忍び寄っていた彼女──妙はそう叫ぶと、それと同時に身体中から威圧感が吹き出し、頭部からは猫の耳が、臀部からは猫の尻尾が生み出される。
猫又妙──ユニークスキル、獣化。
獣人族の、その許された一握りしか使うことの出来ないとされるその能力を人間族の彼女は使うことができ、人から獣になるが故に、その能力の上昇幅は未完全な今でも十分に大きかった。
「シャァァァッ!」
まるで猫の威嚇。
そう叫んで切りかかった彼女は、けれどもその直前に察知され、間一髪で躱される。
だが、そこに突撃する剣士二人──否、それ以上。
「『黒の炎者』ッ!」
瞬間、久瀬の声が響き渡り、バアルの周囲に三体の黒炎の魔人が現れる。
黒炎魔法Lv.4、黒の炎者。
それは三体の黒炎の魔人を作り出すという能力であり、影魔法の影分身のように数こそないが、それらは『質』がこの上なく高い。それこそ自分が操作しなくてもオートで最適な行動をとってくれるほどに。
黒の炎者三人が、黒炎を纏ったその刀で斬りかかる。
そして、それに久瀬と優香が追随する──だが、
『ここまで追い詰めて……その程度ですか』
瞬間、黒の炎者三体が一瞬にして霧散し──否、その鋭い爪に切り裂かれ、直後に久瀬と優香、二人へと襲い掛かるその凶刃。
「ぐ……ッ!」
久瀬は何とかその爪を刀で受け止め、優香は間一髪のところでそれを回避する。
それは今の状況下においては最善の行動だったろう。それもバアルよりも遥かに格下の久瀬達がそれを行ったのだ。褒めこそしても貶す理由は皆無である。
だが──
『残念でしたねぇ……、今のが、最大で最後のチャンスだったのではないですか?』
その言葉に、久瀬は思わず歯ぎしりした。
凛の『絶歩』に『神剣シルズオーバー』。それに続いて妙の『獣化』に久瀬の『黒の炎者』ときた。
これらは久瀬たちにとってはどれも大切な切り札であり、それを使ってもなおダメージが胸のかすり傷のみ。それは久瀬たちにとってあまりにも痛手だった。
(クソッ⋯⋯、こんな時銀みてぇな頭があればソッコーでいい案でも思いつくんだろうがな⋯⋯)
久瀬は内心でそうぼやいた。
確かにギンならばこの状況下、それぞれの仲間達に上手く言葉を伝え、まるで合唱のように完璧に指揮し、最終的には、この程度の実力差ならば頭脳だけで埋めてしまうだろう。
だがしかし、ここに居るのは彼ではない──久瀬竜馬という、さして取り得もないただの凡人だ。
『もう私には先ほどの攻撃は通じませんよ? そもそもあなた方は私を前にするには力不足過ぎる』
バアルはそう言った。
確かに彼らの実力はバアルより劣るし、久瀬に至っては自らの力すら使いきれていない。
それは久瀬もわかっていた、嫌という程に。
自分が劣っていることなんて向こうにいた時から思い知っている、何度も、何度もだ。
けれども彼は、ただ一つだけ、彼には絶対に負けないというモノを持っていた。
それこそが──
「力不足ってのは、俺ら単体で、ってことだろう?」
それは──仲間達への絶対的な信頼。
かつてギンは賢さのあまり他人を見捨てた。故に人を心の底から信じることが出来なくなり、今でこそ丸くなってはいるが、その狂気は未だに彼の中で燻り続けている。
それゆえに彼は悩み、何度も壁にあたり、そして乗り越え、強くなってきたわけだが──凡人、久瀬竜馬にはそういった過去が一切なかった。
彼の中にあるのはせいぜい、幼少期の頃にギンに助けられたという思い出くらいなもので、記憶喪失などの類や、幼少期の頃に身体に埋め込まれた神剣なんかも一切ない。
だからこそ──凡人だったからこそ、なんの憂いもなく他人を頼れる。
知性は他人を見捨て、野性は他人から見捨てられ、結果として一人で戦うという道を選んだ。それはそれで正しい選択だったろう。
だがしかし、彼はギンには知性で劣り、アルファには野性で劣る。つまるところどっちつかずの凡人だ。
だからこそ彼は戦い方を考えた。知性を総動員して野性を支え、野性を総動員して知性を支える。
そうして生まれたのが──久瀬竜馬という男。
「俺は弱い! けど仲間は強い! だから仲間には頼らせてもらうし助けてもらう! けどその代わり、誰かが躓いたら俺が全力で手を引っ張ってやる! それが俺で、俺らだ!」
仲間を頼る。
それは弱い者のすることだ。
けれども自分は弱い、そも、人間っていうのは弱い存在だ。
なればこそ、人は助け合ってこそ本来の力を発揮できるのではないか、と。
久瀬はそう考えていたからこそ、その戦い方に至った
「戦いってのは何も一人でするもんじゃねぇさ! 戦いはっ、皆で強い方が強いんだ!」
その顔には笑みが浮かんでおり、なるほど彼が認めるわけだと思えるような何かが、垣間見えたような気がした。
知性「……正論過ぎて何も言えない」
野性「同感……だな」
※二人共番外編に出てきます。




