番外07 怒れる氷魔
総合評価10,000突破です!
やっと桁が変わりました!
原初の悪魔、バアルは眼下を見下ろしていた。
混沌の作り出したあの世界。その特性上どの世界のどの場所にも即座に移動することが出来る。それは多少の誤差こそあるが、それは彼らにとっては些細なことではない。
今回の転移では、バアルは岩国バラグリム、そのはるか上空に転移してしまった。それ故彼は、致し方なく翼を出して滞空していた。
「にしても……この翼を出すのも久しいですね」
そう言ってバアルは背から伸びるその翼へと視線を向ける。
そこにあったのは吸血鬼さながらのコウモリの翼であり、その大きさはギンや死神のソレにも匹敵していた。
バアルは再び視線を下へと向ける。
そこには今大悪魔に見られているとは知らない住民達が笑顔を顔に浮かべて往来しており──
「あぁ、その笑顔を壊したい」
ドガァァァァァンッ!!
瞬間、彼の身体から魔力が吹き出す。
それと同時に巨大な炎の塊がその街の出入口へと投下され、周囲をも巻き込む巨大な爆発が発生する。
「ククッ、今ので……軽く千人は死にましたかね?」
そう言って彼が浮かべるのは嘲笑。
彼は冷酷にして無慈悲。それでいて最高に残虐。
その優しそうな初老の外見に惑わされれば最後。大悪魔の中でも最も残虐と噂される彼は容赦なく敵をなぶり殺しにするだろう。
今の爆発音に音一つなく静まり返るその街を見下ろして、彼は恍惚な表情を浮かべた。
「あぁ、素晴らしい……ッ! 人間が大量に死に絶え、それを見た者達が恐怖と絶望にあげるその悲鳴、叫び声! そして混乱のあまり聞こえ始める自滅の狂想曲!」
その言葉が契機となったように街中には悲鳴が響き始め、しばらく経てば混乱が起き始めたのだろう。気の荒い愚か者たちが仲間割れをし始めている。
──なんと素晴らしきかな、人間の愚かさとは。
彼はそう考えて次なる攻撃に移ろうとして、
「お前だの? この街をこうした愚か者は」
瞬間、彼は猛烈な殺気を受けてその場から緊急回避した。
そしてその直後。彼がつい先程までいた場所を超高速度で通り抜ける丸太──そして、その上に乗る一人の幼女。
「んなっ!?」
バアルは目を見開いた。
丸太を投げてその上に飛び乗り、それを乗り物とする。
そんなどこかの漫画のような技を実際にする者がいたとは……。バアルはそんなことを思って──
「おいババア、おまえここまで来る意味無かったんじゃないか?」
瞬間、彼の身体を衝撃が襲った。
気がついた頃には、先程まではるか上空にいた彼の身体は大地へと叩きつけられており、彼はあまりの衝撃に口から鮮血を吹き出させる。
「そんなことは無いぞよ」
その声と同時。上空から彼の体へと氷漬けとされた丸太が降り注ぎ、そのあまりの速度に彼は咄嗟にかわしきることが出来なかった。
「ガッ……、ク、クソ……ッ!」
彼は身体をその激突予想位置から逸らす。けれども身体の一部──左腕の部分だけは躱しきれず、彼の左腕は二の腕の半ばからその氷柱に押しつぶされた。
だがしかし、彼も大悪魔の一角だ。
彼はその氷柱から距離をとるべく後ずさると、それと同時に上空から二つの塊が大地へと落下してくる。
ドスゥゥゥゥゥンッ!
砂埃が吹き荒れ、それと同時に感じられ始めるその冷気と、力強い存在感。
砂煙が止む。
そこには両拳に纏うその蒼色の手甲をガチンガチンとぶつける鬼人族幼女と、超大型のハンマーを手にする土精族の男性の姿が。
その姿を見て、ここまで理解不能が続きすぎて混乱していたバアルも、やっとここに誰が居たのかを思い出すに至った。
「なるほど……、氷魔の王に伝説の鍛治師ですか……。それは手強いのは当たり前ですね」
そう言って彼は立ち上がる。
左腕からはピュッ、ピュッ、と血が吹き出しており、けれども彼の顔には痛みの感情はほとんど浮かんでいなかった。
対するグレイスとドナルドは、久方ぶりに相手にするこれほどまでの難敵に──
「「とりあえず、お前には住民が死んだ責任をとって、きちんと死んでもらう(ぞよ)」」
そう、気負うでもなく宣言した。
☆☆☆
それを見ていた久瀬は、疲れたように呟いた。
「あぁ……グレイスってほんとに師匠の方だったんだ……」
「「「……」」」
返事はなかった。
たしかに途中から「強そうだなぁ」とは思ってはいたが、まさかドラゴン○ールの技を素でやってのけるなどとは思ってもいなかったのだ。
だからこそ驚愕したし、何よりも……、
「あの、身体中から溢れ出る冷気は何ですか……?」
御厨は、そう呟くように口を開いた。
例えば、ギンの持つ炎十字。
あれは能力を発動した際に炎なら炎、氷なら氷、雷なら雷の力がそれぞれ身体から漏れだしている。
だからこそ『銀滅氷魔』でならばああいう状態もありえるのだろうが、今の彼女はただただ身体に収まりきらない魔力を垂れ流しているだけだ。それだけで冷気が発生するとなると……。
そう考えて──
「ふむ。ワシは昔から特異体質でのぅ」
思わぬところから、返事があった。
視線を前へと向けると、十数メートル先に立っているグレイスがこちらを振り返っており、彼女の拳からはこの距離からでも感じ取れるほどの冷気が立ち上っていた。
「ワシは鬼人族の特異種。世界で唯一の『白鬼』ぞよ。その特性は魔力そのものが冷気を帯びるというものぞよ。どうぞよ、カッコイイであろう?」
彼女はそう言って手を開くと、その直後に彼女の手のひらには見覚えのあるものが握られていた。
それはかつて、ギン=クラッシュベルが四大会議にて『チェックメイト』に使ったチェスの駒。彼女はそれを──その空気を凍らせることによって作り出した。
けれども、それに嘲笑を送る男が一人。
「クフッ……クハハハハッ、もちろん存じておりますよグレイス殿。アナタの魔力は冷気を帯びている。それ故に近距離から直接触れられ、その魔力を送り込まれれば、その場所は完全に凍りつかせられてしまう。極められたその技は本来は凍らない存在──空気、炎、光、影……そして時間すらも凍らせる」
男──バアルは心底楽しそうにそう告げると、思い出したようにこう告げた。
「そう言えば見ていましたよ、あなたの弱々しく頭の悪そうな弟子が、影になれば躱せると楽観視し、その結果間抜けなことにあなたに殴られている様を」
その言葉に、ぴくりと反応するグレイス。
そう、悪魔バアルは時々この世界に監視に来ている。その際、偶然にもグレイスとギンのあの試合を目撃したのだ。
それ故に、それ以降バアルの中で、ギン=クラッシュベルという存在は『間抜けな弱者』となっていた。
彼女は顔を伏せる。それ故に、その前髪に隠れて彼女の表情は窺えない。
だからこそ、彼はそれを想像してさらなる笑みを浮かべた。
「ですが運が良かったですねぇ。アスモデウスを倒したのは彼でしょう? あれほどの間抜けが仮にも大悪魔を倒したのです。アスモデウスが同じく間抜けで、その上一番の弱者で助かった、と言ったところでしょうか?」
後半については概ね正しいその言葉。
それにはある程度の事情を知っていた久瀬も思わず歯軋りをし、その義妹たる凛も殺気を漏れ流す。
そして遂に──
「ですが彼は、大悪魔を倒して調子に乗っているようですね。あなた方を倒した後にでも殺しに行きましょうか」
その堪忍袋の緒が──今切れた。
「ワシはな、あやつの事は案外気に入っているんだ」
瞬間、彼女の周囲から膨大な冷気が溢れ出す。
「うぉわっつ!?」
驚いたように声を上げたドナルドがその場から飛び退き、久瀬たちの立っている十数メートル後方まで下がってくる。
──瞬間、凍りつく大地。
周囲の岩々は芯まで凍って砕け散り、その一瞬で周囲の温度が十数度ほど下がったように感じられる。
「別にワシだって仲間の悪口を言われて気に入らないとか、そういう燃えるようなことを言っている訳では無い」
だが──
グレイスはそう言って顔を上げる。
彼女の瞳にはありありとした怒りが浮かんでおり、それを見たドナルドは、初めて見るグレイスに思わず目を見開いた。
「ワシはあやつの師匠だ! なればこそッ、弟子を愚弄されて黙っておるほどワシも馬鹿ではないッ!!」
瞬間、彼女から猛烈な殺気が溢れ出る。
気がつけばバアルの頬を冷や汗が伝っており、バアルは今になって自らの失策に気がついた。
触れなければ大丈夫? そんなものは言い換えてみれば触れればアウトだということだ。
それに加えて──
グレイスは左拳をぎゅっと握ると、それを突き出してこう告げた。
「別にワシとて、魔法が使えない訳では無い」
──ただ、強すぎて使っていないだけぞよ。
その言葉に、それを聞いていたドナルドは冷や汗を流した。
魔・法・使・え・た!?




