番外05 原初の悪魔
とうとう登場メフィストフェレス。
かつて、原初の生命体は、二つだけだった。
それこそが創造神エウラスと、地母神ガイア。
二人は天地創造を始めるにあたり、まず考えたのは生命とその住処であった。
住処を作るにあたって銀河系を創造した。そして幾つもの星を生み出した。
そして生命を生み出すにあたって──輪廻転生のシステムを作り上げた。
そして──その際にイレギュラーが起きた。
輪廻転生。
それはあまりにもスケールが大きすぎた。それこそ自動では行えないほどに。
だからこそ、世界の意思は創造主の意思に反してとある管理者を生み出した。
輪廻転生を司り、それを管理し続ける存在を──円環龍ウロボロスを。
それこそが創造主二人が予期していなかった一番のイレギュラーであり、ウロボロスが敵意を持っていなかったからこそ何とかなったものの、その強さは創造主二人の力を遥かに超えていた。
だからこそ創造主二人からの敵対を恐れたウロボロスは、自ら新たな生命体を作り出し、世界をの行く末をその自らの部下に任せようと思い立った。
──そうして生み出されたのが世界竜バハムート、そして世界獣ベヒモスの二体である。
その後、ウロボロスは二体に世界を任せて姿を消し、その後『時の歯車』と戦うまで一度として姿を表さなかったのだが──
「とまぁ、そんな感じの化け物の素材を使ってみようか、という話になったのだが」
「なんでそんな奴倒してるんだよ!?」
久瀬の叫び声が響いた。
全くその通りである。
ギンはそこら辺はうまくスルーしていたのだが、残念ながら、久瀬は彼のように上手くスルーすることは出来なかった。
その言葉に顔を見合わせたドナルドとグレイスは頷き合うと、懐かしいように虚空を見上げてこう告げた。
「「あれは……そう。若気の至り、ってやつだ」」
「バカッ、本当にバカッ!」
久瀬は呻いた。
若気の至りで輪廻転生を司る相手を殺すなど、正直常識外れにも程がある。どちらが悪者か分かったものじゃない。
けれどもそれはもう太古の話。
久瀬もそれ以上それについてどうこう言おうというつもりはなく、それを察したのか「よっこらせっ」とドナルドは立ち上がる。
そして──
「魔導『擬似アイテムボックス』」
総告げて、彼は出現した穴の中に両腕を突っ込んだ。
久瀬とて『魔導』の使い手だ。だからこそその擬似アイテムボックスにはさして驚かなかった。
けれども──
「えぁーっと……おお、あったあった」
ドスゥゥゥゥウン!!
そこから現れた巨大な牙に、久瀬は信じられないとばかりに驚きを顕にした。
そう、いきなり取り出されたソレは擬似アイテムボックスと比べるまでもなく貴重であり、なによりもその威圧感に久瀬は圧倒された。
「こ、これは……」
「……すごい」
久瀬の言葉を補足するように、今までずっと黙っていた凛も思わずそう声を漏らす。
「これは確か……人間で言うところの子どもの歯が抜けて後に大人の歯が出てくるだろ? あれのまだ成長しきってねぇ一番小さいヤツだ」
その言葉に更なる驚愕。
このサイズでも床が抜けるのではないかという程の質量を持っていて。更にその、サイズはただでさえ高いその天井に突き刺さりそうな程である。
それが──成長しきっていない小さなものなのだ。
それが全長でどれ位の大きさになるのか。そう考えると嫌でも冷や汗が吹き出してして、それを見たグレイスとドナルドはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「さぁ、お仲間には最高位の武具を、お前には怪物の魂が宿る武具を作ってやる。その怪物を乗りこなせるか、その武具を使いきれるか。せいぜい楽しませてもらうとするぜ」
久瀬は、ゴクリと喉を鳴らして頷いた。
☆☆☆
ちょうどその頃。
「おい! あのクソビッチが死んだとは本当か!?」
彼……ではなく、彼女は叫んだ。
正確に言えば彼女には性別はなく、ただ生前が女だったからと言って
『べ、別に男になってもいいけど……その、アレ……とか、使い方分かんないし……』
と、頬を染めながら話すもので、彼──メフィストもニマニマとしながら見つめるばかりであった彼女。
彼女は今更ながら、三ヶ月ほど遅まきながら大悪魔アスモデウスの死に気が付き、こうしてメフィストのところを訪れていた。
「おや混沌様、どうしたのです今更。あのクソビッチならば私の忠告も聞かずに大悪魔が所有する最高位結界まで持ち出し、その上『根源化』の秘密までバラした上でくたばりましたよ」
「その時に止めろよッ!?」
混沌の悲痛な叫び声が響いた。
というのも、混沌とて全能神ゼウスだけならばまだしも、その他の神王ウラノス。そして、現時点の神々最強の座に座っている彼女──獄神タルタロス。あれらの強者たちを同時に相手するのは骨どころか心が折れる。
噂によれば全能神ゼウスが獄神タルタロスに弟子入りし、タダでさえ馬鹿げた能力が更に強化されているとの情報が入っている。
だからこそ、それら二つは神々を打倒するのには必須のアイテムであり──
「結界はゼウスかウラノスを倒すために! 根源化はタルタロスを倒すために取っておいたんだぞ!? そっ、それをバラした上で敗北だと!? 一体倒したのはどこのどいつだ!?」
「ウラノス様の息子さんです」
「あの血統かァッ!」
再び轟く彼女の叫び声。
けれどもそれを聞いたメフィストは、それはそれは心底面白そうに笑みを浮かべて口を開く。
「いえ、血は繋がってませんよ。記憶が正しければ義理の息子、って感じだったと思います。……良かったですね、義弟ですよ、混沌様」
「おっ、義弟っ……だと!?」
瞬間、混沌の中にえも言えぬよくわからない感情が生まれた。
生まれてこの方『男』という存在に好意を持ったことのない彼女ではあれど、その『義弟』という響きには何かしら思うことがあったのだろうか?
否──それはきっと、母性だろう。
「お、義弟って、アレだろ? あの『お姉ちゃん』とか呼んで慕ってくれるって噂の……」
彼女はその姿を想像した。
『おねーちゃぁーん!』と言って駆け寄ってくる義弟。ちなみにショタ。そしてそれを笑顔で受け止める自分。
それらを思い浮かべて──
「あ、ちなみに顔は私に瓜二つです」
「バ○スッ!」
たった一言で、その母性は崩壊した。
「馬鹿じゃないのか!? お前みたいなブ男を好きになるわけねぇだろうが! このブサイク野郎!」
「……これほど、この容姿に自分を作ったあの人とそのモデルを恨んだことはありませんよ」
「ん? なんか言ったか?」
「……別に、なにも言ってませんよ」
気がつけばメフィストはしゃがみこんで地面に『の』の字を書いており、それを見た混沌は少し言いすぎただろうかと困惑して──
「混沌様、お耳に入れたいことが」
その言葉とともに現れたその気配。
それに、スゥっと目が細くなった。
「おい、私はお前が嫌いだ、バアル。それこそルシファー、アスモデウスと続いてその次くらいに嫌いだ。要件があるなら早く済ませろ」
「それはそれで傷つきますね」
その時、どこかでルシファーがクシャミをした。
閑話休題。
大悪魔序列第七位、バアル。
白髪をオールバックにしている細目の初老で、普段から燕尾服を身にまとっている──一言で言うならば『セバスチャン』だろうか。そんな感じだ。
そして混沌は、毎度彼を見て思うのだ。
あの細いというか、もう閉じているとしか言いようがない薄目。あの瞼の奥でこの男はどんな目をしているのか。どんな感情を隠し持っているのか。
そう考えると嫌でもこの男が疎くなる。
何せ──
「これでも私は『原初の悪魔』、長年生きています故、少しくらいは甘く接してくれても……」
「い・や・だ。長く生きてる分その腹の中は私の魔力よりも真っ黒だ。なんとなくそんな気がする」
「それはそれは……」
そう、彼こそが悪魔という概念を最初に作り上げた存在──否、体現した存在。原初の悪魔そのモノである。
だからこそ混沌も彼にだけは一時たりとも気を許しておらず、
(アスモデウスも要らなかったが……。正直、死ぬとすればこの男の方が何倍もよかったな)
そう、内心で呟いてため息を吐いた。
バアルはそれを見て何を思ったか、姿勢を正すと混沌へと向かって口を開いた。
「実はですね。原初の世界、その原初の大陸に位置する土精族の住まう国──岩国バラグリム。そこに今現在多くの敵対勢力が集い始めているとの情報を得たのです」
その言葉には先程までしゃがみこんでいたメフィストもぴくりと反応し、それを見た混沌はその言葉が本当なのだろうと確信した。
「おいメフィスト、今その国にはどんな奴らが集まってるんだ?」
「ええ〜、言わなきゃダメですか〜?」
「お、お前……大悪魔の首領に態度でかいよな」
それもそうである。放任主義で滅多に命令もなければ神々の側という訳でもないが、それでもメフィストの主は神王ウラノスなのだから。
けれども、混沌もそれには薄々勘付いている。
それでも尚自分たちの固有の世界を隠蔽し続けるためには彼の力が必要不可欠であり、さらに言えば敵対心など微塵もないことからも放任しているわけだが。
だがしかし、
「混沌様、そんな素性もしれない男を頼らないで頂きたく存じます。大罪も背負っていなければ私のように長く生きているわけでもない。その男は最近生まれたばかりの、異世界の情報を上書きして太古から生きているように見せているただの偽物。もしやスパイの可能……」
「「スパイ? 何を今更」」
「……性、も……って、はい? 今なんと?」
バアルは自らの耳を初めて疑った。
正確には『スパイ? そんな面倒くさいことをあの男が命令するわけがないだろう』という意味合いの言葉なのだが、その背景を知らないバアルはメフィストがスパイであることを確信した。
「こ、混沌様……、あ、あなたはこの男がスパイと知って側に置いているのですか……?」
「いや、良くわからんが、コイツはきっと神王ウラノスとかの使い魔、もしくは眷属だろう。けれどもこの男なくしてはこの拠点が見つかりかねん」
「そしてコチラは面白そうだからここにいる。利害の一致した──俗に言うウィンウィンな関係というヤツですね」
バアルは愕然とした。
メフィストが神王ウラノスの眷属だということにも驚いたが、それ以上にそれを放任している混沌自身に。
彼は顔を伏せると、
「了承を頂きたい。私が今からその国には攻め入り、将来面倒臭くなりそうな害虫共を取り除いてまいります」
恐ろしく冷たい声で、そう告げた。
☆☆☆
「あ〜、これでもう一人大悪魔が死にますねぇ〜」
「え! マジな話かそれは!?」
嬉しそうに混沌はそう言った。
「嬉しそうですねぇ……」
「そりゃそうだろう! あのいけ好かないクソジジイが死ぬんだぞ! これは朗報だ!」
「まだ誰が死ぬとは言ってないのですが……」
メフィストはそう呟くと、瞼を閉じてコメカミをトンっ、トンっ、と叩く。
それと同時に浮かび上がる、それらの情報。
「先程聞かれたことですけどね。あの場にいる最も厄介な存在が『氷魔の王』グレイスさん。次いで…………を飛ばして、その次が『伝説の鍛治師』ドナルドさん。次に『戦神王』アルファさん、『執行代理人』の凛さん。『黒炎』の久瀬さんに『神天』のゼロさんですかねぇ。上から順に言えば」
何だか約一名ほど飛ばしていた気がしたのだが、混沌はその名前に眉を顰めていた。
「グレイス? なんでそんな化物がいるんだよその国には。私でも名前を知ってる怪物だぞ?」
「そりゃあもう。全盛期のグレイスさんとか私でも相手したくないレベルですしね」
そう、あの合法幼女である。
ドナルドは戦闘向きではないにしろその実力はerror級であり、グレイスに至っては鈍っている今でさえDeus級に片足どころか両足を踏み入れている。混沌が知っているのも無理ないことであろう。
そんなことを考えて苦笑したメフィストは──とある未来を口にした。
「けど、バアルを殺すのは彼女じゃありませんね」
そう言った彼の脳裏には、一人の少年の姿が浮かんでいた。
「『俺は、アイツに勝てるだけの力が欲しい。アイツがいつか、道を間違えた時。その時に一発殴って止められるような。そんな強い力が』……ですか。なかなか彼も面白い方だ」
「は? なんだそのクサい台詞は」
混沌の言葉にメフィストは瞼を開ける。
瞬間、彼の瞳が光り輝き、それと同時に数年後に起きるであろう、その最高に面白い展開を、その光景を、その瞳はしかと捉えた。
瞳に映るは、白く髪を染め、変わり果てた彼の姿と、それに相対する黒髪の彼の姿。
片や紅と銀の瞳を煌めかせ、片や青い瞳を煌めかせる。
彼らから感じられる力はどちらも今のメフィストをも超えており、それを見た彼は肩を震わせて笑い始め、それを見た混沌は首を傾げた。
「んあ? とうとう気でも触れたか?」
「クハハッ……、いえ、あまり知りすぎるのもアレだなと思いまして遠くの未来までは見通していなかったのですが……。なんとまぁ、これは私も予想外」
そう、その未来はメフィストをしても『予想外』と言わしめるものであった。
ストーリーがぶっ壊れている。
今まで楽しんできた読者を呆れさせるその展開。
そして点と点の繋がるその未来。
けれども最後の感想は──面白い。
(彼のお話は基本的に、シリアスとは無縁だと思っていたんですけどねぇ)
そうメフィストは内心で呟く。
そして、
「混沌様、チョーカーって好きですか?」
彼は混沌がとあるチョーカーをつけるその未来を眺めながら、それを知らぬ彼女へとそう口にした
混沌もいい感じにラスボス感が薄れてきましたね。
ちなみにですが、メフィストの言ってる事は正しいと思ってます。
この先、本気で総合評価減りそうな勢いでストーリーぶっ壊れます。まぁ、まだまだ先の話ですが。




