番外03 氷魔との邂逅
「「「……へっ?」」」
その場にいる全員が、その声の方向へと視線を向けた。
誰一人として、その存在に気がつけなかった。
それはかなり異常なことであり、実力者パーティ、その中でもシーフの妙、それ参謀の御厨。この二人が存在に気がつけないのは余程のことであった。
──が、
「よ、幼女……?」
そこに居たのは──幼女だった。
青みがかった白髪に、頭の左右から伸びる黒い角。
黒い甚平の上から黒いマントを着用しており、草原にその下駄の音が木霊した。
そして、いきなり叫びだすその幼女。
「だっ、誰が幼女ぞよ!? ワシはれっきとしたレディぞよ!」
瞬間、向けられる多数の微笑ましい視線。
彼らは思った──大人ぶりたいんだな、この子、と。
それには彼女も気がついたのか、悔しそうにペタペタと地団駄を踏んだ。
「な、なんぞよっ! あやつは分かっててワシを愚弄していたが、何だかお前達みたいな無意識の方が余程ムカつくぞよ!」
あやつ。無意識。
その言葉の意味は分からなかったが、それを聞いた久瀬と凛は緊張を解いた。
「何だかアレだな……やる気失せたな」
「うん、命拾いしたね、久瀬竜馬」
そう言って久瀬は刀から手を離し、凛は執行者モードを解除する。
そして、その元凶となったその幼女へと視線を向けた。
「で、お嬢ちゃんはなんでこんな所にいるんだ? 親とはぐれたのか?」
「ばっ、馬鹿にするでないぞ! そもそも親などとうの昔に死んでおる!」
瞬間、全員に緊張が走った。
それはその言葉から彼女の年齢を察したからではなく⋯⋯、
「苦労したんだね……君」
「ううっ、もう安心ですからねっ」
「少し……可哀想ね」
若くして親と死別したのだと、勘違いしたせいであった。
それには彼女も憤慨し、思わずその事実を暴露した。
のだが、
「ううっ、うるさいうるさいって! ワシはアレじゃぞ! 執行者ギン=クラッシュベルの師匠!『氷魔の王』グレイスぞよ!」
「「「……えっ、弟子の間違いでしょ?」」」
「ちがぁぁぁぁぁうっ!!!」
そうして、久瀬たちはギンの弟子(笑)のグレイスと邂逅したのだった。
☆☆☆
「で、グレイスはどうしてこんな所にいるんだ?」
翌日。
宿をまだ取っていなかったグレイスは久瀬たちに連れられて同じ宿へと泊まることとなった。
そのため、朝食も同じ場所でとることになったのだが、たまたま久瀬はその事を聞いていないことに気がつき、そう口にした。
その言葉には『もしかしてアイツがここにいるのかも⋯⋯』という期待がこもっていたのだが……、
「ふむ、いわゆる武者修行ってやつぞよ」
グレイスから帰ってきた言葉は、予想の斜め上を行っていた。
その言葉には他の面々も驚いてしまい、古里愛紗は思わずと言った様子でこう聞いた。
「えっ、何で武者修行なんて……」
すると彼女──グレイスは目に見えて嫌な顔をした。
それには何か地雷を踏んでしまったかと思った愛紗だったが、彼女はグレイスの口から発せられた言葉に目を見開いた。
「数人、ワシの足元まで及びつつある者がおってな。ギン=クラッシュベルを初めとして、あやつの仲間でいえばあのドラゴン娘か……。あやつは面白い力を秘めておった感じがするな。あとは件の改造人間アルファ。今考えてみるだけでもうち三人。その他にも執行機関の面々は化けるであろうな」
そのあまりにも上から目線な。それでいてこの上なく正しく、全てを見通しているような物言い。
その言葉に思わず本当に彼女がギン=クラッシュベルの師匠なのかと疑ってしまった彼らだったが──
「だが、今回の異世界人はギンと浦町とかいう小娘、あの二人以外は外れであろうな」
その言葉に、ピンと緊張が張り詰めた。
その空気にグレイスは思わず目を見張ったが、なるほどとなにかに気がついた様子で笑みを浮かべた。
「なるほど。お主らは自分たちが外れだと言われたことに対して『それはおかしい』などと思っているのだな?」
その図星にも程がある的確な言葉。
それに思わず声を詰まらせた面々ではあったが、うち数人がすぐに声を出してそれを否定した。
「アナタは間違ってる。私、兄さんの力を持ってる。十分なくらいに強い」
「あぁ、俺も凛ちゃん……程じゃねぇかもしれねぇがある程度は強い自信はあるぜ。これでも一年間も修行したし、結構強いユニークスキルも持っている」
二人はそう言って、グレイスから向けられている、そのつまらなさそうな視線に目を剥いた。
「一年間修行した結果そこまでたどり着いた。確かに成長速度は目を見張る」
──だが、
そう言って彼女は、その事実を告げる。
「力を持っているからなんぞよ。あやつらはお前達よりもはるかに強い力を持っている。そんな存在に対して力を誇っている時点で……、期待外れもいい所ぞよ」
その言葉は、限りないほどに正しかった。
久瀬が強いのは──あくまでも小さな世界でのことだ。
凛が強いのは──ギンのスキルが強過ぎるおかげだ。
強くても今の久瀬じゃ中級神が集まれば勝てやしないし、今の凛じゃ能力さえ封じられれば少し強いだけの異世界人に過ぎない。
二人は今になって実感した──自分たちの前を歩く、彼の背中とのとてつもない距離に。
後になってその道をついていく自分たちと、道を切り開いて歩いていく、彼との実力差に。
それら、やっと自らの立ち位置を把握したらしい彼らを眺めてグレイスは満足げに頷くと、席を立った。
「それじゃ、ワシはもう行くぞよ。この国には知り合いに預けておいた防具を取りに来ただけ故な。遅くなればどこかに武具の素材でも取りに行きかねん」
そう言って彼女は踵を返す。
けれども彼女は出ていく前に振り返ると、
「あ、あんまし金ないから勘定はたのむぞよ」
「待てやこのロリっ子が!!」
結局、久瀬はグレイスに逃げられた。
☆☆☆
それから数週間が経った。
「おぉぉー! ここがこの国の王都か!」
あの街からいくつもの乗合馬車を乗り継ぎ、時にはいくつもの山と洞窟を越え、久瀬パーティとその場のノリでついたきた凛は、とうとう岩国バラグリムの首都へと到着していた。
それは、この大陸において最も高い山──霊峰バラグリム。その頂上に作られた都市であり、山頂の巨大な台地部分、そしてその周辺の斜面にその都市はあった。
しかもその霊峰は活火山であり、今は『沈静石』というもので押さえつけられているがそのマグマは未だ燻っている。それゆえにマグマを利用した超高等技術を要する鍛冶が発達し、今や鍛冶や高性能な武具こそがこの都市の最大の特徴であった。
それゆえに、全大陸中からはこの都市の土精族の造った武具を手に入れるために冒険者たちが集い、その中には思いもよらない人物や、案外、防具が壊れて難儀している有名人なんかも訪れているのかもしれない。
閑話休題。
今回久瀬がここまで来たのは、長年使い続けているこの愛刀。この刀の切れ味がかなり落ちてきたことに気がついてしまい、この前のミノタウロス戦以降は目に見えて限界が近づいてきたように思えるのだ。
だからこそ、新たな相棒を見つけるため──あわよくば、この愛刀を生まれ変えて貰うためにここまで来たわけだが。
「……あっ」
「「「「……あっ」」」」
国に入ってすぐ。
そこには見覚えのある、黒角幼女の姿があった。
彼女は久瀬たちの姿を見てたらりと冷や汗を流すと、まるで錆び付いたブリキ人形のごとく、カクカクと振り返り、歩き出す。
──だが、
「うぉい! 待てやこのロリっ子が!! テメェ金払いやがれ!!」
咄嗟に動いた久瀬に──捕まってしまった。
「い、いやぞよっ! はなっ、はなさんかっ! お前達だって地味に異世界人ってことで儲けてるのであろう!? ならばあれくらいの食費と宿泊費……」
「お代わりどんだけしてたと思ってやがる!? お前の食費だけでも五万が飛んだぞ!?」
「……このケチんぼ」
「ケチんぼ言うな!」
酷い会話である。
安さを売りにしている宿屋で五万Gも食費に使ったグレイスもグレイスだが、逆に五万Gでここまで切羽詰まっている久瀬もなかなかどうしてピンチだろう。
正確には稼いだそばから小鳥遊優香がそれらを片っ端から使ってゆくのだが。というか金がなくても借金してくるのだが。
「でもアレっすよね。銀くんの弟子ならそういう所きちんとしておかなきゃ師匠のメンツ丸潰れっすね」
「メンツ丸潰れって! 何だかメンチカツ潰してるみたいよね!」
「あ〜。小鳥遊さんは黙ってて下さいっす」
タイミングよく久瀬の背中を後押しするよう、京介がそう告げる。けれどもそこで口を挟んでくる余計な優香。エロースやケリュネイアに次ぐ何かを持っている彼女であった。
久瀬はその優香の空気をぶち壊す言葉にため息を吐くと、掴んでいたグレイスの甚平の裾を離した。
「まぁ、もう済んだことだしいいけどよ」
「ふむ? なかなかわかる小僧ぞよ。まぁ? あやつ相手ならあの時点で『おい、調子乗るなよロリっ子』とか言われて捕まっていたであろうがな!」
どんだけアイツのこと好きなんだよ。
誇らしげに胸を張っているグレイスを見てそう思ってしまった久瀬。彼は疲れたように嘆息して、
「まぁ、アレは悪かったと思っておる。だからその代わりと言ってはなんだが、この国で一番の鍛冶師を紹介してやるぞよ」
「…………へっ?」
その言葉に思わず目を点にして、
「まぁ、あやつがお前を気に入るかどうかは、別としてな」
そう言って笑みを浮かべたグレイスに、身体中の直感という直感が危険反応を察知した。
久瀬も苦労してるなぁ。




