第286話
ぴろりん! レベルが上がった!
ぴろりん! レベルが上がった!
ぴろりん! レベルが上がった!
ぴろりん! レベルが上が⋯⋯
勝利のファンファーレが鳴り響き、それと同時に僕の身体はくずおれた。
「あっ、あぁ、主様ぁぁぁ!!」
「く、クハハッ! かっこいいではないかッ!」
そう言って白夜と輝夜が駆け寄ってくるが、僕は何とか床に短剣を突き刺して支えにすると、倒れているアルファの方を指さして口を開く。
「悪い、ちょっとそっち行けそうにないから、死なない程度に応急手当だけしといて。そのままじゃ死にそうだし」
視線の先には、アルファを中心として刻一刻と広がっていく血だまりと、その姿を見てアワアワとしているユイたちの姿があった。
それに一瞬ムスッとした表情を浮かべた二人であったが。
「次、港国に旅行しに行く予定なんだけど、もしいい子にしてたらデートし⋯⋯」
「「了解じゃ(だ)!」」
瞬間、二人は我先にとアルファの回復へと向かった。まぁ、二人共魔導を取得しているのだし大丈夫だろう。そこまで深く斬ったわけでもないし。
「頼む、常闇⋯⋯」
そう呟くと、サムズアップした常闇のローブの先端部が床へと突き刺さり、それと同時にまるで椅子のように姿を変える。
正直色々と聞きたいことはあるだろうが、常闇に関してはだいたい『頼む』で伝わるのだ。もはや何も聞くまい。
僕はその椅子に腰を下ろして息を吐くと、その手に持つ神剣シルズオーバーへと視線を下ろす。
(にしても何なんだろう⋯⋯、この短剣。どこかで見覚えがあるような無いような⋯⋯)
そんなことを思っていると、頭の中にウルの声が響いてきた。
『もしかしてアレじゃないですか? 神王さんがメフィストさんを経由して御主人様に仰ってたじゃないですか。二つ眠ってる、って。片方が私だと仮定するともう片方がそれ、ってことになりませんか?』
「⋯⋯あ、確かに」
確か、メフィストはあの時こう言った。
『君にはまだまだ眠っている力がある。白虎と常闇は僕がなんとかしたけど、あと二つは君が独力でなんとかしたまえっ! そうすれば大体は何とかなるさ!』と。
もうアレが父さんからの伝言だったと言わずもがなわかっているとは思うが、それはともかくとして確かにその言葉は的を的確に射ているだろう。
『確かになぁ。ごちゃごちゃした能力ならこの男女、純粋な武具としての能力としてはそっちの神剣のほうが勝っ⋯⋯』
『ク・ロ・エちゃん♡』
『あ? なっ、ちょっま! 待てって! 悪かった! ごちゃごちゃとか言って悪──あひゃんっ!?』
おい、初めて聞いたぞクロエの艶やかな声。
僕はなんだか楽しそうなその二人との会話をシャットダウンすると、やっと終わったらしいその応急処置を見て立ち上がる。
「それじゃあ目的も達したし、戦争終結でもしてきますかね」
そう言って僕は、当初アルファが腰掛けていた階段を登り始める。
途中から僕の行動に気がついた白夜と輝夜が追ってきたが、やはりユイたちはアルファと共にここに残るらしく──
「おいフカシ、貸一つだからな」
僕は未だ目を瞑っている彼へとそう呟くと、その先の道へと進み始めた。
☆☆☆
その数秒後。
ギンたちの姿が見えなくなった直後、彼はパチリと目を開いた。
「に、兄さん!? だ、大丈夫なのっ!?」
目の前にはオロオロとし続けている妹の姿があり、その背後には同じくオロオロとしている友人達の姿もあった。
それには流石のアルファも吹き出してしまい、それと同時に受けた傷と身体中がズキンっと傷んだ。
「うぐっ!? あ、あの野郎⋯⋯、こんだけやっといて貸一つだと? 馬鹿じゃねぇのか、まったくよォ⋯⋯」
アルファそう言って、まず間違いなく跡が残るであろうその綺麗な傷跡へと手を当てる。
やはりまだ痛みは引かず、血こそ収まっているもののそこはかなりの熱を発していた。
それに加えてあの過剰なまでの超加速である。回復魔法を受けたとはいえ身体はまだ悲鳴を上げていた。
(しかもあの野郎、ぜってェ俺が起きてるって分かっててあんなこと言いやがったな⋯⋯?)
彼はそう内心でつぶやくと、心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる三人へと視線を向ける。
するとユイたちはアルファ本人に言われたあの言葉を思い出す。
『今更何しにきやがった⋯⋯このクズ共』
それは本心からの言葉であった。だからこそ三人は再び同じようなことを言われるかもしれないと身を固くして──
「わ、悪かった!!」
そのアルファの謝罪に、思わず目を剥いて固まった。
「俺は確かにお前らを恨んでた。俺がこんな目に遭ってる間にどれだけ楽しく暮らしているかって思うと、どうしても憎まずにはいられなかった⋯⋯。けどッ、生放送でお前らの姿を見た時、俺は笑っちまったんだ。実は、信じられないくらい⋯⋯嬉しかった」
けれども彼の恨みはそれだけで晴れるものではなく、結果としてああいう態度をとってしまったが、その恨みもギンと本気で殺り合うことにより、まるでストレスのように発散されて行った。
なればこそ、今のアルファに残っているものは家族に再会できた嬉しさと、きつく当たってしまったことへの申し訳なさだけだった。
だからこそアルファ素直に頭を下げ──
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁっん!!」」」
「えっ、はぁっ!?」
いきなり泣き出した三人に思わず目を剥いて驚いた。
それはそうである。こっちが誠心誠意謝った途端いきなり泣き出すのだ。長年一人で生きてきたアルファにとってその反応は予想外すぎて、今度はアルファがアタフタとしてしまった。
「だ、大丈夫かお前ら!? なんか悪いもんでも食ったのか!?」
するとその言葉を聞いたユイが頬を伝う涙を拭きながら、その理由を口にする。
「だ、だっでぇぇ⋯⋯お、お兄ちゃん、わだしのこと、嫌いなのかっでぇぇ、うぇぇぇぇぇん!!」
その言葉に、さすがのアルファも大体のことを察した。
自分がああいうことを言ってしまったからこそユイたちには『アルファは自分たちのことが嫌い』という構図が出来上がってしまっており、アルファの今の言葉によってその構図が崩れ、結果として泣いてしまったのだろう。
アルファは未だ泣き続ける三人を見て頬を緩めながらも、いつからな冷たくなっていた自分の心に、どこか暖かい光が宿ったような、そんな気がした。
彼はふと、窓から外を見上げる。
そこからはいつも遊戯室の中から見ていた曇った夜空と三日月はなく、そこに広がっていたのは雲一つない青空。
彼はその青空に懐かしいものを覚えながらも、視線を階段の方へと向けて、こう呟いた。
「こんだけやってくれたんだ。もちろん貸しは二つだぞ、ギン=クラッシュベル」
こうして『野性』の地獄は、幕を閉じたのだった。
☆☆☆
「で、何で白夜はカメラ持ってきたんだ?」
その後に続く道を歩きながら、僕はさり気なく生放送中のカメラを持ってきている白夜へとそう聞いてみた。
すると白夜の答えは予想通りにもほどがあって。
「ふむ! 主様の勇姿をバッチリ全国へと放送するためじゃ!」
「一応言っておくがこの会話もバッチリ流れてるからな?」
「なんじゃと!? よぅ分からんがこのカメラとやらは凄いんじゃのぅ⋯⋯」
白夜はそう言うとカメラをぺたぺたと弄りだした。
まぁ、向こうの世界であったような精密さはなく、ただ単純にレンズとスイッチ、そして持ち手だけがついている簡易なものなので壊すことはないだろう。一応白夜も神童だしな。
そんなことを話しながら歩いていると、すぐに僕らの目の前へと豪華そうな扉が現れた。
いかにも神聖そうな、純白色をメインとしたその扉からは、なんだか悪っぽい奴──例えば吸血鬼の僕とかアンデッドの輝夜とかが触ったら浄化されそうな雰囲気が漂っており、僕は白夜にからカメラを預かると、一番大丈夫そうな白夜へとその扉を開けるようにお願いした。
傍から見れば女子供を囮に使うクソ野郎だろうが、この宗教国ならそんなこともありそうでなんだか怖いのだ。仕方あるまい。
「ふっ、ぬぅぅぅぅっ!」
白夜はその扉へと両手をつくと、ぐぅっと力を入れてその扉を開き始める。
かなり重く出来ているのか、その扉はゆっくり、ゆっくりと開いてゆく。
その先に広がるは、純白色の部屋と、見るも無残に崩れ去った何者かの像。
そしてその目の前には、金色の髪をした女性が、ただ何をするでもなく立ち尽くしていた。
──聖女ミリアンヌ。
その姿はかつてあの会議室で相対した彼女そのものであり、その姿はどこか、儚げでもあった。
そして、僕はやっとその答えへと至る。
(あぁ⋯⋯、コイツはきっと、馬鹿を装う賢者だ)
その姿は、かつて僕のよく知る彼女──鮫島美月にとても似ていた。
その姿から感じられるそれは、世界に絶望し、心をずたずたに引き裂かれ、無気力感に苛まれ、結果として幸福になることを諦めた人間のそれだ。
その状態を一言で表すならば『破滅主義者』だろうか。
そう考えれば今までの再三にわたる僕への攻撃も理解できるし、この国の破綻まっしぐらの現状も理解できる。
──つまり聖女は、僕に自身を殺してほしいのだ。
そこ迄考えて、僕は頭をガシガシとかく。
するとそれを察知した訳では無いのだろうが、たまたま彼女は、タイミングよく口を開いた。
「どうしました? 私を殺せば戦争は終結しますよ?」
そう、聖女を殺せば戦争は終結するだろう。
それはきっと間違いの無いことで、それによって多くの聖国の民たちから恨みを買い、何万人もの人々を路頭に迷わせる代わりにこのクソッタレな、最初から仕組まれていたであろう戦争は終わるのだ。
それは、ある意味この上なく楽で簡単な終わり方なのだろう。実際聖国の残党がいくら集ったところで恭香一人にさえ勝てないだろうし、気にする必要性は皆無だろう。
──けれども、僕が最終目標として目指したのは、聖女からの、自ら行われた白旗である。
それを、こんな自殺志願者に邪魔されるなど気に食わない。目指すなら最善を目指すべきだ。
──そして聖女は、生き続けて、甘いも苦いも、幸せも絶望も、噛み締め続けるべきだ。
僕はそこまで考えたところでふっと笑みを浮かべると、白夜の構えるカメラへと視線を向けた。
「さぁ、現状をご覧の皆様方。今回の真相をお話しましょう」
「「「⋯⋯⋯⋯はぇ?」」」
白夜、輝夜、ミリアンヌの三人が僕の言葉に目を点にし、そんな間の抜けた言葉を発した。
それを見て内心でにやりと笑うと、僕はミリアンヌへと手を向けて、詐術フル稼働で話し始める。
「今回僕らに喧嘩を売ってきていたのはミラージュ聖国! もちろんその頭は誰かと聞かれれば聖女ミリアンヌ、彼女です!」
──ですが。
僕はそう言うと、再びカメラへと視線を向けてこう告げる。
「実は聖女ミリアンヌは操られていただけで、その背後には二人の黒幕が居たのです」
瞬間、驚きに声をあげようとした三人の口を空間支配で無理矢理に閉ざす。
すると辺りはシリアスに包まれ、聖女は見た目だけは悲しく目を伏せているようにも見えた。うん、完璧だ。
僕は現状に内心で笑みを浮かべると、そのでっち上げる予定の悪役二人の名前を告げる。
「それらは、聖国の主神である呪眼神ミラーグと、召喚された勇者である水井幸之助です」
もはや事情を知るものからすれば笑いが止まらない答えである。
聖女も思わずその言葉の先に待つ悲劇を思い浮かべたのか、その肩がぷるぷると震え始め、何かをこらえるかのように両手で顔をおおった。
傍から見れば──それはまるで、悲劇に見舞われた聖女そのもの。
僕は自分に『笑うな⋯⋯笑ったら負けだぞ⋯⋯』と言い聞かせながらも小さく息を吐くと、さらに言葉を紡ぎ出す。
「まず、呪う眼と書いて呪眼と読む呪眼神ミラーグは、かつてこの大陸で殺戮の限りを尽くし、神の座まで上り詰めた大罪人です。そんな彼は時代が移りゆくに従って自らの情報が下界から消えてゆくのを待ち、そしてその情報が途切れたのを見計らって、再び下界にて殺戮の限りを尽くすために信託を下しました。それがミラージュ聖国の始まりです」
まあ、ここまでは何一つとして間違っていない情報だろう。何せこれらは恭香から聞いたのだから。
だがしかし、ここから先は好き勝手やらせてもらうとしよう。
「だがしかし、この時代には聖女ミリアンヌという存在がいました。彼女は呪眼神ミラーグのその思惑に誰よりも先に気づいたのです。ですが、もしもそれらの真実を他に話せば呪眼神ミラーグが自身を抹殺するよう信託を降ろすでしょう。だからこそ彼女は、自らを偽り、愚者を演じてきたのです。いつの日か──ミラーグの思惑ごと、この国を滅ぼしてくれる相手が現れるまで⋯⋯ッ!」
この上なくテキトーな言葉の羅列である。
良くもまぁペラペラとここまでそれらしいセリフが湧いてくるもので、それにはさすがのミリアンヌも肩を大きく震わせ始めた──あぁ、なんと嘆かわしい。
僕は内心でそんなことを思いながら、熱弁から一転、悲しげに目を伏せて口を開く。
「ですが、それも呪眼神ミラーグにはお見通しでした。彼は彼女の存在が聖国において大きくなりすぎていることに気がつくと、絡め手──つまりは間接的に彼女を排除しようとしたのです」
──それこそが、悪神の使徒、水井幸之助。
そう言って僕は怒り(笑)に顔を歪める。
「思い返しても見てください、聖国が行った勇者召喚は聖女ミリアンヌが主導していましたが、その実後ろで手を引いていたのは主神からの信託でした。呪眼神ミラーグは聖女であっても信託には逆らえないと知っていました。だからこそ、勇者召喚という名目で、大勢の異世界人の中に一人だけ、自らが手塩にかけて育てた自らの使徒を加えたのです」
きっと聖国の人々は確信したことであろう。
恭香から聞くところによれば勇者召喚は聖女が重傷や不治の病などに罹り、死ぬのを待つだけの獣人族たちを生贄という名目で安楽死させ、『神託が下ったのです』という言い訳の下に行ったことらしい。
つまりは──傍から見れば辻褄はあっているのだ。
「呪眼神ミラーグとその使徒水井幸之助は、その名の通り、人族を騙す能力に長けているのです」
僕が言えたことじゃないが。
「だからこそ呪眼神ミラーグは人族以外の全てを悪だと定め、自身の不利になるような状況になる前に、殺させようとしたのです」
僕はそう言ってカメラへと真っ直ぐ視線を向けると「思い返してみてください」と、そう言って語り出す。
「何故聖女ミリアンヌは数多くいる異世界人の中から一人だけを選んだ──否、選ばされたのですか? 何故この短時間にこれほどまでに彼が聖国での発言権を得たのですか? 何故皆さんはつい先日までその事に何の疑問も覚えなかったのですか? 何故──彼女が今、泣いているのですか?」
答、笑いをこらえているからです。
もちろんそんなことをカメラ越しに見ている者達が分かるはずもなく、きっと彼らが見ているのは悲しげに顔を伏せ、両手で顔をおおって肩を震わせる、悲劇の聖女ミリアンヌであろう。
僕はカメラへと視線を向けると、まるで正義の味方であるかのように、自らの行動が正しいものであるかのように、こう告げた。
「聖女ミリアンヌは今までずっと、たった一人で努力し続けてきた! なればこそ国民よ! 悪神の思惑が漂うこの国を自ら解体し! 彼女、ミリアンヌに絶対の自由を約束しようではないか!!」
神殿の外から、ここまで聞こえる雄叫びが聞こえてきた。
ぷーくすくすっ




