第280話
シュタッ!
??「勇者登場ッ!」
そうして僕は『何も見てない』と自身の心を誤魔化していると、どうやらいつの間にか聖都が見えてきたようである。
「カカッ! 見るのじゃ主様よ! 馬鹿な人間共がウヨウヨしているのじゃ!」
白夜にそう言われて下を見ると、そこには今頃になって聖国がピンチだと悟ったのか、周囲の街から数多くの人と馬車が溢れ出てきていた。
まぁ、そいつらに関していえば白夜の言うことがご最もである。戦争を始めるとなった以上どちらに与するかは自由だが、戦況が不利になったからと言って自陣を捨てて相手の方に逃げるなど愚かしいにも程がある。全く酷い手のひら返しだ。
「まぁ、面倒臭いから見逃しとけ」
「ふむ! 主様はつまるところ『なにか事情があったのかもしれないし、今回だけは目を瞑ってやれ』というのじゃな!」
「⋯⋯まぁ、そういう事にしておけ」
僕は何だか面倒くさくなってそう言うと、バハムートの背中に下ろしていた腰を持ち上げ、息を吐く。
パチンと指を鳴らすと、それと同時に僕の服装が普段服から常闇のローブにブラッドメイルという戦闘服へと換装し、その場での滞空を始めたバハムートへと話しかけた。
「バハムート、ここまで助かったよ。こっから先は僕らがやるから、お前はあとは好きにしてくれ」
『なんだ、つれないな? 別に我輩はこのままあの国を滅ぼしても⋯⋯』
「別に僕も滅ぼしたいわけじゃないからな!?」
そう、僕だって紫くんをぶん殴って聖女に謝罪さえしてもらえば十分なのだ。そんな事で戦争起こすな、と言われそうだが、まぁそれは恭香たちに手を出したいあいつらが悪い。死んでしまえ。
僕は少々過激な雰囲気になってきたことを察すると、コホンコホンと数度咳をして、至って真面目な表情でこう告げた。
「アレだ、お前だけで聖国に勝ったりなんかしたら『世界竜の力を借りたから勝てた』とかイチャモン付けられるだろ」
そう、僕らはバハムートの力を借りすぎるわけにはいかないのだ。
今回僕が目指す落とし所は、自身の力を十分に見せつけた上での聖女からの白旗だ。
と言っても僕は未だに彼女の真意を測りかねている。彼女が真性の馬鹿なのか、それとも馬鹿を偽る賢者なのか。そして後者だったのならばここまで破綻的な現状を作って何をしたいのか。
チラッと月光眼や恭香の能力にも頼りかけたが、前者は未だそこまでの精度がある訳でもないし、後者に関しては完全にズルだろう。
僕は真正面からアイツらを負かして──その上で彼女らに謝らせたいのだ。
僕はバハムートへと視線を向けると、彼女もその青い瞳を僕へと向け、何を思ったかケラケラと笑い始めた。
『やはり貴様は面白い! どうだ、本格的に我輩のところに婿に来るつもりは無いか?』
「いや、僕お前にそこまで好感度持ってないし」
『そ、それはちょっと傷つくな⋯⋯』
彼女は一転してズーンという雰囲気を醸し出すが、その仕草はあまりにも空々しくて、素人目にもそれが冗談だということには気づけるだろう。
僕は彼女の背中へと軽くコツンと拳をぶつけると、にやりと笑ってこう告げた。
「それじゃ、次会うときは約束の時だな」
『少しは慰めろ、この馬鹿者めが』
「僕にそんなにことを望むなよ」
僕はふいっとそっぽを向いたバハムートに向かってにししと笑うと、くるりと後ろを振り返る。
「さぁ行くぞお前ら。とっとと飛び降りろ」
「えええっ!? 飛び降りるんですか!?」
「クハハッ! 天魔族なら翼くらいだせるだろう! 種族の文字的に!」
「無茶言わないでくださ⋯⋯」
「ほらとっとと行くのじゃっ!!」
「「「いやぁぁぁぁぁ!?!?」」」
そんな声が響き渡って、ユイ、アイク、ゼロと順に飛び降り──否、落とされて、その後に白夜と輝夜が笑みを浮かべて続いてゆく。
僕は生き生きしている二人へと嘆息しながら彼女らを追うようにしてその背から飛び降りると、下からの猛烈な風を浴びながらこう言った。
「さぁ、執行を開始しよう」
☆☆☆
空中でゼロとアイクを拾った僕は、白夜にユイと輝夜を任せて地へと降り立った。
そして、それと同時に群れだす聖騎士の群れ。
「貴様ァァァ!! 我らが聖なる地に土足で踏み入るとは何事か!? その罪万死に値し⋯⋯」
「いや、みんな靴履いてるんだし土足だよな?」
「⋯⋯こ、殺せェェェェ!!」
僕はドヤ顔でそう言ってきたその聖騎士の言葉を一瞬で切って捨てると、それと同時に僕らの殺戮命令が響き渡った。
正直僕の言っている事の方が正しいと思うし、なによりこんな事で人殺しなど『子供かっ』て感じなのだが。
「お前ら、ちょっと邪魔だ」
瞬間、こちらへと駆け出してきた聖騎士たちを薙ぐように何かが通り抜け、彼らはそれに触れた途端、火傷、凍結、麻痺など、俗に言う状態異常というものにかかって吹き飛ばされてゆく。
それらを見たその背後の聖騎士たちは思わず目を剥き、僕のそばに浮かんでいるこれを見てさらに目を見開いた。
「『具現化・部位召喚』」
そこにあったのは、白銀色の獣の手。
氷の骨と肉に、毛皮という名の炎と雷を纏っているそれは正しく聖獣のそれであり、ノータイムで繰り出せるこの召喚はかなり自由度が高いものであろう。
まぁ、相手からすればチートもいい所なのだろうが。
僕は白夜と輝夜へと目配せすると、それと同時に二人も動き出す。
「カカッ! そう言えば主様と出会った時に負っておった傷はこやつらにやられたものじゃったな!」
「クハハハハッ! 冥府より来たりし我が同胞よ! 相手は生者だ! その怨念、その魂! 燃え尽きるまで燃やしつくせ!」
白夜は両手をドラゴンのものへと変身させて無双し始め、冥府の門を開いた輝夜は、見たこともないような黒色のスケルトンを大量に召喚している。しかもそれらから感じ取れる強さは彼の『ナイトメア・ロード』にも匹敵する程だ。
もちろんそんなことをすれば聖国の騎士達に勝ち目などあるはずもなく、というか初めから皆無であり、結果として手も足も出ずに地へと沈んでいった。それこそ僕が手を出す暇がないくらいの速度で。
「す、凄い⋯⋯」
ふとそんな呟きが聞こえて振り向くと、そこには白夜たちとほ力の隔絶を感じたのか目を見開いて固まっている三人の姿があった。
まぁ確かに、その青い瞳を爛々と輝かせながら黒色スケルトンを操っている輝夜とか物凄い威圧感だし、白夜に関してはもはやほぼ全身がドラゴンに戻りつつある。初見でこれに驚くなって方がおかしいだろう。
僕はそこまで考えると、超直感が教えてくれたその事実に思わず笑みを浮かべ、一人こう呟いた。
「そういや、何も殴りたい相手は一人じゃなかったな」
ザッ!
ほぼ全員の聖騎士が地に伏し、残りなど片手で数えるほどしかいない中、そんな足音とともに小さく砂煙が舞い上がる。
そちらへと視線を向けると、そこには見覚えのある金髪男がおり、その顔は怒りと、そして僕には計り知れない狂った正義に満ち満ちていた。
──水井幸之助。
僕が知る中で最も狂っている文字通りの狂人であり、僕の忠告を無視して自らの幼馴染みを殺した殺人鬼。そしてその罪をなんと僕のせいだと曲解している真のバカ。
言えることは沢山あるが、それでも強いて言うならば『狂った正義マン』だろうか。
そんな正義マンは、まるで自らが物語の主人公であるかのごとく、大袈裟に剣の柄へと手を添える。
「いでよ! 聖剣ミスティルティン!!」
そう言って彼がその腰に差した『ただの長剣』を抜き放つと、それと同時にその剣が光り輝き、そしてその姿を聖剣のそれへと変なさせる。
そして僕は察した──それアーマー君のやつじゃん。
かつて狂いに狂いまくっていたあの時期のアーマー君。彼が当時に使っていた武器こそ、ただの剣を聖剣に似せるという『聖剣〇〇〇(笑)』なのだ。きっとこいつのこれもそうに違いない。
僕は内心で──は無理そうだったので表に出して嘲笑してやると、彼は怒りではなく、焦りを顔に浮かべ叫びだした。
「き、君は一体なんのつもりだ! こんなにも大勢の人を殺して何になる!? まだ引き返せる、投降するんだ!」
僕は思わず、その言葉に吹き出してしまった。
まだ引き返せる、投降するべきだ。
確かに僕は人を数十人単位で殺している。相手がすべて悪人だったと考えても、日本での法ではやはり僕は罪人なのだろう。
──けれど、それを無自覚な殺人鬼に言われる筋合いはないな。
僕はニヤリと笑みを浮かべると、彼に言われた言葉を真似て言葉を返す。
「そこまで無自覚に人を不幸にして何のつもりだ? あんなにも優しげな女の子を殺してなんになった? お前はもう手遅れだ、絶対に引き返せない。だから、僕は別にお前を普通の人格に戻そうなんて思ってもない」
──なにせお前は、執行対象なのだから。
僕はゼロたちがこちらへとカメラを向けていることを月光眼で確認すると、彼自身へと愚者の傀儡による支配をかける。
「うるさい! 僕の過去をバラシやがって!! お前はもう死んでしまえ!!」
あまりにも酷いセリフだが、これは今僕がとっさに考えた『世間への評判が悪いセリフ』であり、もちろんそれらは僕が操り、無理矢理に出させた言葉である。
世間は思うだろう、この男は優しい幼馴染みを意図的に殺した罪人なのだろう、と。
まぁ、彼がその操られた表情の下で何を思っているかは知らないが、彼には実質的な死よりも、生きている限り永劫に続く、社会的な死の方が相応しい。
僕はヌァザの神腕を展開すると、僕へと向かって振り下ろされたその聖剣を拳でへし折り、そのまま勢いをつけ、全体重を乗せたカウンターを彼の顔面へと叩き込む。
グチャァッ、と骨が折れる音と肉が潰れる感覚がして、その意図的に作り出した完璧なカウンターは、彼の身体をそのまま大地へと叩きつける。
その一撃は彼の頭蓋をそのまま砕き割るようなことこそなかったものの、それでもあまりある威力は彼の意識を一瞬にして断ち切る分には十分すぎた。
僕は白目をむいて痙攣している聖国の勇者と、その横で刀身の半ばからへし折られているその剣を見て、たった一言、こう告げた。
「殺しはしない。自らが背負ったその罪業、その余生でしかと思い知れ」
僕は彼がこの先辿る未来を想像して、ざまぁみろと内心でほくそ笑んだ。
個人的には実質的な『死』よりも、ひどい噂広めまくった上での『生』の方が酷いように思えます。
※まだ彼への報復は終わってませんよ(上記参照)。




