第278話
やっと聖国編の執筆が終わりました。
個人的にはまぁまぁ満足のいく出来⋯⋯というか、ストーリーが一番好きな章となりました。
是非とも最後までお楽しみ下さい。
それとほぼ同時期。戦争が始まる直前である。
彼───聖国が誇る聖女の直属護衛軍団長、パラモッサは憤慨していた。
「クソッ、我らが清く美しい聖女様を愚弄するなど万死に値する! いっぺんの肉塊たりとてこの世に残しておくものか!」
思い返すは、祖国の放送で見た彼の放送だ。
聖女の言葉に従わなかったばかりか、送り付けた刺客もすべてを跳ね返し、あまつさえその聖女と頭の高さを同じにして会話をした。
彼やその他の聖国騎士達からすればそれだけで嫉妬のあまり狂いそうになるのにも関わらず、奴はその聖女を愚弄し、意味のわからない嘘を並べ立て、結果聖国の信仰をガクリと落とした。
そのせいか、その放送のあった直後から隣国の港国オーシーへと移るものが続出しており、敬虔な使徒たちであってもその移動する数を見て考えを変え、結果今現在の聖国は『旅行に行く』という名目から大半───それこそ六割近くの人間が消え去っていた。
残っているのは絶対的な信仰心を持つ司祭たちや、彼らが聖国騎士達、そしてそれらの帰りを待つ家族たちである。
それらを見て騎士達の士気も多少なりとも下がりはしたが、ゴーレム馬車を限界突破のフル稼働させて今日の朝に帰ってきた聖女ミリアンヌのお陰で、確実にその士気は戻りつつあった。
まぁ、聖女に勝手について行き、結果悪い結果を生んだ人殺し、勇者ミズイへの悪評と怨嗟の声こそ漂っているものの、それを除けば万事問題は無いと思われていた。
まぁ、傍から見れば『勇者も聖女も同じだけ悪いことしてるんだけどな⋯⋯』と言った感じだが、それら盲目な信仰の前には意味をなさなかった。
そしてとうとう、その時がやってくる。
時計の長い針が頂点を指し示し、それと同時に行われたパラモッサの合図とともにボラの笛が吹き鳴らされた。
「聞け諸君! 我らが主の望む聖戦の時は来た! 今こそ! 我らが聖女様に無礼を働いた彼の曲者を、我らが総力をあげて討ち滅ぼす時なり!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
瞬間、大歓声とともに行軍が開始する。
彼らは未だ知らない。
相手が───ギンが、最強にして最悪の助っ人を用意しているということに。
☆☆☆
行軍を開始して、およそ数十分後。
「団長様っ、団長様は居られますかー!!」
順調な行軍様子。それらを眺めて頬を緩めていた団長の元へと、一人の騎士が顔を真っ青にして駆けつけてきた。
彼は全力で走ってきたのか息を荒くしており、その手には聖国が製造に成功した水晶型の通信用魔導具が握られており、彼はたまたまその場にいた騎士に案内され、団長の元へとやってきた。
「一体何事だ?」
そう団長が問いかける前に、その水晶から焦ったような、今までに聞いたことのないような聖女の声が聞こえてきた。
『パラモッサ! パラモッサなのですね!? この声が聞こえていたら返事をしてください!』
「なぁっ!? そ、そのお声、まさか聖女様ですか!?」
パラモッサは敬虔な信徒である。聖国のいう敬虔な信徒とはそれつまり『好き勝手できる宗教を心から好いているもの』か『聖女のファン』のどちらかである。後者であるパラモッサが大好きで大好きで仕方の無い聖女の声を間違えるわけがなかった。
だがしかし、聖女のことを知っているからこそ、その聖女の声に焦りと恐怖が滲んでいたことに驚愕して、その直後に発せられた言葉に彼は愕然とした。
『パラモッサ、よく聞いてください! 今先程王都から聖空騎士団を出しました! まだ遭遇していないのならば急いで引き返し、一刻も早く聖空騎士団と合流してください!』
「な!? ま、まさか、引き返せと申すのですか!?」
パラモッサは驚愕した。
聖女ミリアンヌは常に聖国こそ正義であり、人間以外の種族はすべて悪である、という過激にも程がある思想を掲げており、その歴史に敗北も撤退も、ましてや諦めもありはしない。
そしてそれらの種族に嫌な思いのある者達が集まり、結果として今のような国の形態が出来上がったわけだ。
だからこそパラモッサは聖女ミリアンヌが『撤退』と言ったことに愕然とし、気がついた時にはあの聖女相手に言葉を返していた。
「せ、聖女様! お言葉ですが撤退とはどういう事ですか! 騎士たちの士気はいまや最高潮です! この状態でならばそこらの小国さえ滅ぼせるでしょう! それをたった人間一人に⋯⋯」
『一人では無いのです! 良いですかパラモッサ! 相手は誰もが知る伝説級の魔物を使役していました! 貴方がただけでは空を飛ぶアレに勝てるわけがないのです! これは戦略的な撤退です!』
しかしながら聖女も引く様子を見せず、周囲の面々はその聖女の必死さと言葉を返したパラモッサの姿に目を剥き、息を呑むばかりであった。
その当人であるパラモッサは、内心で全大陸放送されているスクリーンから何かを見たのだろうと思い至り、聖女の判断がおおよそ正しいことを察した。
だがしかし、それと同時に感じるたのは今の今まで聖女本人から受けた恩恵の数々。
子供の頃、貧困街にいた自分を救ってくれた聖女。
自分のあこがれでもあり、母親のようでも、姉のようでもあり、そして何より初恋の相手でもある。
そんな敬虔な信徒パラモッサは、心のどこかでこう思った。
『もしもその相手を、自分の力で倒すことが出来れば、その時は自信を持って彼女へと告白することが出来るのではないか』と。
だがしかし、それは聖女本人からの命令に背くということでもあり、さらに言えばその聖女曰く伝説級の魔物。その魔物と戦う上で多大な犠牲は払わねばならなくなる。つまりは見殺しにするわけだ。
そこまで考えた上で少しの間沈黙したパラモッサは、瞼をカッと見開くと、その騎士の持っていた連絡用の水晶玉を手に取って───
「必ず、生きて戻ります、我らが聖女様」
その水晶玉を───思いっきり叩き割った。
それには周囲の騎士達も唖然とし、団長であるパラモッサの正気を疑った。
だがしかし、それらの視線に晒されたパラモッサは愛馬の上へと再び登ると、全軍へと向けてこう告げた。
「聞けぃ皆の者! 我らの聖女様からの言伝だ! 今現在、この場所には憎き吸血鬼が従えた伝説級の魔物が迫っているとのことだ! 聖女様からは戻れとの伝令があったが、それは彼女自身の歴史に泥を塗ることとなる! なればこそ、我らの受けた多大な恩恵を今こそ身をもって返すとしようぞ!」
すると、やはり周囲の者達も聖女のファンということだろう。
そのいかにもな文言と勢いに騙された彼らは再び大声で雄叫びをあげ、まるで自分たちこそが世界で唯一の正義だ、とでも言わんばかりの、濁ったような笑みを浮かべた。
「伝説級の魔物と言っても、どうせたかがデュラハンやナイトメア・ロードだ! 強いとは言え相手は一体! 伝説のバハムートでもない限りは我らに敗北は有り得ない!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
完成が響き渡り、それと同時に周囲で笑い声が幾つも湧き上がる。
「ははっ、さすが団長、ここで神話の中の選定竜である、あのバハムートの名前を出してくるとは」
「だな! まぁ、居るかどうかは別として選定竜として有名なバハムートだ! 俺たち聖国の騎士達が選定から外れるのとなんて無いに決まってんだろ!」
「ハッハッハ! ならなんだ? もしバハムートがこの先に居るとして、俺たちに待ってるのは物語出よくある『覚醒』ってやつか?」
「はっ、ちげぇねぇ!」
そう言って笑い声が響く中、団長であるパラモッサは、バハムートの名前を使ったのは正解だったな、と半ば確信して───
『貴様ら、我輩を愚弄するか』
瞬間、全軍へと影が差した。
騎士たちは皆その直接頭に響くような声に困惑し、そして空を見上げて絶望した。
そこに居たのは───漆黒色に染まった一体の巨竜。
全身から立ち上る紫色のオーラに、身体中の細胞一つ一つが警報を鳴らしているような、圧倒的な強者から感じられる、絶対的な死の気配。
そして彼らは、その姿に見覚えがありすぎた。
見間違えるはずもない。
それは子供の頃絵本で見た、世界竜バハムート。
『再度問おう、我輩を愚弄するか、世界が子らよ』
その声が再び頭の中に響き渡る。
気がつけば、全ての騎士たちはその圧倒的なまでの王の威厳に頭を垂れており、中には後になってからそれに気がつく者達も居た。
それこそかつて相対したギンは持ち前の理性でそれを耐えることが出来、結果としてバハムートの興味を得たのだが、その生ける伝説本人に話しかけられ、頭を垂れぬものなどこの世にほんのひと握りしか存在し得まい。
そんな緊張が漂う中、その軍の代表たるパラモッサは緊張で震えながらも、大声をあげてその考えを否定した、
「い、いえっ! そんな訳ではありません!」
『ほう? ならばどのような了見だ? 我輩が貴様らのような雑魚たちに選定を受けさせるとでも思うたか?』
「な⋯⋯い、いえ! 滅相もございません!」
瞬間、明らかに騎士たちは皆目を見開きどよめいた。
なぜなら彼らは皆、多かれ少なかれ、バハムートの選定には自分は通るであろうと考えていた為だ。
神と聖女の忠実なる下僕。敬虔な信徒である自分たちが神に作られたバハムートの選定に落ちるわけがない。
そう考えていたからこそ、勘違いをしていたからこそ彼らは微かにどよめき、そして思考が少し鈍った。
だからこそ、団長はついつい、こう言ってしまったのだ。
「は、はははっ、な、ならば世界が罪である彼の執行者とかいう愚者もそうでしょうな! ははっ!」
その言葉につられて、騎士たち全員が乾いた、そして心のこもった笑い声をあげた。
それはこの重苦しい空気を改善したいがための冗談であり、自分たちがそうであったのだから相手もそうに違いない。そう考えた上での嫉妬の嘲笑でもあった。
だからこそ───それらはバハムートの逆鱗に触れた。
『なるほど、今我輩の背後で寝ている我が友は「なるべく殺すな」と言っておったが⋯⋯ふむ、それは我輩が直接怒りを持ち、殺意を覚えればいいのだろうな』
騎士たちは最初、バハムートが何を言っているのか分からなかった。
けれどもバハムートが突如として誰かと話し始めたような様子を見せたあたりで、バハムート自身が、聖女の言っていた『伝説級の魔物』だということに気がついた。
『なるほど、貴女も同じ意見ですかウロボロ⋯⋯今はウル様でしたな。⋯⋯いえ、流石に国は滅ぼしません。まさかこのようなクズ共を、よりにも寄ってこの大陸に残していたとは思いもしませんでしたがな』
瞬間、バハムートを中心として猛烈な殺気が吹き荒れ、騎士たちは失神することすら叶わず、その絶対的な死の宣告を、延々と引き伸ばされた時間の中で耳にした。
『我らが主の命令だ。我が主の主、我が友を侮辱したその罪、その命を持って償え』
そうして、聖国が誇る聖騎士たちは文字通り秒で消し炭となった。
立場的にいえば
ギン>ウル>バハムート、となりますね。これは酷い。
次回! やっと登場、白紫くん!
聖女ミリアンヌの過去と聖国の行動の秘密について明らかになります。




