第271話
新章開幕!
テンプレ? そんなの知りません。
───恭香が攫われた。
エロースのその叫びを聞いた僕が一番最初に告げた言葉はこうだった。
「え、なに? アイツら宗教国とか言ってる癖に無害な幼女攫ってるけど、それ大丈夫なの? それ誰が見てもただの犯罪者集団じゃん」
「「「「⋯⋯はっ?」」」」
周囲から音は消え、僕とエロースの話し声だけが周囲に木霊する。
「恭香はとりあえず置いておくにして、まず聞きたいんだがエロース。なんでお前や暁穂がいながら恭香が攫われ、そして救助に向かっていないのか、って話だ」
「えっ!? あ、えっと、私が依頼に出てる間にお家が襲撃されて、帰ってきたら白い国の人達がお家を占領してて、皆重傷で呪い───」
「おい、まさかとは思うが暁穂たち全員が倒された上で攫われたんじゃないだろうな?」
「う、うん、一応傷を塞ぐだけ塞いで結界はって、その後すぐにこっちに急行したんだけど⋯⋯」
おいおいちょっと待てよ、確か恭香はこの世界に来たばっかりの頃『白夜より強い人間は居ない』って言ってなかったか? 時の歯車の面々はエルザによって正体が隠蔽されてた訳だけど。
にも関わらず暁穂を始めとしたレオン、伽月、そして守衛のデュラハン・ロードたちさえもを倒して強硬手段でかっさらって行っただと? それって本当にあの宗教国の人間か? 明らかに僕と同格の化物だろう。
「よしエロース、まずはレオンたちに合流して傷と呪いの手当だ。それからの行動についてはその後に考え───」
ガッッ!!
瞬間、僕の身体を衝撃が襲い、気がつけば僕は胸ぐらを掴み上げられていた。
目の前には、怒りに歪んだ狐の獣人族───クラン『金の神獣』のクランリーダー、マスタークの顔があり、彼は怒りで顔を真っ赤に染めながら怒鳴り上げた。
「んだよアンタ!? 仲間攫われたんだろうが! んでアンタはそんなに平気そうにしてんだ!? そんなに大切じゃねぇなら仲間なんて止めちまえ!」
それを聞いて、僕は察した。きっと彼は、情に厚い男なのだろう、と。
そして伊達にハーレムを形成しているだけあって仲間の───そして恋人の大切さは分かっている。
だからこそこうして情に訴え、さして何も考えずにそう言い放った。
───だが、それは愚鈍な弱者か主人公のすることだ。
「仮に今すぐ助けに行ったとしよう。混乱して、情に燃えて、物語の主人公らしく助けに行ったとしよう。だがそうすればどうなる、今僕の家で傷を負い、死にかけている仲間三人を見捨てることになる。なにより、ここまで救援を呼びに来たエロースの行動を無駄にすることになる。お前はそれを知った上でそれらを無視し、考えることをやめて感情で動けって言うのか?」
「け、けど───ッ!!」
瞬間、僕の身体からドス黒い、血よりも尚禍々しいであろう魔力が吹き出す。
───正直、今の僕はお前に構ってる暇ないんだわ。
僕は彼の腕を思いっきり掴み上げ、本気の威圧を飛ばしながらこう告げた。
「個人の裁量で他人の感情を決めつけるな餓鬼が。これ以上僕の時間を邪魔して仲間の一人でも手遅れにさせてみろ。お前の存在を大陸ごと消し去ってやる」
昔から僕は、こういう奴が嫌いだった。
力もないくせに素面で仲間だ友情だと喚き散らす。
何も考えずに感情で動き、そして何かを一つを優先して他を犠牲にし、そして手遅れになってから後悔する。
自分より多く生きている癖にそんな簡単なことにさえ気づかず、考えることを放棄して感情で動く幼稚な餓鬼。
そんな奴に限って“百”を捨てて“一”を拾い、その“一”に『君のせいじゃない』とか言って慰めてもらうのだろう───全く、吐き気がするね。愚かし過ぎて反吐が出る。
彼は僕の顔に何を見たか、顔を真っ青にして後退る。
僕は彼から視線を外すと、左手に災禍を召喚する。
「一人でやるなら別にいい。だが、そのくだらない主人公ごっこに他人やお前のことを想っている仲間を巻き込むな」
僕は目の前の地面へと“渦動魔法陣”を展開する。
「『眷属召喚』」
それは渦動魔法陣の支援ありきでの、眷属の召喚。
それは本来ならば召喚し得ない相手すら呼び戻す。
───しかもその対象には『眷属っぽい奴』も含まれる。
「悪いが僕は、全部守らせてもらう」
そうして渦動魔法陣は回転とともに光り輝き、
───次の瞬間、魔法陣の上には攫われた恭香の姿があった。
☆☆☆
ヒロインが攫われてから連れ帰るまでの時間が短いランキング。
そんなランキングがあれば僕はかなり上位に入るのではないだろうか? 攫われたと聞いてから連れ帰るまでのの時間、多めに見ても二分弱。短く見ても一分前後。前代未聞のつまらなさである。
正直アレだろう、皆も『ベタな展開きましたー!』とでも思ったのだろう。
───だがあえて言おう! 何故わざわざそんなに手間をかけて取り戻さねばならないのか、と!
「まぁヒロイン側からすればなんの物語も生まれないからこの上なく冷めるんだけどね」
「主人公ぶって結局手遅れになるよりはマシだろ。何か変なことされなかったか?」
「うん、いきなり現れたイケメンがお姉ちゃんたちぶっ飛ばしてたから、『あ、勝てないや』と思って大人しくついて行ったら何もされなかったよ」
───珍しい、聖国のヤツなら十中八九なにかしてきそうなものだが。聖国が犯人だってのは早計すぎたかな?
そんなことを話しながらも僕は大型の渦動魔法陣を床に設置し、その上に飛び乗る。
恭香、白夜、輝夜も何の迷いもなくその上に乗り込み、一拍遅れてほかの執行機関のメンバーも全員がその上に乗り込んだ。
「なんじゃ、主様はとうとう妾の数少ない利点であるテレポートさえも我がものにしてしまったのかのぅ?」
「ただの集団位置変換だ。テレポートの方が何倍も楽だし頼りになるが、向こう占領されてたら困るし力残しとけ」
僕はそう言うと、こちらに呆れたような視線を送ってくるグレイスと死神ちゃんへと視線を送りかえす。
「グレイス、とりあえず休校⋯⋯は無理そうだから退学するわ。死神ちゃんも後で何人か天界に送るから向こうでよろしく」
「了解したぞよ。お前も本当にトラブルには事欠かないやつよのぅ?」
「何となく話の流れは理解した、とりあえずお前と交友のある上級神、最高神あたりに声かけときゃいいんだろ?」
そうして僕は最後に、何故かニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべているエルグリットへと視線をやると、僕が話しかける前にその許可をくれた。
「もしも万が一どっかの国にお前のクランホームが占領されてるなんて事があったら、それは完全な領土侵犯だ。お前の国じゃどうだったのかは知らねぇが、こっちじゃ殺されても文句は言えねぇよ。それとアレだ、終わったら王宮に来い。色々とソレについて手続きとかあるからな」
もちろん『ソレ』とはどれだ? などといった野暮なことは聞かない。もちろん聞かないともさ。
僕とエルグリットは、やっと忌々しいヤツらを合法的にぶっちゅんできる権利を得たことにニヤリと凄惨な笑みを浮かべると、お互い頷きあってこう告げた。
「「さぁ、聖国狩りだ!」」
☆☆☆
「⋯⋯なんでついてきたんだ、お前」
転移したその先、クランホームの付近の森の中で、僕は何故か当然だと言わんばかりにそこに紛れてるケリュネイアに向かってそう言った。
『ふむ、余と主人様はもう既に一心同体。それがたとえ火の中水の中風の中森の中だろうとお供するま───』
「あー、分かった、お前は話通じない従順タイプだな。とりあえず後で話聞いてやるから今は黙っとけ」
『了解した』
僕はとりあえず時間が惜しいのでケリュネイアを黙らせると、みんなの『誰こいつ』という視線を無視して森の中を歩き始める。
するとすぐに森が開け、クランホームを中心とした町並みが見え始めるのだが───
「うはぁ、見事なまでに占領されてるなぁ」
木の陰にしゃがみ込んで様子を窺う。
するとどうやら、エロースの情報通りに街は見事占領されてる様であった。
見たところかなりの量の白い騎士たちが巡回しており、王国側の騎士達は何をするでもなく黙って突っ立っており、まるでその顔は『早く助けに来いや』とでも言わんばかりである。ふてぶてしいなおい。
遠目に見ても街からは煙も上がっておらず、街のみんなも同じ感じなんだろうなぁ、と想像できる───他国に占領されてるのになんて奴らだ。
まぁ、それらはひとまず放っておくにしても、とりあえずはクランホームにいる三人の重傷者達からだ。
「なぁ恭香、エロースが解除できないって余程の呪いみたいだけど、それってどんな感じの呪いなんだ?」
すると彼女は顎に手を当ててしばしの間考え込み、そして答えが出たのか考えを話し始める?
「多分初期の白夜がやられてた呪いと大差ないと思うよ? エロースが解除出来なかったのは聖国の主神である『呪眼神ミラーグ』が同じ神様だから『女神パワー(笑)』じゃ解除できなかったんじゃないかな?」
「⋯⋯呪眼神? なんだそのいかにもやばそうな名前は」
「中級神で弱いけど名前だけは一丁前なんだよね」
そこまで考えたところで少し話をやめて頭を働かせる。
その呪いと怪我に関しては神の髪を使えば治るだろう。
タイムリミットに関しては不明だが、それでもエロースの治療を受けた上に障壁が張られているというのならばまだしばらくは持ちそうだ。
問題はどうやって忍び込むか───なのだが。
「僕とエロースがクランホームに乗り込む。他の面々は何とかして住民を人質に取られないように騎士達を倒してくれ。詳しい作戦は恭香と浦町、二人に任せるけど大丈夫か?」
「了となら大丈夫だよ。ちなみにそこのケリュネイアは人数に入ってるの?」
『ふむ、主人様の命以外は聞か───』
「恭香と浦町の言うことは僕の次くらいに絶対遵守な。あぁ、それと他の仲間の言うことは必要だと思えば聞いてくれ」
『了解した』
───あぁ、なんだろうこのキャラ、すごく扱い辛い。
僕は一つため息を吐くと、未だ鉛のように重く激痛の走る身体に鞭を打って立ち上がると、皆へ向かってこう告げた。
「アレだ、疲れたからとっとと自宅を取り返すぞ」
『「「「「了解!」」」」』
そうして僕らの、見敵必殺が始まった。
この章は恭香を取り返してハッピーエンドたと思った人、残念でした、ギンくんにテンプレは通用しません。
ちなみにレオン達は眷属召喚をエロースの結界によって阻まれてます。エロース惜しい! 後ちょっとで完璧だったのに!




