第268話
ドクンッ!
それは身体が震えるほど強く、そして大きな鼓動。
僕の身体へとまるで何かの異物が混ざりこんでくるような感覚を覚え、それと同時に身体中へと激痛が走る。
思わず歯を食いしばり、その隙間から小さなうめき声が漏れたが、その痛みも一瞬のことで、その異物は何を思ったか僕の身体中を包み込むように形を変えた。
───そして完成する、僕だけの悪鬼羅刹。
両腕へと視線を下ろすと、そこには真っ赤な真紅色のアーマープレート。
そして関節部分にチラリと見えるインナーは、まるで光を反射しない闇のような漆黒色。
腰には赤い鞘に収まっている天羽々斬が差してあり、背中からはマント状態の常闇の後ろから生える、未だ血色に燃え盛る大きな翼。
これらは今見た範囲でのことだが、空間把握で確認すれば、僕の姿は頭の先から爪先まで、全てを真っ赤な鎧で覆い尽くされた───まるで赤い騎士。
ただ、普通の騎士鎧とは違って丸いというより鋭い印象を感じられる───そんな鎧だ。
『おうおう、なんだか強そうじゃねぇか? 私は修行の時は寝てたから知らなかったが、なかなかのもんじゃねぇか?』
その声に前へと視線を向けると、いつの間にかクロエがすぐそこまで戻って来ていた。
「おうよ、素のお前とどっちが強いかな?」
『私に決まってんだろうが、聖獣を舐めんなカス』
そう軽口を言い合いながらも僕は少し姿勢を低くしてくれたクロエの背へと飛び乗る。
そして腰へと差してあった天羽々斬へと右手を添え、姿勢を低くし、抜刀の構えをとる。
するとクロエは何か察したのか、軽く僕の方を見上げてきた。
───その瞳に映るは、多くの呆れと僅かの不安。
『お前、今触れてみて分かったがチィとばかし無茶し過ぎだぞ。そんな化けモンを身に降ろすなんざ、時間制限有りで、その上長く続けば後遺症も残るレベルの無茶無謀だぜ?』
その言葉に僕はフッとヘルムの中で笑みをこぼすと、その背を軽く撫でながらこう告げる。
「三分だ。今の僕がこの状態でいられるのはせいぜい三分。説明で三十秒、ヤマタノオロチを倒すのに一分、ゴキブリ悪魔を倒すのに一分半だ。かなりのハードスケジュールだが付いてこれるか?」
『馬鹿かお前、説明に三十秒もかけてんじゃねぇよ』
そう言い放つと彼女も戦闘モードに突入し、今度は先ほどとは打って変わって身体中から銀雷が溢れ出す。
そして───迷うことなく駆け出した。
その速度は雷にも迫り、月光眼を持つ素の僕やヤマタノオロチでさえもそれは目で追うこともかなわない、まさに『電光石火』と言ったところだろうか。
───まぁ、それが素の僕だったならば、の話だが。
「『影糸』!!」
瞬間、ヤマタノオロチを中心とした空中に幾筋もの影の糸が張り巡らされ、ヤマタノオロチもその限りなく細い糸を直視出来なくとも直感で危険だと気がついたのか、動きを潜めて身を縮め始める。
───だが、それこそ僕らが狙いだ。
「行くぞ! クロエ!」
『おうよ!』
その眼前までたどり着いたクロエは、ヤマタノオロチを攻撃するために───そのワイヤーへと足を乗せた。
『行っくぜェェェ!!』
瞬間、光が弾けて糸がしなり、その場からクロエと僕の姿が完全に消失する。
そして立て続けに起こる、糸のしなる音と徐々に鋭くなる風切り音。
それにはヤマタノオロチも不安を覚えたか、そのワイヤー地獄から抜け出そうとして───
「それは、ちょっと遅かったな」
瞬間、ヤマタノオロチの首がひとつ切り落とされ、それと同時に粉々に砕け散る───否、文字通り微塵に斬られる。
そのあまりにも綺麗な太刀筋にヤマタノオロチも一瞬の目を見張って固まったが、次の瞬間にはあまりの痛みに転げ周り、その度に生じるワイヤーによるダメージ、そして粉々に斬られてゆくその身体。
「グキャァァァァァァァァァァッッ!?!?」
舞い滴る鮮血、狂い躍る肉体。
最早絶え間なく聞こえ始めている風切り音、それの度に徐々にヤマタノオロチの身体は粉々に切り刻まれ、傍から見てもヤマタノオロチの回復力と僕らの攻撃速度、どちらが勝っているのかは一目瞭然であった。
だからこそ───そろそろ奴も焦りを見せてくる頃であろう。
「死ねェェェッッ!!!」
それは───僕らを捕捉した上での完璧な一撃。
横を見れば、茶髪の女───恐らく大悪魔アスモデウスがその腰に差していた剣を抜き放ち僕らへと振り下ろしているところで、その顔は油断した強者を下したという確信からか、ニヤリと満足気な笑みを浮かべていた。
───流石はテュポーンと同格。その体格で、強化もなにもしていない状態でいまの速度についてこられるとは、正直言えば化物もいいところである。
だがしかし、いくら強くても───慢心すれば意味がない。
「『不逃の牢獄』!」
瞬間、ヤマタノオロチを中心として黒色の障壁が張られ、それの対象として選ばれなかったアスモデウスはその身体ごと障壁の外へはじき出される。
もちろん対象は、僕とクロエ、そして我らが獲物。
「メフィストにでも僕の情報、聞いて来さえすればまた違ったのかもしれないけどな」
僕はそう告げると同時に天羽々斬へと血色の影を纏わせ───そして、放つ!
「『神判』ッ!!」
瞬間、虚空に幾筋もの血色の線が描かれ、そして僕らの姿が顕になる。
ヤマタノオロチの姿に目に見えた変化はなく、ただ時が止まったかのごとく動きを止める。
それは───影の神が試す、文字通り神の審判。
圧倒的破壊力の、幾千幾万にも及ぶ暗殺。
耐え切れれば見事と賞賛し、罰を与えよう。
もしも耐え切れなければ───
「お前に待つのは、ただの“死”だ」
悲鳴はない。
瞬間、ヤマタノオロチの身体に幾筋もの線が走り、全身から膨大な血が弾け───身体が崩れさる。
それはかつてスサノオが行ったとされる、回復力さえ振り切って切り刻む、ヤマタノオロチの対処法。
そこに最早敵の生命はなく、それを示すように『不逃の牢獄』が光となって崩れ去る。
そして僕ら待つのは───次なる獲物。
「経過時間───一分と三十秒」
そう言って僕は刀についた血を払い、スッとその切っ先を相手へと向ける。
「なぁ、お前はどんな死に方がいい?」
その声は、底冷えするほどに冷たく───鋭かった。
☆☆☆
僕は相手に気付かれぬよう、ヘルムの下で熱い息を吐いた。
そして散々かっこつけてる中、内心はこんなことを思ってる。
───やばい、さすがにこのハードスケジュールは難しすぎた。正直今にも倒れそうだ。
とな。
なんだか底冷えする声を出しているが、それはあくまでも僕の無茶を気づかれないようにするためであり、初っ端の『暗殺』はまだしも、その後の『白虎召喚』に『悪鬼羅刹』、それと地味に聞いてくるのが『召喚:宝刀・天羽々斬』だ。
それに加えて先ほどの超速『神判』と来た。
僕の言う『限界』は普通に戦ってのものであり、正直ここまでやればあと三十秒も持てば十分だろう。それ以上は本気で後遺症が残りかねない。
(あれだな、もうここまで来たら後はグレイスたち頼っていいんじゃないか? って感じがするな。もう逃げていいんじゃない?)
(馬鹿、ンなことすりゃあ相手が逃げちまうだろうが。最悪、なんとかこの男女を召喚してでもアイツを殺せ)
(いえいえ、流石のご主人様でも今の状態で私の具現化でもすれば秒で死にますよ? まぁ試して見る分には有りかと思いますが)
久しぶりにウルの声聞いてすこし頬が緩みかけるが、残念ながら言ってることが無茶苦茶過ぎて笑えない。正直引くレベル。あとクロエは安定して僕のこと嫌いすぎるだろ、なに、ツンデレなの?
僕は内心でため息をつくと、消耗を鑑みて天羽々斬を返還して、代わりに災禍を召喚する。クロエもこれ以上は難しいと感じたのか自分で帰還していった。
視線の先には、引き攣った笑みを浮かべたアスモデウス。
息は戦えるだけ整った、コイツと話す意味もさしてなく、何よりもこれ以上は時間を無駄にはできない。
僕はスッと腰を落とすと、その杖を今度は槍のように構える。
そして───
「ちょ、ちょっ! ま、待ってくれないかい!?」
アスモデウスの焦ったような静止の声が響き───僕は躊躇いなく飛び出した。
「えっ!? ち、ちょっとそこは待ってくれるところじゃないのかい!?」
アスモデウスは全く話を聞く様子がない僕の姿を見てさらに焦ったのか、目を見開いて叫び声をあげた。
だがそんなことは知ったこっちゃない。
「うるさいぞこのクソ悪魔。配下がやられて勝ち目が薄くなったから言葉で油断させて不意を狙おう、っていう魂胆が見え透いてる。お前は騙す才能皆無だな、だから死ね」
「酷い!? って言うかなんなんだよアンタ! 言ってることメチャクチャにも程がある!」
そう言いながらも僕はアイギスから習った槍の使い方を思い出しながら、槍モードの災禍でアスモデウスへと攻撃を仕掛ける。
だが、流石は大悪魔と言ったところか。僕と同クラスの剣の腕に、今の僕と互角のステータス。一ヶ月程しか修練していない中途半端な槍では到底勝てそうにはない。
突いては逸らされ、払っては流され、振り上げては受け止められる。
そうしているうちにも徐々に時間は過ぎ去り、僕と互角にやり合えているアスモデウスの顔にも余裕が浮かび始めた。
───だが、やはりコイツは僕の情報を何も知らないらしい。
「なぁ、知ってたか?」
「あぁ? 一体何をさ!」
瞬間、彼女の前から僕の姿が掻き消える。
「僕は幻術使いで、さらに言えば後衛だってことをさ」
彼我の距離、おおよそ百メートル。
もう既に悪鬼羅刹は解除されており、僕の身体は元の影神モードへと戻っている。
僕の手には杖として握られている災禍。視線の先───今になって先程までの僕が幻術だと気がついたアスモデウスは、やっと僕の姿を見つけたようだ。
「確かに最初の数合、打ち合ってみて確信したよ。僕じゃお前には近接戦闘では勝てないし、幻術にかけて不意を打とうとしても傷をつけた途端に躱される可能性もあった」
アスモデウスはその剣を構え、僕へと向かって駆け出す。
百メートル。僕らにとっては小さな距離だけれども。
「けれども、僕はこうも確信したよ。この距離ならば───僕はお前を仕留められる、ってな」
瞬間、僕の背後に幾千もの血色の魔法陣が展開され、その圧倒的な量に思わずアスモデウスも足を止めた。
これは、最後まで僕がとっておいた───奥の手。
「展開『渦動魔法陣』」
───その名も、渦動魔法陣。
それは円環龍ウロボロスが持つ能力の一つで、それらは全ての魔法や能力を強化し、支援し、そして放つ。
「『破魔の銀槍』!」
瞬間、全ての魔法陣から炎、氷、雷、クロエが誇る三属性の槍が召喚され───血色の魔力によって強化される。
『破魔の銀槍』はタダでさえ、入試の際のグレイスや、彼のオークキングに放った『退魔の銀槍』の強化番だ。その上、魔力回路や渦動魔法陣によって強化されており───何よりも総数がそれらの比ではない。
───その上、今の僕の装備は“杖”だ。
「全弾、一斉発射だ」
僕はそう告げて杖を振り下ろす。
次の瞬間、全ての魔法陣が回転し、血色に染まった三種の槍をとてつもない速度で連射し始める。
それらは、僕とヤマタノオロチとの戦いの余波でも死ななかった残り僅かな魔物達も巻き込み、本命であるアスモデウスもそれらの餌食となる。
───かのように思えたが。
「チィッ! 厄介なッ!!」
彼女はその手に持つ剣でそれらを弾き、弾き切れないものを躱し、それでも間に合わないと考え至った途端、それらを振り切るかのごとく走り始めた。
───だがしかし、これらは全て、操作可能な追尾ものだ。
真横へと走り始めた彼女を追うようにそれらの槍はカクリと慣性の法則を無視して曲がると、速度を緩めることなく彼女へと追随する。
彼女も半ば分かっていたのかそれらを剣で弾きながら走り続ける。
だが、徐々に増え続ける槍に対してそんな無茶をしていればいつかはその無茶が積み重なり───重大なミスを犯す。
時間にして十数秒後、彼女は走り続けて気がついた───前後左右、全てに槍が迫っていることに。
ならば逃げ道は上しか残っておらず、空中でも辛うじてそれらを防ぎきる自信のある彼女は、迷うことなく上空へと飛び出し
───そして、僕の方を見て目を剥いた。
災禍はそれぞれ、剣、槍、杖として使えるが、使い道としてはそれだけではない。
僕は地へと石突を叩きつけると同時に、十字架の短い方へと手を伸ばす。
するとただの黒いパイプだったそれは一瞬にして血色の矢へと姿を変え、僕はやや上部にあったそれを弓を引き絞るように顔の横まで引き下ろす。
正直この使い方はどうかと思うし、傍目からは『え、そんな感じでも使えるの?』と思われるだろうが、見た目を引いても尚余りあるその威力。
「し、しまっ───」
彼女も気がついたのだろう───コレは防げない、と。
「目標と比べれば月とすっぽんもいい所だが、今のお前ならこれで十分だ」
瞬間、矢の先端部に渦動魔法陣が浮かび上がり、そして回転を始める。
そして放つは───僕の誇る最強の矢。
「終わりだ!『致死の血矢』!」
瞬間、渦動魔法陣によって強化されたその矢は、寸分違わず彼女の頭を撃ち抜いた。
もはや化物ですね。
ギンがチートなのか月光眼がチートなのか。まぁ両方でしょうね。ちなみに『渦動魔法陣』は万能チートです。
次回! やっとお待ちかねの奴登場! いつ出てくるの? と思ってた方々、次回です。




