第259話
『さぁ、やって参りました! まだ午前なのに後半戦! みんなお待ちかねの攻城戦です!!』
そうして今回も例のごとく歓声が上がる。
僕らは今現在、開会式の時と同様にステージに全員が集まっており、それぞれ大きく三つに分かれて固まっている。
今現在においては城など影も形もなく、正直この距離でやり合うのだとすれば城に篭もりながら相手に魔法を放つだけのつまらない戦いになってしまうだろう。
───だが、どうやらそうはならないらしい。
『それではチート魔導具、起動です!』
司会さんの声と同時に周囲に膨大な魔力が漂い始め、次の瞬間、僕は信じられないものを目に映した。
それは───現実には起こりえない、世界の書き換え。
まるでこの世界そのものがプログラミングされていたかの如く景色にノイズが走り。
───そして気がつけば、僕らは草原に立っていた。
「......えっ?」
僕は世界構築ともまた違ったそれに目を見開き、急いで周囲を見渡した。
地平線まで何も遮るものがない、見渡す限りの草の絨毯。
一~二キロほど向こうに二つ、恐らくは相手の城だろうと思われる建造物が建っており、背後を仰ぎみればそれと全く同じ形状の城が見て取れた。
───まるで、VRの世界だな。
そんなことを内心思って苦笑すると、その大自然の中、不自然に空中に浮かんでいるスクリーンから司会さんの声が聞こえてきた。
『皆さん驚いているかとは思いますが、時間もないのでチャッチャと説明しちゃいますね? 皆さんにはそれぞれの城のどこかに二メートル近い大きな旗を隠してもらいます! そして皆さんは試合開始と同時に好き勝手に動いてもらうわけですが、今回の攻城戦は、最終的に所有していた旗一つにつき15ポイントゲットとなります! つまりは守りながらも相手の城を攻め落とし、その旗を奪い取るという感じです!』
『補足としては、攻めずに防衛だけに専念しても自らの持つ旗のポイントは加算されます。それと、最終的にポイントとして加算されるのは自らの城の中にある旗のみです』
『それと余談ですが、もしも相手の生徒達を一校の独力で全滅させることが出来れば相手の城を自分の城の一部として入手することが出来ます! まぁ一般の生徒がたった二時間で一つの城を落とせるとは思えませんけどねっ!』
『最後に、攻城戦フィールドの中では死人は出ません。攻撃を受けるとそれに応じて魔力が消費され、それでも危うい生徒は控え室へと転移されます。なので手加減せず、今まで培ってきた能力を発揮して頑張りましょう』
『それではっ! 色々準備もあると思うのでこれにてルール説明おわりです! 攻城戦開始まで残りあと五分ほど! カウントダウンはスクリーン上で行いますのでそれまで準備を整え、城から出ないようお願いしますね!』
その声が途切れた瞬間、上空のスクリーンに“5:00”と数字が映し出され、それと同時に周囲の生徒達が一斉に城の中へと駆け込んでゆく。
初めての攻城戦に興奮する者。
いきなりの状況に不安を隠せない者。
緊張し、ガッチガチに固まっている者。
あまりの時間のなさに焦りを見せている者。
周囲を見渡せば十人十色の様子が窺える。
気がつけば、僕もその空気に当てられたのか手に汗を握っており、自分でも案外緊張しているものだな、と内心ひとりごちる。
ふと視線を感じて顔を上げると、不安そうなオリビアとマックスの姿があり『コイツらも僕のこと心配してくれてるんだな』と少し嬉しく感じ───
「......お前、死なないからって本気出すなよ?」
「なんだかギン様が本気になったらHPごと吹き飛ばせそうな気がするのですぅ」
───僕は心の中で、涙した。
☆☆☆
今現在、王立の生徒達は取り急ぎ会議を行っていた。
というのも、直前になってのグレイスの我が儘に加え、前回や前々回とは城の中身がまるで異なっているのだ。
毎度同じなのは外見と城に入ってすぐの所に突き刺さっている旗、そしえそれらをぐるりと囲む四メートル超の外壁である。
まぁ、四メートルでは少々心もとないということで、この会議と並行して土魔法の使い手たちが壁のすぐ外に堀を作っているのだが、まぁ、小さいとはいえ城に五分で外堀を作り上げるのは不可能だろう。まぁ、無いよりはマシ、と言った程度だ。
ちなみに僕はそれを聞いて「僕がやろうか?」とも提案したのだが、ギルバートを筆頭としたニアーズ諸君が、
『こちらにだってプライドがあるんだよ。何でもかんでも君に頼ってばかりはいられない。こっちだって王立の名を背負ってたっているんだからさ』
と言って聞かなかった。
まぁ、このメンバーならば問題はなさそうだから心配はしていないし、何なら僕が動く必要性だって見受けられないしな。
という訳で、ニアーズでこそないが、立場上僕も一応この会議に参加しているわけだが───
「今私が考えている作戦は簡単だ。開始早々にほぼ全員で帝立の城を攻め落とす。そうすれば魔立は言わずもがな、帝立も徹底抗戦に出なければならなくなる。だから、あまり自分たちの旗を守る意味もないが、一応のため僕とイリア、ルネアの三人だけ城の守備に付かせるつもりだ」
その話を聞いて僕は内心『何その期待の重さ』と呆れていたが、これまたどういう事か誰からも反論が出なかった。信頼されすぎだろ僕。特にこの中の数人から。
「攻めに関しては総指揮も何もいらないだろう? 帝立側に関しては即席の軍みたいなものだ。一番柔い正面入口にオリビアでも配置すればそこから中に雪崩込めるだろう」
───問題は、
そう言ってギルバートは僕へと視線を向ける。
それに追随して他の面々の視線もこちらへと寄せられるが、ギルバート本人から向けられる、その隠そうともされない『疑惑』の感情に僕も思わず頬を引き攣らせる。
「ギン、私はこれまでに素での君の戦闘を見たことがあるから問題視してはいないが、それでも氷属性の魔法に関しては数度しか見たことがない───それも大規模ではあっても対城規模ではない。他の皆も君の素の実力に関しては知らない。先に謝っておくよ」
本当に君は───氷属性だけで、一人も逃がさずに城を落とせるのかい?
その言葉を聞いて僕は思い出す。
ギルバートが知っている可能性のある僕の『銀滅氷魔』の現象は、せいぜいが王国軍を凍らせたアレか、護衛途中の盗賊たちに使った氷の柱くらいなものだろう。
正直二つとも大規模───それこそ対軍規模のものだったが、それでも城を落とすには威力が足りない。それも圧倒的に、だ。
しかも上手く城を落とすことが出来なければ頭のいい魔族たちのことだ。少しでも間違えた方法を取れば城を捨てて逃げ出すものがいるかもしれない。そうなればこちらの城に被害が及ぶ可能性も出てくる故、ギルバートはこんな質問をしてくるのだろう。
まぁ、ほかの面々に関してはある意味当たり前か。下手に力を持っているからこそ、城から誰も逃がさずに落とすなど無理だと常識的に考えている。
───だがしかし、だ。
「おいおい、こちとら『常識の忘れ者』だぞ?」
そう言って僕はニヤリと笑うと、手のひらにチェスの駒───キングを創り出してこう告げた。
「それに何より───氷魔法は、僕の超得意分野だ」
☆☆☆
そうして会議は別段何が起こるでもなく終了した。
オリビアとマックス、ルネア、スメラギさんはもちろんのこと、幻術について教えたシルバやマイア、つい先日知り合ったイリアからは逆に『人殺さない? 大丈夫?』みたいな心配そうな視線が送られてきており、ギルバートもあんなことを言ってはいてもあくまでも形式上な確認だろう。何だかどんどんエルグリットに似てきたな。
ちなみにだが、ディーンは常時引き攣ったような笑みを浮かべており、その原因である彼の隣に座っていたクラウドは、別段何を言うでもなく僕のことを見つめていた。何か心情の変化でもあったのだろうか。
閑話休題。
今現在、スクリーン上の数字はもう既に一分を切っており、邪魔にならないよう司会の二人の声は届かない仕様になってはいるらしいが、その代わりにカウントダウンの声があたりに響き渡っていた。
皆は門のすぐ内側で上空を見上げ、僕は外壁の上に立ち、その数字を見上げていた。
『おいおい、こんなことしてていいのかよ? お前の直感だとこの会場、かなりヤベェんだろう? 正直敵に見張られてることも考慮するべきだ。んなら力を見せんのは得策じゃねぇってくれェ分かってるはずだろ?』
頭の中にクロエの声が響き、僕は思わず笑みを零してしまう。
「なんだよクロエ。お前が起きてるってことは心配してくれてるってことか?」
『あ? ンなわけねぇだろクソが。自惚れもいい所だぞ、このクソ。とっとと死んじまえ』
───おおっとこれは盛大な照れ隠しだなぁ、もしこれが本心だったら立ち直れそうにないくらい盛大だ。
僕は思わず頬を引き攣らせてしまったが、彼女が心配してくれているのは確かなことだろう。彼女が起きているという事は、余程寝飽きたか、彼女が警戒するに足る危機を本能が感知しているか、そのどちらかだ。
そこまで考えたところで、僕は肺に溜まっていた空気を、ふぅ、と吐き出した。
「お前だってわかってるだろ、まだ僕らは“力”と呼べるほど能力を使っちゃいない。この程度なら幾ら晒したところで参考にもなりゃしないさ。見られてるんなら本番で本気出して隙でも作ってやればいい」
僕の言葉に『大悪魔よりも性根が腐ってやがるな、このクソ主』と言葉とは裏腹に楽しげな声が聞こえてきて、僕も心の中で『お前もな』と答え返す。
視線を上空へと上げる。
視線の先では、スクリーン上のカウントダウンがゼロへと至り、それと同時に試合開始の合図となる機械音が周囲に響き渡った。
眼下には一斉に帝立の城へと駆け出し始める生徒達の姿があり、僕は魔立学園の城へと視線を向ける。
「さて、それじゃあわざわざ歩いていくのも面倒だし、あそこまで運んでもらいますかね」
僕はそう言って左手を前へと突き出すと、魔力を込めてこう告げる。
「『眷属召喚』」
そうして僕の、初めての城落としが始まった。




