閑話 不治の歌姫
閑話です。
新キャラ登場ですが、多分ヒロイン候補ではない⋯⋯と思います。もう流石に増えませんよ、たぶん。
その後。
とりあえずパーティも結成したことだし、僕はひとまず部室へと向かってみることにした。
現時刻は午後の五時。
案外時間が経っていないんだな、と内心思いながらも踵を返し、満面の笑みを浮かべるスメラギさんに手を振って部室へと歩を進めた。
先程までスメラギさんと話していた場所はかなり部室に近いところであったため、さして時間をかけることなく目的地まで到着した僕は、コンコンと軽くノックをしてから扉を開けた。
───のだが、
「.........はい?」
扉を開けてすぐ。
僕の目の前には、正座をしている見も知らぬ女性がいた。
チラリとその後ろへと視線を向けると、なにやらノートにガリガリと書き込んでおる浦町と、こちらを見て困ったように笑いかけてくるアイギスが居り───
『執行者さん。依頼をしに来ました』
彼女の手に持つホワイトボードに書かれたその文字を見て、僕はやっと彼女のことを思い出した。
腰まで伸びる茶色の髪に、腕には生徒会副会長の腕章が。
一向に喋る気配のないその様子と夏にも関わらず首に巻いているマフラー、そしてそのピタリと閉ざされた瞼を見て、僕は彼女の名前を口にした。
「歌姫───イリア・ストローク......?」
彼女はホワイトボードに、『はい』と書いて答えてくれた。
☆☆☆
序列第三位、イリア・ストローク。
どうやらついこの間の序列戦で、スメラギさんが大暴走して第二位へと成り上がり、そのせいで第四位に落ちてしまったそうなのだが、それでも最下位の僕と比べれば天と地の差がある。まさに天上の人である。
ちなみい言えば、女子からは『お姉さま』、男子からは『イリアさま』と崇め奉られており、ファンクラブに関してはあのルネアと並ぶ勢力であるらしい。
───まぁ、何故かファンクラブの最大勢力は僕のところの狂信者共なのだが。まぁそこら辺は置いておくことにしよう。
閑話休題。
彼女の情報をあげるとすれば、まず欠かせないのが彼女の『障害』についてである。
簡潔にいえば───彼女は目と耳の自由が利かないのだ。
彼女曰く、幼い頃に旅の途中で凶悪な魔物に襲われ、なんとか護衛たちが撃退したものの、護衛たちはその半数以上が死に絶え、イリアさん自身も被害を被った。
と言っても直積的な被害ではなく、初めて目の前で『死』を見たことによる───精神的ストレスの過多。
その結果起こる───失明と失聴だ。
なんとか彼女のユニークスキル───“音の王”を使った『反響定位』、そして培った読唇術によってお陰でこうして会話できているものの、この十数年、様々な医者や魔導師、どんな怪我や状態異常でも治るとされるエリクサーでさえもそれらを癒すことは出来なかったそうだ。
そのため彼女はいつの間にか音と光を取り戻すのを諦めかけており、彼女自身、これ以上自身の目と耳のために時間や金を無駄にするつもりはなく、少なくとも上部では諦めていた。
───が、そんな時、突如として転機が訪れる。
『い、イリア先輩! ちょ、こ、これ見てください! これっ!』
ある日、見えるはずもないのにも関わらずそう言って新聞を叩きつけてきたのは、生徒会の形だけ役員であるリリー・ガーネットである。
何してんだあのバカ、と言いたいところではあるが、彼女の持ってきた新聞の内容を知ってその気持ちは尚一層強まった。
【執行者ギン=クラッシュベル。超新型インフ〇エンザに疾患し回復! 更には自身の身体を使って実験し、特効薬の製造に成功!】
それを見た瞬間、彼女は久しく忘れていた、自分の心が急速に暖かく、そして強く脈動してきたのを感じた。
───不治の病を治す。
それは本来伝説となりうる偉業だ。
しかもその新聞によれば特効薬製造にかかった時間はたったの一週間と少しである。
彼女は思った───この人ならば、失ったはずの私の音と光を、取り戻してくれるのではないか。
そうして話は現在へと戻り、気が付けば彼女はここへと足を運んでいたそうだ。
僕はそこまでホワイトボードに描かれためちゃくちゃ上手い絵とちょっとしたセリフを見ながら理解すると、チラリとガリガリと何かを書き込んでいる浦町へと視線を向けた。
失明に失聴か。なかなかどうして治せそうにない病だけれど───
「わかった。何とかしてイリアさんの耳と目、治してみせるよ」
僕は珍しくも───確約してやった。
☆☆☆
その後。
アイギスとイリアさんの視線に晒されながらも、ギンと浦町は必死に頭脳を回転させていた。
「失明に関しては魔法系の目薬とかで治せるんじゃないか? 失聴に関しては鼓膜は無事なんだから飲み薬とか?」
「ふむ、私もよくは知らないが、確かストレスからとなると現代日本でも医療法は未だ発見できていない、詰まるところの特定疾患に指定されている一つだったはずだ。一応は感音性難聴に入るのか?」
「うーん......、とりあえず、お前何言ってんの? 暗号?」
「簡単に言えば不治の病みたいなものだ」
「なら回復薬なんかはどうだ? 強い効能の回復薬───そうだな、よくある万能薬なんかを目薬みたいにさ」
「万能薬、またの名をエリクサーはこの世界においては名ばかりの薬だぞ。品質は確かSランクだったか。所詮はその程度。胃薬で盲腸は治せんだろう? そんな感じだ」
「確かにSランクじゃ足りないかもな......、ならいっその事制作す───あ、そう言えば神の髪......は確実性無いもんな。まずは試せるだけ試してからだ」
「それに関しては同感だな。あれは奥の奥、最後の最後まで残しておくべき最終手段だ。使うとしても足掻いてから───あぁ、そう言えばヌァザの神腕は」
「無理だろうな。今のヌァザの神腕の『治癒再生』じゃまだここまでのレベルは......」
「ふむ......そうか」
そうしてギンと浦町の会話は続いてゆき、それらを見たアイギスとイリアは思わず目を見合わせた。
正確には目が合った訳では無いが、お互いがお互いに相手の顔を見て、そして再び二人の方へと視線を向ける。
正直、これに関しては神の髪を使えば終わる案件なのだ。
耳も、目も、なんならほかの体調不良まで一瞬で回復させてくれるのが、かのオートマタが遺品した神の髪である。あれは万能薬のような名ばかりの薬とは格が違うものなのだ。
───が、それを理解していないアイギスと、万能薬の時点で何を言っているのか意味がわからなくなったイリアは、その二人を不思議そうに眺めるのだ。
だがしかし、イリアは二人の様子に不安を感じずにはいられないが、ことアイギスに限って言えば、何を言っているのかは分からずとも、イリアの病気が完治することだけは分かっていた。
何せ、今目の前にいるのは、ふざけているようでとてつもなく頭のいい恋人と、その恋人が認めた稀代の天才なのだ。
───この二人が揃って尚解けぬ問題があるのだとすれば、それは間違いなく問題が悪い。それはきっと解けない問題なのだろう。
それほどまでの、絶大すぎる信頼をアイギスは二人へと寄せており、ギン自身では『神の髪を使うのを忘れていた』と言っているが、超新型インフ〇エンザの時のように”特効薬を作ろう”と思わず、純粋に治すことだけに集中することが出来れば、まず間違いなく序列戦に間に合っていた。
(まぁ、自分が原因かもしれない病気で、自分だけ助かって他の皆がその間に死ぬだなんて、ギンは許さないと思いますしね)
そう考えてアイギスは頬を緩めていると、なにやら結論がまとまったのか、二人は立ち上がってこちらへと歩いてきた。
その様子に怪訝な表情を浮かべるイリア。
───まぁ、普通に考えてもあまりにも早すぎる。
アイギスには、治すことだけに集中したこと、ギンの他にもう一人の天才が協力したこと、病気の位が低いこと、などの理由を考えることが出来たが、何も知らぬイリアにとってはそれは不安以外の何物でもない。
そんな内心を知ってか知らずか、ギンはあっさりとした口調でこう言った。
「僕の持つ神器の治癒の力と、今、僕が使える原始魔法による光系統の治癒魔法を掛け合わせて、一応だが終焉以外ならなんでも治せる能力を開発した。まぁ、理論上の話なわけで確実性はないが、まぁ、兎にも角にも害にはならないよ。どう、試す?」
瞬間、アイギスとイリアは固まった。
アイギスはもちろん、この学園に所属する霊器使いである以上、イリアは神器という存在を知っているし、イリアは自らの家───ストローク侯爵家に伝わる古書により『原始魔法』という伝説上の魔法についても知っていた。
───が、それらはあくまでも『お伽話』としての知識だ。
前々からギン=クラッシュベルという人物が神器を所有しているという知識はあったが、彼女自身はそんなことは信じてはいなかったし、だからこそ彼女は『やれるものならやってみて』と意気込み、首を縦に振った。
───そして、その判断が彼女の人生を変えることとなる。
「『ヌァザの神腕』」
瞬間、かつて見た覚えのある白銀色の右腕が召喚され、イリアは思わずその美しさに息を飲んだ。
───感じられるは、圧倒的魔力。
もしかしてこれは本当に神器なのではないか。先程あれだけ疑っていたにもイリアがそう思い直してしまうほど、目の前で見たその腕は美しく、そして威圧感があった。
そしてその銀腕は彼女の肩へとそっと触れ、
───そうして彼は、伝説を現実にした。
「『神聖獣の息吹』」
☆☆☆
僕はその魔法の発動を確認した。
───神聖獣の息吹。
ヌァザの神腕と原始魔法による治癒魔法を組み合わせた合体技。
発動には膨大な魔力とその操作力、そしてかなりの集中力を必要としているため、そう易々と連発できるような力ではないが───
「どう? イリアさん」
そう僕が声をかけた途端───彼女は過剰な反応を示した。
それを見て僕は安心すると、ヌァザの神腕を解除して頬を緩める。
気が付けば疲れた様子の浦町と隣に座っているアイギスも頬を緩めており、彼女もそれを確認したのか、ゆっくりと顔を上げる。
その瞼は未だ閉ざされており───けれどもきっと、その瞼越しに、彼女の瞳には夕焼けの赤い光が届いているだろう。
彼女の頬を涙が伝う。
それは何を思っての涙だったのだろうか。
僕はそう聞きはしなかったが、けれども、そのゆっくりと開いてゆく瞼の向こう側───翡翠色の綺麗な瞳を見て、僕は彼女へとこう告げた。
「初めまして。イリア・ストロークさん」と。
神の髪は基本万能です。




