第252話
フラグは隠しませんでした。
意識が戻って最初に感じたのは、鉛のように重い自分の身体と、固く閉ざされた瞼であった。
そしてどういうわけか僕の付近には数名の気配が感じ取れ、僕は何とか重い瞼を開く。
するとそこは───懐かしの病室であった。
───ってあれ? なんで病室?
僕はあまりの状況に目を瞬いて驚いていると、付近から驚いたような声と、こちらへと寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ギン様っ! お身体は大丈夫なのですっ!?」
そう言ってオリビアが僕のそばまで駆け寄ってきて、心配そうな表情で僕の手を握る。
その後の方から、これまた心配そうなマックス、アイギス、ネイル、藍月、そして浦町が近寄ってくる。
だがしかし、僕にはいまいち現状を理解することが出来ず、どこか靄がかかっているような頭で必死に考えるが、やはりなぜ僕がここにいるのかが理解できない。
───そして視界に入る、大きな点滴。
その点滴から出ている管を辿ると、なんとその先にはオリビアに握られている僕の手があり、しかとその腕に刺さっている針が確認できた。
ここまで見れば、いくら頭が働かないからと言ってもある程度理解ができるというもので。
「まさか、僕は何かヤバイ病気にでもか───」
「いや、ビックリするほど元気なインフ〇エンザらしいぞ」
───僕は異世界にて、超新型インフ〇エンザにかかった。
☆☆☆
僕はあまりにもショッキングな事件に思わず驚き、焦ってしまったが、少しして落ち着いた僕はとりあえず病状について聞いてみることにした。
すると予め色々聞いていてくれたのか、浦町がその『超新型インフ〇エンザ』とかいうふざけなたウイルスについて教えてくれた。
「どうやらそのウイルスはこの世界でもつい最近見られ始めたものらしくてな。実を言えば今のところ治す方法も見つかっておらず、致死率100%というのが現状だ。医者曰く君のような不老不死の吸血鬼ならば二週間もしないうちに治るらしいがな。ちなみに言えば人から人への感染の恐れはないようだぞ。ククッ、何なら口移しで林檎でも食べさせてやろうか?」
「おい、僕いつの間にそんなヤバイウイルスに感染してたんだよ。致死率100%とか馬鹿じゃないの、超新型」
「......おい、せめて何とか反応してくれないか。ちょっと恥ずかしいじゃないか」
浦町が何か言っているようだがこの際無視するとして、とりあえずそのウイルスについて考えてみるか。
つい最近見られ始めた、と言うなれば、それと同時期にウイルスに関わる何かが起きたはずである。
───そして、そう考えると一番可能性が高いのは、勇者達の異世界召喚だ、
あれらのうち誰かが地球からインフ〇エンザの菌を身体にくっつけたまま転移し、その菌がこちらの菌と何か上手いことなって、進化的なことを起こして生まれたのが───超新型ウイルス。
そう考えるとなんだか色々と辻褄が会いそうな気もするが、僕が今すべきは理由の解明ではなく自分の体調を元に戻すことだろう。
なんせ、一週間後には第二回の序列戦が控えて───
───っておい、一週間後だと?
僕はハッと頭の中にその答えが導き出され、思わず泣きそうな顔を浮かべて皆の方へと視線を向ける。
このウイルスが治るのは二週間後。
序列戦が行われるのは一週間後。
その上ウイルスの特効薬は未解明であり、頼みの綱であるゼウスも下界へは介入禁止である。
───つまり、何が言いたいかと言うと。
「「「「序列最下位、おめでとう(ございます)」」」」
僕の霊器の修行期間は、案外簡単に終焉を迎えた。
☆☆☆
その後僕は必死に超新型ウイルスの特効薬製造に務め、何とか序列戦が始まる前にその薬を完成させることに成功した。
───なんてことは無く、頑張ってはみたものの、完成したのは序列戦が終わったあとのことだった。
それに加えて序列戦が終わった直後に「あ、神の髪使えばよかったんじゃないか?」と考え至り絶望したなんて過去もある。
「酷いっ! あんまりだっ! 僕だって寝る間も惜しんで必死に頑張ったのに結果がこれだぜ! せめて数日くらい序列戦の日時ズラしくてくれてもよかったんじゃないか!?」
「うるさいのぅ。ふつーに序列戦直前にプールで遊んだお前が悪いんぞよ。夏も終わり始めているのに......そりゃ風邪を引くのは自明の理、と言ったところかのぅ」
僕は今現在、何の後遺症もなく不治の病(過去形)から回復した訳だが、その特効薬製造による莫大な報酬の授与と、それに伴う霊具レベルリセッターの回収に来たグレイスに色々と愚痴っていた。
───え? 看病イベントとかあったんじゃないのか、って?
ハッハッハー! いくら医者が『染らない』と言ったからってそんな不治の病にかかってるヤツに進んで関わろうとするヤツいると思うか? 正解、いませんでした。はい、初日の彼女らはあれ以降ほとんど来ませんでした。学校やら部活やらで忙しいのは分かるけどね。
という訳で色々と鬱ってる僕ではあったが、これでも僕は病み上がり。
僕の手にあった霊具レベルリセッターはいつの間にかグレイスの手の中へと移動しており、僕の抵抗は虚しく僕の霊器は取り上げられてしまった。
───まぁ、病み上がりじゃなかったとしても勝てっこないのだが。
僕は泣く泣くグレイスの手に渡った霊器を見つめてため息を吐いていると、コホンコホンと可愛げな声が聞こえてきた。
見れば、何故か頬を赤く染めたグレイスがわざとらしく咳をしており、チラリと視線をこちらへと向けて口を開いた。
「その、あれぞよ。せっかく実力はあるのに風邪で失格になり、霊器まで取り上げられるというのは少しばかり同情するのでのぅ。こ、今回ばかりは、その......、わ、ワシの依頼を一つクリアすることが出来れば、序列こそ最下位だが、霊器だけは返さんでもない......ぞよ?」
僕は真っ赤な顔で、瞳をウルウルとさせてこちらを見つめている幼女を見て、内心とてつもなく焦っていた。
───誰だ、この可愛らしい幼女は、と。
普段のグレイスならプライベートで鼻くそでもほじってそうなイメージしかないが、正直今のグレイスからはちょっと大人ぶってるツンデレ幼女の匂いしかしない。なんという事だ。
僕は気が付けばグレイスの頭をポンポンと撫で始めており、ハッと気がついた頃にはグレイスは真っ赤な顔でプルプルと震えていた。
「わ、悪い......」
「ふ、ふむ......、わ、悪くはなかった、ぞよ?」
「......は? え、あ、あぁ。そりゃ良かったな」
「.........うん」
そして僕らの間に流れる、なんだか甘酸っぱい微妙な空気。
───あれっ、もしかしてグレイスってヒロイン候補なんですか?
そう思ってなんだか変な気分になってきたその時。
僕の『この空気を何とかしてくれ』という思いが通じたのか、病室の出入口の方から何か重いものが地面に落ちたような、そんな鈍い音が響いてきた。
───そして感じられ始めた、嫌な予感。
僕とグレイスは冷や汗を垂らしながらも、恐る恐るそちらへと視線をやり───
「お前ら.........。ふ、ふふっ、俺様もォ、最後の命綱が二本ともブチ切れちまった、ってわけか」
そこには瞳から光が消えた死神ちゃんが立っており、足元にはお見舞いに来てくれたのか果物籠が落ちていた。
僕はその姿に思わず目頭が熱くなってくるのを感じながらも、死神ちゃんが何を言っているのか大体察してしまった。
そうして僕とグレイスは、期せずして大声で同じ言葉を叫ぶのだった。
「「ご、ごご、誤解だぞ!?」」と。
☆☆☆
───王立へフォルマ学園。
それこそがこの学園の正式名称である───らしい。
らしいと言うのも、僕の周りの人に学園の正式名称を知っている者など皆無であり、新入生たち関しては逆に知っている者の方が少ないらしい。グレイス自身が鼻声でそう言っていたから間違いない。
ちなみに『へフォルマ』というのはポルトガル語で『改革』という意味だったはずだ───記憶が正しければ。
そう考えると『学園』という新たなものを作り上げたグレイスはなかなかいいネーミングを持っているのではないかと思う。
閑話休題。
なぜ今頃になってわざわざ学園の名前を告げたのか、という話だが、それはグレイスが言っていた『僕に頼みたい依頼』の内容に、その学園の名前が少なからず関わってくるものだからだ。
彼女からの依頼を一言で言い表すならば『護衛』。
僕にとってはいい思い出のない護衛だが、正直霊具レベルリセッターを引き合いに出された時点で断れない相談になっていた。それにグレイス可愛かったしな。
というわけで今現在、僕は珍しく学園内に散らばる執行機関のメンバー全員を部室に集め、真面目にその護衛任務について語りだした。
「一年に一度開催される、大陸全土の学園が合同で行う魔法とスポーツの大会───魔学発表会。その会場となる、ある街の会場を執行機関で護衛することになった。差し当たり、僕らの他に今クランホームを守護してる面々から二名、その会場入りさせておきたいのだが......。まず、ここまでで何か質問あるか?」
すると何の迷いもなく手を挙げる者が一名───アイギスだ。
「思ったんですけど、それはどちらかと言うと冒険者や国の騎士達に流される種類の依頼だと思います。まぁ、私たちが言えたことじゃありませんが」
「確かにな。それにいくら霊器を取り返したいからって、お前があの頭のトチ狂った面々から二名も引っ張ってくるとも思えねぇ。一体学園長になに吹き込まれたんだ?」
それにマックスも追随し、うまい具合に隠していた部分をいい感じに剥がしてくる。さすが王国騎士様と言うべきか───あとマックス、お前もなかなか言うではないか。見直したぞ。
僕はニヤリと笑いそうになるのを堪えると、ぎゅっと気持ちを切り替えて皆へと視線をむける。
僕の空気が変わったことに皆も気がついたのか、彼らの視線が真剣なものに変わり始めていることに僕は気がついた。
───それらを確認してから、僕は確信にも似たとある考えを吐露するのだった。
「僕やグレイス、エルグリットの予想だと、その会場にはまず間違いなく『大悪魔』が現れる」
瞬間、その単語に彼女らは思わず目を剥き驚きを顕にする。
「僕らが少し前に戦ったオークの群れは、大悪魔アスモデウスがその能力によって作ったソイツの配下だ。他にも帝国にいた時に倒したナイトメア・ロードや、その前のフェンリル率いる大進行。それらとアスモデウスの能力を鑑みると、奴が裏で糸を引いてたと考えると全てが上手く合致する」
「ちょ、ちょっと待ってくださいギンさん! まさかあの悪夢みたいな群れ、全部がその悪魔の配下だったって言うんですか!?」
それら全てに遭遇してきたネイルがそう叫ぶが、彼女の瞳を見つめてしっかりと頷くと、彼女も内心で分かっていたのか、何も言わずに引き下がった。
「僕達はあまりにも多くの配下を倒してきた。それもここ最近大陸内で起こった危険度の高い群れは、ほぼ全て僕らが掃討してきたと言っても過言ではない」
───そして、メフィストが言ってたアスモデウスの情報を鑑みると、一つの答えが導き出される。
「恐らくは、アスモデウスは自身の進行を邪魔し続けている僕らのことを恨み、憎んでいる。そしてそれらが倒されたことによって生じた損失を回復させようとも考えているだろう」
そこまで言えば皆も僕の言いたいことがわかったのか、それぞれが難しい顔をして顔を俯かせる。
そんな中、僕は自身で考え至った結論を、皆へと噛んで含むように告げるのだった。
「多くの冒険者や有力貴族、そして磨けば光る学生たち。多くの戦力を求めている大悪魔がこんなにも美味いエサに食いつかないわけがないし───」
───なにより、すんごく嫌な予感がしてるから。
僕に反論する声は、一つとして出ることは無かった。
お知らせです。
何だかんだ言った記憶もありましたが新しい小説書き始めました。
題『ワールド・レコード』
今回は近未来異能力バトルのローファンタジーです! 作風は違いますが、是非ご一読お願いします!




