第251話
今回はリリー回!
それは八月の下旬。
夏の肌を刺す様な暑さもなりを潜め、まだ夏だが秋も近い、と言った感じの、なんとも言えない微妙な時期である。
そんな中、僕は目の前で行われている天使達の戯れを、何をするでもなく見つめていた。
弾ける水しぶき。生まれる笑顔。
なんだか見ているだけで幸せになれてしまうような理想郷ではあったが、それも僕の視界の中だけに限ったことであり───
「せんぱーい、もしかして泳げないんですかー?」
「泳げるわ。お前こそその浮き輪預かってやるから行ってこいよ。何ならそれ奪い取って突き落としてやろうか?」
「......い、いえ。遠慮しておきます」
僕と彼女───リリー・ガーネットは何をするでもなく空を見上げて、雲一つない青空に乾いた笑みを浮かべる。
「「一体、何故こうなった」」と。
☆☆☆
時は遡ること一日。
僕はその日の放課後、普段通りに部室で本を読んでいた。
アイギスや浦町も居るものの、もうこのレベルで一緒にいると会話の必要性も感じられず、それぞれが各々、したいことを好き勝手やっているといった様子である。
───がしかし、その輪に入れない不協和音が一人。
「ちょっと先輩ー、せっかく私が来てあげてるんですからちょっとは構ってくださいよーっ! なんならちょっとくらいなら、その、え、え......ち、なこと、してあげてもい───」
「うるさいぞエセビッチ。明らかにそれ、したことがない奴の表情だろ。顔真っ赤だぞ?」
「う、うるさいうるさいっ! そ、そういう先輩だってしたことないんじゃないですか!?」
「あるぞ」
───嘘だけどな。
そうして「えっ......まじですか」と言っても絶句しているリリーを他所に、内心で『よし、静かになったな』と満足し、僕は再び読書へと戻る。
今日読む小説は『袖無し冒険者の憂鬱』という異世界転生ものだ。
内容としては、まぁテンプレ通りに死んだイケメン主人公が神様と邂逅し、気がつけばいきなり森の中に立っていた、というところから始まる。
彼に与えられた能力はたった一つ。
その名を【絶対的なる袖への憎悪】と言い、文字通り衣服の袖があればあるほど弱体化し、逆に長袖から半袖、ノースリーブ、そしてマイナススリーブへと移行するにつれ超強化される真のチートである。
だがしかし、その能力は絶対的な力を得る代わりにとあるものを失ってしまう。
───それは、人としての尊厳。
マイナススリーブ───つまりはノースリーブ状態から更に袖を削り取った状態。
それは袖から袖にかけての衣服がすべて消滅し、その通過点にある二つのポッチが開けっぴろげになるという事だ。
言わずもがな───恥ずかしい。
女じゃないだけまだマシだったが、そんな喜劇的な服装でポッチを丸出しで街を出歩けば恥ずかしい。ならばこそ、いずれ人としての尊厳を失うのも無理はない。
そんな主人公がポッチを丸出しにしながらも、その世界で何を見て何を為すのか。
まぁ、簡潔にいえばそんな感じのコメディ小説であり、イケメンの癖してポッチ丸出しのアルティメットスリーブ主人公の強さときたら、今の僕すらもはるかに上回る。おそらくはあのペンギンあたりと互角だろう。
───っと、思わず全く違う小説の話に移ってしまったな。
閑話休題。
という訳で、なにやら隣でブツブツと言っているリリーと、なにやらチラチラと疑わしげな視線を向けてくるアイギスを無視して僕は文庫本へと視線を落とす。
───次の瞬間、ノックもなしに扉がピシャリと開かれた。
ビックリしてそちらへと視線を向けると、そこには水色のパイナップル及び、その後に隠れる金髪幼女の姿があり───
「アメリアと.........この前の貴族様?」
そこに居たのは、この前盗賊ギルドから救い出した貴族の女の子であった。
☆☆☆
以上、回想終了。
───と言いたいところだが、どうやら要肝心のところが抜けているようであった。
「なぁ、今の回想じゃ、なんで今僕らがプールサイドに座って居るのか分からないんだが」
「アレですよ、アレ。その後あの娘───ユリアちゃんとかいうラドラスト公爵家の次女さんが先輩をデートに誘い、浦町先輩とアイギス先輩は遠慮しましたが、私に関しては邪魔するのが面白そうなのでついてきたところ、なんとまぁプールをコネで貸切にしたらしく、今現在に至るというわけですね」
「あぁ、そうだっけか」
───にしてもこいつ、公爵家の令嬢に向かって『とかいう』って、一体コイツの家はどれだけ位が高いんだよ。侯爵───いや、ラドラスト家と同格の公爵家だったりするのかな。もしくは生意気なだけか。
僕は少し疑問に思い、彼女へと向かって口を開く。
「なぁ、お前ってもしかして───」
「あにじゃーーーっ!」
「「ぶふっ!?」」
───瞬間、プールの方から聞きなれた声と大量の水が僕らへと襲いかかり、パーカー姿の僕とリリーはプールに入ることなく水浸しになってしまう。
僕は『超直感って危険じゃない行為は予測しないからなぁ』と内心ため息を吐きながらも、僕らへとその水をぶつけてきた犯人へと視線を向ける。
「きゃははははっ! あにじゃー、びしょぬれーっ!」
「あ、アメリアさまっ!? も、申し訳ありません、ギンさまっ!」
そこには誰が考えたかスクール水着を着用しているアメリアと、ワタワタとしている金髪お嬢様───ユリアの姿があり、二人の雰囲気から察するに今のはアメリアが使用した水魔法。威力から察するところ水生成の『ウォーター』あたりだろうか。
僕の視線の先には何故か褒めてほしそうにその微塵もない胸を張るアメリアが居り、なんなら水龍召喚でも使ってその自信を砕いてやろうかとも思ったが、今のは単に一緒に遊びたいという我儘ついでの水魔法だろう───ついでで魔法なんて打ち込まれても困るのだが。
僕はプールサイドまで寄ってきたアメリアの頭をポンポンと撫でると、気持ちよさそうに顔を緩めている彼女へと口を開いた。
「おお、その歳で魔法使えるのか? 覚えてないけど多分僕より魔法使えるようになるの早いんじゃないか?」
「ふふーん! あにじゃよりもわたしのほうが天才なのよー!」
「ハッハッハー、もしかしたらそうかもしれないなー。けど人に向かって魔法はダメだぞ? やるなら悪い人にぶち込んでやれ、な?」
「うんっ、わかったの!」
そう言ってアメリアを再び送り出し、いきなりの水魔法にぺたりと座り込んでしまっているリリーへと手を差し出す。
「おい、大丈夫かリリー」
「へ? あ、ありがとうございます......」
珍しく素直なリリーを見て「こいつホントに泳げないんだな」と内心思う。
個人的には、
『いち早く今年流行りの水着を買い、チャラチャラした奴らを誘って海へと一泊二日の旅行へ出掛け、浜辺で「サンオイル......塗ってくれませんかぁ?」とか言って金づるを作り出す』
みたいなイメージしかなかったのだが、やっぱり人を見た目で判断しちゃいけないということだな。
僕は何故か頬を赤くして僕の左手をにぎにぎしているリリーへと視線を向ける。
何故にぎにぎしているのかは置いておくにしても、リリーはたしかディーンのことが好きだったはずだ。なんせ、毎回教室に来てからの行動順序が、僕→ディーン→帰る、とワンテンポ余計なものを挟むことによって『べ、別に先輩が目当てで来たわけじゃないんですからねっ!』というツンデレを生み出しているのだ───リリー、恐ろしい子っ!
閑話休題。
とまぁ、リリーはディーンに恋をしている。だがしかし、ディーンあたりなら夏場に浜辺で水着回やってそうだし、正直『泳げない』というのは減点ポイントだろう。リリーならば『泳げるけど泳げないフリして二人きりになる』みたいな感じの方が似合っている。
という訳で、僕はわざとらしく咳をした後、リリーが僕の手を離したのを見計らって、こう提案するのだった。
「なぁ、せっかくだし泳ぎ方教えてあげようか?」と。
☆☆☆
「ひゃっ、ちょっ、せ、せんぱいっ! は、激しっ、は、はげしすぎっ!? あっ、ああぁぁぁぁぁっっ!!」
「ねぇ、変な声出さないでもらえます?」
今現在、僕はリリーに泳ぎ方を教えていた。
そう、別にやましいことは何も無い。単純にビート板らしき板を掴ませてバタ足をさせているだけである。
───まぁ、下半身が下がって来ていたので腹部を手で持ち上げているのため、見方によってはセクハラっぽいがここは目を瞑っていただきたい。なるべくセーフティな位置を触ってるから。
そうしてリリーはバタ足を続けながらも、何とか少しずつ進めるようになってきているのだった───といってもこのプールは縦に五十メートル以上有り、場所によって深さも違う超大型プールなので、未だに端から端へとは到着していないのだが。
あぁ、ちなみにだが、僕の予想はある意味正しかったらしく、リリーパーカーの中に着ていた水着はフリルがついた桃色のビキニだった。
さっき感想を求めてきたので「いいんじゃない? 可愛くて」と言ったら真っ赤になっていたリリーは......、まぁ、少し可愛かったな。
閑話休題。
泳ぎ始めること数十分。
アメリアとユリアは遊び疲れたのかビーチパラソルの下で丸まってお昼寝し始め、そろそろリリーも一休み入れるべきだろう。
僕はリリーがプールの端までたどり着き、足がついたのを確認すると、休憩を入れようと口を開く。
───だが、
「今いいとこなんですよっ! ちょうどなんか、そのコツって言うんですか? 後ちょっとでなにか掴めそうな気がするんですよ! あ、でも先輩は先に休憩しててくれて結構ですよ。さすがにもうそろそろ支えなしでも大丈夫っぽいですし」
なんとあれだけ泳げなさそうにしていたリリーとは思えない発言に僕は思わず目を剥いた。そして僕の心に訪れる奇妙な感情。
なんだろうこの感じ。娘が初めて自転車を乗れたような、そんな感じの嬉しさかな。たぶんそんな感じだ。
僕は一人で壁を蹴って泳ぎ始めたリリーを見て少し頬を緩めると、プールサイドにある梯子を登ってアメリアとユリアの方へと向かうことにした。
そばまで寄ってみると、やはり水着のまま寝るのは寒かったのか、二人はくっついて寝息を立てていた。なんだか無性にその間に身体を割り込んで眠りたくなったが、まぁそれはリリーがいない所で決行しよう。アイツに見られたら翌日には噂になってそうだ。
僕はアイテムボックスから出した大きめのタオルを二人へとかけると、その横───ビーチパラソルによって影になっているところへと腰をかけた。
───のだが、
「さて、リリーは一人で大丈夫───」
僕の言葉は途中で打ち切られ、僕は気がつけば月光眼を使用し、プール全体が入るように空間把握を広げ始めていた。
何せ僕の視界の中に───リリーの姿は無かったのだから。
一瞬にして五十メートル近くまで空間把握を広げ───次の瞬間、僕は彼女の位置を感知した。
そこへと視線を向けると、視界の先にはちょうどプールの中で最も深くなっている場所───そこに浮かぶビート板が。
「溺れた!? 足でもつったか!?」
僕の空間把握には足へと視線を向けながら足掻き、沈んでゆくリリーの姿が映っており、僕は霊器を解除しながらも、そこ目掛けて一直線に駆け出した。
そして数瞬後にすぐ隣のプールサイドへと到着した僕は、その場所めがけて飛び込んだ。
衝撃と、それと同時に感じる水の冷たさ。
目を開けると、視線の先には最早動かなくなりつつあるリリーの姿があり、僕は内心で月光眼による空気操作を覚えておかなかったことを後悔した。
───が、そんな後悔も一瞬。僕はリリーの溺れている場所までたどり着くと、翼を出して空中へと飛び出した。
水から飛び出すとほぼ同時に僕は一番近いプールサイドへと着地すると、タオルを床に敷いてから彼女の身体をそこへと横たえた。
そして次の瞬間───僕は思わず、顔から血の気が引いた。
「こ、呼吸してないんじゃないか、こいつ!?」
そう、彼女の状態をよく見れば、顔色は青白くなっており、胸は上下すらしていない。
心肺停止、もしくはそれに近い状態。
そしてこの先に待っているのは───絶対の"死"。
僕は空間把握によって空気の流れを把握しているが、やはりリリーが呼吸をしている様子も見当たらず、それが冗談でも無さそうな気配が伝わってくる。
そうと確信した瞬間、僕は日本の自動車学校で習った蘇生法を思い出す。
正直やったらやったで後々が面倒くさそうだが、そんなことよりもリリーの生命の方がよほど重要だ。
「クソッ、頼むから生きてくれよッ!」
僕は膝をつき、彼女の唇を奪った。
☆☆☆
「かはっ、ゴホッ、ゴホッ!」
十数秒後、なんとか息を吹き返したリリーを見て僕は安堵した。
僕も生身の人間に人工呼吸と肺圧迫を行ったのは初めてだったが、真面目に授業を受けていたおかげか何とか蘇生することに成功したようだった。
にしても、やっぱり空気の操作を習得するのは必須だな。よく考えたら月光眼さえ使いこなせればこんな事せずに済んだのではないかと思う。
───まぁ、簡単に言うと、今回も僕の落ち度、って訳だ。
僕は落ち込み始めた気持ちをなんとか留めると、リリーへと向けて口を開いた。
「お、おお、おい、だ、大丈夫か? 覚えてる? 自分の名前分かるか?」
おっと、どうやら自分で考えてた以上に緊張していたようだ。どもり過ぎだし、何よりも言っていることが意味不明だ。
それはリリーも同じだったのか、クスクスと笑って───
はっ、と───顔を真っ赤に染めた。
僕はいきなりの変化に驚き、もしやなにか身体に異常でもあったのではないかと心配になってくる。
だが、空間把握で調べてみたところ、おかしいのは凄い速度で血液を送り出しているその心臓くらいなものだ。
はて、と首をかしげているとリリーの右手が動き───そして、自身の唇へと添えられた。
───っておい、唇だと?
僕はその瞬間全てを察し、思わず彼女から視線を逸らした。
まぁ、そんなことすれば僕が人工呼吸した事が知れてしまうわけで。
「な、な、ななな、な、なにっ、き、キス......わ、わたっ、私っ───ッッ!?」
「ちょ、ちょっと待てリリー! それはキスじゃない、単なる人命救助のための人工呼吸だ! 安心し───」
「はっ!? あ、安心できるわけないでしょう! だって人工呼吸ですよ! キスだって唇合わせるだけなのに息吹き込むとかそれ以上のプレイじゃないですか! は、初めてだったんですから、き、きちんと責任とってくださいよ!?」
「........................っていうかお前、なんで毎度毎度目を離した隙に事件や事故に遭遇するわけ? もしかしてトラブルメーカー枠狙ってない?」
「狙ってません! っていうか話逸らさないでください!」
僕はなんだか溺れる前以上に元気になっているリリーからの言葉から逃げるように立ち上がると、さっきまで息してなかったくせ普通に立ち上がってるリリーに背を向けて歩き出す。
なんだか後ろから「ちょ、まだ話は終わってませんよっ!」と叫び声と足音が聞こえてくるが、恐らくは幻聴だろうと思われる。
にしてもアレだな、安心したら急に力が───
ふと気がつけば目に映る景色がぐにゃりと曲がり、いつの間にか僕の身体から力が抜け始めていた。
「先輩......? えっ、せ、先輩!?」と、リリーの声が遠くの方から聞こえてきて、何故か僕の目の前には地面が迫って来ていた。
あれ......、なんで地面が動いて───
次の瞬間、僕の身体中を衝撃が襲い、次第に視界がブラックアウトして行った。
いやぁ、リリーの大勝利でしたね! 後この件で脅せばハーレム入り出来るのではないでしょうか?
次回! エロースファンお待ちかねのエロースがヒロインの閑話です! 倒れたギンの行方はまたいずれ!
※次回、エロースのステータスがやっと開示されます(非完全)。




