第244話
いやぁ、なんだか最近感想欄が嬉しいことになってます。テンション上がっちゃいますね。
数日後、僕は居間で静かに読書をしていた。
先程からチラチラ視線の隅っこを白い髪の毛がチラつき、ついでに三角木馬もチラついているし、さらに言えば期待の眼差しが体に突き刺さっているが、まぁ、こんなの些細なことだ。三角木馬、気にするべからず。
そんな訳で、僕は白夜に邪魔されながらも読書をしていると、外から騒がしくなってきたように思える。
それもちょっとやそっとの話ではなく、怒声とガシャンガシャンという鎧の擦れる音、更には何かを叩きつけるような音まで聞こえてくる。
───あぁぁ、嫌な予感しかしないんですけど。ついでに言えばその嫌な予感を放置しておくと暁穂あたりが強引に解決しちゃいそうで尚怖い。
僕はため息を一つ吐き出すと、嫌々ながら本を閉ざして立ち上がる。
「おお! やっと主様もその気になっ──」
「てないから。とっとと三角木馬片付けてロビー行くぞ。ちょっと問題起きてるかもしれないから」
「ふむ、了解したのじゃっ!」
僕は満面の笑みで敬礼している白夜の頭をポンポンと撫で、そのまま一階へと歩を進めるのであった。
☆☆☆
「三角木馬、片付けて来いって言ったの聞こえなかった?」
「ふむ! どうせ主様の事じゃから使わないのであろう? ならば我がペットとして共に生きるのじゃっ!」
三角木馬がペットって......、もう人化しそうにないテキトーなスライムでもテイムしてきて上げるから、出来れば三角木馬を背負って来るの、やめてもらえませんか?
そんなことを話しながら一階のロビーへと到着すると、そこには案の定、でっぷりと肥太った貴族のような男性と、それに付き従うフルプレートアーマーの鎧の騎士達。
そしてタイミング良く、その貴族の声がここまで聞こえてきた。
「だから、早くワシにこのギルドの長の座を譲れと言っておるのだ! どうせ貴様ら平民は金に困っておるのだろうから、ワシが恩恵として金貨五十枚を持ってきてやったのだ! 大人しく渡せばよかろう!」
金貨五十枚───つまりは白金貨五枚、日本円で言うところの五千万円と言ったところか。入団希望時に必要なのが一万ゴールドだったはずだから、それで言うところの五千人分、つまりは今までの売上の四分の一か。まぁ、喫茶店も含めたらそれ以外だろうが。
───ついでに言うと、ギルド長の座じゃないからな。僕の座ってる席は。
と、そんなことを考えていると不意に、隣で巨大な三角木馬を背負った白夜が視界に入り、僕は少しイタズラを思いついた。
まぁ、それは単なるおふざけであったのだが───
「おい白夜、あの貴族と騎士達をだまくらかしてアブソリュートから自然に追い出すことが出来たら、恥辱のあまり泣き叫んで許しを乞打てしまう程のことをしてやるぞ」
───瞬間、僕の隣からは白夜の姿は掻き消え、入口から何者かが姿を現した。
そしてその姿を見た僕らは、誰一人例外なく息を飲んだ。
そこに居たのは、白夜で間違いないのだろう。
けれどもなお、その様子は先ほどの白夜とは隔絶していた。
先ほどとは打って変わって清楚なドレスを身にまとい、頬や唇にも僅かながら化粧をしているようにも思える。
そこには普段の白夜の元気は見る影もなく、静かに両手を前で組み、周囲を見渡すはまるで聖母のような暖かな瞳。
そしてその背中には───巨大な三角木馬。
(っておいィィィ!! 時空間魔法を使いまくって準備したっぽいのに、なんで未だに三角木馬を背負ってんだよ!? そんなよく見ないと分からないレベルの化粧する暇があるならまずそれを降ろせよ!)
僕は咄嗟にカウンターの影へと姿を隠し、内心で思いっきり叫びをあげる。正直言って馬鹿げてる───否、馬鹿にしてる、と。
流石にそれは白夜も見通していたのか、皆の思考が回り始める前に新たな策を弄し出した。
───のだが、
「ごきげんよう、私はリーゼンハルト公国の第一王女、ハクヤ・フォン・リーゼンハルトと申します。......おや? 貴方様はもしかしてこの近辺を治める領主様ですか?」
なななんと、いきなりありもしない国名をぶっ込んできやがったのだ。
普通ならば即バレるだろう。
───だがしかし、長年僕の『騙し』を隣で見続けていた神童は、その高いハードルすら雰囲気だけで破壊した。
「い、いえ......、最寄りの街の領主様は、国王様の弟君のエストランド・フォン・エルメス様ですが......、あなたは様は一体───」
「あら? 名は名乗ったはずですが......、あっ、なるほど。私の母国は小さいですからね。皆が知ってると思ったのは早計でした。申し訳ございません」
「い、いえいえ、とんでもない! リーゼンハルト公国、リーゼンハルト公国ですな! もちろん存じ上げております!」
以上、偽国の偽造過程である。
さらに言えば、ついでに信憑性も植え付けた───まったく、白夜が凄いのか貴族が馬鹿なのか分からないぜ。
と、そんなことを考えていると、その貴族に対して白夜はさらにぶっこみ始めた。
「本当ですか......? ならば、私はこのクランに国の特産品を売りにまいった次第ですが、その特産品、我が国といえばこの特産品なのですが、その正体もご存知でありますよね?」
───ねぇ、何となくこの後の展開読めちゃったんですけど、それって貴族に公の場で言わせて大丈夫な代物なんですかね?
少し先の未来を読めてしまってため息をつく僕ではあったが、その質問をされている貴族本人は、でまかせで言った言葉に足元をすくわれ、あたふたとしながらもその特産品とやらを考え始める。
特産品? 果実などの農産品か?
いや、それ以外の文芸品や、はたまた海産物かもしれない。
けれどもその国が海に面しているのかどうか、そして農業をするのに十分な土地を持っているのか、そして先程言った『小さい』という言葉は謙遜か、それとも真実か。
それらはでまかせで『知っている』と言った貴族本人には知りえないことだし、何ならこうして貴族の頭の中を想像してる僕にだってわからない。
結果、貴族は『名前しか聞き覚えがない、申し訳ない』と謝ろうと決断し、視線を彼女へと向け───
そして───彼女の背後に目が行った。
彼は目を見開いた。
先程白夜は言った、『売りにまいった』と。
果たしてその意味は『売りに来た』のか『売りに持ってきた』のか、果たしてどちらだろう?
そう貴族は考え、そして護衛が誰も見当たらないことに気が付き───確信した。
「さ、三角木馬......でありますかな?」
気づけば周囲はシーンと静まり返っており、貴族の言ったその『三角木馬』という単語と、僕の笑いをこらえる小さな声だけが響いていた。
───そして、
「......へ? あ、三角......いえ、すいません。すこしそちらの国王様に用事ができましたので私はこれで失礼させていただきます」
白夜はドン引きしたような表情を浮かべ、足早に入口から出て行った。
そしてその場に残ったのは顔を真っ青に染めた貴族と、ぷるぷると笑いをこらえている一同。
そして周囲を静寂を占めること数秒、貴族はハッと気がついたように声を上げて騎士達へと命令した。
「き、騎士達よ! あの方を! あの方を探し出し、何とか国王様に謁見する前に何としてでも誤解を解くのだ!!」
そうしてその名も知らぬ貴族は、騎士達を連れてクランホームから去ってゆき、
「ふむ! あの太っちょ貴族には三角木馬がお似合いなのじゃっ!」
テレポートしてきた白夜の声を契機に、それらを見ていた僕らは腹をかかえて大爆笑した。
☆☆☆
それからさらに数日が経ち、僕が暇だし周囲の街でも散策してくるかな、とたまたまクランホームを出た時のことだった。
「貴様らァァァァ!! このワシを騙しおったな!!」
つい最近聞いた覚えのある声がして、視線を上げる。
そこには騎士の大軍を連れてこちらへと歩を進めてくるどこかで見たような感じの貴族の姿があり、前とは違って鎧を着てはいるものの、その頬はゲッソリとやせ細っていた。
大軍を目にした周囲の街の人達は誰もが見て見ぬふりをしてこの場から立ち去るか、窓を全て閉めて関係ないとばかりに家に閉じこもった。
まぁ、この世界では貴族が全ての頂点であり、もしも貴族に対して発言できるとすれば、王族や宰相、騎士長くらいなものだろう。
───中には例外もいるわけなのだが。
僕はアイテムボックスから一枚の契約書を取り出すと、その貴族に向かって掲げて見せた。
彼我の差は十数メートル、エルメス王国の印が見えたのか貴族達はその場で一時的に立ち止まる。
「おいそこの貴族、それ以上敵意を持ってこちらへと踏み込めばこちらへの敵対行為とみなし、殲滅に移る」
それに対して貴族は一瞬怯んだものの、怯え気味に鼻を鳴らして反論をしてきた。
「ふ、ふんっ、そんなものは知っておる! つまりは敵対行為を取ればそちら側の正当防衛を認めるということであろう? ならばお主らを全員討ち滅ぼしてしまえば関係あるまい!」
その話を聞いて、僕はこんな状況にも関わらず少しだけ感心してしまった。
───なるほど、確かに『被害に遭ったものが加害者を罰せられる』と書いてあるため、もしも万が一この場でコイツらが僕らを全滅させることが出来れば罪に問われないわけか───なんという小さな抜け穴だ。ミジンコ並みすぎて分からなかったわ。
僕は呆れたように左腕を薙ぎ払うと、その貴族の足元に明確な『線』が一本刻まれる。
「これが最後だ。今すぐ立ち去れミジンコ共。その線を超えれば容赦なく殺すぞ」
瞬間、僕は彼らへと威圧を飛ばし、怯ませる。
だが、騎士というのはプライドの塊であり、その上に立つプライドの肉塊たる貴族の命令には逆らえないものだ。
「ふ、ふんっ! そんな子供騙しが通用すると思うなよ! 騎士達よ! 生死は問わん! そ奴らを引っ捕えよ!」
それに従い騎士たちは武器を持ってその線を超えて走り出し、後ろから見守っていた入団希望者たちは絶望に顔を歪める。
───だが、
「なるほど、殺してもいいと命令しているのだから、殺される覚悟は出来ているんだろうな」
瞬間、僕と騎士達の間に、二つの闇が生み出される。
いきなり出現したソレに騎士たちは思わず足を止め、背後の人々はそれが放つ威圧感に思わず目を剥いた。
その二つの闇は次第に形を成し───そして、生まれ落ちる。
『『BOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』』
雄叫びが大気を震わせ、ピリピリという威圧感がこちらまで響き渡る。
そこに居たのは、首なしの黒馬に乗る、首なしの黒騎士。
片手には大剣を持ち、片手には自らの頭。
その鎧の隙間から除く瞳は赤く爛々と輝いており、それらから感じられる威圧感は間違いなく今の伽月や藍月とは格が違った。
───デュラハン・ロード。
EXランク中位、レベル最大の化物で、この機動要塞アブソリュートのスキル『自動迎撃』によって生み出された、我が家の守護神である。
まぁ、前回は『敵意なし』と見なされて出てこなかったようではあるが、今回は明確な『殺意』を抱いて彼らはここに来た上、僕が定めた一線を越えてきた。もはや言い訳の余地はない。
視線を二体のさらに前へと向ければ震え上がり、尻待ちをついている騎士達と貴族の姿が視界に入り───そして未だに悪意を持っている貴族のオーラを見て、ため息をついた。
「同情の余地なし、完全なる害悪だ。逃げ帰られて変な噂を流されたり周りを巻き込んで仕返しに来ても困る。全員纏めて処刑しろ、デュラハン・ロード」
僕はアブソリュートの『超障壁』が発動したのを確認してから、踵を返して家の中へと戻っていった。
───はぁ、何だか最近は、死人が多くて疲れるよ。
《後日談》
白「主様っ! そういえば貴族共を追い払ったのに御褒美もらってないのじゃっ!」
銀「あっ......。えっと、あれだ。御褒美貰えるのは確定してるけどいつ貰えるかは分からない。俗に言うお預け感だ。そのお預け感があった方がソソるだろ?」
白「お、お預け感じゃと!? なんと主様はハイレベルな攻防を繰り広げておるのじゃ! 脱帽とはまさにこの事じゃ!」
銀「あ、あはははは、そ、そうかー。それは良かったなー」
この後、ギンが御褒美をあげることは無かった。
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という訳で白夜が主役(?)のお話でした!
ギンも仲間達に害悪を及ぼす存在には容赦ないですねー、清々しいほどにDESTROYしてます。
次回! デートしなさすぎて恭香が殴り込みに!? 放ったらかしにしすぎた恭香と暁穂が大暴走です!




