第243話
盗賊ギルド第二弾!
コツ、コツ、と石の階段を一段、また一段と登る。
階段の上の方からは明かりが漏れ、必死に潜めた息遣いが聞こえる。
五階の構造は単純明快、いくつかの柱が入った大きな一室。
ここまで見てきたところ、盗賊たちの実力は大きく見積もっても冒険者で言うところのBランク。世間一般じゃ『一流』と言ったところである。それが二十人であるならば、それを纏めるリーダーはAランク、それもこの建物内の罠を考えるとある程度頭が切れる者だと思う。
まぁ、盗賊のプライドも鑑みて、そういう中途半端に頭のいい奴がすることはただ一つ。
「死ねぇぇぇ.........あ?」
奇襲を仕掛けてきた男の足を凍らせ、動きが止まったと同時に頭蓋を影の針で貫き、絶命させる。
本来ならば首をはねてそれで終わってもよかったのだが、さすがにあの様子を見てしまえばそうも行くまい。
「ひぃっ!?」
その声のした方向に視線を向けると、少しドロや砂で汚れたドレスを身にまとった金髪青眼の女の子が拘束されており、その周囲には二人の男の姿が。
見たところ───ゴツイ方がリーダーで、ヒョロっとしている方が参謀役、って所かな。
僕はそこまで考え至ると、その震えている少女へと視線を戻して笑いかけた。
「初めまして。助けに来ました、お姫様」
───貴族のコネがあれば憂い無し、ってね。
☆☆☆
ここで一応おさらいをしておこう。
まず、僕はこの先、面倒くさい奴らに絡まれそうな予感がしているのだ。まぁ、これに関しては薄々感づいているものも多いだろうが。
そしてその際、正直相手するだけならば僕ひとりで十分だ。
だがしかし、その後始末と周囲への根回し、そして穏便な解決にはまず有力者の力が必要である。
それに対し、『は? 力で解決してしまえばいいだろうが』とお思いの方もいるかもしれないが、それは少し甘い考えだ。
もしもエルメス王国に楯突こうとすれば、エルザ───は分からないが、確実にグレイスが敵に回る。
グランズ帝国に楯突こうとすれば、あの獣王レックスが敵に回る。
ドワーフの国やエルフの国に楯突こうとすれば、それこそエルザや、ドワーフの村長とかいうドナルドさんが敵に回る。
魔国ヘルズヘイムに楯突こうとすれば、まず間違いなく魔王ルナ・ロードが敵に回る。
っていうか、悪さをすれば母さんが敵に回る。
───まぁ、完結に言うと詰むわけだ。
そのため僕らは彼女ら───元EXランク冒険者である時の歯車の面々に敵対しないように動かなければならない。
そしてそれらを一番有効に進める手段が、貴族及び王族たちのコネである。
まず一つ、エルメス王国及びグレイスに関しては言うまでもなく万全だ。腐敗した貴族は自滅したし、その国の王族と婚約済である。王都を救ったという大きな貸しもあるし。グレイスには『エルザに言いつける』と言えば問題ない。
次にグランズ帝国。これに関してはイマイチというのが現状だが、獣王と僕の仲だ。貸しはなくとも誠心誠意お願いさえすればある程度は融通が聞くだろう。もしくは『グレイスに言いつける』と言えばいい。
次に、エルフの国、ドワーフの国、そして魔国ヘルズヘイムに関しては今からでは時すでに遅し、という奴だろう。恐らく今から手を回していては手遅れだ。
いまいち良く分からないエルザと母さんに関しては......まぁ、あれだ。なるべく機嫌を損ねないよう善処する他あるまい。
まぁ、長々と語ってしまったが、何が言いたいかといえば一言で済むわけで。
「もう大丈夫です、安心して下さいね」
───この幼女とは仲良くなるべきである、とッ!
そんなことを考えていると、何とか少女は落ち着きを取り戻したものの、それに反比例するかのごとく盗賊からの好感度は芳しくないようである。
「なるほど、テメェ、その外見から察するに噂の執行者、って野郎だな? なるほど確かに強そうな雰囲気してんじゃねぇか」
「察するに、冒険者ギルドかクランか、そのどっちかに貴族の奪還要請があってここを訪れた、と言ったところかな。帰ってこなかった下っ端は君の仕業ですか」
───正直言うと、少し驚いた。
いや、参謀モドキの言ってることは全く当たっていないのだが、それよりゴツイ方のリーダー格。
まさか僕を一目見ただけで彼我の差を察するとは思わなかったのだ。なにせ、僕は常時魔力と存在感、そして威圧感を完全に隠蔽している。かなりの熟練者でなければ一般人のような弱者にしか見えないはずだ。横の見た目だけの馬鹿とはまず格が違うな。
にしても、なぜバレた? 今の僕はフルパワーだが、それはつまりそれだけ完全に魔力を隠蔽出来ているということ。まずこのレベルの盗賊に見透かされるわけがないのだが。
そう考えていると、それを読んだかの如くリーダー格が立ち上がって話し始めた。
「俺ァ生まれつきの特異体質でな。昔っからドンだけ隠されてようが相手と自分の力量差が『見えちまう』のさ。別に魔眼、って訳じゃねぇけどよ」
それを聞いて真っ先に思い浮かぶのが、僕の特異体質。
魔力というものを『色』で識別できるという特異体質。先程鑑定した時も『魔眼』なんてスキルはなかったから恐らくはそれに類するものであると推測できる。
───が、
「......何故わざわざ手の内を明かす? さっきのセリフをブラフにしても魔眼だって言い張っていれば、それこそ大体の奴の意識は裂けるだろうに」
それになにより───そんなことに気が付かない程度の奴でもあるまい。
僕の言葉を聞いた盗賊はくっくっ、と楽しげに笑みを浮かべ、肩を震わせた。
「アンタの情報はここに住んでる以上出来うる限り調べ尽くさせてもらった。鑑定スキル───いや、そんなヤバそうな魔眼を持ってるやつにブラフなんざ聞きそうにねぇし、もし魔眼を持ってたとしても月光眼の前じゃ無力だろ?」
───ご最も。もしも月光眼に対抗するなら少なくとも妖魔眼以上の、それこそ最高位の魔眼を持ち合わせていなければ勝ち目は薄い。
盗賊は腰に差した剣を抜き放ち───なんと、少女を縛っていた縄だけを見事に切り落とした。
「「「......えっ?」」」
さすがに僕もその行為は予想外で間抜けな声が出てしまったが、それは少女自身や参謀モドキとて例外では無かった。
「な、なな、何をしているのですかボス!? 相手は執行者、それこそ人質を使って上手く交渉し、命だけは助けてもらうのが定石! 何を血迷っ───」
瞬間、盗賊の剣が参謀の首を切り落とし、喚いていた参謀はその口を永遠に閉じることとなった。
───一体、何がしたいんだ、この盗賊は。
どこかの国のスパイ、冒険者ギルドの遣い、血迷った馬鹿、誰かに操られている───等々、色々な仮説が頭の中に浮かび、切り捨てられ、そして浮かびは切捨てられる。
正直何がしたいのか僕をもっても全く想像出来ないし、それは少女も同じなのか、目の前で人が死んだというのに頭がそれについて行っていなさそうだ。
そう考え、少し警戒し始めた僕ではあったが、次の盗賊の一言で全ての疑問は瓦解した。
「ってのはただの建前だ。完結に言うと、俺はアンタの大ファンだ。アンタを知って盗賊家業も止めようと決めた、アンタを知って世界が明るく見え出した───だが、俺ァ盗賊だ」
そう言って、盗賊は剣を構える。
「法を犯した、人も殺した、村も焼き払った。俺ァアンタのファンになったが、それ以前にどうしようもねぇクズだ。だからいっその事、最後はアンタの手で死にたかったんだ。コイツらには悪いことしちまったがな......」
それらを聞いて、全てが噛み合った。
今まで掴めなかった盗賊ギルドの本拠地の発覚。
僕が帰ってきたタイミング。
そして傷一つ無い人質と、この盗賊の言葉。
───なるほど、こりゃ超大物の大馬鹿者だ。
僕は氷魔剣を作り出し、しかと左手に握る。
「お前とびっきりの馬鹿だろ。あと、どうせ巻き込んだのは死刑囚だから気にするなよ」
「ハッ、俺ァ、もう数年早くアンタに出会ってりゃ良かったと思ってるよ」
そうして僕らは、お互いに地を蹴り駆け出した。
☆☆☆
「いいんですか? あんなことしちゃって」
僕は帰り道、ネイルにそんなことを聞かれた。
何が、と聞き返してはぐらかしたい気持ちもあったが、それでは恐らくは追及されるだけであろう。
という訳で、僕は渋々、こう問い返した。
「僕があの盗賊の頭を殺さなかったことか?」
「はい、私は今すぐにでも戻って殺すべきだと思いますよ」
即答。
しかも僕の行動全否定ときた。こりゃきちんと理由言わないと嫌われそうな予感がするな。
僕はうーん、と空を見上げて考えること数秒、考えをまとめて語り出す。
「アイツ、嘘ついてたんだよ」
「......えっ?」
僕はネイルの驚きをひとまず無視し、話を先に進める。
「アイツは言った、自分は法を犯し、人も殺した、村を焼き払った、ってさ。確かに月光眼で見たところうち二つは嘘じゃなかったし、ステータスにもきちんと『盗賊』の称号があった。つまりは何だかんだで盗みを働いた、ってことなんだろ」
僕はそこで一拍置いて、もう見えなくなった盗賊のアジトを振り返る。
「確かに嘘はついてなかった。けれど『殺人者』なんて称号も無く、さらに言えばこれだけ殺してる僕のステータスにもそんな称号は無い。それ、どういうことか分かるか?」
ネイルはやっと答えに考え至ったのか、はっと声を上げて僕と同じ方向を思わず振り返る。
果たして別段何が見えるわけでもないが、時間的にいえばそろそろあの盗賊の目が覚めてもおかしくない頃である。
「人殺し、っていうのは盗賊を殺した、って言うこと。村を焼き払ったっていうのは真っ赤な嘘、もしくは自身が所属する前の盗賊ギルドが行ったこと。その上アイツは反省してた」
まぁ、だからって罪が軽くなるわけでもないが、だからといって盗みだけで処刑されるってのはあまりにも酷な話だ。
「ま、あの男のことだ、どうせ自己嫌悪のあまりどこかで人助けでもして暮らすだろ。悪さしてるって言うならその時こそとっ捕まえて殺せばいい話だ」
僕はそう言って、前へと歩き出す。
背後から、「甘ちゃんですね」とネイルの罵倒が聞こえたが、何故だかその声には喜色が混じっていた。
盗賊リーダーの経歴ですが、
①王国編で恭香に手を出しギンの手によって廃人と化した貴族の手によって理不尽なリストラに遭う。騎士職から平民へ。(数年前)
②家族のために職につこうにもクソ貴族に邪魔されて上手くいかず、結局お金を用意出来ずに盗みを働く。
③盗みがバレて家族を連れて国外へと避難するが、追っ手がかかり妻と娘が死に至る。絶望して気がつけば盗賊ギルドへ。
⑤直後、ギンがその貴族を廃人にしたと噂を聞き、更に貴族達が虐殺(笑)されたと聞いて興味を抱き、いつの間にかファンになる。死を求めてお引越し。
と言った感じです。心は壊れてますが普通にいい人です。悪いのは王国のクソ貴族。
次回! 新たなクソ貴族現る!? この二話に続いて更なる虐殺祭りなるか!? ギャグ有りです。




