第225話
翌日。
僕はオリビアとマックスを伴って、昨日と同じ選手用の客席へと訪れていた。
『さぁ、やって参りました序列戦二日目! 今日はニアーズが決定する正真正銘の頂上決戦をお送りします! 学園長グレイスさんはどうお思いでしょうか?』
『ふむ、まさかギン以外の黒髪の時代が全滅するとは思わなんだが、運も含めた上での勝負だからのぅ。今日も運によって対戦相手の善し悪しはあるだろうが、下手な言い訳はせず正々堂々全力を尽くしてもらいたいのぅ』
『ありがとうございます! それでは、これから先の試合形式についての詳細を一応確認しておきます!』
そうして司会さんが話し始めたのは、これから先の試合方式について。
今現在、十一人居る中で、まずは序列一位───ギルバートを除いた他の十名を五組に分けて戦ってもらい、七位以降の者と六位以上の者に振り分ける。
そうして上位陣六人をまた分けて三名に絞り、そしてその三名で総当たり戦をし、勝敗を鑑みて序列が決定されるそうだ。
ちなみに誰と当たるかは直前までわからず、買収行為はもちろん、事前に特定の相手への対策を立てることなんかも難しい。
という訳で、いつか帝国の地で見たルーレットがスクリーンに映し出され、第一回戦を飾る二名の生徒の名が完全なランダムによって映し出される。
───はずなのだが。
「おい、これは一体どういう偶然だ?」
僕は第一回戦目から出た『ギン=クラッシュベル』という名と、その対戦者の名前を見て思わずそう呟いた。
けれども、僕の顔にはしっかりとした笑みが刻まれており、なるほど僕の運の良さはかなりのものなのだろうと再確認した。
僕のその呟きと時を同じくして、会場中からはどっと大きな歓声が湧き上がり、僕の前方に座っていた彼女が席を立った姿も視界に入った。
『な、ななな、なんと!? これは面白そうな対戦カードが一戦目から揃ってしまったァァァ!』
そんな驚いたような司会さんの声が聞こえて、僕も同じように席から立ち上がる。
───然して、僕の視線の先にいたのは紺髪ポニーテールの女剣士様で、
『第一回戦! 序列四位スメラギ・オウカ選手と、序列八位ギン=クラッシュベル選手だァァァ!!!』
───どうやらここから先の戦いは、最初っから超高難易度のようである。
☆☆☆
「ギン様、私が前に言ったこと、覚えておられますか?」
そう僕へと口を開いたのは既に臨戦態勢のスメラギさんで、その口調とは裏腹に、身体中からは白髪褐色やメザマとは比にならないほどの威圧感が立ち上っていた。
僕はその威圧感に晒されながらもしばらくの間考えて、これではないだろうかという答えを見つけ出した。
「あ、僕と決闘して勝てば結婚しろってやつか?」
外れていて欲しかったその予想ではあったが、残念ながらスメラギさんは、首を縦に振った。
───思い出すは、かつて彼女が執行部の部室にて、頬を真っ赤に染めながら宣言したあの言葉。
『わ、私は貴方様のことをかっこいいと思いました! だ、だからっ、貴方様のことを沢山知って、好きになってから結婚───否、決闘を申込みたい所存であります!!』
その言葉を一言一句間違うことなく思い出した僕は、彼女の言っている意味を理解し、その上で口を開いた。
「悪いけど、僕はオウカに結婚していいほどの好感度は持っていない。だからオウカと結婚する気もない」
それは、僕の心からの言葉。
それを彼女も分かったのか、少し悲しげに苦笑して顔を伏せた。
───だが、その程度で折れる彼女だったならば、僕はここまで本気にならずに済んでいたのだろう。
「ならば、力でねじ伏せ、その上で無理矢理に我が国へと連行する他ありませぬな」
瞬間、彼女の体から吹き出す威圧感が尚一層その力を増し、その気迫に思わず僕も後退りかける。
けれども、僕が普段相手にしているのはあのグレイスだ。この程度でビビっているようでは師匠にに顔向けできまい。
僕は奥歯をギッと噛み締め、無理矢理に笑みを浮かべると、勝率が二割も無いであろう戦いへと向けて気持ちを切り替える。
顕現させたヌァザの神腕にはブラッディウェポンを、左手には氷魔剣を握り込み、身体に活性化でブーストをかける。
───正真正銘、今出来る限りの本気の姿で、僕が彼女へと言うべき言葉は一つしかない。
「そんなに国に来て欲しけりゃ、今度旅行券でも持って出直してこい」
然して僕らの戦いの幕が上がったのは、その数秒後のことであった。
☆☆☆
「『影分身』!!」
試合開始と同時に僕は五体の影分身を形成し、絶歩を使用しながらスメラギさんの方へと駆け出した。
───のだが、
「「「......はっ?」」」
その声に振り向けば、僕の背後まで踏み込んでいたスメラギさんが三体の影分身を斬り捨てたところで、僕はその信じられないような、目を疑うような芸当を知っていた。
「ま、まさか、素で縮地法を使えるのか!?」
次の瞬間、先程まで僕の視線の先十メートル程のところにいた彼女は僕の懐の中にいて、その際に見た瞳は間違いなく『本気』の光を灯していた。
「クソッ!」
瞬間、僕の位置が残っていた影分身の位置と入れ替わり、その直後に影分身の首がストンと切り落とされる。
───馬鹿げてる。
正直に見たことの感想をいうとすればその一言に尽きるだろう。
縮地法ってのは本来は『気付かれにくくする』っていう効果があるだけで、間違っても僕の絶歩のように『気付かれない』なんて能力は無いのだ。
それになにより、人の首を刀で切り落とすその技量。
その霊器『霊刀ライキリ』の切れ味も加わった結果なのだろうが、それでも正直言って尋常ではない。あのオークキングの皮膚さえ切り裂いたクラウドすら足元にも及ばない。技量だけで言えば黒髪の時代の脳筋剣道女子、小鳥遊すらも上回っているのではなかろうか。
「って言うか、これで四位とか有り得ないだろ!? 一体どんな詐欺したんだよッ!」
「前回は早々にギルバート殿と当たってしまいまして。結果四位止まりという訳ですぞ」
僕は、目の前から聞こえたその声にギョッとした。
───油断など、一分たりともしていなかった。
けれども、気が付けば目の前には刀が迫っており、なるほどこの人は本当に化物なのだろうと理解出来た───それこそ、純粋な技量だけでいえばあの悪魔ムルムルを、下手すれば大悪魔ルシファーさえをも、上回っている。
躱すことは不可能。
───なればこそ、僕は一つの決断をするに至ったのだ。
「どうやら、今の僕じゃあ、勝つのは無理そうだ」
瞬間、僕はその刀を───躱してみせた。
スメラギさんは今の一撃は確実に入ったと思ったのだろう。
だからこそ、先程までとは打って変わって赤い影を纏った僕の体と、その想像だにしなかった光景を見て、思い切り目を剥いていた。
それらを傍目に、僕は思いっきりヌァザの神腕を握り、構え、目の前の彼女へと狙いを定める。
流石にそこまで来れば僕の雰囲気が一変したことに気がついたのか、スメラギさんは攻撃することを諦めて回避に移った。
───が、その拳は単なる囮。スメラギさんは回避した方向から訪れた巨大な空気の塊に衝突し、悲鳴をあげて吹き飛ばされた。
『エアハンマー』
かつてネイルを殴った貴族に使った能力ではあるが、あの頃僕と彼女はまだ知り合い同士ではなかった。ならば彼女の知らない能力と考えて差し支えない。
「はぁ......、本当は今のままで勝ちたかったんだけどな」
僕の視線の先には、思いもよらぬ攻撃にかなりのダメージを受けたのか、刀を地について立ち上がるスメラギさんが見えた。
「カッコイイ主人公なら、こういうずるい真似はせずに力を抑えたまま意地とか頭脳とかなんかで乗り越えるんだろう。そうして結局は、何だかんだで娶ったり仲良くなったりするんだろう」
───だが、と僕は口にして、両手に握った短剣をしまう。
「悪いけど、僕はカッコつけずに、全身全霊でお前を振ってやる。だから安心して僕のことを諦めろ、オウカ」
そうして構えるは、ここ最近、少なくとも数百は下らない回数は見て体験したであろう体術の構え───そして何よりも、僕の体術の才能を最も高く、強く引き出せる構えだ。
「くふふっ、わ、私が......、ギン様の事をそう簡単に諦めるような、そんな女に見えますか?」
僕の構えを見てそう言った彼女は、まるでここで全ての力を使い果たさんとばかりに刀を握りしめ、腰だめに構える。
───いいや、アンタが諦めの悪い頑固者だってことは、もう十分すぎるくらいに分かってるさ。
それに、もしもその頑固者を諦めさせる方法があるとすれば───その方法は力技以外に存在しない、ということも分かっている。
僕はフッと笑を浮かべると、すうっ、と息を吸って、大声で言いたいことを言いながら、彼女の方へと突撃して行った。
───けれども、それは彼女も同じだったようで。
「黙って振られろ、このストーカーッ!!」
「黙って婚約してください、この女たらしッ!!」
僕の拳が彼女の額を、彼女の刀が僕の額を捉え。
───期せずして、お互いにお互いが倒れるのを視界に捉えながら、その意識を暗転させて行った。
☆☆☆
「こ、ここは......」
目が覚めたそこは、僕のよく知る病院の一病室であった。
つい最近......と言っていいのかはわからないが、それでも前に、リリーのストーカーをぶん殴った際にやられた傷がひどく、そして入院した時の病院の病室と、見事なまでに天井のシミが瓜二つであった。恐らくは同じ場所と考えていいだろう。
───だが、ストーカーと言えば忘れてはいけないのが、僕と戦っていたはずのもうひとりのストーカーについてだ。
くるりと周囲を見渡すが人の気配は感じられず、毎度毎度気絶してまで頑張ってやってるんだから、そろそろ幼馴染みとか清楚なヒロインとか、ツンデレヒロインとかが、看病してたけど寝落ちしてそばで眠っている、みたいな展開があってもいいのではないかと思う。幼馴染みなんざいないけど。
でもまぁ、それに関してはあのポンコツ共にそんなシチュエーションを望む方が間違っていのだろう。うん、正直想像もできないな。
僕はそう考えいたってため息をつくが、やはりと言うかなんというか、僕は先程から『勝ったのか負けたのか』が非常に気になっていた。
今まで気絶していて、今ここに入院してるって時点で『勝った』という選択肢はなさそうだが、それでも意識が途切れる直前、確かに額に拳を打ち込み、彼女が倒れてゆく姿を視界に映した記憶がある───ついでに額を貫かれた感覚もある。
僕は『いくら考えても埒が明かない』という結論に至り、一番その答えが乗っていそうな『学園掲示板』を見るという手段を取ることにした。
───然して僕はスマホの電源をつけ、掲示板を見ようとしたところで浦町からのメールが入っていることに気がつき、そうして全てを知ることとなった。
「うはぁ......、マジですか」
僕が起きた時何をするかまですべて予想していたのであろう彼女のメールには、概ね僕が今知りたいと思っていたことがすべて載っており、やはり、その結果を見た僕にはそのような微妙な言葉しか出せなかった。
───と、そんなことを考えていると、ダダダダダッと足音とガラガラッ、と点滴の......なんだろう、あのスタンド的なやつを転がす音が聞こえてきた。
バタンッッ!!
そう勢いよく開かれた僕の病室のドア。
そちらへと視線を向けると、その先にはおそらくは何も理解していないのであろうスメラギさんの姿が窺えて、彼女は僕を見るなり息を荒くして僕へと突っかかってきた。
「ギン様! 結局勝負はどうなったのですか!? 私の勝ちですか! きっとそうに違いありませぬな! では結婚しまし...」
「ちょ、一旦落ち着けよスメラギさん。今からそこら辺のことについて全部説明するからさ......」
僕はそう言って、胸ぐらを掴み上げてきたスメラギさんを一旦落ち着かせると、ふぅ、と一つ息を吐いてからことの顛末を語り出した。
「いや、実は僕も今知ったばかりの事なんだけどさ......」
☆☆☆
その日、とあるニュースが学園中を駆け巡った。
曰く、実力だけならトップクラスと噂される序列四位のスメラギ・オウカと、弱体化したにも関わらず無類の強さを誇る序列八位ギン=クラッシュベルが序列戦にて対戦し、
───そしてなんと、史上初の『引き分け』という結末に終わったのだとか。
そのニュースというのは極論でいえばそれだけなのだが、それだけのことが引き起こすそれ以外の出来事が、少しだけ問題であった───否、学園が始まって以来の事なので、かなりの問題ではあるのだが。
序列戦、スメラギ・オウカとギン=クラッシュベルが引き分け、気絶した場合、その両方が敗退として決定つけられる。
だが、そうなると残っている者達は全員で九名。
そうなれば人数不足より、全十席から成り立つニアーズとしては成り立つことが出来ず、学園側としては取り急いで対応を決めなくてはならなくなった。
───そして新しく出来たのが、第十一席目である。
ニアーズを臨時的に十席から十一席へと増やし、その十一席にもオルムマナタイトの原石を使った霊器を貸し与える。
本来ならば聞き入れられないような馬鹿げた話ではあるが、元序列四位と元序列八位の戦闘を鑑みると、やはり文句を言うものは現れず、教員も生徒も満場一致でそういう落ち所に収めるに至った。
そうして、新たなニアーズが誕生したのだ。
序列一位、ギルバート・フォン・エルメス
序列二位、ソルバ
序列三位、イリア・ストローク
序列四位、マックス
序列五位、ルネア・フォン・エルメス
序列六位、オリビア・フォン・エルメス
序列七位、ディーン・カリバー
序列八位、マイア・ロード
序列九位、クラウド
序列十位、スメラギ・オウカ
序列十一位、ギン=クラッシュベル
以上───計十一名。
これが新たに、この学園のトップを担う者達である。
ハッハッハー、ギンが序列一位になると思いました? 残念、最下位でしたー(棒)。
ぶっちゃけると「何やってるんですかギンさん、負けるのはやすぎでしょ」 と言ってあげたいです。
次回! ロリっ子ショタっ子大集合! ギンが小等部に殴り込みです!




