第219話
懐かしいですね、この頭の痛さ。アーマーくん以来でしょうか。
放課後、高等部の四年二組。
僕はクラス中の視線を感じながら、目の前のアホ面に向かってこう言った。
「てなわけで、お前。うちのアイギスが迷惑してるから付き纏うな。以上、そんじゃあ二度と僕の前に現れるなよ〜」
そうして、僕は一刻も早くその場から立ち去るべく、くるりと振り返って歩き出した。
よし、これで万事オーケー
───と、なって欲しかったのだが。
「ま、待てっ! お前、聖女様の手から逃げ出した吸血鬼だな!? 俺はお前に用が...」
以下略。
何やら聖女様がどうのこうの、主神様がどうだ、更には吸血鬼とは本来どうのこうの色々と言ってるみたいだが、残念ながら興味なし。
───それに、
「......お前、アイギスに求婚しておいて、その事を後回しにするつもりか?」
そう、僕が苛立ち混じりにそう問いを発すると、何を言われたのかわからないと言った様子のメザマとやらは、ぽかんと間抜けな面でこう言った。
───まるで当たり前だと言わんばかりに、こう言った。
「お前は何を言っている? アイギスは魔族の娘だ。だからこそ俺は容赦をかけて『罪を贖うための旅』に向かわせたし、それを見事成し遂げたアイギスと、その褒美として結婚してやるのは、アイツにとっても嬉しく、幸せなことだろう。まぁ、俺は罪さえ贖ったのならば魔族だろうがなんだろうが、アイギス程の美女ならば受け入れられるがな」
.....................ふぅ、落ち着けよ僕。
こいつの言ったことを簡単にまとめると、
『俺はアイギスに対していいことをした』
『アイギスは自分の為に罪を贖った』
『顔さえよけりゃ、それが魔族だろうと満足だ』
『アイギスは結婚を望んでいる』
『アイギスは、俺と結婚するためだけに今日まで生きてきた』
そこまでまとめあげた所で、それでも尚見つけられる言葉の端々からコイツの心情を察知して、考えるのをやめた。
───どうやら僕は、コイツのことを誤解していたようだ。
僕は一つため息を吐くと、もう用は済んだとばかりにその場から引き返し、教室のドアに手をかけた。
「ま、待てと言っているッッ!! 俺は聖...」
───瞬間、僕は初めて霊器の力を、弱めた。
「僕がお前を待ってやる理由が、一体どこにあるってんだ?」
その言葉と同時に僕の身体中から溢れ出す、猛烈で濃厚で、なによりも純粋な殺気。
かつてアーマー君に飛ばした威圧感はあまりにも弱すぎた。だからこそ盲目な信仰の前にその効果をなさなかったが───残念ながら今の僕は、神だ。
その神に喧嘩を売った馬鹿は完全に尻餅をついて震えがっており、チョロチョロと股間の部分から水たまりが生じていた。
「僕に喧嘩を売りたいのならば堂々と決闘を挑め。お前ひとりだろうと国単位だろうと、お前らの主神を巻き込んだ戦争だろうと、な。中級神如き雑魚に僕が止められるというのならば、別に止めはしない」
───だがな、と僕は言葉を切って、通常通り霊器をフルパワーで作動させた。
「だが、くだらない喧嘩じゃなく、純粋にアイギスの事が好きな男としてなら相手になってやる。もしもアイギスが欲しいってんなら序列戦で勝ち抜いてこい。文字通り全身全霊で叩き潰してやる」
僕はそう告げると、返事も聞かずに教室を出た。
───はぁ、こりゃあ後でグレイスにどやされそうだ。
そんな事を思いながら、愚かなことに後悔していない自分が、何故か少しだけ誇らしかった。
☆☆☆
「お前! いきなり馬鹿みたいな殺気を感じたからせっかく飲んでいたお茶を思わずこぼしてしまっただろうに! 霊器の力を解除するとは馬鹿かのぅ!? お前はそんなにも短絡的な馬鹿だったかのぅ!?」
「銀! ネイル、スメラギ、ガーネットと来て次はアイギスか!? 君はいつからそんなに急速にハーレムルートを開発し出したのだ! 今でさえ女性陣が多くなって大変だというのに何を考えているのだ! とっとと私を攻略せんか!!」
頭に大きなたんこぶを作った僕は、グレイスと浦町に怒られていた───おい浦町、それ良く聞いたら完全に八つ当たりだよな?
───だがしかし、僕にだって言い分はある。
「ちょっと待てお前ら。メザマに関していえば僕はかなり譲歩したと自負してるぞ? こっちの世界に来た当初の僕だったら、ブチ切れてその場で霊器の能力を全解除してる。その上で決闘までやってただろうから、威圧だけに留めてアイツが僕らに干渉できる場所を序列戦だけに留めた。よくぞアイツ相手に頑張ったと褒められることはあっても怒られる謂れはないぞ?」
その言葉に思わずうっと言葉をつまらせるグレイス。浦町はどうせ拗ねて嫉妬してくれちゃってるのだろう。可愛いから放っておこう。
そんな考えを読み取って真っ赤になってる浦町を眺めていると、その浦町の横のグレイスが呆れたような溜息を吐いた。
「確かに、ワシらと対等に話しておるから忘れておったが、お前はそれでもまだ二十年しか生きておらぬ童だったのぅ。中身と外見が合致していないようにも思えるが......、その歳ならばよく我慢したと言った方がいいかもしれんのぅ」
中身と外見が一致していない? ハッハッハー、中身と外見が一致してて年齢だけが掛け離れてるロリババアが何言ってやがる。
と、そんなことを明らかに顔に出しながら内心毒づいていると、何やら上機嫌なアイギスが横から割って入ってきた。
「ふふっ、それにしてもギン、やっとデレてきてくれましたね。私はこの日のためだけにこの数ヶ月間ギンと一緒にいたのかもしれない、ってくらい幸せです」
思わず聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうようなセリフを聞いて、僕は恥ずかしさを紛らわすように頬をボリボリとかく。
───が、部室を訪れているもう一人は、そんな空気など望んじゃいないようだった。
「ハッ、これだからリア充は。どこでも見境なくサカリやがって、そんなに青春してて楽しいのかねぇ? まぁ、俺様は一度としてそういう経験はなかったから知ったこっちゃねぇけどな? ククッ.........、あ? ほら、笑えよテメェら。こんなところに非リアの体現し...」
以下略。
聞くに耐えないというか、これ以上聞けば、なにか大切なものを失ってしまう気がする───婚期とか、恋人とか。
だからこそ僕は、死神ちゃんに対してこう言葉を送ろう。
「死神ちゃん、そうやって自暴自棄になって結婚相手を必死になって探してる女の人より、結婚なんて知ったことかとクールビューティな孤高でかっこいい女性の方が、......モテるとは、思わない?」
「ふっ、確かにそうだな。ギン、最初期のお前なら殺っちまってた所をよく我慢した。流石は俺様の子孫だけはあるな」
───おーっと、やっぱりこの人、僕と同じ血が流れてますね。この見事なまでの掌返しは僕の得意技そのものである。
僕はカッコつけたポーズをとってクールを装っている死神ちゃん───装ってるだけの癖に、妙に様になってるんだよなぁ───を傍目に、先程威圧してきたメザマの事を少し思い出した。
女の人を物としか思ってなさそうな、僕の調べた内容とは正反対の、正義の欠片もない性格ゴミクズのうんこ野郎。
アーマー君よりも成熟してるだけあって、あの時のようにいきなり襲いかかられるわけではなかったが、それでもモノの考え方や捉え方でいえばメザマは本当に救いようがない。
まず間違いなく序列戦では『僕を倒しに』来るだろうし、アイギスの事を二の次にした考え方も変わらないだろう。
───だからこそ、僕はアイツにだけは負けられない。
僕は立ち上がると、グレイスの方へと視線を向けた。
「グレイス。悪いが今から少し稽古をつけてくれ。ちょっと次の序列戦までに強くならなくちゃいけなくなった」
「ふむ? 次の序列戦と言ったらもう一週間と少ししか期間が残っておらんぞ? その短時間で強くなるなど......」
僕の言葉に思わずそう反応したグレイスではあったが、僕と視線が合って、その言葉を途中で切った。
「はぁ......、了解したぞよ。今から出来ることといえば体術の型を身体に覚えさせる程度だが、まぁやらんよりは遥かにマシじゃろうのぅ」
「すまん、恩に着る」
僕は至って真面目にそう頭を下げると、珍しいはずなのに少し頬を緩めている仲間達の姿が目に入った。
「何、なんか笑うところでもあった?」
少し心配になってそう聞いた僕だったが、二人は首を横に振るだけで何も答えず、最終的には二人で顔を見あわせてさらに笑っているという始末だ───ったく、それは新手のいじめですか?
それを見て少し肩を落とした僕ではあったが、やはり依然として僕の中のやる気は消化される様子は窺えず。
「そんじゃあよろしく頼むよ。グレイス師匠」
「ふむ、ならばまず、師匠を普段からババア呼ばわりするのをやめるところから始めるのだな」
「悪いけどそれは無理だわ」
そう軽口を叩き合いながら、僕らは訓練場所を探しに部室から退出した。
───さて。それじゃあ一丁、影神抜きで序列一位でも目指してみますかね。
☆☆☆
六月の上旬。
それから十日が経ち、序列戦当日となった。
序列戦に参加できるのは、霊器を所持している生徒───つまりは従者や高等部三年生以下は出場が認められておらず、参加可能生徒も基本的には参加不参加は自由である。
───だが、高等部四〜六年生に与えられるナンバー、つまりは序列順位は参加しなければ最下位のものが与えられる故、誰でも相手の序列を確認できることからも、参加しないという選択肢を選ぶものは希なのだとか。
ちなみに今の僕のナンバーは八番だが、もしも参加しなければ一瞬で一番下まで落ち、霊器も没収される。本当に、出る以外の選択肢はないのだ。
「まぁ、出なかったら出なかったで色々と面倒くさそうだけど」
───特に、この序列戦で僕を打ち負かそうと考えている奴らが。
僕は制服ではなく、夏をイメージした戦闘用の服装へと衣替えした。
上は左袖ラインの黒いポロシャツに水玉のネックレス。下はベージュ色の───これなんて言ったっけか。確かリリーは『クロップドパンツ』とか言ってた気がする。とにかく今流行りのオサレなやつだ。ちなみに全て神の布製の特別仕様だ。
そして、腰には丈を短く変形させた常闇のローブを巻いており、今までと同じくように戦闘の邪魔にならない程度にとどめている。
さらにその上からブラッドメイルで武装しているのだから、もはや完全武装と言って差し支えあるまい。
───まぁ、本当は正義執行の時の軍服を真似ようかとも思ったが、軍服だと流石に目立ちすぎるのではないか、ということでこうなった。
「まぁ、服なんて別になんでもいいんだけど」
そう呟く僕の前には、もう既に大勢の生徒達が入場を開始している第一訓練場───大きい方の訓練場だ。
僕は振り返って、僕の後に付いてきたオリビアとマックスへと視線を向けると、二人も同じように僕の方へと視線を向けた。
「それじゃ、とりあえず勝ちに行くぞ」
「おう、俺らもニアーズ入りてぇからな」
「私は霊器の能力まで決めてきたのですぅ!」
───はぁ、何でこう、僕の仲間達は緊張感というものを知らないんですかね。
頭の中に『そりゃお前もだろうが』というツッコミが聞こえた気もしたが、残念ながら無視させてもらうとする。
霊器による全能力の制限。
確かにかなりきついし、今でも『もしも制限がなければ』と考えてしまうことも多々あるが。
───けど、制限かかってる僕が弱いだなんて、一体どこの誰が決めたんだ?
僕はニヤリと笑を浮かべると、悠々と訓練場の中へと足を踏み入れた。
「さぁ、無双のお時間だ」
いやはや、ギンも言う時は言ってくれて助かりました。メザマ君にはちょーっとイライラしてたので。
次回! やっと序列戦開始です!




