第215話
本日二話目です。
あと、一日二話投稿は今日で最終日でした。
朝。
いつもはネイルとの早朝ランニングを行っているせいか、どうもいつも通り早く起きてしまった僕は、上体を起こして部屋の中を見渡した。
「うぅーん......、だ、ダメだよ、銀ってばぁ......」
なにやら聞き方によってはアンナさんが鼻血を吹き出しそうなことを言っている隣の桃野。安定して今日も可愛いな。
隣から視線をずらすと、死んでるんじゃないかと思えるほど寝相のいいディーンと、白髪褐色───名前は忘れた───と殴り合うようなポーズを取り合っているクラウド。これはもはや一種の芸術だな。
───今日、最終日である四日目は自由行動。
全員午後の四時には雪国ホワイトベルの首都にある王城へと戻らねばならないが、それまでは完全に自由行動なのだ。
まぁ、別段行きたいところがあるわけでもないが、それでも一日丸ごと自由行動とはなかなか学園側も思い切ったことをするもので。
「まぁ、今日さえ乗り越えれば万事オッケー、ってことだな」
───特に、メフィストの予言の事とか。
僕はそう呟いてぐぐぐっと伸びをすると、顔を洗うために布団から出...
「さ、寒ぅぅっ......」
ること無く、桃野の寝顔を見ながら二度寝した。
───もちろん、寝坊したのは言うまでもないだろう。
☆☆☆
午前十時をすぎた頃。
僕は何故か集まってきた仲間達と一緒に街を散策していた。
ちなみに僕としては班が同じ桃野と二人きりでデートしたかったのだが、オリビア、アイギス、マックス、浦町、ネイル、それに藍月が何故か僕らに付いてきている───どうやら昨日の件が余程堪えたらしいな。
まぁ、その中でも特にオリビアの思うところは大きいだろう。せっかく二人でスキーを楽しんでいたのにも関わらず、自分のせいでいつの間にか全員を巻き込んだ大事になってしまったのだ。優しいオリビアがそれについて何も思わないわけがない。
僕は少し張り詰めた様子のオリビアの元へと向かうと、少しだけ緊張した様子のオリビアへと手に持っていた肉まんを半分ちぎって押し付けた。
はて、と首を傾げながらもそれを受け取るオリビア。
まぁ、これを半分渡したのはなんとなくだし、口下手で不器用な僕にオリビアを慰めるいい台詞なんて思いつきもしないけれど。
───それでも僕は、きっとオリビアになにか伝えねばなるまい。
「あんまり気にすんなよ。過去の失敗をいくら悔いたところでやり直しなんてきかないし、ましてや後悔しても何かが変わるわけでもない」
僕はそう言いながらもガシガシと頭をかきながら、その先に続ける言葉を模索する。
「まぁ、あれだ。あれは単純に何も想定してなかった僕の責任だし、結果として被害はなかったし、僕もオリビアも多くを学べた。結果はよかったんだから後悔してないでもうちょい笑えよな」
───わお、なんというクソみたいなセリフでしょう。
言葉としてならば「気にすんなよ」で済むのだろうが、その言葉に肉付けするとなればここまで難しくなる。本当、言語って難しいな。
僕はそう考え至り、にしても最近クサいセリフばっかりだな僕、と少し反省したところで、誰かがどしっと僕の身体へと抱きついてきた。
───確かな温かみと、しっかりと感じられる重さ。
......否、少し強すぎる抱擁に僕の身体が悲鳴をあげ始めた。
「あ、ありがとうなのですっ!」
そう僕に抱きついてきた犯人───オリビアは恥ずかしげにそう言って頬を朱に染める。
それを見た周りの人達も、なにか微笑ましいものでも見るかのような視線を僕らへと浴びせてくる。
───だが、僕の身体はけっこう限界きてるのだ。
「ちょ、まっ......お、オリビア。こ、呼きゅ...」
「ギン様も照れ屋さんなのですぅーっ」
───馬鹿っ! 超お馬鹿っ!! 何が照れ屋さんだ死にかけてるだけじゃないかっ!!
そう叫ぼうにも思いっきり肺が圧縮されているため、体内にはその言葉を出すに足る空気が無く、結局は口からひゅすー、ひゅすー、と言った小さな音が出るばかり。
僕は恐らく酸欠過多で充血しているであろう瞳をこの中で一番の常識人であろう桃野、そして脳波を読める浦町への二人へと向け、心の中でこう叫んだ。
───た、助けてっ!!
然して、その僕の必死の懇願に二人が気がついたのと時を同じくして視界が暗転し、僕は生まれて初めて酸欠で気絶したのだった。
......オリビアを甘やかすのは良くないと、身をもって学びました。
☆☆☆
結局僕が気絶から目覚めたのは午後の二時で、まさか修学旅行の、それも一番重要な自由時間の半分以上を気絶して過ごすとは思わなかったギン君でした。
ちなみに僕が目覚めたのは近場の宿屋の一室であり、置き手紙で『起きないと思うからお土産を買ってくる。君は安静にしておくことだな』と誰が書いたのか一発でわかるような内容が記されていた。
だからこそ、僕は一人で食べ歩きの旅でもしようかと思っていたのだが。
『おいギン、お前今空いてんな? 空いてんならちょっと私の用事に付き合いやがれ』
珍しく、発動してもいないのに起きているクロエにそう呼びかけられ、着用している常闇のローブも形状変化させてサムズアップしていることからもそれなりに重要な件なのだろうと考えられた。
そのため、僕は二人の願いを受諾し、クロエの案内によってその用事のある場所まで出掛けることにした。
───のだが、
「......どこだ、ここ?」
雪国ホワイトベルの首都を離れて十数キロ。
目の前にそびえ立つのは、長い月日を経て風化し、今にも崩れそうな様子の古城。
壁は崩れ、蜘蛛の巣がそこら中に貼りめぐらされており、終いには弱い敵対生物───ゴブリンやリザードマンなどの魔物まで跋扈していると言った様子だ。
そういった僕の思考も汲み取ってくれたのか、クロエは分かりやすいように噛み砕いて説明してくれた。
『簡単に言やぁ、ここは雪国ホワイトベルの昔の王都があった場所で、目の前のこれはその当時の王城、ってわけだな。私や玄武、他にも朱雀や青龍、麒麟もまだ生存してた頃だから、お前らからすればかなり昔の話だがな』
....なんだかその話を聞くと、今現在はその五聖獣はもう既に全員が死去しているように思えるけれど。まぁ、今気にするべきことではないか。
『正確にはちと違うんだが、今はそれについて詳しく語ってると長くなっちまうからな。早く済ませちまいたいからとっとと先進め』
「はいはい、わかりましたよ」
僕は何故か少し急いでいる様子のクロエの言葉に従い、少し歩く速度を早めて古城の中へと突入した。
───だが、その古城の中に入った途端、僕は思わずその場から飛び退いた。
熱い。
温度的な問題ではなく、精神的に、魂に直接訴えかけてくるかのような猛烈な暑さ───ならぬ、熱さ。
先ず間違いなく、吸血鬼であるこの僕が立ち入れるような場所ではない。
信じられないようなあの熱さを思い出しながら冷や汗をかいていると、僕の頭の中にクロエの楽しそうな声が響いてきた。
『ハッ、まだまだ元気じゃねぇか。私らとしてもそろそろ燃え尽きてんじゃねぇかって心配してたが、どうやらその心配は無用だったみてぇだな』
───燃え尽きる? 元気?
その言葉に一抹の不安を覚えた僕ではあったが、僕がクロエへと聞こうと思ったそれらは彼女自身が告げたここに来た目的に塗り潰された。
『ギン、ここに来たのはちぃとばかし保険をかけるためだ』
───もしも万が一、お前が死んだ場合の、な?
☆☆☆
少し日が暮れて暗くなって頃、僕はあの宿の女将さんに言伝してもらった通り、雪国の現首都にある王城へと戻ってきた。
すると、何故か大量の荷物を持ったアイツらが王城の前で待機しており、こちらを見つけるなり大きく手を振って存在をアピールしてきた。
───クソッ、あんな見てて恥ずかしい奴らと知り合いだと思われたくないのにな。
僕は嫌々ながらそちらへと足を進めると、なにやらオリビアが焦ってワタワタし始めた様子が窺えた。もしかしてさっき僕を気絶させたことを気にしているのだろうか?
僕は、今度こそかっこつけずにクールに行こう、と心に決め彼女らの方へ徒歩を進めるが、
───まぁ、やっぱり僕が女の子の考えていることなど理解できるはずもない。
「こ、こここ、これっ! ギン様にあげるのですっ!!」
まるでラブレターを渡すかのような勢いでオリビアが僕へと渡してきたのは、片手に収まる程度の、かなりお高そうな箱であった。
正確には渡されたというよりは受け取らざるを得なかったという方が正しいが、渡されてからこんなに高そうなもの貰ってもいいのだろうかと思えてきてしまった。
───オリビアはこう見えてもれっきとした王女だ。
だがしかし、それにも関わらず、彼女は僕らと旅を共にしてから今の今まで、暇さえあればギルドに出かけて仕事を受けていた。
それの理由は僕にはわからないが、これだけの箱───否、これだけ箱に入れなければならないほどの物を買うにはそれなりのお金が必要だったはずだ。
───恐らくは、その稼いだお金を全て使って尚、足りるかどうかわからない程の金額が。
僕は咄嗟に『貰って大丈夫なのか?』『流石にこんなに高いものは』などという返答をしかけてしまったが、何とかギリギリのことろで押し黙った。
僕だって分かることはある。
オリビアは僕にこれをプレゼントしようと色々裏で頑張ってくれたのだろうし、自分が稼いだお金を全て使ってでも、僕にはこれを送りたかったのだ。
僕は受け取ったその箱へと視線を落とす。
果たして、貰ったプレゼントをその場で開けるのが礼儀か、それともその場でもらって後で開けるのが礼儀か。
この世界ではそのどちらが正式な礼儀なのかは知らない。
───けどまぁ、それよりも先にするべきことは、きっと全世界共通なのではないかと思う。
僕は赤くなってソワソワしているオリビアを思いっきり抱きしめる。
それによってなお一層ソワソワワタワタし始めたオリビアだったが、珍しく今日の僕はオリビアにも意地悪だ。やめる気など微塵も無い。
───まぁ、きっとそれは単なる後付けで、本当は少し照れて紅く染まった顔を隠したかっただけなのだろうが。
「ありがとうオリビア。かなり嬉しいよ」
然して、珍しく素直な僕のお礼を聞いたオリビアは、小さく、それでいてしっかりと、僕の胸の中で頷いた。
───そんなこんなで。
アイギスに押し倒されたり、リリーとデートしたり、僕の新たな一面が分かったり。
はたまた、能力の一切使えない異世界へと紛れ込んだり、自由時間を気絶して過ごしたり、クロエが珍しく通常時に起きていたり。
───なにより、生まれて初めて好きな人に物を贈られたり。
色々とハプニングだらけの修学旅行ではあったが、僕のこの世界での修学旅行はこうして幕を閉じたのだった。
☆☆☆
これは、ギンたちが雪国ホワイトベルを去った次の日の出来事である。
グレイスが雪国ホワイトベルへと持ち込んだスキーというスポーツの噂は瞬く間に国中へと広がり、実際に皆が競い合うようにスキー場を訪れ、その新しいスポーツに励んだのだとか。
───だがしかし、その時スキー場を訪れた人々は、誰ひとりとして例外なく、伝説を見た。
真紅色の大きな角。
青銅の蹄に、透き通るほど綺麗な青い瞳。
それらの特徴は寸分違わず、雪国の伝説に登場するとある魔物と一致しており。
その伝説は、彼ら彼女らへと、決まった問いを投げかけた。
『余の主人は、何処へ行った?』と。
最後はオリビアとの絡みで修学旅行編は終了です。正確には後日談で終わってますが、ぶっちゃけると作者自身でさえ、『伝説』がいつギンを見つけ出すのかは分からないです。気を長くして待ってましょう。
次回! 序列戦間際です! たぶん。
と言っても帝国の武闘会みたいに思いっきり掘り下げて書くつもりは無いです。とんでもなく長くなりますしね。




