第213話
「ほわぁ......」
そんな声がどこからか聞こえてくるようで、周囲をくるりと見渡せばその僕が聞いた声も幻聴ではなかったのだと理解出来た。
眼下に広がるは、一面の雪景色とその先に見える雪の国。
周囲の生徒達は皆一様に、僕の出身地でよく見られた冬の格好をしており、彼ら彼女らの頭にはしっかりとゴーグルが、そして両手にはしかと棒状のものが握られている。
ふと気がつけば僕らの前には教諭たちが並び始めており、その中から前へと進み出てきたグレイスは、公園の雪山で遊んでいる幼女のように見えた。
「これよりッッ!! 修学旅行三日目のスキー学習を開始するッッ!!」
───まぁ、公園で遊んでる幼女がこんなにも偉そうに何かを宣言することなどないのだろうが。
然して僕は、何故こうなったかということを、再三自分へと問いかけるのだった。
☆☆☆
その日の朝───と言ってもほとんど日が昇ってから帰ってきたため僕は結局寝ることが出来ず、回復魔法で無理やり体力や疲れを誤魔化した後に朝食の場へと向かった。
───が、今日はあの晩から既に一日が経過している。つまりはあのバカどもはもう既に解放されているのだ。
「ぶっ殺してやるッッ!!」
朝一番にそう元気よく挨拶してきたのは、今にも霊器を抜き放たんとしているクラウドであり、その背後には疲れた様子のほかの面々が見えた───ちなみにここは食堂なので結構目立ってます。
僕はされるがままにクラウドに胸ぐらを掴み上げられ、喉元に殺気がビンビン伝わってくるクラウドの霊器───霊刀ムラマサが添えられた。
───が、それと同時にクラウドの首筋にくいこみ気味で添えられている、それはもう殺気ビンビンの一振りの刀が僕の視界に映った。
クラウドもその刀の存在に気が付いたのか、先ほどまでの殺気は霧散して緊張が漂い始める。
「クラウド。貴方、誰に手を出したか分かっているのだろうな?」
誰ひとりとして声を発しなかったその場に響いたのは、たった一つの凛とした冷たい声。
その声は最近は真面目に職務に取り組み始めたSOさんのものであり、少し洒落にならなさそうなので僕からも止めるよう言っておこうかと思う───にしても、僕以外と話す時ってこんな感じなんだな。怒ってるってのもあるだろうけど。
「クラウド、スメラギさん、少しやり過ぎだ」
その声と隣から浴びせられる殺気に刀と手を僕から離したクラウドではあったが、スメラギさんに関しては全く動く気配がない。この人も頑固だよなぁ、色々と。
僕はため息を一つ吐いて、呆れたような声色でこう告げた。
「僕って、話を聞いてくれない奴ってあんまり好...」
「すいませんでしたッ! 以後気をつけたい所存であります!」
───イエスッッ、扱いやすい人って大好きだぜッ!
とまぁ、そんなこんなで朝食前のちょっとした諍いはあったものの、それは見事風紀委員長が解決し、何事もなく朝食を迎えることが出来た。
───のはいいのだが。
「ここに集められた理由、聞いていいか?」
朝食後、グレイスによって呼び出された僕らは何も聞かされぬままグレイスと死神ちゃんが宿泊していた部屋へと集まっていた───ちなみに呼び出されたのは、浦町、桃野、鳳凰院、倉持さん、的場、小島、それに僕である。学園内で異世界から来たヤツら全員と言っても過言ではない。
まぁ、先程から鳳凰院に恋しちゃってる的場からは親の敵でも見るような視線が送られてきてるが、まぁいつもの事だ。
僕の視線の先には僕の言葉にふむと頷いたグレイスが居り、然して彼女は少しタメを作った後に、堂々とここに呼んだ理由を宣言した。
「スキー学習に必要な道具、全部学校に忘れちったから今すぐ製作に取り掛かってもらうぞよ!」
───僕は思いっきり、グレイスへと殴りかかった。
☆☆☆
そうして話は冒頭へと戻る。
その間に起きたことと言えば、僕がスキーウェアから要肝心なスキーの板まで何から何まで創造し、そして創造スキル持ちの浦町を中心としてほかの面々が材料から道具を製作し、たった数時間で全員分の道具を完成させたのだ。
───もうね。さすがに死ぬかと思いましたよ、この僕でも。それなりに報酬を貰わなきゃやってらんないぜ。
僕はそんなことを考えながら、生徒達のまとまりから飛び出し、一人スキー板を嵌めはじめる。
雪国において、僕らにわざわざスキー板とそれに準ずる道具を一から作らせたのは、実際にこの世界には『スキー』にあたる概念が存在しないという事にほかならない───もし存在するのならこっちで買えば済んでいたことだろうし。
そうしてスキー板を嵌めてストックの......あのなんて言うのかな。握るところから出てる縄みたいなものに手を通し、さて、それじゃあスキーを楽しみますか。と、意気込んでみた僕ではあったが、
「ギン様ーーーっ!! そろそろ私ともイチャイチャするのですぅぅぅーーーっ!!」
そんな声とともに僕の身体は横から突っ込んできた何者かによって突き飛ばされ、せっかく嵌めたスキー板がどこかへと飛んでいった。
───覚えてるかどうかは知らないけど、僕ってこれでも結構弱体化してるんだからね? それこそ事前に察知することも、視認すらも難しい速度で突っ込まれてきても、それは抱擁ではなく単なる攻撃だ。
「ぐらぱぁっ!?」
地面に思いっきり頭を打ち付け、腹部にかなりの衝撃を受けた僕は、もはや意味もわからないような悲鳴を上げて呻きをあげる。
ふと気がつけば、彼女は僕のお腹の上で「ギン様〜、ギン様〜っ」と僕の胸に顔をこすり付けており、もしこれが普通の高校生だったなら
『は? この年になって何やってんの? 気持ち悪っ』
となっていたであろうが、まぁ、この娘は別だろう。
───僕は、最近の彼女を思い出す。
婚約したにも関わらずさして今までと変わらぬ日常。
先ず間違いなく僕と一緒にいる時間は増えたが、それでも正しく恋をしている少女にとっては不満もあるのだろう。
まぁ、単純にいえば僕が最近、アイギスや浦町、果てはリリーとも仲良くしてたせいで嫉妬してたのだろう。そう考えるとあら可愛い。
僕はポンっと彼女の頭の上へと手を乗せてゆっくり撫でると、少しだけ頬を緩めてこう言った。
「それじゃ、一緒に滑ろうか。未来のお嫁さん?」
───たまには、世間一般の恋人らしくイチャイチャするのも楽しいのではないかと思う。
☆☆☆
結論から言おう。
「ちょ、何でそこでスピード出してるんだよ!?」
僕は───ひとつ、見落としをしていたのだ。
「ゆっくり、ゆっくりな? ......って、だからゆっくりだって!」
───初めてスキーに触れる人間が、まともに滑れるわけがないということを。
「ふわぁぁぁぁぁっっっ!?!?」
僕は今日何度目かもわからないようなオリビアの絶叫を聞き、僕はため息を吐いて影のネットを彼女の進行先へと張る。
ぼふーんっ!
ネットにインしたオリビアからはそんな効果音が聞こえて、彼女の速度は軽減され、次第にその勢いを止めてゆく。
そして暫くして、ぐすんぐすんとネットの方から鼻をすするような声が聞こえ始め、あからさまに励ましてほしそうな視線が僕の体へと突き刺さる───全く、とんだかまってちゃんだぜ。
そんなことを考えながらスイスイーっと得意気に滑ってその場へと急行すると、先程まで悔しそうにかまってちゃんしていたオリビアは、何故かぱぁぁぁっと花が咲いたような笑みを浮かべて立ち上がるのだ。
「が、頑張るのですぅっ!!」
「おう、いくらでも付き合ってやるから頑張ってこい」
───以上、これまでの全てが一つの工程だとすると、恐らくは数十秒後には今と同じ状況に陥っていることであろう。
僕は何故かスピードも操れないのに直滑降のポーズをし始めたオリビアを見て再び小さな溜息をつき、僕はちょっとした未来予測をしてみることにした───まぁ、暇つぶしのようなものだ。
今の今まで、幾度となく繰り返したオリビアの行動。
転んでは立ち上がり、そして滑っては転ぶ───否、そもそも転ぶことすら不可能、単純に転ぶことすらできずに暴走するのだ。
だからこそ、僕は純粋に何秒後にオリビアが暴走するか───僕はそれを予想してみようと思うのだ。
───考える。
こんなことに戦闘時と同レベルの集中力を割いていることに少しだけ疑問に思ったが、残念ながら僕の意識は完全に未来予測へと向かってしまったようだ。
チクタク、チクタク、と頭の中で刻一刻とその時間が差し迫っており、
僕はカッと目を見開いて───こう告げた。
「ふっ、一秒g...」
「ふわぁぁぁぁぁっっっ!!??」
僕は思いっきり被せてきたオリビアの言葉に少しだけ硬直を見せてしまったが、数度咳払いをしてから再びネットを張った。
「そろそろ、ちょっと真面目に教え始めてもいいかもな」
僕は独力で自然に覚えるだろうという初期の思考を断ち切ると、そう決断してオリビアの元へと向かうのだった。
☆☆☆
昼。
山の麓の大きな建物まで戻ってきた僕達を待っていたのは、全身を雪まみれにした生徒達の姿であった。
どうやら皆が皆オリビアと同様にスキーに苦戦している様子だが、やはり雪を使ったこういうスポーツというのは新鮮なのか、誰ひとりとして飽きているような者は見受けられない。
......まぁ、もし飽きたとしても雪遊びでもすれば楽しいだろうし、ひとまずは安心して大丈夫だろう。
と、そんなことを考えながら食堂を訪れた僕とオリビアではあったが、
「「「「ぐすっ......、もう嫌...、」」」」
目の前の長机に突っ伏しているのは、赤髪ニットに緑髪ニット、天使ニットに、灰髪クソニット。なんで全員が室内でニット帽を被っているのかは甚だ疑問ではあるが、皆が突っ伏している理由はその隣でつまらなそうに頬杖をついている浦町を見れば一発だろう。
「......スキー出来なくて拗ねてんのか?」
果たしてその質問に返事はなかったが、全員のすすり泣きが聞こえなくなったことからもその答えは明らかであろう。
浦町は恭香に比肩しても遜色無いほどの才能の持ち主だ。スキーなんてできないわけが無い───が、その教え方は粗悪の一言に尽きる。
ガタッと音がしてそちらを見ると、なにやら思考を読んだ浦町が恨ましそうな視線をこちらに送ってきているが無視だ無視。
分からない人たちのために少しだけ例を出そう。
例)こう、グワーッとだ! ここをここにくっつけて、そう! そこからグワーッとするのだ!
ちなみにこれはサッカーについての説明である。通常ならば「ボールを蹴って前へ進め」だけで済む話が浦町が真剣にいうとそうなる。しかも親切心があればあるほどに意味不明になるのだから救えない。
とまぁ、本来ならばその他にも例を出して考えた方がわかりやすいかもしれないが、ことこの件については先ほどの例だけで十分に理解できただろう。
そこまで考えたところで、不満そうな浦町や他の突っ伏していた皆が、何故か疑わしげな視線を僕ら二人へと浴びせていることに気がついた。
まぁ普通に考えれば、自分たちを笑ってくる僕へと意趣返しのつもりなのだろうし、実際にもその通りなのだろう。
───だが、僕をあまり舐めるなよ?
僕は顎でクイッと合図してやると、ふっと笑ちを溢したオリビアが、いつに無く自信満々の笑みを顔に張り付けて前へと進み出た。
いつもとは違ったその様子に思わず目を見開いた彼女らではあったが───とてつもなく中二なポーズを決めたオリビアが告げた言葉を聞いて、さらに目を見開いた。
「ふっ、私は............、なんと『ハの字』ができるようになったのです!」
瞬間、彼女達に目に見えて緊張が走ったのがわかった。
「「「は、ハの字......だと?」」」
オリビアの異常すぎる成長速度に思わずそう呻く弱者共。
そう、なんとオリビアはスキーの基本中の基本、ハの字を覚えるにまで成長したのだ。正確にはハの字ができるだけで曲がれやしないが、スピードなら十分に制御できるようになっている───まあ、初期と比べるとかなりの進歩であろう。
僕は皆の様子を見て満足げに微笑むと、オリビアの頭へとぽんと手を乗っけてこう言った。
「いやぁ、うちの子にスキーを教え始めたのは数時間前ですが、最低限、ハの字程度はできるようになりましたよー。もちろんハの字などとっくに習得済みであられる貴方がたに自慢しても何もなりませんがね......」
その言葉にビクッと反応する一同。
分かっている。分かっているさ。
───そう、お前らはまだ誰ひとりとしてハの字すら習得できていないのだろう?
僕は内心で満面の笑みを浮かべると、最後にこう告げた。
「あ、まさかとは思いますけど、まだハの字が出来ていないなんて......、わけありませんよね?」
───何故か、皆が急いで外へと出て行った。
☆☆☆
「......雪か」
僕は魔導リフトを降りた先、この山の山頂で空から少し降り始めた雪を見てそう呟いた。
今日は雪国にしては珍しく晴れの日だったのだが、どうやらその奇跡も長時間続いてくれるわけではなさそうだ───まぁ、晴れてたらそれはそれで暑くなるから、個人的には気候は雪の方が嬉しいのだが。
「少し悪天候になってきたけど大丈夫そうか?」
そう僕と一緒にリフトを降りて滑ってきたオリビアへと問いかけると、流石にそろそろ慣れてきたのかにっこりと笑って「はいですっ!」と元気よく答えてくれた───ほんと、若いっていいですねぇ。
僕はオリビアの返答に少し頬を緩めると、頭にしてあったゴーグルを目元まで下ろして視界を保護する。
北海道じゃゴーグルが曇ってたり何だりで結局面倒くさがって使わなかったが、僕が今回製作したのは非常に曇りにくいゴーグルだ。いました感じだと曇ってる感じは皆無と言っていいだろう。
「そんじゃ、準備も出来たしそろそろ行くか」
僕はそう言って、隣に居るオリビアへと視線を向けた
───のだが、
「い、居ない......、だと?」
僕の視線の先にはオリビアの姿はなく、それに気づくと同時に少し遠くの方から聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
───そして何より、僕の直感がこのままでは危険だと警鐘を鳴らしている。
「ま、まさかっ!?」
瞬間的に、直感的にオリビアのことを見通した僕の瞳に映ったのは、スキー場に隣接する林の奥、少し奥まったところで
───今にも崖から転落しそうな様子のオリビアであった。
「クソッ!」
瞬間、僕とオリビアの位置が入れ替わり、僕の視界に映るものが一瞬にして移り変わる。
ぐらりと体が傾き、崖の下へと次第に落ちてゆく。
咄嗟にこの方法しかなかったとはいえ、少しだけ無謀なことをしたかもしれない。オリビアからすれば僕が代わりに崖から落ちたようにも思えるだろう。
───まぁ、翼を戻せば楽々崖上へと戻れるのだけれど。
僕は早速翼を戻して空を飛ぼうとして......、
「あっ......、スキーウェア、頑丈にしすぎた」
───それだけ言えば、大体察することも出来るだろう。
翼を出そうにもスキーウェアが頑丈すぎて突き破ることも出来ず、かと言って今はロキの靴は履いていない。
───つまりは、結構真面目に、詰んでいる事だ。
「全く以て......、予想外」
そう呟いた僕の身体は、その状況に抗えるはずもなく谷底へと消えていったのだった。
なんだか修学旅行編、桃野とのお風呂から始まり、ルネア&鳳凰院、アイギス、独身二人との絡み、リリー号泣&デート、そしてオリビアとの戯れ。なんだかほのぼの路線まっしぐらですね。
次回はとりあえずほんのすこーしバトル......? も入る気もしないでもないのでお楽しみに。
そう言えば作中......、雪、降ってますね。




