第212話
リリーとのデートですね。
デート。
昼間に浦町も言っていたが、僕は基本的に彼女を作ったところで態度は変わらない。たまーーーにデレたりする時もあるが、そのときに限って描写は避けてきた。男のデレとか気持ち悪いだろうし。
───つまりは上記のとおり、僕のデレ頻度は少ないのだ。
だからこそ、僕と恭香たちがデートする機会は皆無だったと言ってもいいだろうし、実際に最後にデートしたのは僕が輝夜と遊園地に行った時の話だ。今では思い出したくないトラウマとなりつつあるが───ちなみに恭香と暁穂とのデートは先送りされたままである。
さて、それでは話を本筋へと戻し、なぜ僕がこんなことを言い始めたかということについて話そうと思う。
『デートしませんか?』
そうガーネットから問われた僕は、昼間の件についても謝罪したかったため、首を縦に振って了承し、「それじゃあそのうちな」とでも言おうと思っていた
───のだが、
「......何故僕がこんな目に」
未だパラパラと振り続ける雪の中、僕は一人街角で立ち尽くしていた。
日はすっかりと暮れて夜の帳が下りており、太陽の光が当たらなくなった為か、日中よりもよほど冷たい風が僕の頬をなでてゆく。
───って言うか、普通に旅館を抜け出してきたのだ。一応グレイスには連絡しておいたが「ぐすっ......、す、好きにすればよいだろう!?」とか逆ギレされた。どうやら今朝の件を未だに引きずっているらしい。
と、そんなことを考えていると、僕らの泊まっている旅館の方から、小さめな人影が小走りでこちらへと向かってくるのが見えた。
肩にかかる程度のオレンジ色の髪に、暗い闇の中でもその存在を主張する青色の瞳。
少しモフモフとしたコートを着た彼女は、いつにも増してお化粧をしているようにも見えたが、そういうことを詳しく探るのはタブーというものだろう。
───兎にも角にも、こういう場面で言うべき言葉はただ一つ。
僕は指の先まで冷えに冷えきった身体を震わせて、結構真面目にこういった。
「ちょ....、遅いんだけど」
───何故か、僕は肘鉄をくらった。
☆☆☆
賑やかな喧騒に紛れ、街灯に照らされながら雪道をトボトボと歩いていると、隣を歩いているガーネットがじーっとこちらを見つめていることに気がついた。
それに気がついた僕が「なんだ?」と視線を送り返すと、ガーネットは両腕を後ろに組んでにひひっと笑いかけてくる。何この子、デレ期ですか?
───と、そんなことを思っていた時期も僕にはありました。
「先輩ってぜんっぜんイケメンじゃないですよねー」
ほら見たことか。このクソビッチにデレを求める方がどうかしているのではないのかと思う───でもまぁ、僕の立場に愛しい人が居たならまた対応も違ってきたのだと思うが。
僕はそんなことを思ってため息を吐きながらも、チラリチラリと辺りを───街をを見渡してみる。
───何せこのデートもどきは急すぎたのだ。
僕だってガチでデートするならば入念......とは行かずともある程度の予定は考える。だが、この短時間で見も知らぬ街でのデートを立案しろと言われても恋愛初心者の僕にとっては難題と言っても過言ではない。むしろ不可能だ。
「映画もカラオケも、ましてやいい感じの夜景も見れないし、酒も飲みたくはない......、異世界の夜デートってどんだけ難しいんだよ」
そう口に出して呟いてみるとかなりの難易度だということがわかってしまう。
日本のようにビルの残業の燈がないため夜景というのも大したことはないだろうし、映画もカラオケもあるわけが無い───もしかしたら知らないだけで王都にはあるかもしれないけど。
それに加えて、心と見た目だけは永遠に青年(ギリ未成年)を貫き通す所存の僕は酒など飲みたくないし、ガーネットに関しては言わずもがな。未成年である。
───まぁ、そうなると選択肢は限られてくるわけで。
僕が頭の中でぱぱっと二、三個の案を弾き出していると、横を歩いているガーネットが何か言いたそうにこちらを見つめていることに気がついた。
ガーネットも僕がその視線に気づいたことが分かったのか、満を持すわけではないが、それでもポツリと小声で話し出した。
「......先輩って、妙な所できちんと......って訳じゃないですけど、一言で言うと頑固ですよね?」
───頑固?
ハッハッハー、僕が頑固ちゃんだと?
言ってることはコロコロ変わるし、自分で張った伏線は忘れるし、フラグは立ったまま放置させているこの僕が、か?
僕はそう考えて苦笑すると、ガーネットはそれをどう捉えたのかは知らないが、それでも「新発見です」と小さく呟いて微笑んだ。
珍しく、油断のない僕から見てもその表情は自然そのもので、どうやら今のは素の彼女だったようだと気がついた。
───とまぁ、そんなこんなで。
彼女の真の意図が読めぬまま雪国の夜デートに繰り出された僕は、その当の本人の方を向いてこう言った。
「僕の私服、選ぶの手伝ってくれない?」と。
───さすがは僕。普通は選ぶところを選ばせるとは、なかなかどうしてサイコパス。
☆☆☆
一言。
───ガーネットの服選びのセンスは正直僕の予想をはるかに超えていた。もちろんいい方向で、である。
正確には一言ではないが、僕がもし誰かに伝えるとすればそういうであろうし、今現在進行形でガーネットの着せ替え人形と化している僕はそんな事を考えながらぼーっと突っ立っていた。
「もうっ! 先輩ったらもうちょっとピシッとしてください、ピシッと。折角の服装が身体から溢れ出る面倒くさそうなオーラで台無しですよっ」
両手に別々の服を持ちながら、こちらを見てもいないのにそんな的確なことを言ってくるガーネットを見やり、僕はため息を吐く。
あの後、この街で一番大きな───そうだな、向こうでいうところのショッピングモールのような場所を訪れた僕達は、ガーネット曰く「私は沢山服持ってますし、旅先で服買っても嵩張るだけなので、先輩にはまた今度付き合ってもらいますねっ」との事で、僕らはそのショッピングモールの中の服屋へと訪れていた。
───のはいいのだが、
(なんか、目立ってるよな......?)
そう、この店に入ってきた途端に「あ、執行者だ」みたいな視線は感じていたが、今現在はその視線がさらに密度や熱量を増してきたように思えるのだ。
───まぁ、よほど僕の普段の服のセンスが悪いのと、それに比較しても十分すぎるほどにガーネットの服のセンスがいいということも相まって、今の僕はかなーり『馬子にも衣装』状態と化しているのではないかと思う。
「まぁ、別にこれ以上モテたいわけでもないし、どうでもいっか」
僕はそう一人呟くと、たまたま傍に展示してあった伊達メガネの中からテキトーなものを一つ手に取ると、そのまますっとかけてみた。
もちろんその行為自体は完全に「何となく」ではあったが、その行為によって生じた結果は僕の想像をはるかに超えており、全知全能の神でさえ知らなかったのではないかと勘ぐってしまうほどだった。
カシャン。
僕の背後から音が鳴った。
空間把握で確認してみると、僕用に探してきたのであろうズボンとベルト、それに見合う服を思いっきり地面へと落としてしまったガーネットが、何故か僕の後ろ姿を見て固まっていた。
───僕の、後ろ姿?
ふと、ガーネットが見ている今の僕の姿が気になり、僕も月光眼を使って自分の姿を確認してみることとした。
───のだが、
「......は? これ誰だ?」
そこに映っていたのは、いつもは伸ばしっぱなしにしている髪をワックスでカチッと固めた、センスのいい服装に身を包んだ、一人のメガネの青年。
まぁ、そう表現するだけでも随分と普段とは違って感じられるのだが、やはりこの変身の肝は───このメガネである。
僕は鼻にかかっているメガネをテキトーにクイッとあげると、何故かその様子すら華々しく見える見知らぬ僕へと、こう呟いた。
「おい、"中の下"がなんで"上の下"までランクアップしてるんだ?」
───案外、よく見知ったものでも見落としがあるのが人生である。
☆☆☆
その後、なんだか珍しく愕然とした僕ではあったが、
「いや、待てよ僕。カッコつけるのは自己満足に浸るのとモテたいという理由からだ。僕はこれ以上モテることに執着はないし、ましてや今以上にキザになっても気持ち悪い。ならカッコつける必要など皆無だろ」
───以上ッッ、証明完了!
そう結論つけて、メガネをさっと外して元の服装へと換装した。
ちなみにその時、周囲の人たちからは滅茶苦茶呆れたような残念なような、そんな視線が僕の体へと突き刺さったが、僕はその程度では動じない。
いやはや、最近はさらに精神が成熟してきた気がします。まだ微青年なのに......。
───はぁ、微青年じゃなく、美青年だったらどれだけ良かったことか。
そんなことを考えながらも、ガーネットと二人、何をするでもなく冬の街を歩いていると、にひひっと何か企んでいそうな、嫌な笑みを浮かべたガーネットが僕を見上げてこう言ってきた。
「にしても、先輩って男の人の癖に歩くの遅いんですねーっ」
その言葉に、僕は一つため息を吐いた。
前の世界───と言っても僕はでっかいどーな北海道しか知らないのだが、男女で歩く速度に差ができている様子は見受けられなかった。
もしかしたらカップルで手を繋いで歩きでもすれば違いがわかるかもしれないが、残念ながら僕にとってそんな相手は存在しない。泣けてくるぜ。
だが、こちらの世界では男女の身長差が大きく出てしまっているため、自然と足の長さも、ガタイの良さによる筋力量も変わってしまうため、前衛バリッバリの女性達を除けば基本的に男女で歩行速度に差ができるのは常識なのだとか。
───そう考えると、まぁ、僕のステータスやスキルは制限されているものの、それでも尚、全く微塵も前衛っぽくないこの低身長な少女と、ステータスが人族よりも高い180センチ超えの吸血鬼族。僕らが今一緒に歩けていることに対する理由など一つしか思い浮かぶまい。
「うるせ、お前に合わせてんだよ」
僕はそう吐き捨てると、それを証明してみせるかのごとくいつも通りに歩き出した。
するともちろん、すぐさま僕の隣をゆっくり歩いていたガーネットは視界から消えるわけで。
「まぁ、夜は長いんだ。あんまり急がなくていいからな?」
僕はそう言ってクルリと背後を振り返ると、少し微笑んで見せた
───のだが、
「ほぇ? あ、あぁ、はい......。あ、危うくハートを撃ち抜かれるところでした。......す、少しだけ掠りましたが」
───おーっと、リリーちゃんは冗談をご所望なようだ。
今回は『心臓めがけてスナイプされた。弾丸が心臓を掠ったけど無傷だよ?』という感じの冗談だろうか? ハッハッハー、なんにも面白くねぇな。お前は不死の吸血鬼か?
そんなテキトーなことを考えながら「コチラとしてはそのまま当たってても良かったんだけどなぁー」と嫌味を込めて呟くと、何故か真っ赤に顔を染めたガーネットが「こ、今度は当たっちゃったじゃないですかっ!」と叫びだした───どんだけスナイプされてんだよガーネット。一国の王女様かお前は。
───とまぁそんなこんなで、意味不明な会話をしながらも笑い合い、たまに心臓へと言葉の槍を突き刺し合い、たまに本音をぶつけ合って、僕と彼女のデートは続いて行った。
明日は予定で考えればこの四日間で一番ハードになるであろう日。
なればこそ、僕らもなるべく早めに帰り、明日へと向けて英気を養っておくに限るだろう。
そうして至る、今現在。
「ふふっ、今日は楽しかったですよ? 折角夜にデートってお膳立てしておいたのにイヤらしいホテルに連れ込まれなかったのは減点ポイントですけどねー」
「うるせぇクソビッチ。お前は黙ってディーンの事でも誑かしてろ」
ホテルのロビーでそう軽口を言い合う僕らの間には昼のあの件でできた溝は見当たらず、なんだかんだ言ってもこのデートでかなり距離を縮められたのではないかと思う。
───と言ってもまぁ、彼女ともあと一年もしないうちに別れることになるだろう。『友達』として、この程度の距離感が丁度いいはずだ。
僕は自身でも知らぬ間にガーネットのことを『友達』として認めてしまっていたことに苦笑すると、最後にこう言って自室へと向かって歩き出した。
「それじゃあまた明日な、リリー」
───まぁ、友達を苗字で呼ぶのも躊躇われるしね。
☆☆☆
てゅるる...がちゃっ
ワンコールすら許さずにすぐに出た電話先の相手に半分呆れ、半分懐かしさを覚えた私であったが、残念ながらその声を聞いた途端に私の中の懐かしさは消滅した。
『リリーか!? お前今の今までなぜ連絡してこなかったのだ! 正月にも実家には帰ってこんし、パパったら寂しくて死んじゃいそ...』
「死ねばいいのに」
『ぐはぁっ!? こ、これが反抗期というものかッ!』
そんないつまでたっても変わらないような気の抜けた会話に、私は先程まで一緒にいた先輩の纏っている空気を連想してしまった。
いつも気の抜けたような空気を纏い、常日頃から『余裕だ』と、そう言っているかのように頼もしくもある、あの先輩。
けれど、今日話してみて先輩の考えていることがよくわかったし、なるほど浦町さんがあそこまで怒ったのも理解出来た。あれは全部私が悪かったのだ。今度謝っておこう。
閑話休題。
そうそう、話してみて、接してみてわかったことがもう一つ。
「ねぇ、お父さん。救国の英雄で、しかも人徳もあって将来性もとんでもない。それに加えて頭も切れて戦力としては国家の保有する軍隊を一瞬で壊滅させるほど。......欲しいかどうか、って聞かれたらどう答える?」
私のその問いの真意を一瞬で見抜いた父は、ふむと少し考え込んでから思った通りの言葉を返してくる。
『欲しいに決まっておる。だが、その誰だか知らない者を我が国へと取り入れるのにお前を使うことは断じてない。万が一お前がその誰だか知らない者を好いていると言うならば話は別だがな。まぁ、愛しの我が娘を嫁に出すわけもないがなっ!』
全く以て予想通り。
国のことを常日頃から考えており、それ以上に私の父という立場を重要視する父は民からも愛され、この大陸で一番柔和で面白く、なによりも頭のキレる王だと言われている。
───だからこそ、私はその頑固な父を説得して、今度こそ自分の意思で自分の進む道を決めるんだ。
「お父さん。今度のお正月に帰るから、その時に私が心の底から好きになった人のこと、じっくりと教えてあげるねっ」
私はそれだけ言うと、電話の向こうから聞こえる絶叫を無視して通話を切った。
───私が、先輩とデートしてわかったこと。
「ふふっ、恋する乙女、舐めたらダメですよ? せーんぱいっ」
───私は先輩の事が、控えめに言っても大好きなのだ。
......おや?
詳しくは語りませんが大体お察しのことかと思います。
※メガネをしたギンは決してイケメンではありません。普段が酷すぎるため良く見えてるだけです。




