第210話
しばらくは恋愛要素ありですね。
何故か、昨夜のうちにディーンたちは帰ってこなかった。
朝、桃野と一緒に朝食へと出向くと、噂で「執行者が手引きした」とかわけのわからないことを言っている連中が女子風呂を覗こうとして捕まったらしいが、詳しいことは僕にはわからないし、なぜ僕の名前が出てきているのかもわからない。
───しかし、噂をすればなんとやら。
少し真面目な顔をした先生方が朝食をとっている僕のもとを訪れたので、
「僕はそのころ、ここに居る桃野と男子の露天風呂に入ってましたよ? え? もしかして覗いたのってあの時僕と一緒にいたヤツらなんですか? ......途中でいなくなったと思ったらそんなことしてたんですね」
と言っておいた。
たまたま朝の弱いらしい死神ちゃんは居なかった上に、僕のもとを訪れたのは優しく正義感の強い先生方だった。
そのためいつも生徒達の諍いを解決し、つい先日も身を呈してまでストーカーを改心させたと有名で、更には授業態度も成績も優良な僕の証言を快く信じてくれた。
───いやはや、学園生活を有意義に過ごすには先生方へのご機嫌取りが一番だな。
そんなこんなで、今日一日を反省文を書いて過ごすこととなった男子生徒数名を除き、僕らは今日も修学旅行を楽しむこととなった。
さぁ、今日も一日頑張ろう!
☆☆☆
朝のうちに死神ちゃんが言っていた話によると、どうやら今日は一日、全員で色々なところを見て回るようだった。
例えば、◯◯という場所へ行ってある程度みんなで見た後に少しの自由時間、そして違う✕✕という場所へと移動してみんなで一通り見た後にまた自由時間。そんな感じらしい。
という訳で、最初に僕らが連れてこられた場所が、ここである。
「うはぁ......、異世界だと本当に神様とかでそうだな」
そう言って僕が見上げる先には、かなり大きな鳥居が一つ。
───否、さらにその先へと視線を向ければ数え切れないほどの鳥居が目に付くのだが、それでも最初の一つである目の前のこの鳥居の存在感はえも言えぬものがある。
なんというか、空気が神聖というか純粋と言うか、とにかくここは普通の場所とは違うのではないかと思う。
......まぁ、何となくなんですけれど。
僕はそんなことを考えながらも、生徒達の流れに沿ってその鳥居をくぐり抜ける。
その際に声が聞こえたとか魔力が感じられたとか、そういう特別なことは一切無く、僕はそのまま流れに沿って歩き続ける。
往く道は緩やかな上りになっており、そうして暫く神聖な空気に晒されながら歩くと、大きな広場のようなところに出た、
───視界の先に広がるのは、大きな神樹。
ひと目でわかる神聖さと、数百数千と生き続けてきたであろうその大きさと威圧感は、なるほど神が宿ったとしてもおかしくはないのだろうと思えた。
「それじゃあここで一旦解散だ! 一時間後にここ集合だからあんまり遠く行くんじゃねぇぞー!」
その神樹を見ていると、僕らの前の方からそんな死神ちゃんの声が聞こえてきて、周囲の生徒達もそれぞれ徒党を組んで散らばってゆく───まぁ、ぼっちからすればそんなのは関係ないのだがな。一応桃野とは班を組んではいるが、そういう班行動も四日目の自由行動の時だけだし。
僕は少し気配を薄くしてその生徒達の集団から抜け出すと、未だ「どこ行くよ」とか言い合ってその場から動かない面々を放って先へと歩み出した。
───のだが、
「オーッホッホッホ! 銀様ったら私の目から逃げられるとでも思っ...」
「ちょっと貴女、誰だか知らないのだけれど邪魔なのよ。私はそこの従僕と......、で、デートする約束してるのなのよ」
───おーっと、まさかまさかの展開です。
僕が一番会わせたくなかった二人が一堂に会してしまったようですな───しかもその中心にいるのが僕ときた。最早最悪としか言いようがない。
その声に嫌々ながら振り向くと、花が咲くような笑顔で睨み合っている水色の髪と金髪ロールが居り、その笑顔の下できっとこんな会話をしているのではないかと思われる。
『はぁ? 誰かしら貴女? また新しい銀様の追っかけかしら? しかも本人の許可無くして従僕やらデートやら......、控えめに言っても頭イカレてるんじゃないんですの?』
『はぁ? 貴女こそ何なのよ? せっかくギンが一人っきりになる隙を窺っていたのに台無しなのよ。貴女こそその汚らしい爆乳でギンを魅力しようとしている追っかけに違いないのよ』
『あ? もういっぺん言ってごらんなさい、この貧乳』
『あ? この胸だけのヘンテコ髪型、って言ったのよ?』
瞬間、声なき声が通じ合い、未だ笑顔の二人の間に一触即発の空気が流れ始める。
───あぁ、嫌だなぁ。鳳凰院って貧乳派とは相性最悪なんだよなぁ。鮫島さんとも仲悪かったし。
僕はその場にこいつらを放置して先へ行くことも考えたが、さすがにこれ以上は手が出てしまうだろう。仮にも片方は王族なのだから止めないわけにもいくまい。
僕は呆れたような、失望したような雰囲気を醸し出して彼女らに背を向けると、心の底から吐き出すかのようなため息をついた。
すると喧嘩しているように見せかけてチラチラとこちらを確認していた二人の動きがピタリと止まり、僕が後ろを向いているのをいいことにワタワタとし始める。
「僕さ......、すぐ誰にでも喧嘩をふっかける馬鹿って、あんまり好きじゃないんだよね」
その言葉に───再び動きを止めた二人。
「僕は二人には仲良くしてもらいたかったんだけど......、やっぱり器の小さいお前らには他人と譲り合い、協調しあう事なんて出来っこなかったみたいだな」
僕はそう悲しそうに呟くと、すっと斜め上の空を見上げてこう言った。
「二人仲良く友達になってくれたら、僕も一緒に回ろうと思えてたん...」
「「はいっ! 私達仲良しですわ(なのよ)っ!!」」
───以上、洗脳完了。
いやはや、僕の知り合いがみんなチョロインで助かったぜ。
と、そんなことを考えていると何だかんだで他の面々も集まってきたらしく、聞こえてきた足音の方を振り返ると呆れた顔のアイギスとネイル、浦町が居り、オリビアと藍月は後方の方でキャッキャしている───何なんだあの後方は。もしかして天国か?
そんなことを考えてしまったが、それを読んだ浦町の目付きがさらにジトっとなったので、僕は咳払いをしてから話を逸らすことにした。
「ん? そういやネイルはあっちについて行かなくてよかったのか?」
僕が言う『あっち』というのはディーン無きディーングループ───現存しているのはエリザベスとアンナさんか。
ネイルは最近はあの二人とかなり仲良くなってきたようで、毎朝のランニングは未だに付き合ってくれているものの、ここではあの二人を優先するものかとばかり思っていたのだが。
そう僕が問うと───何故かアイギスと浦町に肘打ちを入れられた。
「痛っ!? いきなり何すんだよお前ら!」
「本っ当にこういう時は鈍感なんですね、ギンは」
「私としては常に鈍感キャラだと思うがな、銀は」
然して返ってきた答えはよく分からないもので、もしもその答えの意味が分からないやつが総じて『鈍感』と呼ばれるなら人類皆鈍感なのではないかと思った。......え、普通、他の人は今ので分かっちゃうの?
僕は脇腹を擦りながら起き上がると、クスクスと笑っているネイルへと視線を向けた。
「ふふっ、とにかく私はギンさんの味方ですよっ」
その笑顔に少しドキッとしてしまった僕だったが、何故か再び肘打ちの嵐が見舞われた。
☆☆☆
「「ぷくぅー......」」
そう言って頬をふくらませているのはアイギスと浦町。
先程僕へと肘打ちの嵐を御見舞し、それを見かねた常闇が拳の形をとって殴り返したところ、二人の頭に見事なまでのたんこぶが出来たのだ───はっ、ざまぁみろ。
「君もたまには女子からの理不尽な暴力を受け入れたらどうだ? けっこう萌えるシチュエーションではな...」
「痛いだけだろ。よくヒロインの暴力に晒されてなんだかんだで許しちゃう主人公とかいるけど、なんでアイツらってやり返さないんだ? 暴力受けて萌えちゃうドMなのか?」
「......了、ギンにそういうこと言っても無駄ですよ」
そんなことを話しながらも、僕らはその神社らしきものの境内を見て回ってゆく。
というのも、先程何故か届いたスメラギさんからのメールによると、この神社もどきは和の国にあった神社を真似て作られたものらしい。大昔の事なので神様が宿っているのかはスメラギさんも分からないらしいが、それでもスメラギさんからすれば『神社』とは言えないらしい。
と、そんなことを考えて歩いていると、先ほどの広場から少し進んだ奥の方に鹿の魔物達が放たれている様子が見えてきた。
その鹿の魔物達に混じって老人やら子供たちも混ざっている様子が窺えるので、この鹿の魔物はどこぞの都市の神社に住み着いているあの鹿と同じような扱いでいいのだろう───いつも部室で食ってる煎餅とか食わないかな?
───そんなことを思ったがしかし、あの鹿の可愛らしさを見れば反応するだろうなって奴らが数人いた。
「あーっ! ギン様っ、あの鹿ちゃんたちと遊んでくるのですぅーっ!」
「あたしもあたしもーっ! 鹿とあそぶのだー!」
オリビアと藍月が真っ先に駆け出し、
───そして、後ろの方でなんだかソワソワしている件の二人も......、
「も、もう、オリビアったら。私がついていないと何も出来ないのに何してるのよ......。仕方ないからついて行ってあげるのよ」
「し、仕方ありませんわね。ルネアの仲のいいお友達である私もご一緒して差し上げますわっ」
瞬間、二人がクラウチングスタートからの激ダッシュを決め始めた───あいつらもなんだかんだ言って子供っぽいんだよなぁ。
僕はクラウチングスタートで揺れまくっているお胸様を見送ると、チラリと視界の隅に何かがあるのが見えた。
それは、僕から見て右側の方にある小さな建物だった。
少しボロっときているような建物ではあったが、きちんと係員の人も並んでいる人も。更には立て札まであるみたいだ。
「えーっと......、森神の祠。森の神様が祀られている祠で、その奥地で湧いている水をカップルで飲むと恋愛が成就する。って感じ....か......な?」
と、そこまで立て札を読んだところで、僕の周囲にいる女性達の目がギラギラと輝いていることに気がついた。
「「「カップル......」」」
瞬間、きっと彼女達の頭の中ではこんな思考回路が完成した。
カップル→男女一人ずつ。
二回目以降は→効果薄い可能性がある。
ならばどうする→蹴落とす。
次の瞬間、彼女らはお互いに拳を腰だめに構えて向かい合い、いつになく真剣な表情でお互いのことを見据えている。
「勝った者が......」
「最初にギンと......」
「あの中に......入る」
果たして、彼女達が考えていた蹴落とし方は奇遇にも同じだったようで。
「「「ジャンっ、ケンっ、ホイッ!!」」」
───結果、うち二名が地べたに蹲り、うち一名の勝者が、天へと向かって拳をあげた。
☆☆☆
小屋の中には、地下へと続く階段が設置されていた。
上から見た感じだとジメジメとしていて薄暗く、いかにもアンデットが出そうな冷たい雰囲気があるのだが、それでもまぁ、こんなにも神聖な場所でお化けなんて出るとは思い辛く、僕もさして怖がることなく先へと足を踏み入れることが出来た。
───のだが、
「ちょっと、動き辛いから少し離れ...」
「嫌です」
僕の腕には両腕で抱きついて離れないアイギスがへばりついており、横目で窺ったその顔にはとっても嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
それと並行して小屋の外からは恨めしそうな視線が二つ僕の体へと突き刺さっているのだが......、うん。それは気のせいだということにしておこう。
「そんじゃ、行くか」
「はい、そうですねっ」
僕らは、そうしてその階段を一段一段降り始める。
その階段を降り始めると、やはり僕の予想通り降れば降るほどにジメジメとした空気が漂っており、雪が降っている外よりも尚一層肌寒く感じられた。
何だかこうしてアイギスと一緒にいると、いつぞやのテケテケテケテケうるさいお化けのことを思い出すが......、あの時のアイギスはかなりガチで怖がっていたため言わない方がいいだろう。
そんなことを思いながら少し歩いていると、階段は少しして途切れて、その先にはちょっとした広間になっていた。
───そして、その広間の中央にある鹿の石像。
その鹿の石像の口から綺麗な水が流れ出ており、鹿の足元にある水受けに透明な水が溜まっている。見た目はちょーっとあれだが神聖なものなのだろう。変なことは言わないさ。
僕らはその近くまで来ると、切り飛ばされた方の世界樹から作った最高級の枡を一つ取り出して、その湧き出ている水を枡へと注いだ。
───なんてことしてるんだと言われそうだが、死神ちゃんが切り倒した方の世界樹から作ったのだ。使っていないものを使っても文句は言われまい。
僕は半分程度まで水が入ったところで枡を手元まで引き戻し、枡を傾けて水を口に含んだ。
口に入れた途端に、スッと身体中に染み渡るような爽快感が口内を満たし、気づけばゴクゴクと飲み干していた。
喉、食道、胃とその水が伝わってゆくのが自分でもわかり、本当にこの水は神様が作った水なのではないかと思ってしまう───普通に恋愛目当てではなく料理とかに使いたい。
「な、なぁアイギス、この水少し持って帰らないか?」
そう思った僕はそう言ってアイギスへと振り向いたのだが......、
「......あれっ?」
なぜだか振り向いたそこにはアイギスの姿はなく、空間把握でどこにいるか察知しようと思った途端に、僕の身体が───宙へと舞った。
何故か、この時に限って僕の身を守ってくれなかった常闇。
僕の身体は思いっきり石で出来た床へと叩きつけられ、流れるような動きで、仰向けで倒れた僕の上に彼女が覆いかぶさってきた。
目の前には頬を赤く染めたアイギスの顔があり、その目には少しの緊張と大きな覚悟が見て取れた。
「......知ってました? あの水ってお互いが同じ器に入ったものを飲まないといけないんですよ?」
僕はその取ってつけたようなアイギスの言葉に思わず苦笑いして、何を言うでもなくこう呟いた。
「......たまには、僕にも男らしくカッコつけさせてくれませんかね?」
残念ながら僕のその提案は拒否されたらしい。
───そうして、彼女の唇が、僕の唇に重ねられた。
アイギス!? とうとう手を出してしまいましたアイギスでした。二人の関係はどうなってゆくのでしょう?




