第201話
また少し感想欄が荒れるかも知れませんが、今回は我慢していただきたいです。あくまで回想やギンの本心ですので。
ガキィィィンッ!!
オークキングの持つ大剣とアイギスの聖盾イージスが衝突し合い、その衝撃で水面に波紋が広がってゆく。
アイギスの持つ聖盾イージスはスキルレベルに応じた持ち主の身体能力強化に、ダメージの半分をカット、更にはその他の技まで色々と兼ね備えた最強の盾だ。
───まぁ、今はまだ常闇の『無壊の盾』の方が強いけれど。
僕はアイギスがオークキングを引き付けている間にその側面へと回ると、それと同時に常闇のローブの形状を筒状のものへと変化させる。
さぁ、さっき大声で喚き散らしてくれたお返しだ。
僕はスゥと息を吸い込むと同時に、その筒状の常闇のローブを僕の顔の前まで移動させる。
───まぁここまで来れば分かる人もいるだろうが、まぁそういう事だ。
「『真影の咆哮』ッッ!」
瞬間、僕の体内で練り上げられた超高密度の影の魔力が常闇の中を経由し、真紅のレーザービームがオークキング目掛けて放射される。
常闇のお陰でエネルギーを一点に集中出来ているあの光線は、もはや竜のブレスにさえ比肩する一撃。
流石のSSSランクオークキングであってもその一撃を食らうことは躊躇われるだろう。
前には手強いアイギスが。
横からは僕が放った漆黒の光線が。
ならば躱す先は上か後ろしかないわけだが───オークキングには先程オリビアからのキツイ一撃をくらった記憶がある。
オークキングは僕の予想通り上空へと跳ね上がって真影の咆哮を躱す
───が、飛べない豚が空中で吸血鬼にかなうと思ったか?
「魔剣ッ! レーヴァテイン!!」
瞬間、夜空に小さな太陽が生み出された。
───魔剣レーヴァテイン。
ティルヴィングとダーインスレイブの他に召喚できる魔剣のうち、今現在において最も強烈で凶悪な炎剣。
赤い柄に燃え盛る刀身。
炎を操り、全てを滅却する最上位に位置する魔剣の一振り。
今のマックスの攻撃ならば相性の悪さを鑑みてもフルパワーの僕ならまだ余裕はあるが、オークキングからしたらその魔剣は凶悪極まりない。
恐らくはまともに食らえば死にはしないまでも、少なくとも四肢欠損程度は覚悟しなければならないだろう。
───だが、今のオークキングは万全の状態には程遠い。
視線をオークキングの左肩へと向けると、そこには先程僕が突き刺した氷魔剣が突き刺さっており、手応えから察するにまず間違いなく筋を何本か切断したはずだ。
左腕が動かない訳では無いだろうが、今のオークキングの動きは極端に鈍っている。
───もちろんそれを見逃したり、それにカマかけて容赦や油断をするようなマックスではない。
「黒紅魔式!『貫撃』ッッ!!」
瞬間、左手の魔剣レーヴァテインと右手の魔剣のダーインスレイブをガッチリと組み合わせて身体の前に持ち、翼によって速度をあげながら空中のオークキングへと加速落下してゆく。
───その様はまるで隕石。
マックスの周囲を漆黒色と紅色の二色の力が螺旋を描いて纏い付き、ここまで伝わる圧倒的な熱量と強い呪いのオーラに僕も思わず冷や汗をかく。
けれど、離れた僕でさえここまで危険視しているのだから、その危険が眼前に迫っているオークキングの顔にはかなりの焦燥が浮かんでいるのもある意味当然である。
『グッ、ガァァァァァァァァッッッ!!!!!』
オークキングは眼前に迫ったその突きを、肩の筋が切れた左腕で裏拳気味に弾き飛ばす。
どうやらその突進の側部に衝撃を加えて威力を落とし、そらすことが出来たようだが───けれどもその代償は小さくない。
二振りの魔剣に触れた左腕からは白い煙と肉が焼けるような匂いが漂い始め、回復力の高いオークの王様であっても滅却&回復阻害のコンボは治すことは叶わないようだ。
チラリと吹き飛ばされたマックスへと視線を向けると、なんとか空中で姿勢を立て直したマックスがフラフラと地へと降りて来ているところだった。
けれど、そこは運良く現状に唖然としているサインさんと鳳凰院の近くのようだ。マックスの事は彼女たちに任せておこう。
───なによりも、僕らはまずあの家畜を確実に処分する必要があるからな。
僕は視線を空へと上げると、焼け爛れた左腕を抑えて激痛に顔を歪めたオークキングが落下しているところであった。
「クロエ、常闇。今から限界まで無茶してみるけど細かいところのサポートは頼む。あとオリビア、お膳立てはしてやるから遠慮なくぶっとばせ」
僕のその言葉に元気よく頷くオリビアを傍目に、『その状態で戦ってる時点で十分無茶してんだよ馬鹿野郎』という声が聞こえた。
どうやらなんだかんだ言いながらもクロエは心配してくれているそうだ。
そりゃあ僕も一応主なんだし、クロエからすれば死んでもらっちゃ困るのだろうが、まぁそれは無用な心配であろう。
「無理は無謀な馬鹿がすること。逃亡は利口な賢人がすること。無茶は貪欲に先を目指す大馬鹿がすること。なら僕は迷わず大馬鹿になってやるさ」
僕はそれだけ言うと、オークキングが落下してきた真下の水と自らの位置を入れ替える。
「ハァァァァッッ!!」
ズドンッ!!
銀炎を纏った僕の膝が頭から落ちてきたオークキングの顔面を捉え、声にならない悲鳴とグチャっとグロテスクな音が耳に届いた。
『ギビャッ!?』
僕の膝蹴りから開放されたオークキングは、勢いよく鮮血を吹き出しながらバウンドして血を転がってゆく。
流石に巨体だけあってベクトル変化や炎十字、その他の強化をすべて使用した一撃でも、恐らくはあと十数メートルも転がらない内に勢いを失ってしまうだろう
───が、僕がその先を考えていないわけがない。
パチンッ、と指を鳴らすと同時に僕の精神がゴリゴリと削られ、オークキングが転がる前方の水とオリビアの位置が入れ替わる。
インターバル無しの連続位置変換。
それも対象は他人と物である。
通常ならまず間違いなく不可能な芸当だが、この幻想の紅月では多大な負担を担うことでそれも可能となる。
───まぁ、僕がこれをグレイス相手に試した時は十回程度で限界の限界まで精神力を使い果たしてしまったので、今回のオークキングのことを考えれば出来るだけ早く倒したい。
「オリビア! 全力でぶん殴れ!」
僕は珍しく大声でそう叫ぶと、僕の声を聞いたオリビアが頷き笑みを浮かべた。
「とりゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ズドォォンッッッ!!
瞬間、僕の目にも残像が映るほどの速度で踏み込んだオリビアが、そのオークキングの胴体目掛けて思いっきり振りかぶった右ストレートをぶち込んだ。
身体能力も体術もオリビアの方が僕よりも上。
さらにその上に『魔闘気』を纏って強化しているのだから、それをカウンター気味で食らってしまったらきっと───、
『ガバァ......ッ!?』
オークキングの口内から溢れ出した鮮血が辺りに散り、足元の水面へと薄く色をつける。
オークキングは最早、演技などしてはいない。否、正確には演技どころではなくなっているのだ。
僕らのステータスは変わっていないし、オークキングが逆に弱っている訳では無い。
───けれど、ここは夜を統べる吸血鬼たる僕自身が創造した、最も僕らの力が発揮できる異世界。
それに三人の『頼られた』という気持ちも相まって、擬似的にだが、種族としての能力と精神的に作用する効果が最大限の状態となっている。
それはつまり、三人が三人、僕がウイラム君との戦闘時に見せた覚醒もどきをしているということ。ステータスこそ変わらなくともまず間違いなく強くなっている。
───と、そこまで考えたところで僕は首を横に振った。
「いや、三人じゃないな」
瞬間、僕らの後方から高威力の魔力弾が次々と打ち上がり、オリビアの攻撃によって吹き飛ばされたオークキングのありとあらゆる急所へとクリティカルする。
視線を後方へと向けると、そこにはこっそりと渡しておいた僕の血液を躊躇なく飲み干している浦町の姿があった───他人の血液を躊躇なく飲めるとかすげぇなおい。
視線をさらにスライドさせると、その他の各々も動き出しており、見ているだけが辛くなったのかディーン達も今にも参戦しそうな勢いだ。
───それに何より、約一名。ここにいる誰よりも燃えている大馬鹿野郎がここにいる。
僕は雲一つない夜空を見上げ、そこに浮かぶ紅い満月を眺めながら考える。
僕には、才能が無いのだろう。
体術に詐術、それと頭脳に関しては才能があるみたいだから、世間一般からすれば『秀才』や『天才』なのかもしれないが、それ以外に関しては全くと言っていいほど才能がない。
もしかしたら『それだけあるんだから十分だろ』なんてことを言われるかもしれないが、僕が誰よりも先へと進むには圧倒的に足りない。
だからこそ弱体化した今はオリビアたちにさえ敵わないし、戦闘タイプでないネイルにさえ身体能力が劣っている。
それをスキルによって補いながら、何とか戦っている状態がコレだ。
───全く酷い不格好さだ。
かっこよさや美しさなど欠片も見当たらないし、何よりも運だけで強くなってきたみたいでいい気分ではない。
けれど、僕の運がいいのは既に知り尽くした事実だし、僕がここまで強くなれたのは運が良かったというのが大きいのも分かってる。
───そして何より、僕がかっこよくも美しくもないことなんて、世界中の誰よりも僕自身がよく知っている。
「んじゃ、泥臭く限界まであがいてみますかね」
僕はトントンと爪先を水面の下の地面へと数回叩きつけると、それと同時に脚へと銀炎を纏った。
僕の視線の先では、オリビア、マックス、アイギスを中心とし、その他の面々がサポートしあってオークキングと互角にやりあっている。
オリビアはその破壊力を利用して牽制と囮、そして決定打として。マックスはその治癒不可能の力を使ったアタッカーとして。アイギスはユニークスキルの『格上打倒』を使った上で味方の壁として。
そしてその他の面々もオークキングへと熾烈な連携攻撃を繰り出してゆく。
戦いが熾烈を極めるにつれて各々の意識はより一層研ぎ澄まされ、その戦闘そのものにのみ鋭く尖ってゆく。
他のものへと向ける意識は消失し、無意識のうちに意識しなくなってゆく。
それを彼ら彼女らは知らない───気がついていない。
僕は全員の意識がこちらから逸れ始めたことに気がつき、そこから更に僕は待ち続ける。
音が遠くに聞こえ、けれど僕の視線はまっすぐその戦いへと向いている。
カチッ、カチッ、とどこからか時計の針の音が聞こえるような気がして───遂にその時がやってきた。
───誰もが僕の存在を完全に忘れ去った、その一瞬が。
瞬間、僕の姿が自分の影を通してオークキングの背後の影の中から出現する。
───暗殺術のスキルを覚えたのだろうか?
何故か僕の視界には何をどうすればいいかの道筋が描かれており、僕は迷いなくその道標に従ってブラッディウェポンを取り出し、誰も気がついていない状態での暗殺に乗り込む
───その直前で、オークキングのすぐ背後で。
僕は気配と魔力、そして膨大な殺気を一気に解放した。
『───ッッ!? ガァァァァァァァァッッッ!!!』
オークキングは僕の容赦のない殺気に一瞬硬直を見せたが、僕がそのナイフを首の大動脈へと差し込む前に、未だ健全な右の腕でなぎ払いの一撃を見舞ってきた。
もちろん影神モードとはいえ、弱体化している僕にとってオークキングの正真正銘本気の一撃に反応できるはずもなく、
「かはっ......!」
常闇の防御すら間に合わず、僕はその攻撃をそのまま腹にくらい、骨は嫌な音を立てて粉砕され、体内の様々な臓器が潰されたような激痛が身体に走る。
───けれど、それこそが僕の狙った道筋だ。
格下相手に苦戦して、
相手にはダメージはなく、
こちらは片腕が完全に使い物にならない。
───そんな状況で、相手が狙っていたであろう本気の暗殺を、真正面から叩き潰せたとしたら?
僕はオークキングの背後に現れた鬼の形相をみて苦笑を浮かべる。
果たしてその苦笑は痛みによるものか、それとも作戦がうまく行き過ぎているためか。
はたまた、オークキングの少し先の未来を考えてのことか。
まぁ、いずれにせよ。
「その一瞬の油断を、待っていた」
先ほどとは一変して凄惨な笑みを顔に貼り付ける僕を見て、オークキングは目に見えて顔を真っ青な恐怖に彩らせた。
「このクソ豚野郎が! この俺の監視対象を何ぶん殴ってくれてんだ!?」
そんなブチ切れたような声とともにオークキングの身体から二本の魔剣が生え、
「決めました。私はこの世界からありとあらゆるオークを絶滅させることにします」
底冷えするような冷たい声とともにオークキングの身体へと雷鳴が落ち、その身体のみを貫き、
「よ、よくも我が将来の旦那様を!? おい桃野よ、あの醜悪な豚を殺っ...」
「奇遇だね浦町さん。僕も全くの同意見だよ」
後方からは珍しくブチ切れた様子の親友たちの声が聞こえ、オークキングの身体が突然空中へと打ち上げられた。
───そして、
「絶対......許さないのです」
それだけ聞けば、最早言うまでもないだろう。
はるか上空には、それらを事前に察知していたのかオリビアが拳を構えていた。
彼女の身体からはとんでもない量のオーラが溢れ出ており、それらが次第に右の拳へと集まってゆき、
「『天拳』」
その言葉と同時に、その技が完成した。
右拳には真っ赤な超高エネルギーが凝縮されており、それを向けられているオークキングも焦燥を顔に浮かべている。
───が、まだ確実に倒すには足りない。
僕はふと、グランズ帝国の世界樹の切り株の下で考えたことを思い出した。
『誰も彼もが僕よりも才能を持っていて、何より、僕よりも正しく生きている』
『僕のような、歪んだ正義を持つ者が、そんな彼ら彼女らの傍にいてもいいのだろうか?』
ここで言うならば、オリビア、マックス、アイギス、浦町。それに桃野や鳳凰院。
もしかしたらクラウドやディーンも僕より才能を持っているかもしれない。
それに彼ら彼女らはきっと楽しく自由に今を生きていて、僕のように何となく生き延びているような人物ではない。
───きっと誰もが何かしらの目的を持っていて、きっと彼らは無意識のうちにそれを知覚し、目指しているのだ。
まぁ、中には目指していない奴や、僕のように知覚すら出来ない奴、既に目的を達した奴もいるだろう。
目的を持ち、それを必死に追い続ける彼ら。
目的を見失い、気分で今を生きている僕。
どちらが正しく、どちらが優れているかなんてのは考えるまでもなく分かることだし、世間一般じゃそっちが正義だって言うのも分かっている。
───けれど、彼らには出来なくて、僕にしかできないことだってあるんだ。
瞬間、オリビアの右拳へと銀色の炎が巻き付き、その拳から発せられる威圧感が尚一層増大する。
問、僕が彼女達の前を歩いていても良いか?
───もしも、もしも今そのようなことを問われれば、きっと僕は迷うことなく答えるだろう。
「僕が先頭に立って道を切り開いてやる。だからお前らは、僕を信じて突き進め」
僕がニヤリと笑ってそう言うのと、オリビアの拳がオークキングを捉えたのは、ほぼ同時のことだった。
次回で社会見学は終わりです。
新しく〇〇の〇〇があったり、大きなフラグが立ったりと、色々と盛り沢山です。乞うご期待くださいませ。




