第197話
今回、覚えている方がいるかは不明ですが、懐かしい人が登場します。流石にアレだけで出番終わりなのは可愛そうでしたので。
そんなこんなで日々は過ぎ、たまにやってくる相談者の相手や諍いを起こす馬鹿どもの仲裁。
そして、僕がアンナさんから逃げた姿を見て僕に対する恐怖が減ったのか、少しずつ話しかけてくるようになったクラスメイトとも交流しながら、僕は学園生活をまぁまぁ謳歌していた。
と言っても、僕が今大変に思っているのは土日のグレイスとの戦闘と腐女子からの逃亡、そして毎晩送られてくるおやすみメールbyオウカであり、ぶっちゃけ相談なんかも「ディーン君に告白したい」だの「強くなりたい」だの「勉強方法がわからない」だのと言ったものばかりである───みんな青春してるなぁって感じだ。
そうして今日も、僕はいつも通りの学園生活を送ろうと思っていたのだが......、
「職場見学?」
「うんっ! 職場見学っ!」
桃野が元気よく僕の方へとずいずい寄ってくるのを見ながら、僕はその職場見学とやらのプリントへと目を通していた。
どうやらこの世界はゴールデンウィークのないブラック過ぎる世界らしく、本当なら五月にでも行われるのであろう職場見学が、なんと向こうの世界でいうゴールデンウィークの時期に行うことになっているらしい───もういっその事ブラックウィークとでも改名すればいいのに。
そんなことを思いながらも朝に配られた見学先を見ていると、冒険者ギルドから始まって王国騎士や傭兵団、クランとかもある───もちろんうちのクランは見学を許可してないけど。他には薬局や食事処、宿屋、八百屋さんに......うはぁ、王都テーマパークもあるぞ。
どれにしようかな......もう冒険者ギルドでいいかな? とか考えていると、何やらもじもじした桃野がこっちを見ていることに気がついた。
「そ、それでねっ、あの、この職場見学って三人までペア組めるんだって。だから、その......ね?」
やめてっ、僕に向かって頬を染めて微笑まないでっ!
その『......ね?』だけでも胸きゅんきゅんしちゃうし、アンナさんはこっちみて鼻血吹き出してるし、だからもう色々やめたげてっ!
僕は『これで女の子だったら間違いなく惚れてるんだけどなぁ』とか思いながらも咳払いをして普通に答えた。
「ペアか......、組めるってことは別に一人でもいいんだよな?」
「え? あ、うん......そうだよね」
僕がそういった途端に肩を落としてしょぼくれる桃野───あれっ、もしかしてミスっちゃった?
僕としては『グレイスもやっとぼっち対策をしてきたな』とか思っての発言だったのだが、どうやら桃野にはそれが気に食わなかったらしい───何この子可愛いなほんとに。
「ま、まぁ、僕としても一人は寂しいしペアが組めるなら出来れば組みたいんだけど......、まぁ僕と組んでくれるような心優しい奴はいないだろうなぁ」
わざとらしくそういった途端にガタガタッドンッと教室と廊下から音がした。廊下はSTALKERさんだとしても、おい教室の女子たち、お前らは今お呼びじゃないんだよ。黙って席座ってろ。
窓の外へと視線を向けながら月光眼で桃野の様子を伺ってみると、先ほどとは打って変わってばぁぁっと花が咲いたかのような笑みを浮かべていた───おい今後ろに花が咲いてたぞ。少女漫画から出てきたのかお前は。
「そ、それじゃあ僕と行かない? 僕も丁度ペア組みたいと思ってたんだよ!」
そういった途端にガタガタっと教室中から音が鳴った、今度は主に男子達の席から。おい、アンナさんがぐ腐腐と笑ってるからやめてくれ。
「ならちょうど良かったな。それじゃあ一緒にペア組もうか」
「うんっ! 宜しくね、銀っ!」
こうして僕は桃野と二人でペアを組むこととなった。
───ちなみに職場は、冒険者ギルドである。
☆☆☆
どうやら職場見学は数日間~数週間を使って行うらしく、僕らは同じく冒険者ギルドへの職場体験と、王国騎士の職場見学を希望した生徒達と王都へと馬車を走らせていた。
ちなみにクラン組は全員冒険者ギルド希望だったので、僕らだけは月光丸を走らせている。
───のだが、
「職場見学って四年生だけじゃなかったのかよ」
「当たり前じゃないか、四年生なんて言う中途半端な時期だけ職場見学するなんてそれこそ有り得ないだろう?」
御者席に座っている僕のすぐ後ろには、こちらへと来た時と同じく顔を覗かせている第一王子、ギルバートの姿があった。
更にその奥へを壁越しに見通すと、ソファーに座って紅茶を呑んでいるルネアと、ペアということで乗車を許した桃野が見えた。ちなみに他の仲間達はチラチラと外へと意識を向けている。まぁ、行きの時みたいに盗賊が来るかもしれないしな。
───あ、そういえばアメリアは小等部なので、今頃学校でお勉強中だろうと思う。帰ったら拗ねてそうだな。
「それにしてもさっきからギンは何をしているんだ? 私には水に手を突っ込んでいるようにしか見えないが......」
「魔力操作のスキルLv.6の僕でも難しい超難関の修行だ。まぁ、かなり弱体化してると思うから、今はせいぜいLv.2とか3とかその程度だろうけど。あ、お前もやってみるか?」
「......私としてはそのLv.6という方がよっぽど気になるのだけれど。それって上限超えてるんじゃないのか?」
僕は水の入った桶の中に同じく手を突っ込んで、同じように魔力を流してみたけど「あれっ? 全然無理じゃん」的な顔をして頑張ってるギルバートを傍目に、今回の冒険者ギルドでの職場見学の内容について思い出していた。
SSSランク目前の冒険者が冒険者ギルドに職場体験に行くというのもアレな話だが、どうやら今回の職場見学では、駆け出し冒険者たちと一緒に『初心者講習』というのを受けるらしい───よくラノベであるあれだ。
その内容は、主に熟練冒険者との手合わせや、冒険する上での注意事項などの座学。そして実際に冒険してみての実地と、主に三つの内容に分かれているらしい。
まぁ、僕はそういうのをすべて飛び越えて来てしまったため、せっかくならそういうところからやり直そう、という魂胆である。
───何もしなくても国が崩壊するレベルのトラブルに見舞われる僕としては、やはりその実地の冒険で何やら事件が起きそうな予感がするが......、まぁその時はその時だろう。何とかするしかあるまい。
と、そんなことを考えていると、何やら周囲の生徒達が乗っている馬車からガヤガヤと話し声が聞こえるようになってきた。
「おっ、どうやらそろそろ王都に着くみたいだね」
ギルバートの言葉に顔を上げた僕の瞳には、かなり遠くの方にしっかりと王都の影が映っていた。
☆☆☆
「この度は職場見学をお受けしてくださり誠にありがとうございます、失礼のないようにさせますが、もし万が一があ....」
「あー、その、カネクラ殿? アンタみたいな人に敬語を使われるのはちぃとばかし......その、アレなんだ。すまねぇけどタメ口でお願いできるか?」
僕は冒険者ギルドへと随伴してくれたカネクラ先生───つまりは死神ちゃんが敬語を使ってるところを見て驚愕した。
なるほど、あのバカどもが僕が敬語を使い始めた当時に気持ち悪いと言っていた意味がわかった気がする。
「あ、そうか? んじゃ遠慮なくタメ口使わせてもらうぞ。今回はすまねぇな、俺様たちの生徒の面倒見させちまうことになってよ」
「あ、あぁ、将来有望な奴らを見つけるにはなかなかいい機会だからな......」
いきなり素に戻った死神ちゃんを見てギルドマスターの土精族の人が目を見開いて驚いている───よし、僕もこれからは敬語からタメ口へはゆっくり変換していこう。
そんなことを考えていると二人の会話が終わったのか、王都のギルド内で待機していた僕達の前にギルドマスターが出てきた。
「今回は王都のギルドへの職場見学を選んでもらったことには感謝する。俺はこのギルドマスターのガルムっていう者だ。現役は引退したが、それでもSSSランクの最下位程度は素手で捻り潰せるからあまりうるさくしねぇ様にな」
そのギルドマスター、ガルムはその際ちらりとこちらを見たので、一応軽く頭だけ下げておいた。
一応僕はこの人と顔見知りなのだ。知り合い以下顔見知り以上って感じかな? 話したことはないけど、僕らが王都に来た時に、彼が王城の前でエルグリットを待っていたのを覚えている。
ちらりと周囲へと視線を移せば、どうやらSSSランクの下位を素手で捻り潰せると言った言葉に怯えている生徒達が多数で、その他にも彼の体から溢れ出るオーラというか、雰囲気を見て恐怖しているものも多いようだ。
まず間違いなくパシリアのギルドマスターであるレイシア以上だし、ついでに言えばグランズ帝国の国王直属護衛団の団長───アックスでさえも相手にならないと思う。
───もしこの人が現役だったらと考えたら末恐ろしいな。間違いなくEXランクの下位程度なら倒せるレベルだぞ。
そんなことを考えているとだいたい説明が終わったのか、皆して奥の方へと進んでゆく。ちなみに話はなんにも聞いちゃいなかったが、まぁ室内ということは対人戦か座学だろう。
僕らはそのまましばらく進むと、大きな訓練場らしき場所へとたどり着いた───なるほど、最初にやるのは対人戦か。
僕らは周囲の冒険者の注目を集めながらもその訓練場の中央へと集まり......、
「「「「「あっ」」」」」
こちらからは僕とマックス、ネイルが、そしてその訓練上に集まっていた熟練冒険者さんたちのうち二人。それらの計五人がいっせいに驚いたような声を上げた。
いやいや、僕個人としては粗雑な高ランク冒険者───それこそ僕のことなんてちっとも知らないような、そんな盗賊みたいな巨漢が相手なんだろうと思っていたのだが、そんな僕の予想はハズレもハズレ、大ハズレだ。
僕のことを知らない? もしこの二人が僕に対して「誰?」とか言ってきた日にはあの時刺された胴体の傷の借りを返さなくてはならなくなる。それに暁穂からも救ってやったし。
果たして皆は覚えているだろうか? フェンリル率いる魔物の軍勢がパシリアへと迫ってくる直前に、僕の胴体へと風穴開けて買ったばかりのシャツを台無しにした女性のことを。その女性と一緒にいたちっちゃなロリ巨乳のことを。そのパーティにアーマー君による被害を受けたタンクがいることを。
僕の記憶が正しければ、Sランク冒険者二名にDランク冒険者一名による三名の冒険者パーティ、その名を『雀蜂』という。
───まぁ、僕の予想が正しければ内二人はSSランクに上がっているのではないかと思うが、まぁこの際どうでもいいだろう。
「なぁっ!? な、なな、なんでアンタみたいな化物が初心者講習に参加してるのよっ!?」
腰に二本のレイピアを差したこの人は『双突』という二つ名を冠する───フラン、という冒険者であった。
───いやはや、相変わらず化物扱いとは、まったく酷いことを言う人だ。
職場見学! ギルドで再会したのはフランでした!「は? 誰だよそいつ」とお思いの大勢の方は第80話をちらりと見て下れば。
次回! 何も起きなきゃつまらない!
というわけでもちろん何かが起きますとも。




