第194話
翌朝。
僕はその日、いつものランニングをネイルとした後に、すこし早めに学校へと来ていた。
先日発足した部活───執行部はその特殊な役割故、今日の朝にグレイスから教師陣へと説明されるそうだ。
だが、グレイスはあれでも学園長。それ以上一人の生徒に肩入れするのは躊躇われるそうだ。
という訳で僕たちは自分たちの力で生徒達へとその部活をアピールし、認めさせなければならないのだ。
「ってなわけで、このプリントを高等部の校舎中に貼ってきてくれ。貼る場所は常識考えろよ」
「「「「「わかってんよ」」」」」
僕は自らの影分身たち十数名にそのプリントを渡してそう言うと、影分身たちはなかなかどうして僕らしい返事をして、そのままタタタッと駆けて行った。
僕の手の中の黒地の掲示物には銀色で執行機関のマークがプリントされており、パッと見た感じ危なそうな掲示である。
───だが、その一見ブラック企業のようなその外見こそが僕が目指した理想像なのだ。
第一段階、危なそうな掲示物だなぁ、何なんだろう?
第二段階、あれ? これって執行機関のマーク?
第三段階、執行部? な、なんだろうそれ?
第四段階、もしかして友達との話のネタに出来るかも。
第五段階、知れ渡る。
とまぁ、そんな感じだ。
執行者であるこの僕と、最近有名な執行機関、更には今どきの高校生の噂好きさを考慮すれば、恐らくこの計画は成功するのではないかと思う。
「でもまぁ、目標は一週間で知れ渡るって感じかな」
僕はそう言って玄関前の部活動勧誘の掲示板のど真ん中に、でかでかと目立つようにその黒いプリントを貼り付けた。
───あ、そう言えば僕って、一回も部活の勧誘されてねぇな。
そんなことを思って少し悲しくなった僕だった。
☆☆☆
僕は目の前の長蛇の列を見て唖然としていた。
僕達四年生のクラスはこの校舎の二階にあり、奇遇にも執行部が拠点とする部室も二階にあるのだ。
そして、僕は四年一組であり、運良く執行部の部室に一番近い教室でもあるのだ。
僕はグレイスから部室の鍵は返さなくていいとお墨付きをもらっているので、今日も今日とてクラウドが一人で掃除しているのを傍目に部室へと向かった
───その先にあったのが、この長蛇の列である。
先頭の人は間違いなくあの部室の前に立っていて、否応なしに僕はこの現象の理由に見当がついてしまった。
「部活動の、入部希望者か......?」
僕のその呟きは並んでいる生徒達の話し声で掻き消され、僕がここにいることにはまだ誰も気がついていない。
まさかここにいる全員が全員悩みを抱えている訳では無いとは思うし、うち一握りを除けば残りは入部希望者だと考えるのが妥当だろう───僕ってファンクラブあるみたいだし、執行部の部員を書いたのがいけなかったのかもしれない。
「まぁ、別にやることは変わらないかな」
僕は少し足音を立てながら部室へと歩き出す。
すると足音に反応してちらりとこちらを見た生徒達がびっくりして二度見してくる───おいコラなんだその反応は。
僕はそのまま部室の前へとたどり着くと、振り返ってから開口一番にこう言った。
「ここにいる面々全員が相談者なわけじゃないだろう? 相談があるものは残って、相談の無いものは帰ってもらって構わない。この部活をやっていく上で必要な人員はすべて揃ってる」
瞬間、その列の大半の生徒達がざわめきだし、そのうち数人の生徒達が僕の前へと歩み出た。
「ぎ、ギンさん! お、俺のこと覚えてますかっ!」
「知らん」
「そ、そんなぁっ!?」
ちなみに知らんと言ったのは嘘である。確か僕へと決闘を挑んできた者の一人だ。たしかファンクラブがどうのこうの言っていた記憶がある。
僕はガクッと肩を落とすその男子生徒へと歩み寄ると、その肩へとポンと手を置いた。
「お前がどこの誰で、この部活にどんな思いがあって入りたいのかは知らない。単純に興味がある奴かもしれないし、逆に言えば僕と一緒にいることで箔をつけたい奴かもしれない。もしかしたら執行部という肩書きを使って好き勝手暴れたいだけの馬鹿かもしれない」
僕がそう言うとその列に並んでいたうち数名がギクッと肩を震わせる───お前らの顔は覚えたからな?
僕はその少年の肩から手を退くと、少し声を張り上げてこう言った。
「もしも本当に僕と一緒に冒険する覚悟があるなら、勇気があるのなら、その時はこの学園を卒業した後に胸を張ってクランホームへと来ればいい! もちろん難しい課題は出させてもらうが、もしもその全てをクリアすることが出来れば、その時は君たちを正真正銘、執行機関の一員として迎え入れよう!」
僕はそう言うと、目を見開いて固まっている生徒達を傍目に机と椅子を創造する。
「さぁ、執行部の初仕事だ。悩みがある奴はこちらへどうぞ。悪意があれば通さないし、悪意がない迷える子羊ならば、僕はお前達に手を差し伸べよう」
☆☆☆
「良かったんですか? あんなこと言っちゃって」
「ふむ、私も同感だな。執行機関は少数精鋭であるべきだと私は思うぞ?」
部室の中でアイギスと浦町からそう問いかけられ、僕は少しため息を吐いた。ちなみにそれは二重の意味である。
「はぁ......お前聞いてたのか?」
「「ギクッ」」
そう、あの場にこの二人はいなかったはずだし、もちろんその場にいなければ僕の言った言葉も聞いていないはずなのだ。
───が、この二人はその件について知っていたし、更に言えば二人が来たのはあらかた片付いてからの事である。
「......まさかとは思うが、聞いてた上で『あっ、面倒くさそー』とか思って来なかったわけじゃないよな?」
僕の言葉に焦ったかのように目を泳がせる二人だったが、二人の出した結論は、話を戻すということだった。
「そ、それよりも先ほどの話についてだ! 私は執行機関をこれ以上拡大するのは反対だぞ! 変なムキムキな男でも入って来てみろ、私はそんなの嫌だからな!」
「いや、僕も元々はクランを拡大させるのは反対だったんだけどさ......、どうやらクランホームの方ではかなり入団希望者が集まってきてるみたいでさ......」
「「.........えっ?」」
二人の間の抜けた声を聞きながら、僕はつい先日月光眼で覗いたクランホームの映像を思い出す。
「数千人規模でクランホームに入団希望者が集まってきていて、恭香たちが入団はお断りしています、って言えば『わざわざ遠いところから来たんだぞ』と逆ギレ。クランの評判を落とすわけにも行かず、結局は『超難関の試練を見事クリア出来たら』ということで入団試験が行われてるみたいだよ。ちなみに入団試験を受けるのに必要な金額は一万ゴールドで、その試験の内容が、恭香と白夜、輝夜の三人との面接と、クランメンバーの内二人と戦って強さを認めさせること。その上で僕の許可が必要なんだってさ」
なるほど、よく考えたものである。
一人につき一万ゴールドを取ればかなりの金額が手に入るし、更には隣接された食事処では他のメンバーが料理を出して商売している。しかもその料理を作っているのは暁穂で、料理を運んでくるのは姿だけ大人にしたレオンと、あのエロースと来た。最近ではその料理と美男美女二人を目当てにクランホームを訪れる貴族も居るらしい。
───ちなみに、僕が見た時はレオンが執行者であると間違えられて決闘を挑まれていた。まぁ、黒髪だし赤目だし、間違えられても文句は言えまい。
と、そこまで説明すれば二人共やっとわかってくれたらしい───これしか道はなかったのだ、と。
「まぁ、恭香やお前達相手に勝負を挑んできた奴がいても断ればいいし、それ以外の相手に強さを認めさせるなんて不可能だ。それになにより、この僕が変なやつを仲間にすると思うか?」
「「......た、確かに」」
僕は二人が頷くのを見ながら、アイツらも結構苦労してるんだなぁと、しみじみとそう思った。夏休みにでも帰ったら何か御褒美でもあげようかな。
と、そんなことを思っていると、アイギスがふと思い出したかのように声を上げた。
「あっ、そう言えば相談者は誰もいなかったんですか?」
───コンコンと、ドアがノックされたのはちょうどその時だった。
☆☆☆
あの時、去っていこうか僕の方へと行こうか迷っている人が数名いることに僕は気がついた。
だからこそ僕は「もしこの場で出辛ければ、また後で来てくれればいいよ。もしかしたら他の人と被るかもしれないけど」と言ったのだ───恐らくは此度の来訪者はそういう関係の人に違いない。
そう思って「どうぞ」と声をかける。ちなみにこういう時に不便なので防音はもう解除している。
すると少ししてから控えめに扉が開けられた。
───のだが、
「お初にお目にかかりますギン=クラッシュベル殿! 私の名前はスメラギ・オウカ、と申し.........ってええええっっ!? な、何ですかこの部屋っ!?」
扉の向こうにいたのはかなりキャラの強そうな紺髪ポニーテールの女性で、その腰には思いっきり霊器の刀を差している。なんでこの人戦闘態勢なの?
と、そんなことよりも僕には少し疑問があった。
「スメラギ? それって日本人の名字じゃないのか?」
それに何だか、この世界での名字と名前の位置とは逆になっている気がする───僕だって日本の通りにしたら『クラッシュ・ベルギン』なんていうちょっとかっこいい名前になってしまう。
かと言って僕や黒髪の時代のような雰囲気ではないし、何より黒髪ではない。
そんな僕の疑問を聞きつけたのか、スメラギさんははっと気がついたような顔をした後に頭を思いっきり下げてきた───うわぉ、ジャパニーズ土下座!
「も、申し訳ございません! 私は風紀委員会の委員長兼、剣術部の部長をしております、学園の序列四位、和の国のスメラギ・オウカと申します! 六年生です! こ、この度は相談事があってきた次第でございます!」
風紀委員会の委員長に剣術部の部長で更に和の国出身か。これまたかなり強烈なキャラが現れたものだ。
───だが、序列四位、ってことはニアーズか......。
「あぁ、大丈夫ですよ。それではお上がり下さい」
「あっ、ありがとうございます!!」
スメラギさんはそう言うと、やはり和の国出身だけあってわかっているのか、見事すぎる礼儀作法で部屋へと上がってきた。ぶっちゃけ僕よりもこの人の方が色々詳しいんじゃないかと思う。
彼女は少し緊張した様子で僕の対面へと座ると、
「あ、あの......、相談と言うよりお願いに近いのですが」
そう、少しもじもじしながらそう言ってきた。
恐らくは、この部活と同じような役割を果たす風紀委員会の委員長として、連携やら何やらの部分でのお願いなのだろう。
そうでないならば「でしゃばるな編入生」とでも言いに来たのだろうか?
───そんなことを考えていた僕ではあったが、残念ながら僕の予想は尽く外れていた。
否、常識から尽く外れていたという部分では、彼女自身の方がよっぽど外れているのだが。
「私と決闘して、私が勝てばっ、む、婿になってほしい!」
「「「.........はっ?」」」
僕ら三人は期せずして、ぽかんと口を開けてフリーズしてしまったのだった。
新登場人物、スメラギ・オウカさんです。
スメラギさん+α新たにヒロイン候補となる人たちがあらわれる予定ですが、個人的にはスメラギさんは......あれです、エロースと同じ扱いで行きたいところです。




