第187話
注)人によっては最後の方でイラッとくるかも知れません。
その後、僕らは出席番号順に列を成し、そのまま体育館へと歩み出した。
───そう、学校で教室に集まったばかりの奴らがするのとと言えば、あのクソみたいに暑くて長ったらしい集会である。
しかも今回に関してはそれと同レベルに面倒くさい奴がいる。
「なぁなぁギン! お前が貰ったのってどんな奴だったんだ? 俺のは最強にカッケーチート武器だったぜ!」
僕の名前はギン、カ行である。
そして僕の後ろのコイツは、クラウド。カ行である。
たった一文字の間に誰かが奇跡的に滑り込むことはなく、僕の後ろにこいつが来るという純然たる事実だけがそこにはあった。
───いや、掃除しなくて良くなったのは嬉しいですよ? けど流石に僕も出席番号順までは想定していなかったです。それにしても先程から『チート』やら『お約束』やら言っているが、もしかしたら本当に転生者なのかもしれないな。
そんなことを考えながら、半ばと言うかほとんどクラウドの言うことを聞き流しながら歩いていると、僕らのクラス───一組の担任、死神ちゃんがちらりとこちらを振り向いてきた。
(おいおい、男にモテてどうすんだ? それとも、テメェはそっちの趣味だったっけか?)
(うるせぇ未婚者)
瞬間、何故か列の進む速度が少し遅くなり、前方では死神ちゃんが胸を抑えながらユラユラと歩いていた。本当に打たれ弱いな、死神ちゃん。
そんなことを考えていると、流石に他人の視線を感じたのか死神ちゃんはなんとか立て直し、再び僕へと念話をかけてくる。
(ま、まぁいい。後で俺様がここにいる理由とグレイスの修行法について、グレイス本人から話があるらしいぞ。帰宅時間になったら学園長室に寄ってけ)
それだけ言うと、まるで何かを言い返されるのが怖いかのように、一方的に念話は切られた───にしてもスマホを介さない念話は久しぶりだな。
しばらくすると、何やら入場ソング的な音楽と、それに伴って大きな拍手の音が聞こえてきた。
───場所は知らないが、体育館はもうすぐそこのようである。
☆☆☆
『えー、この度は無事新学期を迎えられたこと、本当に喜ばしく思います。そして新入生の方々におきましては───』
その拡張器越しに伝わってくる、少しハウリング混じりのその声が体育館内に響き渡る。
けれど、僕には先程から同じような単語の羅列にしか聞き取れず、もしかしたら幻術にでもかかっているのではないかと錯覚してしまう。
今現在、僕は横一列に並んだ席のうち一席に紛れて座り込み、今なお話し続ける理事長とやらの話を聞いていた───ちなみに主席の挨拶は、今さっき高等部新一年生の方の主席が何やら話していたので安心である。
体育館には小等部~高等部までの全員が勢ぞろいしており、僕ら生徒の後ろには従者たちが席に座っていて、さらにその外側には保護者たちが立ち並んでいる───その中に見なれた水色オールバックが見えたのは気のせいだろう。
隣の馬鹿は爆睡しているし、すぐ後ろのネイルは必死に目を擦っている。首を動かさずに月光眼であたりを見渡してみると、それはそれは見事に爆睡している者達ばかり。あの理事長はラリ○ーマのスキルレベルが高いに違いない。
───が、残念ながらそのラリ○ーマは僕には通じない。僕には小学生から大学生のあの日に至るまで、学校で寝たことがないという伝説があるのだ。これよりつまらない授業、これよりつまらない演説、これよりつまらない状況、それらの死線をすべて掻い潜ってきた僕にとってはこの程度のラリ○ーマなど朝飯前だ。めちゃんこキツイけど。
そんなことを考えていると、やっと理事長の話が終わったのか、理事長は一歩下がって頭を下げる。
一応僕もそれに習って頭を下げるが、何故か周りはもう既に頭を下げた後だった───知ってますとも、寝てるんですよね。
何故か満足げに鼻を鳴らした理事長は、そのままステージにまで礼をして、横に取り付けてあった階段からステージ下まで降りてゆく。
───さて、演説的なやつも終わったことだし、そろそろ退場し始めても問題ないんじゃないですか?
そんな期待を込めて、先程まで爆睡していて今さっき理事長に叩き起されたグレイスを見やると、何故かグレイスはニヤリと笑みを浮かべてこちらの視線に答えてきた───何あいつ、視線感知能力でもあるんですかね?
そんなことを考えていると、司会進行を務めていた教諭がいきなりこんなことを言い始めた。
『それでは最後に、魔法学園都市の市長、及び学園長のグレイス様よりお話があります。ニアーズについてなので是非ご清聴下さいますようお願いします』
その『ニアーズ』という単語を聞いた途端に眠りから覚め始める生徒達。いや、もしかしたらグレイスが話を始めるという事実のせいかもしれない。どちらにせよ先程まで寝ていた奴らは大体起きてきた。大体というのは、未だ隣の馬鹿が爆睡しているためである───もちろん起こす気は無い。
ステージ下に設置されていた教職員たちの席からグレイスは立ち上がると、ステージに上がり一礼、マイクの前でさらに一礼し......ているようだが低身長のせいで、マイクの置かれている机に隠れて全く見えない。
だが、グレイスもそこら辺は分かっているのか「うんしょ」とマイク越しに可愛らしい声が聞こえて、しばらくした後に、やっとグレイスの顔がようやく見えるようになった。きっと台座でも用意していたのであろう。
グレイスはニヤリと笑って生徒達を見渡すと、前置きも全く取らずにいきなり本題へと入り始めた。
『ワシが今回お前達に話をしたいことというのは、先ほどのニアーズの説明で察した者もいるかとは思うが、今現在空席になっておるニアーズの下位三席についてだ』
その言葉に思わずピクリと反応してしまう。
流石にずっと黙っている訳では無いとは思っていたが、まさかとは思うがここで発表するのか?
そんなことを思って少し不安になった僕ではあったが、この場はグレイスに任せておいた方が良さそうだ。もしかしたら、何か考えがあるのかもしれない。
そんな僕の考えを知らぬグレイスは、淡々と事実のみを語り出した。
『今年度の四年生は実に優秀でのぅ、霊器適合率が馬鹿みたいに高い者が三名おった。下から順に、適合率91%、適合率93%、そして最も馬鹿げていたのが適合率100%だ。丁度其奴らは三名、空きも三席。という訳で、ワシはその三名を新しくニアーズに加えた』
その言葉に思わずざわめき出す生徒達。
───それもそうだろう。この学園の生徒達にとってニアーズというのは雲の上の存在。そして憧れ、目標とする存在でもある。
だからこそ、それらを適合率が高いというだけで奪い取って行ったヤツなど、到底許せるわけがない。
流石にグレイスの手前、公にそんなことを言う馬鹿はいなかったが、明らかに周囲には相手をさぐり合うような視線、そして中には、明らかに僕に対して向けられている悪意の視線もあった。隣の馬鹿はグレイスにぶん殴られたせいで、適性試験は別室受験だったためバレてはいないが、恐らくは隣の会場で適性試験を受けたディーンも同じような目に遭っているだろう。
───誰がどう見たところで、今グレイスが行っているのは生徒たちの仲の悪化と混迷化を深めているだけに過ぎない。流石に何か考えがあるにしたってやり過ぎではないだろうか?
僕はグレイスへと「これ以上悪化させるなら暴れる」という意図を込めて思い切り睨みつけると、少し冷や汗をかいた様子のグレイスがコホンと数回、わざとらしい咳をした───流石にグレイスと言えども、霊器を解除した状態で僕に暴れられてはたまったものじゃないだろう。
『これ、相手を特定して嫉妬するな。それにまだワシの話は終わっておらんぞ』
瞬間、少しだけ足元に冷気を感じた僕達は、足元は冷たいのに上半身は少しだけ冷や汗をかいていた───だめだ、やっぱり暴れるのはやめておこう。
僕と同じ様に引き攣った顔をした周囲の生徒達は皆一様にグレイスへと視線を戻し、冷気は余程トラウマとなっているのか、隣のクラウドもやっと目覚めたようだ。
僕はそこまであたりを見渡したところで、再びグレイスへと視線を向ける。
───然して、僕の視線を受けたグレイスが提案したのは、僕の予想だにしない訓練方法で......、
『今から其奴ら三人の名前と、それぞれに与えた霊器の名前、それと特徴だけを発表する。どうしても許せなければ其奴らにタイマンで決闘を挑み、正々堂々と勝利し、相手の腕輪をワシの元まで持ってこい。そうすれば其奴ら三名のニアーズ除籍を考えてやる』
もうそこまで言われれば、いくら僕でもわかるってもんだ。
僕に足りないのは、互角の相手との戦闘の経験。そしてそれらをこなす上で必要な、根底となる自身の技術。
───まぁ、それらを補うには常日頃から決闘を受けまくるというのは、ある意味簡単でこの上ない解決法だろうし、なるほど獣王があそこまで入学を勧めていたわけだ。
『序列十位、四年一組クラウド。霊器は霊刀ムラマサ、だいたいなんでも切り裂く霊刀だ。特殊能力に気をつけろ』
その上、このようにそれぞれの霊器の名と能力を暴露してゆく。
『序列九位、四年一組ディーン・カリバー。霊器は霊竜シャープ、オルムマナタイトを埋蔵した人工生命体のドラゴンだ。頭がいいから気をつけろ』
まぁ、名前だけ聞けば僕以外の二人に挑戦者が殺到するのは目に見えているが、能力まで発表されるとなれば話は別だ。
『そして序列八位、四年一組の、"執行者"ギン=クラッシュベルだ。奴の持つ霊器は霊具レベルリセッター。装着している対象の能力を著しく引き下げる霊器だ』
そうしてグレイスはニヤリと笑うと、僕のこれからしばらくの学校生活を決定させる、決定的な事実を口にした。
『ギンは訓練のため常にその霊器を自分に使っておる。正直身体能力だけなら中等部でも勝てるから安心して挑みまくれ』
───そうして僕の、決闘三昧の学校生活が決定した。
☆☆☆
「なぁギン! 今のお前ってもしかしなくても滅茶苦茶弱いんじゃねぇか?」
「うっさいクラウド。弱くても今のお前よりはまだ強い」
「あぁ? お前喧嘩売ってんのか?」
僕らは今現在、あの集会を終えて教室へと戻ってきていた。
机の並びとしては前に生徒、後ろには従者という並びになっていて、出席番号順に横に並んでいる。ちなみに従者のいない生徒の後ろの席は空白地帯である───その上、一クラスには四十名近い生徒がいるのだ。教室の大きさは日本のそれの比ではない。
という訳で僕は窓際の三列目に座っており、すぐ後ろはネイル、そしてすぐ右隣はこのバカ、クラウドである───こいつが転生者で霊刀とやらを使えていても、こっちにはチート過ぎるユニークスキルと、それを使いこなすために費やした一日が有る。今戦ったところで勝つのは僕であろう。
そんなことを考えていると、担任───死神ちゃんがいないせいも相まって、生徒達の話し声が聞こえてくる。まぁ、その大半が僕達三人に対しての事なのだが......、やはりダントツで多いのはこの僕についての話だ。
まぁ、試験の時に僕とグレイスの戦いを見ていた奴らは絶対に挑んできたりしないだろうが、もう片方の会場で試験を受けてた奴は別だ。特に僕とオリビアの婚約を聞いていい顔をしない貴族のボンボン、それもプライドの高い馬鹿には気をつけた方がいいだろう。
そんなことを考えていると、僕の超直感が僕へととある未来を告げてきた。
───あぁ、嫌だ嫌だ。何でこう、馬鹿な奴ほど行動に移すのが早いんだろうかね? 先陣切って動いてる自分に酔ってるのか?
僕はチラリと斜め後方へと視線を向けると、まるで自分の方が立場が上だと言わんばかりに笑みを浮かべた貴族が、今まさに僕達の方へ徒歩を進めていた。
話してはいても席を立っている者はいなかった。
そのためかその貴族のボンボンはかなり目立っており───悪目立ちしており、僕ら平民には触らぬ神に祟なしの腫れ物状態だ。まぁ親御さんからしても、こんなプライドだけの馬鹿は腫れ物なんだろうけどね。
そんなことを考えていると、その腫れ物貴族は僕へと話しかけてきた。
「おい貴様、貴様が執行者ギン=クラッシュベルで良いな?」
「あっ、人違いですよ?」
───だからサラッと受け流してやった。
知ってたかい、腫れ物だって優しく受け流してやれば何ともないんだぜ?
そんなことをひとり考えている間に、愚弄された、馬鹿にされたと勘違いした名も知らぬ貴族は僕へと怒りをぶつけたきた。
「き、貴様ッ! 俺をネイチャー子爵家の次男と知っての狼藉か!」
「ネイチャー? 聞いたこともないな。ついでに言えば僕は国王エルグリット直々にオリビア第二王女と婚約を認められた時期王族候補だ。そこの所は分かってるんだろうな?」
そう言い返した途端、いきなり勢いを失うバカ貴族。
「ついでに言えば僕はエルグリット本人にも貸しがあってね。お前みたいなどうでもいい馬鹿はエルグリットにでもチクっておけばいい。......あ、そう言えばエルグリット、さっきこの学園に来てたから今呼んでみようか?」
僕は柔和な笑みを顔に貼り付けてそう提案し、言葉を失っている彼の耳元へと顔を近づけると、こう囁いた。
「あまり調子に乗るな。やろうと思えば今この瞬間にでも......おっと、これ以上は脅迫になるかもな」
僕はそう言って席に座り直すと、まるで「貴様など興味が無い、早く失せろ」 と、そう言わんばかりにスマホを弄り出す。
───正直僕は、この貴族を馬鹿にしているつもりは無い。単に、僕にとってこの男はどうでもいい存在だっていうだけだ。
だからこそ、こいつ相手にまともに話をしてやるつもりは無いし、かと言って決闘だ決闘だと言って暴れたとしても、その場合は月光眼で動きを止めてからナイフを首元に当ててやればいい。かなり瞳力は落ちているとは思うが、ニアーズ以下の奴らなら数秒程度は何とかなるだろう。
───だからこそ、僕は久々に慢心していたのだろうし、油断していたのだ。
パシンッ!!
そんなことが聞こえた直後に、僕の真後ろの椅子が倒れる音と、周囲の人たちの息を呑む声が聞こえる。
「クソッ、クソがッ!! 平民風情が調子に乗りおって!! 貴様も奴隷なら主人の罪ぐらい自分の身で贖えッッ!!」
これは、先ほどの貴族の声だろう。
背後から倒れた椅子や机を思いっきり蹴り飛ばす音が聞こえて、まるで慣れているかのように、こうなることが分かっていたかのように、彼女はただ、声を上げずに黙っていた。
教室中をどよめきと悲鳴が支配し始め、クラウドやディーン、桃野たちが目を見開いて席から立ち上がろうとしている。きっと止めに入ろうとしているのだろう。
そんなスローモーションのような映像を瞳に映しながら、僕は一人考える。
───何故、この貴族は僕ではなく彼女を対象にしたのだろうか?
───僕に勝てないと本能が気づいてしまったからだろうか?
───彼女が、混血だからだろうか?
「まぁ、この際どうでもいいや」
瞬間、教室中の音という音が、すべて消え去った。
あちゃー、やっちまいましたね貴族さま。
次回、一応ギンの見せ場と言ってもいいのでしょうが......、果たして賛否どちらになるかは分かりかねてます。ただ、後悔だけは無いストーリーだと自負してます。




