第186話
───内容を濃くしようと思えば物語の進行が遅くなり、かと言って少しはやめようと思えば薄くなる。最適解はどこぞ?
という感じの悩みを最近抱いています。
僕はその後、事前に念話にて連絡しておいた通り、マックスの部屋へと向かう事にした。
その道中、やはりこの常闇のローブは悪目立ちする上に一発で僕だとバレてしまうことに気づき、形状変化でフード付きパーカーにしにて、ブレザーの中に着用することにした。ちなみにブレザーが黒なので、赤色の面を表にしてみた。
まぁそんなこんなで、やっとマックスの部屋までたどり着いた僕ではあったのだが......、
「はぁ、はぁ....、ふぅ、身体重すぎ......」
学園長室で発動した霊器がもう既に体へと影響を与えているのか、校舎からこの寮まで、一階から四階まで軽く走るだけで息がキレッキレだった。
───確かに一般人程弱くはないだろうが、多分今の身体能力としてはFランク冒険者と同じくらいだな。倒せる魔物としてはスキルを使って頑張って、それでやっとA~AAAランク程度だろう。
そんなことを考えながら、僕はコンコンとマックスの部屋をノックする。
すると案の定、数秒した後にがちゃんと鍵が開けられる音がした。
「おう、遅かったじゃねぇか......っておい、お前本当にギンか?」
「は? イケメンの癖してにそんなことも分かんねぇのか? とうとう頭ぶっ壊れたか?」
「.........本物だったな」
扉を開けたすぐ先に居たマックスは、僕のいつも通り過ぎる発言を聞いてため息を漏らしたが、何やら違和感が払拭できていなさそうだ。
部屋の奥の方へと入ってゆくと、僕の部屋とは違った一段ベットにその他諸々が揃った部屋があり、その部屋で寛いでいた女子組が一斉にこちらを振り向くが......、何故かそのままフリーズしてしまっている───なんだ、そういう遊びが流行っているのか?
僕が不思議そうに首を傾げていると、はたと思い出したような感じでマックスが「あぁ」と声を上げた。
「確かこの前遅くに帰ってきた時に話してた、強さを引き下げる、とかいう霊器って奴が発動してるのか?」
その言葉に僕が頷くと、やっとフリーズから開放されたのであろう女子組もほっと息をついていた。
「何だかギンじゃないみたいでビックリしましたよ.....」
「うーん......、素手なら私でも勝てそうですよね」
「ネイルに負けるとは......、君からしてみれば屈辱だな」
「ちょっと浦町さん!? 何言ってくれちゃってるんですか!?」
何だかネイルにも被害が行っているような気もしたが、まぁそれはこの際放ってこおう。
僕が気になるのは、何故『ギンじゃない』と思われたか、の一点に尽くせるのだ。
「なぁ、僕じゃないみたいだ、ってどういうこと?」
だからこそ僕は、彼女達に対してそう問いたのだが......、
『「「どれだけ凄いか、分かるようになったから」」』
───僕へと返ってきたのは、意味不明な言葉の羅列だった。
☆☆☆
一方その頃、三人が去った後の学園長室。
「にははっ! こりゃ面白くなってきおったのぅ!」
「なーにが『面白くなってきた』だ。アイツが馬鹿みてぇに成長してっから天界側は下界まで俺様を送ってきてんだぜ?」
そこには外見に相応した可愛らしい笑みを見せるグレイスと、スーツ姿に白衣という姿の白髪ロングの女性が居た。
「して? 天界側の対応としてはどうだっかの?」
その単刀直入過ぎる言葉に、思わず白衣の女性は溜息をつく───俺様がここに来ている時点で分かっているだろうに、と。
「結論はお前の言った通り『放置』だな。最高神の連中もギンの成長速度には舌を巻いてたぜ? だからこそ最高神たちも、来るべき戦いに向けて、俺様っていう護衛も送り込んだ。神界の掟を破ってまで、な?」
それを放置とは言わねぇだろ、とそう言って白衣の女性はケラケラと笑う。
そんな彼女の言葉を聞いたグレイスはため息をつくと、ふとその椅子から腰を上げ、窓辺に寄って外の空を見上げる。
今思い出すのは、ギン=クラッシュベルが霊器を腕に嵌めてしばらくたった後のこと。
『うわっ、体重たっ......。ぶっちゃけると重力だけで死にそうだぞ、僕』
彼は霊器を付けた腕を見てそんな呟きを漏らした
───その時だった。
その『死にそう』というギン本人の言葉に呼応して、グレイスの背筋には冷たいものが走った。
それはかつて、全盛期だった頃のパーティ───時の歯車。その全員であの化物へ勝負を挑んだ時に、その化物自身から感じたものと、同じ悪寒だった。
結局はグレイスとリーダーであるリーシャが死にものぐるいで戦い、なんとか勝利を収めはしたが......、今から考えると無謀にも程がある戦いだった。
そして、その形も現象も伴わない悪寒は、グレイスの瞳に恐怖による幻覚を見せつけた。
ソファーに座り込むギン=クラッシュベルのすぐ後ろ。
そこに佇んでいた一人の中性的な人型の口が、グレイスに何かを伝えるかのように動いた。
その女性の幻が口にした言葉を思い出し、グレイスは思わず苦笑する。
「まさかワシとて、白虎に玄武、更にはあんな化物まで従えているとは思わなんだぞ。お前も良くぞまぁあんな化物が宿った武器なぞ作れたもんだのぅ?」
「うっせ、俺様だって、あんなのが宿ってるなんて知ってたらあのナイフを手放してなかったって」
それは、かのナイフそのものを製造した元神祖の吸血鬼でさえ、全く予想だにしなかった魂。
世界竜バハムートと、世界獣ベヒモス。
その二体を従え、全ての世界を見守り続ける存在。
そんな化物の魂が転生する際にブラッドナイフへと宿り、更にはそのナイフが彼自身へと渡ったことは、果たして偶然か、はたまた必然か。
「世界に好かれる王たる素質......。聖獣の内二体を従え、さらには彼奴まで従えるか」
グレイスは一人そう呟いて、夕焼け色に染まる空を見上る。
「その力が、正しい事のために使われれば良いのだが......」
その考えるだけで嫌になるような想像は、冷たい空気の中へと溶け込んでいった。
☆☆☆
「......て、.....お...てよ、ねぇ.....銀ってば」
そんな優しい声と共に体を揺すられ、僕はまるで天使にその手を引かれるかの如く、微睡みの中から引き上げられた。
そして瞼を開くと、目の前には天使がいた。
「あー、やっと起きたっ!」
その天使───否、桃野はにぱぁっと花が咲くかのように笑うと、鼻歌交じりにどこかへ行ってしまう。
───あれっ、何この状態。僕たち結婚したんだっけ?
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、やっと僕が今いる場所は寮なのだと思い出し、色々と安心して息を吐き出す。いや、起きたらいきなり目の前に女の子の顔(見た目だけ)があるとか、心臓止まるかと思ったよ。
僕はかなり重くなった体をベットから起こすと、換装の指輪で制服姿へと着替える。
「ふぁぁぁぁっ、......学校行きたくねぇな」
「えええっ!? し、初日から何言ってるのっ!?」
桃野もビックリしてこちらを振り向くが、僕がもう制服に着替えたことに更に驚き、そして少し安心したような顔を見せた。
───そう、今日は学校初日、入学式の日である。
ふと時間を見れば朝の六時で、なるほど僕が起きれなかったのも仕方ないだろう、吸血鬼だし。
それに何より、この腕に取り付けられた霊器が僕の身体へと予想以上の負担を加えている。一々行動を起こす度に僕の身体が思い通りに動かないのだ。そりゃ肉体的にも精神的にも疲れるはずである。
僕はベットから立ち上がると、生徒証の腕輪が無いためか朝ごはんを自炊している桃野へと視線を向けた。
鼻歌交じり+エプロン姿で、何処からか取り出したご飯茶碗にご飯をよそっている様は───まさに若奥様。
───あれだな、朝一に桃野の姿が見れれば栄養ドリンクは必要無いな。良くあるじゃん、夜飲んで朝の目覚めをスッキリさせるやつ。あれの代わりとしては桃野こそが最適解であろう。
「まぁ、代わりって感じじゃなく上位互換って感じなのだが」
「ん? 銀、なんか言った?」
「おう、今日も桃野は可愛いなって」
そんなこんなで僕の新たな朝はすぎてゆく。
───追伸、桃野が照れている姿は最高でした。
☆☆☆
場所は変わって校舎前。
昨日も思ったが、やはり校舎と寮までの間はかなりあるらしく、往復で考えれば......、
『せ、先生! 宿題寮に忘れました!』
『今すぐ走って取ってこい!』
みたいなやりとりをした後に、学校で隠れて宿題をこなせるだけの時間はかかりそうである。最高じゃねぇかこの位置関係。
それで、僕達が今何をしているか、と聞かれれば......、
「へぇ......、結構居るんだなぁ......」
僕らの周囲には制服に身を包んだ男女の姿があり、皆が皆一様に校舎前に建てられた掲示板へと目を向けている。
その掲示板に貼られているのは、今年度の新しいクラス分け───それを一年生から六年生までの全クラスが貼られており、ちなみに隣の方へと視線を向けると、同じように中等部と小等部の後者の前に同じような掲示板と、その前に集まっているロリっ子たちがうようよしている。
ふと後ろを振り向けば、僕や桃野と同じような制服に身を包んだマックスと、ルネアとお揃いの制服を着たオリビア。
アイギスとネイル、浦町の三人は従者ということで、オリビアのものとは違って青色のネクタイをしている。
それらをちらりと見やった僕ではあったがやはり緊張は解けない。
僕は半ば諦めると、はぁとため息をついて視線を前へと向けた。
やはりこういうクラス変え的な行事は心臓に悪い。例えば、知り合いの誰もいないクラスに放り込まれたら、そんなことを考えるとどうしても胃が痛くなってくる。
しかもこういうどう転ぶか分からない時に限って、月光眼で見るのもはばかられるのだ。
だからこそこうして何の策も弄さずに、白昼堂々とこのクラス発表へと訪れたわけだ。
「ふぅ......緊張してきた」
「だ、大丈夫だよっ! 頑張って同じクラスになろうねっ!」
何故か隣に居る桃野が、ふんすー、と両拳を握りしめて意気込んでそう言ってきた───何この子可愛い。
特に頑張ってどうにかなるものじゃないのに頑張ろうって言ってるところが最高だね。
そんなことを考えていると、何やら背後から鋭い視線が僕の背中へと突き刺さった。
チラリと後ろを振り返れば、何やらプンスカと頬を膨らませたオリビアと、少しつまらなそうにしているアイギスとネイル。浦町に関しては、僕が桃野と会ったら暴走することくらいわかってたのだろうか、案外普通な様子に見える。まぁ内心穏やかじゃないだろうがな。
───まぁ、僕の桃野と再会した時のこれは病気みたいなものだ。数時間後くらいには普通になっているだろ、多分。
「ギン様っ! 私では不満...なの......です......?」
ぷんぷんぷんすかしながらオリビアが詰め寄ってくるが、振り向いてニコリと笑ってやると途端に勢いを失った。
「そんな訳ないじゃないか、愛してるよオリビア」
「君はいつから女ったらしになったんだ?」
───ハッハッハー、女ったらしって言うのはイケメンに対していう言葉だろう? 残念ながら僕はイケメンじゃないんでね! はーっはっはっはっは..は......、はぁ....、ちょっと死にたくなってきた。
まぁ、僕がコイツらを学園に連れてきたのは、最近構ってやれてないからその分羽目を外して遊び尽くそう、という意図も含まれている。それに僕もオリビアとイチャイチャしたいし。
僕はそんなことを考えながら、期待に胸をふくらませて掲示板の方まで歩き始める。
「さて、誰か同じクラスになっているかな?」
───数秒後、人混みに吹き飛ばされた僕は、思いっきり地面に尻を強打するのだが......、まぁ、またそれは別のお話だ。
☆☆☆
人数の上限はないとはいえ、毎年の合格者の数はだいたい等しく、更にいえば三年から四年に上がる際にそのまま就職を選ぶものも数多く居る。
そのためか四年生の学級は三つしかなく、それぞれに一組、二組、三組と分けられている。
───のだが、
「よぉ、執行者」
酔いどれ主人公。
「やぁギン君! まさか君も同じクラスだったとはね!」
公爵家の金髪イケメン。
「やったね銀! 同じクラスだよっ!」
隣の茶髪天使。
「へぇー、ここが学園の教室ですかぁ......」
キョロキョロとあたりを見渡している妖精さん。
───一言で言おう、ゲテモノ揃いだ、とな。
唯一の救いは鳳凰院の姿がなかった事だが、あいつの事だから昼休みかなんかにこっちに来るのだろう。僕の名前とか普通に乗ってただろうし。
けれど、僕の視線は彼らの誰に対しても向けられていなかった。
何故ならば、僕の視線はまっすぐ、黒板の前に立つ一人の女性へと向かっていたからだ。
腰までの長い白髪に、純白色の白衣と黒いスーツ。
そして彼女はその赤い瞳でまっすぐこちらを見つめていた。
───もちろん僕は、その姿に嫌というほど見覚えがあった。
「......何でここにいるの、死神ちゃん」
死を司る女神───死神カネクラの姿がそこにはあった。
死神ちゃん登場!
本当は学園編ではロキを採用しようと思っていたのですが、どうやらゼウスに実力を騙していたせいか、今現在進行形で豚箱入りしているようです。ざまぁみろ狡知神。




