閑話 ギンと新しい家族
題名から察してくださるとは思いますが、今回は王族たちとのお話です。
ちなみにギンの無双回でもあります。
あれから一週間ほどが経ち、学園へ編入するメンバーも決め終わって、やっと編入へと向けた勉強を始めた頃───僕は一人、王城へと来ていた。
先程まで勉強をしていたのだが、やはりこの世界の学力というものは日本に比べて低いらしく、きちんと大学まで通っていた僕には、勉強しなくてもきちんと編入出来るだけの学力はあった。
けれど、魔法学園都市に入るためにある程度の知識が必要なものは、数学、国語、魔法、歴史の四つ───つまりは四分の三が壊滅的なのである。
そして戦闘能力と、何に対してのかは知らないが適性検査とやらもあるため、忙しくないといえば嘘になる。
まぁ、恭香曰く、「数学、魔法と戦闘能力に少し歴史を勉強すれば、なんとか通るだけの能力はあるよ」とのことだが、それも最低ランクでの編入になるらしい。それは嫌だ。
───だが、今回は王族からの招集なのだ。ここで断ったら面倒なことになる。それくらいならきちんと招集に応じた方が身のためだろう。
僕はなぜ呼ばれたのかも分からずに、城門の門番さんに顔パスで門を開けてもらう。
それについてだが、実はあの事件は公になり、僕はまた英雄扱いされてしまっているのだ。
しかも前回の件と相まって悪魔VS僕という構図が出来上がりつつある。前回に関しては僕は何も活躍してないんだけどな......。闘技場での噂の内容も僕は悪魔と直接対峙してないし。
そんなこんなで将来は王族の仲間入りを果たすとかいうふざけた噂とともに僕の情報が広がり、結果がこれだ。
───流石にここまで来ると気持ち悪い感じがするが、まぁそれでもこちらに害がない限りは放置するとしよう。
僕はそんなことを考えて場内を歩いてエルグリットの居るであろう執務室へと向かう。
───のだが、その前に見つかってしまった。
タタタタタッ、と王族らしからぬ足音を奏でて、僕の右の通路から水色が駆けてきた。
そちらへと視線を向けると、僕の瞳にはその見事なまでのパイナップルが映り、その正体が一瞬で判明してしまう。
まぁ、元々空間把握で分かってたんだけどさ。
「あーにじゃーーー! おっひさー、なのー!」
そうして僕の胸へと思いっきり飛び込んできたのは、最近姉の口癖が気に入ったご様子の、この国の第三王女アメリア様であった。
☆☆☆
「......お前は一体、何人の王族を落とすつもりだ」
「いや、オリビア1人だけのつもりなんだけど」
僕は今、執務室の机に紙の束をどっしりと置いて、やつれた顔をしているエルグリットを横目で見ながら、その部屋の真ん中に長机を挟んで置かれたソファーへと腰を下ろしていた。
しかしながら、エルグリットの方を見る僕の瞳には、件のパイナップルがぴょこぴょこと動いているのが見える。
「なぁなぁ兄じゃー! 父上なんて放っておいて私と遊べー、なのよっ!」
僕が最近ここへ訪れていなかったせいか、前回あった時よりもかなり粘り強くへばりついてくる。まるでガムのようだ。
まぁ、この歳の女の子からしたら、僕はこの街を救った英雄としか映っていないのだろう。しかもその英雄が、扉一枚挟んだ目の前で自分のことを助けてくれたと考えれば、なるほどこの構ってちゃんも頷けるかもしれない。いいなぁ英雄、穂花とかさぞモテるだろうな。
僕はそんなことを考えながら、アメリア様のほっぺたをうりうりしながら諭すようにこう言った。
「アメリア様? あんまり我が儘ばっかりだとモテませんよ? 女の子なんだからもう少し落ち着きを......」
「むぅぅぅっ!! アメリアなのっ! 兄じゃ!」
だが、何故か呼び方の方を指摘されてしまった。
よく考えれば一応妹になるかもしれないんだもんな。今更様付けというのもなんだろう。......それにしても結構怒ってんな、アメリアってば。
僕はその怒りを鎮める為に、珍しくイケボを出し、まるで僕の仲間になると言い出した時のオリビアに対してしたように、ちょっとふざけて見ることにした。
「仕方ないな、アメリアは。とんだ子猫ちゃんだぜ」
流石にエルグリットが立ち上がって拳を構えだした為、あの時のようにキスしようとはしなかったが、僕は頭をぽふぽふと撫でてその瞳をじっと見つめて微笑んだ───よく分からないが、とりあえず子猫ちゃんと言っておけば何となくそれっぽく聞こえるだろう。
───さぁ、あまりの気持ち悪さに失神するがいいわっ!!
将来は誰かに嫁いでゆくのであろう女の子が、僕のような収入の安定しない上に、この上ないほどのトラブルメーカーな冒険者に近づくのは教育的にも悪いだろう。
そんな思惑を裏に隠した行動だったのだが、アメリアのそれに対しての行動は僕の意に沿わぬものだった。
「きゅぅぅぅ」と、そんなヤカンが沸騰したかのような音を出し、顔を真っ赤に染めたアメリアはあたふたする暇もなく気絶した。
「「「.........あれっ?」」」
僕も、エルグリットも、この部屋に控えていたアメリアの侍女さんも、予想外すぎる結末に思わず声を漏らす。
───これってもしかして、逆効果だったかな?
そんなことを思うのは、時既に遅し、というやつなのだろうが......、
「ふっ、作戦通りこれで邪魔者は居なくなった。さて、用件を話してもらおうか、エルグリット」
僕はその焦りを内に隠して、偉そうにそう言ってみることにした。
☆☆☆
ここは街の外に位置する草原。
やはりどこの街でも軍事演習やギルドの初心者講習等のために近場に草原や平原があるらしい。なるほど納得である。
───のだが、
「お前らァァァ!! 今すぐここに集まれェェェ!!!」
「「「「「イエッ、サー!!」」」」」
僕の目の前には、すごいおっかない顔をした金髪のヤンキーと、それに付き従う千名はくだらない思われる騎士たち。
......なぜ僕がこんな目に遭っているかといえば、エルグリットからの今回のお願いによるところが大きい。
彼曰く「最近軍の戦力が落ちてきていてな。それにお前の傍に居るとなんかこう、本格的に危機感を感じる。軍なんていてもいなくても関係ないような危機感がな。だからここいらで英雄様の力を見せて、強くなる為の意識改善に繋がらねぇかと思ってな」との事だった。
そのため街の警備をしている騎士達を除いた内、比較的暇な騎士達をほとんど招集したというわけだ。
これはあくまでもお願いで、報酬の出る依頼ではないが、僕も気分転換がてらエルグリットに恩を売っておくのも悪くは無いだろう、という考えから引き受けたのだが......。
「テメェらぁっ!! 今日は最近有名になった執行者が直々に相手になってくれるみてぇだっ!! 俺みてぇに力を疑ってる奴は殺す気で斬りかかれ!! 疑ってなくても殺す気で斬りかかれ!! 分かったなてめぇら!!」
「「「「「イエッ、サー!!!」」」」」
今彼らに向かって声を張り上げている金髪のヤンキー、王国軍の二番隊隊長であるランドルフは、僕がこの街を救ったことも、王族から認められていることも認めているらしいが、どうやら僕が色々とやらかしている当時はこの街の外にいたのだとか。
そのためいつも魔力を隠蔽している僕を見ても「本当に強えェのか?」という感じらしく、今回の件で見極めてやるとばかりに僕対全員の戦闘を申し込んできたのだ。
まぁ、やろうと思えば王族に被害を与えられる立場にいるこの僕をこの練習試合で見定めようということだろう。少々あからさまに態度に出ているようだが、なかなかどうしていい奴じゃないか。結構気に入った。
───のだが、それと違ってこちらは少々苦手なのだ。
「ねぇギン君! 私もこの前魔導を覚えたのよっ! これで私の元々の能力と組み合わせたらもしかしたら勝てちゃうかもしれないわよっ!?」
「うむ、お手並み拝見でござるな、執行者殿」
僕の隣には思いっきり戦闘に混ざる気でいる筆頭宮廷魔導師のマグナ・スプリットと、王国軍の一番隊隊長、見た目は子供、頭脳は大人状態のアーク・ブラックの姿があった。
二人共苗字持ちということは貴族なのだろうが......、それにしても魔導か。遥か遠い過去すぎて懐かしいな。
二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、そのまま騎士達の方へと歩いていった。
ふと気づけば先ほどのヤンキー、もといランドルフの姿も消えており、目の前に広がる騎士達の軍勢は僕を殺す気満々である。
───まぁ、コイツらじゃ不死身の吸血鬼を死に至らせることなんて難しいとは思うけどな。
僕は数十メートル後ろへと飛び下がると、久しぶりに左手の甲の力を呼び起こす。
『やっと出番かぁ? 私も長命だから一週間はほんの数秒としか感じてねぇが、まさか一週間もの間一度も使用されねぇとは思わなかったぞ』
「うるせぇどら猫、この一週間ずっと寝てた癖に」
『そりゃ私たちは道具だからな。基本的には起きているのは戦闘時とお前に危機が迫った時だけだ』
本当に一週間ぶりに声を聞いたクロエではあったが、やはりコイツらはアイツらと同じように扱うことは出来ないらしい。戦闘中しか起きてないのだとしたら仕方ないことではあるが。
───まぁ、プライベートが侵食されないから良しとしよう。
僕がそう考えたところで、向こうにも動きがあった。
「これよりッ! 王国軍の暇なヤツらVS執行者ギン=クラッシュベルとの練習試合を開始するッッ!! テメェらっ、ぶっ殺すつもりで斬りかかれェェェッッ!!」
......本当に殺す気じゃないだろうな?
そんな一抹の不安がよぎった僕ではあったが、それ位の気持ちで来てくれた方が余程練習のかいがあるってものだろう。
「行くぞクロエ、新能力のデビュー戦だ」
僕は大声をあげて突撃してくる騎士達を見ながら、口の端を吊り上げてそう言った。
☆☆☆
前よりもレベルが上がり、ステータスも大器晩成のお陰で二倍近くまで膨れ上がった。
そのため前よりも遥かに炎十字使用に伴う消費が抑えられるようになったのだろうし、今ならもう少し長い時間ヌァザの神腕も召喚していられるだろう───十分とか。
けれど、十分でこの軍勢を一層しようと思えば手加減が手薄になって死人が出るかもしれない。だから今回はヌァザの神腕は使わない───そのための新能力だ。
僕は一つ息を吐き、再び左手に意識を集中させる。
元々僕には、水と風、二つの魔法が使えていた。
これは銀滅炎舞の能力も身につけた時にも思ったのだが「何故炎を苦手とする吸血鬼の神器に炎の能力が宿ったのか」と疑問に思った。
今になってはその炎の能力も使い勝手がよく、重宝しているのだが......、けれど、今現在に至ってみると、確かにこの神器が司る主な属性は炎だが、なにも炎の能力だけがこの神器に宿っている訳では無いのだと実感した。炎十字なんて名前をしている為かすっかり騙されてしまった。
───でないと、僕が最も得意とするこの属性の力が使えるようになるわけが無い。
「『銀滅氷魔』」
瞬間、僕の身体から白い冷気が立ち上り、周囲をピキパキと音を立てて凍らせてゆく。
ふと左手の甲を見れば、そのに刻まれていた炎のタトゥーの左半分が、氷へと変質していることに気が付いた。
僕が影魔法を除いて最も得意とするのは、水───否、氷の魔法である。
僕は基本的に影魔法と銀滅炎舞をメインとして戦ってきた為、あまり使用する場面はなかったかと思うが、実はこの氷属性、影魔法同じくらいにはうまく使うことが出来るのだ。
───それが新たに、神器の能力として現れた。
使い方は基本的には銀滅炎舞と同じだが、味方を傷つけないという形のない炎ならではの特異性は無く、ただ冷たく、即座に創造も融解も消失も、遠隔操作だって出来る、違う意味での特異性がある氷だ。
僕の姿に違和感を覚えた先頭集団だが、数という武器に頼っている時点でお前達に僕の初撃を躱すべく止まる、という選択肢は───無い。
僕は左手を前方へと向けて、魔力を送り出す。
───もうこの際だ。見えている者は全て凍らせてしまえ。
「『氷の牢獄』」
瞬間、僕の視界に映る全ての時が凍りついた。
向こう側が視認できるほど透明感のある、銀色を帯びた氷の山。
その内部では、先程まで物量で押しつぶしてしまえとばかりに笑みを浮かべていた騎士たちが、そのままの状態で時を奪われている。
一瞬にして細胞はもちろん骨の芯まで完全冷凍した。もちろん今すぐにこの氷を消滅させれば何不自由なく時間を取り戻すとは思うが......、
「やっぱり、いきなり全員は無理だったかな」
氷山の向こう側には、目を限界まで見開いた騎士達と件の三人の姿があり、まだこの試合が終わっていないことを僕へと伝えてくれた。
『けどよぉ、流石は氷属性を得意としているだけはあるぜ? まさか私も初回でここまでの能力を引き出してくるとは思ってなかったからな』
「そりゃどうも。それじゃ、残党を潰しに行くぞ」
僕はクロエからの声を聞き流して、その尖った氷山をひょいひょいと登ってゆく。
数秒後にはその一番頂上までたどり着くことが出来、僕が見下ろした眼下には、少しの興奮と、圧倒的な恐怖に顔を歪めた騎士達の姿があった。
「殺す気で来るんだろ? もちろん殺される覚悟はしてあるんだろうな」
僕がそう言った瞬間、そこにいた奴ら全員が逃げ出した。
☆☆☆
「ってわけで、英雄らしく三分以内で蹴散らしてきたぞ」
───まぁ、三分以内で敵を倒すのは英雄じゃなくウルト○マンなのだろうけれど、まぁ強いに越したことはないだろう。
僕はあの後、あいつらを全員氷漬けにして実力を認めさせた上で、悠々と軍を引き連れて帰ってきたのだった。
そして今、再び執務室を訪れたというわけだ。
「......もしかしなくてもお前一人でこの国滅ぼせるよな?」
「何を当たり前のことを今更.........いや待て、エルザがいるから無理だろ。僕が察知するまもなく背後に忍びよられて惨殺されるに決まってる」
流石にエルザでも不死の吸血鬼を一瞬で殺せるとは思えないが......、それでも僕が気付かぬ内に両腕両足を切断された後に首を掻っ切られて大量出血させ、その後に不死力を失ったところで接近戦に持ち込まれて、結果ゲームオーバーだろう。勝てる気がしねぇ。
まぁ僕がそこまでの危機に陥れば、流石にあの二人といえども起きるだろうから......、常闇がなんとか防いでくれることを祈るしかないな。
僕がそう考えたところでエルグリットは席を立ち、窓から下の訓練場を見下ろす。
「けどまぁ、やりすぎってことはねぇだろうな。圧倒的力量差があるお陰で経験値もがっぽり入って超レベルアップしてるだろうし......、何より、滅茶苦茶やる気入ってんじゃねぇか、アイツら」
僕はもうそのことに関しては帰り道に充分過ぎるほどに知っていたので、その窓から見えるであろう映像を思い浮かべてるうんざりと溜息を吐く。
───最初は独りぼっちだったのに、今じゃハーレムもどきを形成した上に二人の王様とも知り合いに、更には神様にまで知り合いがいるとは......、僕も随分と昇格したものだな。
ふと思い出すは、水の滴る音で目を覚ました、あの暗い洞窟。
正確にはダンジョンだったし、あの時は混乱でそれどころじゃなかったが......、それでも独りというのは寂しいものだ。独りを好んでいる奴でも、独りに耐えられるとは限らない。
───そして次に思い出すのは今の騒がしい仲間達。
もう少し静かな方が僕としてはいいのだけれど、それでもあの時と比べたら充分すぎるほどに楽しいし、何よりも幸せだ。
僕はソファーの背もたれに体重をかけ、天井を見上げてくくっ、と笑う。
丁度時を同じくして、廊下から騒がしい王族たちの話し声が聞こえてきた。
優男な見た目の癖に悪戯好きなクソイケメン。
甘えん坊無くせにツンツンしている可愛らしいお姫様。
そして何やらオドオドしたパイナップル。
「ま、明日からは勉強しなきゃならないし、今日くらいはこっちで寛いでもいいかもしれないな」
僕はそう言って、少し笑みを浮かべた。
ギンも最初期と比べて色々と大切なものが増えましたね。縛られるようになったとも捉えられますが、それでも僕は少し成長したと捉えたいところです。
という訳で、今回は見ても見なくても変わらないような閑話でしたが、次回からは結構重要な閑話です。
次回! 温泉から始まる新たなる伝説! 今度は何をするつもりなのでしょうか?




