閑話 久瀬竜馬の原点
ショタ時代の銀と久瀬登場です!
これはかなーり昔のお話。
まだ彼らが小学校に通っていた時の話である。
「はぁ......、今日も学校行きたくないなぁ......」
少年、久瀬竜馬は校門の前でそう呟いた。
一度そう考えてしまうともう帰りたい気持ちで身体の内が満たされてしまい、もう帰る以外の選択肢がほとんど消えてしまう。
───だが、そこへとある小学生グループがやって来た。
「うぉーう、くぜじゃーん、おっはー!」
「やめとけってーっ、くぜなんかに挨拶しても返事ないぞー?」
「キャハハっ! くぜきっもーい!」
彼らはドン、ドン、ドンと久瀬少年の背負っていたランドセルを乱暴に叩くと小学生さながらの、気持ちの悪い馬鹿な笑い方をしてさってゆく。
「はぁ......、帰りたい」
嵐は去った。
けれどこれで、自分に帰るという選択肢はなくなってしまったのだ。
幼いながらに頭のよかった久瀬少年は、思い足を引きずって小学校の玄関へと足を運ぶ。
まぁ、今の彼の現状を簡単に言えば、一言で済むのだろう。
───久瀬竜馬は、小学生の頃に虐めに遭っていた。
☆☆☆
久瀬は教室の中に足を踏み入れるが、扉が空いた音に皆一度はこちらを見るのだが、それでも何も無かったかのようにそのまま友達との会話を再開させる。
───はぁ、今日もやっぱりこんな感じかぁ。
もう半ば諦めきった現状にため息をつくと、久瀬少年は自らの机───窓際の一番後ろ、つまりは主人公達がよく座る席を目指す。もちろんその席こそが久瀬少年の席である。
小学生の虐め───それこそそれが悪意だと気づいていない稚拙な虐めの為か机に落書きされるようなことは無いが、それでも座るとほぼ同時に奴らが近寄ってくる。
何やら朝のうちに新たなブームでも見つけてきたのか、妙にカッコつけてポケットに手を突っ込んだ例の三人組である。
汚いということを知らないのか、ガムも入っていないであろうその口をクチャクチャしながら久瀬少年の席を囲む三馬鹿。
「おうおーう、くぜー! てめぇパン買ってこいよー」
「ぱんだぱんーばんだぜー」
「キャハハっ、パン買ってこいぱん!」
きっと高校生か何かに憧れたのだろう。それもきっと髪を染めてるチャラい奴らだ。
久瀬は、はぁ、とため息をつくとそれらを無視する。それはいつもの光景であり、いつもの朝の恒例行事である。
大体そうすれば何か騒ぎ立てて机などを蹴るのは間違いないだろうが、三馬鹿はだいたい「おもしろくねー」と言って退散してゆくのだ。少なくとも直接被害は被らない。
だから久瀬少年はそうしたし、その行動になんの迷いもなかった。
───ただ、少しだけ今日は違っていた。
正確には、今日の彼を取り巻く環境は、少しだけ違っていたのだ。
ガララっ、と大きな音を立てて教室の扉が開き、担任の女の先生が「席についてくださーい」とみんなに呼びかける。
いつもより少し早い時間帯だ。三馬鹿も首を傾げながらそれぞれの席へと戻ってゆく。
妙にニヤニヤした担任の先生は教壇に立つと、満面の笑みでこう言った。
「今日はこのクラスに、新しい転校生が来ています!」
☆☆☆
「......転校生?」
思わず呟いた久瀬少年だったが、その呟きはクラス中から湧き上がる小学生たちの歓声によってかき消された。
───もしかしたら......、友達になれるかも。
そんな淡い期待をした久瀬少年だったが、その考えは一瞬で頭の中から消えていた。
一体どれだけそんな期待をして、裏切られてきたと思ってるんだ。
どうせ今回来るのもあの三馬鹿のような低能に違いない。
きっと僕を虐めるメンバーが一人増えるだけで、現状は改善どころか悪化する。
───きっと、そうに違いない。
小学生低学年という若さで"諦める"という行為を知ってしまった久瀬少年にとって、その諦めるという行為は極上の餌にも見えて、現状を解決するまでは行かずとも解消できる唯一の手段にも等しかった。
けれど、その考えは今日を境に一変することとなる。
「それじゃー入ってきてもらいましょう! おーい、あ...」
クラス中を見渡して満足そうに微笑んだ先生は、廊下に控えているであろうその転校生の名前を呼ぼうとする。
───が、それが叶うことは無かった。
「おっとせんせい、それ以上僕の名前を呼ぶと、やけどするぜ?」
妙に舌っ足らずな、小学生低学年らしい声が廊下から聞こえてきたのだ。
その言葉に、思わず言葉を失うクラス一同。
カツ、カツ、という───小学生の上靴が出せるような足音ではないが、そんな足音が響き、ガララッ、と先程よりも大きな音を立ててクラスの扉が開けられる。
そこに居たのは、カラーコンタクトに黒い衣服、首からは十字架のネックレス、そして右手の人差し指に銀色の指輪をはめた、一風どころか十風くらい変わった一人の小学生で。
その少年は、壁に背中を押し付け、妙にカッコつけたポーズでこう言った。
「僕の名はしるばーぶれっど。ぎんの弾丸とでも呼んでくれ、ぐみんども」
こうして久瀬竜馬と、当時中二病真っ盛り出会ったギンは衝撃過ぎる出会いを果たした。
☆☆☆
昼休み。
件のしるばーぶれっどとやらは久瀬少年以上に孤立していた。
そもそも名前も知らない相手に話しかけるなど小学生にとってもハードルが高すぎる。それにさっき名乗ったしるばーぶれっどという名前も小学生からしたら一度で覚えるのは至難の技だ。
ということで誰も話しかける人物はおらず、彼の席───不遇にもクラスのちょうどど真ん中。その席の付近だけ何故か人がいなかった。
───それこそが真のボッチ。小学生低学年の頃から中二病を極めてブイブイ言わせていたギンの真骨頂である。
因みに彼の中二病は小学校四年生前後で終わりを告げたらしいが、その真相は久瀬は知らない。
誰もが「あっ、この人、喋っちゃだめなやつだ」と直感し、無意識下に彼と距離を取っていたそんな時。空気も雰囲気も、ましてや相手のヤバさも気づけない馬鹿どもがいた。
「おうおー、しるばーなんちゃらー! てめーパン買ってこいよはんぱんだー」
「キャハハっ、ぱんぱんだー」
「ぱんぱんだーっ!!」
そう、三馬鹿である。
誰しも耳を疑った。アイツら正気か、と。
あんなヤバそうな奴に話しかけ、さらにパシリにしようなどと......、明らかに正気の沙汰ではない。
もちろんそう思った人の中には久瀬少年の姿もあり、彼自身もギン少年のヤバさに気づき、少し怯えていた。
───けれど、その怯えはギン少年に対する恐怖よりも、虐めの対象がほかの人へと移り、自分のせいで誰かが傷ついてしまうことに対する恐怖、つまりは怯えだ。
その事に気づいてしまった久瀬少年はギュッと膝元で拳を握り、深呼吸を数度繰り返す。
彼はキッと目を開き、生まれて初めての三馬鹿への抵抗を試みようとした
───その時だった。
「パン? 君たちぼくにはなしかけているのかな? だったとしたらパンはどこで買えばいいんだい? おかねは? この小学校のお約束に『お金は必要時以外持ち込み禁止』とあるのを知らないのかい? あ、ごめん、さすがにしってるよね、まさかしらないでそんなことほざいているわけじゃないよね?」
ものすごい高威力の口撃が、三馬鹿へとクリーンヒットした。
三馬鹿はギン少年のあまりの変貌に唖然としことばを失う。
けれども彼の口撃は留まることを知らない。
「あ、いまのって、きょうかつ、っていうやつだよね? 人を脅しておかねをうばって、自らのかてとする。そうじゃないなら、君たちぱんかってこいとはいうけど、もちろんそのおかねは持ってるんでしょ? あ、でもそうしたら小学生のお約束を破ってるね? うーん......、あすべすとの噂も聞かないし......」
と、そこまで小学生には意味不明であろう文言を並べた所でギン少年は、悪魔のような笑みを浮かべてこう言った。
「よし、せんせいに言いつけてくるよ」
きっとそれは、ギン少年の罠だったのだろう。
『先生に言いつける』という言葉を出して、小中学生がそれに対する悪口を言わないわけがない。
「う、うわーっ、こいつちくり魔だぜー!」
「ちくり魔、ちくりまーっ!」
「キャハハっ、ちくり魔きもーい!」
そう、『ちくり魔』である。
悪いことしてる奴に限って、それを先生やら目上の人に言いつけてやると言われると口を揃えてそうバカにするのだ。
そしてそれは、いつの間にか生徒全員へと浸透し、皆が皆『ちくり魔とは気持ち悪いヤツのこと』と言った風潮が流れ出す。
───が、彼はそんなことでは怯まない。
罠にかかったのは小さな子ネズミが三匹。
さてさて、これでチェックメイトだね。
と、そんな悪魔の声が聞こえてくるような、とても清々しくて恐ろしい笑みを浮かべたギン少年は、彼ら三馬鹿に止めの一撃を撃ち込んだ。
「ねぇ知ってた? ちくり魔って馬鹿にする人ほどわるいことしてる自覚があるひとなんだよ?」
そう言って彼は立ち上がってこう言った。
「それじゃ、みんなでせんせいにほうこくしにいこうよ」
───だれがただしくて、だれがわるいかを決めてもらいにさ。
そうして言い返せない三馬鹿はギン少年と一緒に先生の元へと向かい、そして案の定ギン少年に丸めこまれた先生は三馬鹿を全否定。結局は久瀬少年に対する虐め事件まで発覚し、その三馬鹿は転校を余儀なくされた。
その日の放課後、久瀬少年は急いで家まで帰ると夕食の準備をしていた母親に向かって一番にこう言ったそうだ。
「お母さん! ぼく、友達になりたい人ができたよっ!」
その言葉から始まった久瀬少年のギン少年自慢は延々と続き、父親が仕事から帰ってきても未だに続いていたそうだ。
それを見た両親が顔を見合わせて微笑んだのも言うまでもなく、両親はギン少年の話を聞いて嬉しそうにこう言ったそうだ。
「いい、竜馬。明日学校行ったら、その子ときちんと友達になってきなさい」
「あぁ、少しおかしそうな子だけど、きっとその子と友達になるのはお前の人生にとって絶対に得になる」
普通の親ならば「近づくな」や「話したらダメ」などというのだろうが、生憎とその両親は頭のいい両親であった。それこそ人の真意を見抜けるくらいには。
それを聞いた久瀬少年はぱぁっとここ数年で一番の笑顔を浮かべてこう言った。
「うん! 分かったよ! お父さん、お母さん!」
☆☆☆
翌日、銀は学校へと来なかった。
その次の日も、次の日も、そのまた次の日も。
銀が学校へと姿を現すことはなく、そうしていつの日か彼の存在は生徒達の記憶から消えていった。
───けれど俺はアイツのことを忘れることは出来なかったし、アイツと友達になりたいと思う気持ちも弱まることは無かった。
だからこそ俺は小学生卒業の間際に、先生達に銀はどうなったのかを聞いたんだ。
結果としては単純明快、転校したのだという。
どうやら銀の親は職業不定で、各地を転々としているらしい。それについて行く銀ももちろん色々な学校に転入しては転校してを繰り返しているらしい。
もちろん俺は帰ってすぐに両親にそれを打ち明け、どうにか探すことは出来ないかと言ったが、残念ながら一家庭にそんなことが出来るはずもない。
だから俺はアイツのことを心の奥底にしまって、ずっとその奥底にしまった目標へと追いつきたくて努力してきた。
───だから、大学で再会した時は奇跡かと思ったさ。
一人でいるときの佇まい、身体からにじみ出るヤバイ奴オーラ。見間違えるはずもなく、あの時のトンデモ小学生だと確信できた。
お前を見つけた時の記憶は定かじゃないが、確か気づいた時には話しかけてたんじゃなかったか?
「なぁ、俺と友達になってくれよ!」
「は? 嫌なんですけど」
俺はその時のことを思い出して、思わず苦笑した。
「おーい久瀬っちー、早く来ないと置いてくよーっ!」
「久瀬君、このパーティのリーダーは貴方なのですからしっかりしてくださいよ」
「久瀬くん......、大丈夫?」
ふと、仲間達の声が聞こえて顔を上げる。
目の前には今共に冒険をしている仲間達の笑顔があった。
───父さん、母さん。俺、沢山友達が出来たぜ。
俺は心の中でそう呟くと、もう既に遠く、小さくしか見えなくなった帝都を振り返る。
「銀、次会うときは俺がお前に追いついた時だ」
───せいぜい首洗って待ってろよ、クソ親友。
そう口の端を吊り上げて、俺は笑った。
いやぁ、銀は変わりませんね。
果たして彼が、久瀬少年の現状を知った上で動いたのか、それともたまたまなのか。それはご想像にお任せします。
次回、こんな感じでVer.桜町穂花です!