第8話『光点の正体』
「うっ、うえぅふぇえっ!」
なんだか変な声が出た。
目の前には地面に広がる血の沼へと倒れ伏すゴブリンの姿があり、その姿を前に思わず胸の奥の方から吐き気がせり上がってくる。
咄嗟に胸を叩いて深呼吸、何とか体を落ち着かせて最後にもう一度大きく息を吐き出すと、やっと落ち着いてきた僕に恭香から声がかかった。
『だ、大丈夫、ですか?』
「これが大丈夫に見えるか……」
水魔法を持っていたということもあり、もともと持ち物の中にあった水筒の中身を思いっきり頭へとぶちまける。
途端に冷たい感覚が頭を冷やし、四つん這いになっていた僕の頭から滴り落ちた水の塊が眼前に水たまりを作り上げる。
かくしてそこに映り込んでいたのは、黒髪黒目のどこにでもいる一般人。
――などでは、すでになく。
「……そういや、人間やめてるんだっけな」
そこにいたのは、黒髪に真っ赤な血のような目をした一人の青年。
その背中にはいつの間にか禍々しい一対の翼が生えており、耳もいつの間にかほんのり尖って、その姿は正しく『吸血鬼』と言ったところ。
ソレが、今の僕。
そう改めて思い知らされると同時、どこか気遣うような彼女の声が響いてくる。
『と、と言っても人族じゃないってだけで、一応人間の中には入ってるんですよ……?』
「まあ……うん、そうなんだけどね」
心の中で『日本じゃ吸血鬼って化け物の一種なんだよなあ』とか思いながら、さすがにいつまでもちっちゃな幼女(声から推測)に心配されてるわけにもいかないわけで、僕は両頬を軽く叩いて立ち上がる。
「さて、と」
目の前のゴブリンの死体――は、まあ、悪いけど放置させてもらおう。さすがにこんなのがいつどのタイミングで出てくるかわからない以上、そんな隙見せるわけにはいかないし。
そう思うと同時、先ほど鳴っていたインフォメーションを思い出す。
――レベルが上がりました、だったか。
先ほどのインフォメーションを内心で復唱しながら僕は件の呪文を唱えてみる。
すると案の定、少し変化した『ステータス』がその場に現れ――
名前 ギン=クラッシュベル (19)
種族 吸血鬼族(真祖)
Lv. 25
HP 235
MP 860
STR 350
VIT 120
DEX 350
INT 680
MND 100
AGI 280
LUK 124
ユニーク
真祖
マップ
影魔法Lv.2
アイテムボックスLv.1
影の王Lv.2
経験値3倍
吸血
眷属化
アクティブ
創造Lv.1
水魔法Lv.1
風魔法Lv.1
付与魔法Lv.1
鑑定Lv.2
威圧Lv.1
パッシブ
小剣術Lv.2
危険察知Lv.1
全属性耐性Lv.1
混乱耐性Lv.2
称号 迷い人 創造神の加護
『うわっ、なんですかこのステータス!』
そのステータスに、なんか恭香が悲鳴を上げた。
驚いて見れば彼女は驚いた様子で。
『い、一応情報としては知ってましたが……本当に『経験値3倍』のスキルってスキルの成長速度にも影響するんですね……。この早さでレベルアップとか――』
「……普通じゃないの?」
『……普通じゃないですね』
そういう彼女曰く、スキルのレベルはMAXが『五』らしく、それぞれのスキルレベルの目安……まあ、言い換えれば『凄さ』で言うと。
Lv.1 見習い
Lv.2 一人前
Lv.3 達人
Lv.4 勇者、魔王
Lv.5 神クラス
っていう感じらしい。
……うん、まあたしかにこの短期間で一人前まで成長したんだから異常だよな。通常だったら何年かかるかしれないよ。経験値三倍の他に何か異世界人補正でもかかってるんじゃなかろうか。
そう思いながら、僕はそこら辺の思考を放棄する。
ま、いくら考えたって分からないものは分からない。どうせ推測の域を出ないなら、もういっそのこと考えることを諦める、ってのも一つの手なわけで。
「……それじゃ、次行くか」
言いながら脳内に『マップ』を開くと、僕らの目的地であった黄色い光点は今だその場から動いておらず、最初と比べて随分と縮まった彼我の距離を確認、改めて顔を上げて一歩を踏み出す。
その際、視界の隅にゴブリンの姿が映ったが――けれど、すぐに視線を逸らす。
理由は……何だろうな、よくわからない。
ただ、自分が殺した相手の死体を、真正面から眺めていられるほど僕の心臓には毛が生えちゃいない。いくらこの世界に慣れようと、いくら吸血鬼の肉体に慣れようと、たぶん心の根底の部分は何も変わりはしないのだと。
そう思いながら、一人苦笑う。
「いつか潰れたら、頼むぞ恭香」
『……? 何か言いました?』
小さな呟きに彼女がそう声を上げたが、僕は何でもないよと笑って返す。
ま、こんなのは小さな可能性だ。人間やろうと思えば結構できる。
だから、別に考えなくてもいい可能性――なんだろうとは思うけど。
なんでか、その可能性が脳裏にしかとへばりついているのを感じていた。
☆☆☆
と、そんなこんなで。
ほんのりシリアスにつかりながら目的地――黄色い光点の目の前へとやってきた僕らは、思わず声を出すことも忘れてその光景を見つめていた。
それはそこに広がる大きな空間があまりに幻想的で美しかったから――なんてわけでも決してなく、別段おどろおどろしい悪魔みたいな光景が広がっていたわけでもなく。
ただ単純に、ソレを見て絶句していた。
――というか、恐怖で動くことすら叶わなかった。
「……ひっ」
噛み締めた歯の隙間から小さな悲鳴が漏れる。
その悲鳴を察してか、ぎょろりと大きな瞳が僕らを見降ろす中。
恭香は愕然とその名を告げる。
『ま、まままままさかッ! ど、ドラゴン……っ!?』
どうやら、嫌なフラグが立ってたらしい。
次回……ドラゴンっ!?