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8.婚姻の儀式

 結局、亜里砂はアンドロメダとの"結婚"を受け入れることにした。


「でも、条件があるの」

「なんでしょう、亜里砂さま」

「私は、元の時代に戻らなきゃいけない。ここで結婚するわけにはいかないの。だから、やるのは婚姻の儀式だけ。それ以外はなし」

「それ以外ってなんですか、亜里砂さま?」


 アンドロメダが亜里砂の顔をのぞきこんで聞く。

 大きな黒い瞳が、純真無垢そうな輝きを放っている。


「そ、それ以外というのは……それ以外よ!」

「それじゃ、さっきみたいに、亜里砂さまにお食事を作ってさしあげることも、できないのですか?」

「いや、それはいいの」

「では、亜里砂さまとこうやっておしゃべりすることは?」

「もちろん、いいわ」

「よくわからないです。どうか、亜里砂さま。してはいけないことを、具体的に、おっしゃってください」

「それは……えと、え、え、え、え、え、えっちな……」


 亜里砂が視線をそらし、顔を真っ赤にしてどもる。

 ギラッ。

 アンドロメダの大きな黒い瞳が、捕食者の輝きを放つ。


「エッチなこと、ですか。では、何がエッチに含まれる行為かを、おっしゃってください。それ以外はOKということで」

「あ、あう、あうあう、あう……え、えっちってのは、おしべとめしべが……」


 こういうことに免疫のない亜里砂の瞳が、ぐるぐると回る。


『いい加減にしろ。話が進まないだろうが』


 パシュッ。

 海堂が半球ドローンから圧搾空気を吹き出して亜里砂の顔にかける。


「わぷっ!」

『それとアンドロメダ。あまり夜空をからかうな。こいつ免疫ないんだから』

「……ぷんっ」

『まずは儀式だけして、後のことは……後のことは夜空に拒否権があれば大丈夫だろ』

「拒否権?」

『イヤなことをされそうになったら、断る権利だ』

「YES/NO枕のNOみたいなもの?」

『なんでそんな無駄な知識だけはあるんだお前は』

「うっさいわねー。うん、私はそれでいいよ。アンドロメダは?」

「私もいいですわ」

「よかったー」


 ほっとした亜里砂がなで下ろしやすい形の胸をなで下ろす。


「つまり、拒否されないようにアプローチすればよろしいのですね」


 アンドロメダの小さな呟きは、亜里砂には届かなかった。

 機械の耳を持つ海堂には届いていたが、面倒くさいので黙っていた。


「それで、婚姻の儀式は何をすればいいの?」

「こうします」


 アンドロメダは、小刀こがたなを取り出した。

 少し波打った、黒い刀身の刀だ。

 アンドロメダは、指を刀身に当て、祈りの言葉を口にする。


「女王の中の女王、我らが母の母の祖、マクダよ。御身の血と共に受け継がれし王家の力を、新たなる一族の者に伝えます」

「わー。なんかオカルトっぽい」

『あれは小惑星の鉄、隕鉄でできたナイフだな。地球では流れ星の欠片から作られた刀には、魔を祓う効果がある、とされてたそうだぞ』

「へ? 流れ星と小惑星に何の関係があるの?」

『あのな、流れ星って、宇宙だと小惑星なんかのちっちゃい星なんだよ。空で燃え尽きるのもあるけど、鉄でできてるヤツだとそのまま地上に落ちて、それが隕鉄』

「へー。じゃあ、アンドロメダの故郷のように大きなのが地球に落ちたら、たくさん鉄が取れそうだね」

『直径三十キロメートルの金属小惑星が地球に落下か……人類滅亡しかねんぞ……』


 精神を集中させているアンドロメダは、亜里砂と海堂が騒いでいる中でも凜として儀式を続けている。

 最後にアンドロメダは、小刀の刃を左手の薬指の腹に押し当てた。

 ぷつっ。

 赤い血が玉を作る。

 アンドロメダが血がこぼれぬよう掌を上にして、左手を亜里砂に差し出した。


「亜里砂さま、この血をお舐めください」

「う、うん……その、これ、これでいいの?」

「はい。血はすぐに止まります」


 おそるおそる、亜里砂が舌を伸ばしてアンドロメダの指に顔を近づける。

 ぺちょっ。

 おっかなびっくり、アンドロメダの指を亜里砂の舌が舐める。

 機械の目でその様子を見ていた海堂が儀式を分析する。


『血液の中のナノマシンを、指先に集めて相手の体内に取り込ませるわけか。夜空、どうだ?』

「しょっぱい」

『血の味の話は聞いてねぇよ。〈ヘスペリデスの園〉に入るルートの情報は頭の中に入ってるのか?』

「ちょっと待ってね。……お、おー。なんかスゴイ! スゴイのが頭の中に入ってる」

『スゴイじゃわかんないぞ』

「そう言われても、私の頭じゃ、そうとしか表現できないよ」

『どうすんだコレ』

「地図で描いてみるね」


 空中に浮かぶ〈ヘスペリデスの園〉の映像に、亜里砂がグリグリとペンでルートを描きくわえる。しかし、同じところを二度も三度も通過したり、同時に四カ所も五カ所も移動したりで、さっぱり要領を得ない。


「ゴメン、これじゃわかんないよね」

『いや、なんか見えてきた』

「え? 本当に? 描いてる私にすら、わけわかんないのに?」

『夜空の頭の中に入ってるの、たぶん、将棋やチェスにおける定石みたいなパターンとか、計算式とかだ。〈ヘスペリデスの園〉に入るルートは常に変化していて、その変化を特殊な計算式で求めるんだろう』

「質問! その計算って、誰がしてるの?」

『そりゃお前だよ、夜空』

「私、数学は大の苦手科目だよ?」

『人間の脳ってのは、無意識に大量の情報を処理してる。そこにちょっとナノマシンで割り込みかけて仕事させてるんだよ。スーパーコンピュータ並の計算だってできそうだ』

「へー。私ってば、スゴイ」

『しかし、コレはどうするかね。そうとうに複雑な計算式みたいだし、紙に書き出すわけにもいかないだろう』

「艤装モードになったらいいんじゃない?」

『おい夜空。お前、一緒に来る気なのか?』

「当たり前だよ!」

『絶叫系、苦手だったんじゃないのか』

「苦手だよ。目をつぶっちゃうんだけど、目をつぶるとよけいに怖いんだよね」

『じゃあ、なんで』

「もし別々に行動していて、どっちか片方だけ地球に戻っちゃうことになったら、大変じゃん。戻るまでは一緒にいようよ、海堂くん」


 亜里砂がくりくりした瞳を海堂に――海堂の操るドローンに向けて言う。


『……そうだな。一緒にいないと地球に戻るゲートが開かない可能性もあるしな』

「そうそう! 一緒がいいよ!」


 亜里砂が笑うと、存在しない海堂の胸の鼓動が、早くなった気がした。

 こうして、地球からきたふたり――あるいはひとりと一隻は、ブラックホールの超重力渦巻く〈ヘスペリデスの園〉に挑むことになったのである。

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